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第一章 仇を追う娘
1-10 白木屋にて
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翌朝、彩華達は取り敢えずの着替えを持って中屋敷を出た。
金杉橋に差し掛かったあたりで、三人の顔つきの怪しい男たちが前からやってきた。
やり過ごそうと右によると男たちはわざと道を塞ぐように移動した。
それではと左によると、またも三人の男たちはその進路を塞ぐのである。
間違いなく意図してやっていることだ。
「済まぬが、道を開けてもらえぬか。」
彩華がそういうと、男たちは急に吠えだした。
「おうおう、てめえが俺っちの邪魔をしているんだろうが、変ないちゃもんをつけるんなら覚悟しろい。」
彩華は我慢した。
「左様か、では、お通り下され。」
身体を横にして、わざわざ道を開けた。
左程の事をしなくても道には二間ほどの余裕はあるが、敢えて町屋の軒先にまで下がったのである。
だが、男たちは更に吠えた。
「へっ、今更、道を譲ったところで許すはずがねえだろうが。
覚悟しな。」
そう言って、三人は一斉に懐から匕首を出した。
それが合図だったのか、更に4人ほどのごろつきが姿を現した。
三人は町屋の外壁を背後にぐるりと囲まれた。
だが、その時、ごろつきを追うように路地から出てきた侍がいた。
「おい、そこの三人は儂の知り合いだ。
確か、三次とか申したな。
懲りぬ奴だ。」
「あ、てめえは昨日のサンピン・・・。」
そう言うなり、男が逃げにかかった。
だが、松倉の動きは素早かった。
瞬時に逃げだそうとする男の背後に立つや、刀が閃いた。
ドスッと音がして、首の付け根に打撃を受けて男は悶絶した。
それを垣間見た他の6人ほどのごろつきは既に浮足立っていた。
「おい、他の者もかかって来るなら容赦はせぬぞ。
今度は峰打ちにはせん。
腕の一本や二本は無くなると思え。」
男たちは震え上がった。
実のところ、この侍の手並みは昨日の朝に襲って重々承知済みだった。
浪人を入れて十人ほどが襲ったのだが、たちまちのうちに峰打ちで倒されてしまったのである。
後ずさりし始めていた男達だが、松倉が一歩踏み出すと、一目散に逃げ出した。
松倉は刀を収めると、背後に倒れている男を仰向けにして、肩に担ぎあげた。
「橋を渡りきったところに空き地があるでな。
そこへ参ろうか。
この男に少々聞きたいことがある。」
歩きながら彩華は話しかけた。
「またも助けられてしまいましたが、松倉様は何故ここに?」
「良からぬ奴がそなた達を襲う恐れがあったのでな。
密かに警護をするつもりであった。」
確かにこうも災難が続けば、松倉の言う背後関係があるのではないかと不安になる。
橋を渡りきったところで、路地に入ってその先の空き地に入り込んだ。
松倉は男を地面に降ろし、頬にびんたを食らわせた。
男がようやく気づき、松倉の顔を見て慌てて逃げ腰になったが、男の首筋に刀の刃を当てられると動きを止めた。
「おぬし、此度の一件、誰に頼まれたか申せ。
さもなくば、胴から首が離れるぞ。」
「そんなことは言えねぇよ。
言えば殺される。」
「なるほど、では今死ぬか。」
松倉は冷たく言って刀を僅かに引いた。
忽ち首に血が滲みだしてきて男は悲鳴を上げる。
「痛ぇ。
止めてくれ。
言う。
言うから勘弁してくれ。」
「では正直に申せ。」
「お、親分から、中屋敷から娘かガキが出てきたら難癖をつけて殺してしまえと言われたんだ。
その時に中間風の爺が一緒だったらそいつも殺れと言われた。」
「親分とは?」
「しっ、品川一帯を縄張りにしている稲原の源蔵親分で・・・。」
「で、その源蔵は誰から頼まれた。」
男はぎくりとしたか僅かに身じろぎした。
「お侍・・・だと思う。」
「一々聞かねば答えられぬか?
そなたその侍の名を知っておろう。」
松倉はまたも刀を僅かに引いた。
「ひぇっ。
言う。
言うから命だけは勘弁してくれ。」
男は悲鳴を上げて涙目になっている。
「佐野十郎左衛門というお武家だ。」
「どこの侍だ。」
「そいつは知らねぇ。
本当だ。」
「年の頃は?」
「四十前後だ。
少なくとも五十にはなっちゃいねぇ。」
「紋所は?」
「紋所?
