親王様は元大魔法師~明治の宮様に転生した男の物語~戦は避けられるのか?

サクラ近衛将監

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第一章 プロローグ

1ー1 富士野宮(ふじのみや)宏恭(ひろやす)王-その1

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 私は、明治8年(1875年)10月16日に生まれた。
 富士野宮ふじのみや家の庶子であったので、当時の慣例から言えば、富士野宮家を継ぐことはないはずだった。

 しかしながら富士野宮家の分家に当たる花鳥宮かちょうのみや家の血筋が途絶えたことからその名跡を残すために詔勅により、それまで宮家への行く宛など無かった私が明治16年に花鳥宮家を継ぐことになったのである。
 そうして、この花鳥宮家当主である間に元十五代将軍徳河慶暢よしのぶ公の九女常子つねこを妃として迎え、明治30年二人の間に第一子宏禎ひろよしが生まれている。

 常子との間には、宏禎を含めて四男三女をもうけており夫婦仲は極めて宜しいと言えるだろう。
 明治30年1月に結婚して、その年の12月には長男宏禎が生まれたから、宏禎は正しく西洋で言うところのハネムーンベビーと言えるのだろうと思うのだ。

 そうしてその宏禎はどうやらかなりの天才であるらしい。
 侍従や女官たちの話では、身体的には全く問題が無いという健康優良児である上に、知能は高く、4歳にして既に我が家の書庫にある難解な書物を読み始めているとのことだ。

 花鳥宮邸の書庫に置かれている書籍は、先々代である博常親王が収集した和漢書籍と若干の蘭学書、それに私が買い集めた和洋の軍事書籍(特に海軍関係が多い)や資料など正しく玄人の大人向けの書庫であり、幼児向けのおとぎ話の本などは間違いなく置いていない。
 従って、宏禎は漢文や漢字混じりの書物を読んでいるらしいのだが、何故に4歳児にそのようなことができるのかはわからなかった。

 妃の常子が宏禎3歳の頃までにおとぎ話や幼年画報などを読み聞かせたことはあったものの、侍従、女官らが率先して宏禎に漢字を教えたことはないらしい。
 その話を聞いてから数か月後に実際に私が見かけた時は、驚いたことに宏禎が書庫の机でドイツ語の書物を開いていた。

 未だ背丈の足りない宏禎であるから椅子に座っても脚は宙ぶらりんのままであるし、おまけに胸のかなり上の位置にまで来ている卓上の本はかなり見づらいと思うのだが、一心不乱に見入る姿は自然と笑みを招くし、何とはなしに庇護欲をかき立てるものである。
 余りに熱心に読んでいるようだったので声をかけずにそっとしておいたのだが、後で本人にそれとなく訊いてみるとドイツ語も独和辞書と首っ引きでわかるようになったと宏禎が訥々とつとつとした言葉で答えていた。

 僅かに4歳の子供が、誰からも教えられもせずに外国語がわかるようになるなどと言うことが果たしてあるのだろうかと不思議には思っていたが、別に宏禎が悪いことをなしたわけではないのでそのまま放置していた。
 その宏禎だが、幼児としては極めて異常な知能の成長を見せながら、身体的には他の普通の子と同じような成長を見せている。
 まぁ、特異な事としては、生まれてこの方病気にかかったことが一度も無く、医者知らずであることだろうか。


 宏禎も、明治36年に数えで7歳になり、同年4月からは学習院初等科に入学することになる。
 妃の常子も年明けからその準備に忙しい日々を送っているようだが、新年早々に宏禎の侍従である伊藤義之を通して、宏禎から当主の私に三つの願い事がなされたのである。

 一つは、かわやを汲み取り式ではなく、水洗便器にして欲しいとのことで、わざわざそのために手書きで作った精密な図面を用意し、また、設置すべき便器と一緒に施工要領まで作り上げていたのには流石に驚いた。
 因みに便器そのものは、屋敷の片隅の庭土から成分を抽出して作り出した「」なるものから作られているらしく、白磁のような光沢を持った不思議な素材である。

