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第二章 富士野宮(ふじのみや)宏禎(ひろよし)王

2-2 歴史の改変は可能か?

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 転生したこの世界が、所謂いわゆるパラレルワールドであるならば問題無いのですが、仮に私の元居た日本の過去に転生したのであるならば、タイム・パラドックスに気を付けねばならないのです。
 私の存在を含めて歴史が書き換えられる因子があるならば、本来21世紀の平成生まれの私が生まれなくなる事態が生じるかもしれないからです。

 その場合、明治時代に転生した私の存在そのものが歴史、いや、時の流れの力によって無いものとされ、ネグレクトされる可能性もあると思われるのです。
 そんなわけで生まれてから9か月の間はとにかく対外的に何もせず大人しくしていました。

 せっかく生まれ変わったのですからこの世界若しくはこの時間の中でも生き続けたいと願うのは生物としての本能でしょう。
 前世の200歳を超える身体であれば何の未練も無かったと思いますが、生まれ変わった無垢の身体を大事にしたいと心から思いました。

 無論生き抜くためにも私の能力の限りを尽くして秘密裏に情勢把握には務めましたし、人知れず訓練や鍛錬は行いましたよ。
 周囲からの情報収集の結果として、私は19世紀末の日本、1897年12月8日、和暦では明治30年12月8日に生まれたことがわかっていました。

 この時代は、この二年前に日清戦争が終わり、清国からの賠償によりせしめた大量の金を使って金本位制に移行していましたし、朝鮮が清国から独立を果たした年でもあります。
 勿論二百数十年も前に受けたことのある学校の授業である歴史のことなどほとんど忘れてはいたのですが、乳飲み子である私に備わっていた魔法能力をフルに使って得た最新情報なのです。

 時間を少々さかのぼって、世界の情勢を見れば、欧州ではドイツが台頭し、オーストリア・ハンガリー帝国が権勢を保っていました。
 そしてまた東欧におけるオスマントルコの勢力範図が次第に衰退する時期でもあったのです。

 無線電信は1895年にはマルコーニの送受信機開発によりほぼ実用化されており、帝国海軍はいち早くこれを導入しようとしていました。
 日清戦争の勝利で清国から日本へ割譲されたはずの遼東りょうとう半島は、英仏露の三国干渉により清国へ還付されていましたが、台湾はそのまま日本が領有していました。

 1896年には大和やまと郵船(私の記憶では外航船社に「大和郵船」なる会社は存在しなかった筈ですがあるいは歴史若しくは時間線が違うのかもしれません。)が欧州航路を開設しており、この年、豊多佑吉(これも「豊田」ではなかったかと思うのですが、自動車の「トヨタ」あるいは「TOYOTA」が有名過ぎて私の記憶が定かではないのです。)が動力織機の特許を取得しています。
 この辺はどうも名前や会社名が違うような気がするのですが、流石に200年以上もの時を隔てた記憶は余り当てにはならないのです。

 オーストリア・ハンガリー帝国皇后エリザベートが無政府主義者ルイジ・ルケーニにより暗殺されたという話は何となく覚えていたので、多分かなり後に首相にもなるはずの早氏はやし銑十郎せんじゅうろうの件とともに、懸案であったタイム・パラドックスに挑戦してみました。
 タイム・パラドックスが存在するならばパラレルワールドは存在せず、私が何をしても昭和の恐慌は起きるし、中国への日本軍侵略とそれに続く太平洋戦争は避けられません。

 もしそのような歴史の制限が無ければ、私は自らの強大な力を使ってこの世界を変えることができることになります。
 従って、私の転生から9ヶ月経った時点では、私の力による変革が可能かどうか確認することは何よりも優先すべき事項だったのです。

 因みに私は、その時点では生後約9か月の乳飲み子に過ぎませんでした。
 1898年9月10日、スイスのジュネーブの路上でイタリア人のアナーキストであるルケーニにより通りがかった喪服姿のエリザベート皇后に対して暗殺が行われようとしていました。

 警護の者が居なかったわけではないのですが、普段から自由を好む皇后の周囲には余り人が多くなく、虚を突かれた形でエリザベートに凶刃(研ぎ澄まされたヤスリ)が振るわれようとした正にその時、ルケーニは顔面蒼白になってその場で動きを止め、そのまま横向けに倒れたのです。
 死因は急性心臓麻痺であり、エリザベート皇后は九死に一生を得たのです。

 それから暫くは、エリザベート皇后には神の大いなるご加護があったのだと欧州の社交界で噂されたようです。
 しこうして真実は、神のご加護などでは無く、私が日本に居ながらにして暴漢ルケーニの心臓を強大な魔法の力で締め付け、強制的に心臓の動きを止めたのです。