 我が家の庭の片隅に宏禎自らが簡易炉を造り、そこで焼結したものらしい。
 その焼結のために要した燃料などをどこから調達したものかは聞いていない。
 後で思い出したことなので宏禎に再度尋ねるのも気が引けたし、後に執事たちに聞いても首をひねるばかりで杳として不明のままであった。

 まぁ、特段火事を起こしたわけでもないのでそのままにして、いつしか私も忘れてしまったのだが・・・。
 金属製の洋式水洗便器ならば戦艦三笠にも搭載しているが、宏禎が作ったものには便器本体に使われている「せらみくす」なるものと同じような白磁に似た材質で作られた便座と蓋が取り付けられているので見栄えは大変よろしいものである。

 戦艦三笠では、海水で海に糞尿を流すが、宏禎の物は井戸水で流すことになる。
 このため井戸から汲み上げる電動ポンプまで作っていたのには正直なところ驚いた。

 前述のとおり海軍艦艇にも洋式の水洗便所は設置されているが、街には下水道設備が無いことから一般家庭への普及はほとんどなされていない。
 実際の処、東京市に下水設備が普及し始めるのは大正年間に入ってからのことである。

 我が家で便所を水洗とするためには、宏禎の造り上げた水洗便器を設置し、上水、下水管を含めて配管をしなければならないが、そちらは水回りの施工業者に任せるようだ。
 また、水洗となることから「し尿処理」は、庭の一部に地下の汚水処理設備を設けて固形汚物を濾してから残渣を専門の業者に処理させるようにするとのことであり、そのシステムそのものを特許として出願したいと申し出たのである。
 正直なところ私には詳しいことはわからぬものの、便器のデザイン、し尿処理槽の仕組み及び構造などが特許申請に値するものであるらしい。


 二つ目は、携帯型無線電話機である。
 明治28年に伊太利亜イタリア国のマルコーニ氏が実用的な無線電信を発明し、我が帝国海軍も無線電信装置の開発を進め、明治36年には三六式無線装置を開発、新型艦等を中心にいち早く電信設備の導入を進めて来たところであるが、宏禎は、有線電話に非ずして携帯型の小型無線電話を開発し、その中継装置と交換機を含めて、同じく特許を申請したいと私に申し出て来たのである。

 有線の電話機そのものは、明治32年(1899年)に国内での設置者数がようやく1万台を超えたところであり、我が家にも、まぁまぁ、最新型と言えるデルビル磁石式乙号電話機があるものの、携帯型の電話機などはこれまでに聞いたことも無く、我が帝国にある筈もない。

 これに関連して、三つ目も、当該携帯無線電話機に使う新型電池である。
 携帯型にするためには、当然のように鉛電池のような大型の物は使えないので軽薄短小な新型小型電池を試作したようである。

 驚くべきことにわずかに数えで7歳、満年齢では5歳になったばかりの子供がこれらを全て考案し、自ら作ったというのだからこれはもう呆れてしまうほかない。
 一つ目の水洗便器の浄化槽については、土建屋の見積で左程の経費もかからぬようであるし、衛生面での貢献度が高いこと、便所の臭気が著しく軽減することなどの理由から、すぐにも了承を与えたが、二つ目と三つ目については、特許申請を行うことに敢えて待ったをかけた。

 いずれも海軍や陸軍で使えそうな器材であり、欧米諸国でも未だ造られていないことから、極めて軍機性が高いと考えられたからである。
 この携帯式の無線電話は中継装置から概ね半径10キロ以内で当該電話同士が通話できる性能を持っているのである。

 電話機から聞こえる音声はすこぶる良好であり、有線の電話以上に肉声が聞き分けられるものだった。
 しかも、どういう仕組みかはわからないのだが、携帯無線電話機の使用者を登録可能であり、当該登録された使用者以外が利用することを妨げる機能すらついている。

 これは屋内設置型の有線電話機と異なり、どこにでも持ち運べる物だから主として盗難防止用の機能として使用者の特定をなすようだ。
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