 私は、殺人という過激な方法で間違いなく歴史への直接介入を果たしたのです。
 そのことによるバタフライ効果を確認のため、翌年(明治32年)の春先まで様子を見たのですが、世界情勢にさしたる変化は起きず、私がネグレクトされる兆候も見えませんでした。

 その上で地理的に近い日本での別の凶行を企てたのです。
 後年、越境将軍として高名になる筈の早氏はやし銑十郎せんじゅうろう君の視力を奪ったのです。

 ある日突然に銑十郎君の視力が落ち始め、わずかに10日足らずで強度の弱視状態となり、ほとんど盲人状態になったのですが、すべては私の魔法で彼の視神経を阻害させたのが原因です。
 医者に診せても当然に原因などわかろうはずもありません。

 優秀な陸軍士官であった早氏銑十郎君は陸軍大学校への進学も嘱望しょくぼうされていたのですが、目が見えなくなった者に陸軍での居場所がある訳も無く、地元金沢の実家へ戻り、一年後将来をはかなんで敢え無く自殺してしまいました。
 ある意味で私が将来ある若者の未来を断ち切ったことについて、大いに責任を感じるし、罪の意識はあるのですが、これも今後私が歴史に介入できるかどうかを見極めるために止むを得ないこととして冷たく切り捨てたのです。

 こうして、以後早氏銑十郎の関わるべき未来が全て閉ざされたことになりましたが、更に1年を経過しても私の周囲に変化は訪れませんでした。
 こうして私は、私が存在する明治時代が、私の生きていた2035年の世界と交わるものではなく、タイム・パラドックスが存在しない別の時間軸のパラレルワールドであることを確信して徐々に歴史変革を押し進めることにしたのです。

 取り敢えずの大きな目標は、第一次大戦の後に起きるであろう昭和の世界恐慌を乗り切ることであり、更にはおよそ50年後に起きるであろう太平洋戦争の回避若しくは不敗計画の実践でした。
 そのための準備を色々と進めることにしたのです。

 私が宮家の一員である限り、正面から戦やまつりごとを処理することは好ましくはないと思われることから、基本的には経済面と装備面でこの国を支えようと思っているのですが、活動を始めるにあたって何は無くともまず資金が必要です。
 富士野宮家及び花鳥宮家は皇族であり、それなりのお手当が国から支給されているのですが、皇族としての体面を保つのにかなりの額を必要とし、左程の金銭的余裕があるわけではないのです。

 父宏恭王は、宮家の慣例として陸軍又は海軍に所属すること(宏恭王は海軍に入隊)で俸給を得ていますが、それよりも間違いなく皇族としての年金(年額にして花鳥宮で凡そ五千円、富士野宮で凡そ1万円)の方が多いようです。
 そうして私が考えている物資装備面での国家への支援計画を断行するには相当巨額の資金が必要なのです。
 明治33年9月、数えで4歳(満年齢では2歳9か月)の私が、表立ってはもちろんのこと、秘密裏にできることも非常に少なかったのです。

 実のところ、私が持っている空間魔法の倉庫には様々な物資が有り余っています。
 暇に飽かせて実際に確認したところでは、銀塊、金塊、紅白金塊(前世界のアブサルロアとは異なり、この世界には紅白金は存在しないようです。)の類で数百トンから数千トン、宝石の類が10万点ほどもあり、素材としての鉱石もヒヒイロカネ、オリハルコン、アダマンタイトなどの希少金属を含めて数千トンから数万トン単位で備蓄されています。

 私の操る創成魔法と錬金術により、身近にある物から新たな物質を生み出すこともできますから、在庫も左程大量に必要とはしないのですが、この在庫は前世で非常時を考えて備蓄していた物なのです。
 仮にそうした物資があろうとも、如何に皇族と雖も年端の行かない幼児が大量の金塊や宝石をほいほいと現世に持ち出しては、良識のある大人は大きな疑問を抱くことになるでしょう。

 そうして年齢的に独り立ちできない今の段階ではそうした疑念を周囲に持たせることはできるだけ慎まなければならないのです。
 特に天皇家の嫡男は芳仁皇太子であり、生まれついての病から知育について若干の問題はあれど、史実通りならばそのまま天皇にご即位なされるはずであり、いずれ摂政は明治34年(1901年)にお生まれになる浩仁親王になる筈ですが、ここで私が神がかりな事件を種々起こすとあるいは天皇即位が皇族である私に詔勅される可能性すらも否定できません。

 それはそれで色々と面倒なことになるので、絶対に避ける必要があると思っています。
 従って、明治33年の現時点ではいろいろな習い事に集中し、対外的に動き始めるのは満年齢で5歳になった時、即ち明治36年(1903年)の1月からと決めていたのです。
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