えーっと、うーん、・・・。
確か花菱紋だった。」
「間違いないか?」
「羽織についていたのが花菱紋だった。
俺の田舎の庄屋の紋と同じような形だったから覚えている。」
「わかった。
三次とやら、此度はその方の命、助けてとらす。
だが、江戸、品川界隈にいると死ぬことになるやもしれぬ。
今から旅に出るがいい。
少なくとも十年は戻って来るな。
これは餞別代りだ。」
松倉は、そういうと懐から小判を取り出して、男に渡した。
「さて、伝馬町に参ろうか?」
腰が抜けたように座り込んでいる男を置いて四人は元の道に戻り、日本橋を目指して歩き始めた。
暫くしてから、彩華が松倉に近づき小さな声で言った。
「佐野十郎左衛門という名に聞き覚えがございます。」
「そうか、彩華殿は知っておったか。
岡崎藩上屋敷の横目付組頭をしておる男のはずじゃ。」
彩華は目を見張った。
「松倉様もご存じでしたか?」
「顔を合わせたことはない。
だが、岡崎藩にそのような名前の藩士がいると知ってはいる。
歳は三十八じゃ。
家紋は三次が言うたように花菱紋、圓明流の目録を持っているはず。」
「はい、亡き父と同じ流派にございます。
父は皆伝を得ておりました。
岡崎四天王と呼ばれたは、父を筆頭に、佐野、塩崎それに木崎にございます。」
「そうか・・・。
二人が既に舞台を降り、残り二人がそなた達の敵に廻っておると言うことじゃ。」
彩華達は、その後ずっと黙り込んだ。
一行は、半時ほどで伝馬町の白木屋に辿り着いた。
白木屋の主人である伝兵衛に挨拶をした後、弥吉と小一郎は松倉と同じ離れに、彩華は母屋に部屋をあてがわれた。
それぞれが荷物をおいて、すぐに庭に集まった。
襷をかけて何れも刀を携えている。
三人ともに真剣な顔をしている。
これまでの三日で剣の重みがわかり、今また、相手にしている強大な敵の一部を知ったからである。
「三人とも中々にいい目つきをしておるな。
良い覚悟じゃ。
だが、ここでの稽古はそなた達の刀は使わぬ。
腰に差しておけばよい。
代わりにこれを使いなさい。」
そういって、松倉が彩華と小一郎に渡してくれたのは、刃渡り一尺五寸ほどの脇差であった。
だが手渡された脇差は、異様に重いものであった。
明らかに刀の倍以上の重さがある代物であった。
一方、弥吉には六尺ほどの棒を手渡した。
「弥吉殿が刀を振るうのは難しいようなのでな。
今から稽古をしてもいざというときには間に合わぬ。
むしろ、弥吉殿は棒術を稽古されたがよい。」
松倉がそう言い、松倉から指田っされた棒を受け取ろうとして、手を出した弥吉が棒を取り落した。
一見するとただの木の棒であるが、やはり凄く重いものであったのである。
「こ、これは・・・。
一体、何でできておるものでしょうか?」
「特製の棒でな。
中心に細い鉄心が埋め込まれて居る。
なまくら刀なればたたき折ることもできるはずじゃ。」
彩華も尋ねた。
「松倉様、この刀も見た目以上の重さがございます。
大刀以上に重いのでは?」
「左様、そなた達の腰の刀は二尺三寸ほどじゃろうが、今貸し与えた脇差はそれよりも四割ほど重い筈じゃ。
およそ三尺二寸の大太刀の重さと思えばよい。
その刀を自在に扱えるようになれば、そなた達の刀の重さは左程感じなくなるだろう。
剣を振るうには見切りが大事なのだが、それは後でもよい。
今はその刀と棒を自在に扱えるようひたすら稽古を積むことじゃ。
この白木屋での稽古はおおよそ一月、それから仇討に参ろう。」
金杉橋に差し掛かったあたりで、三人の顔つきの怪しい男たちが前からやってきた。
やり過ごそうと右によると男たちはわざと道を塞ぐように移動した。
それではと左によると、またも三人の男たちはその進路を塞ぐのである。
間違いなく意図してやっていることだ。
「済まぬが、道を開けてもらえぬか。」
彩華がそういうと、男たちは急に吠えだした。
「おうおう、てめえが俺っちの邪魔をしているんだろうが、変ないちゃもんをつけるんなら覚悟しろい。」
彩華は我慢した。
「左様か、では、お通り下され。」
身体を横にして、わざわざ道を開けた。
左程の事をしなくても道には二間ほどの余裕はあるが、敢えて町屋の軒先にまで下がったのである。
だが、男たちは更に吠えた。
「へっ、今更、道を譲ったところで許すはずがねえだろうが。
覚悟しな。」
そう言って、三人は一斉に懐から匕首を出した。
それが合図だったのか、更に4人ほどのごろつきが姿を現した。
三人は町屋の外壁を背後にぐるりと囲まれた。
だが、その時、ごろつきを追うように路地から出てきた侍がいた。
「おい、そこの三人は儂の知り合いだ。
確か、三次とか申したな。
懲りぬ奴だ。」
「あ、てめえは昨日のサンピン・・・。」
そう言うなり、男が逃げにかかった。
だが、松倉の動きは素早かった。
瞬時に逃げだそうとする男の背後に立つや、刀が閃いた。
ドスッと音がして、首の付け根に打撃を受けて男は悶絶した。
それを垣間見た他の6人ほどのごろつきは既に浮足立っていた。
「おい、他の者もかかって来るなら容赦はせぬぞ。
今度は峰打ちにはせん。
腕の一本や二本は無くなると思え。」
男たちは震え上がった。
実のところ、この侍の手並みは昨日の朝に襲って重々承知済みだった。
浪人を入れて十人ほどが襲ったのだが、たちまちのうちに峰打ちで倒されてしまったのである。
後ずさりし始めていた男達だが、松倉が一歩踏み出すと、一目散に逃げ出した。
松倉は刀を収めると、背後に倒れている男を仰向けにして、肩に担ぎあげた。
「橋を渡りきったところに空き地があるでな。
そこへ参ろうか。
この男に少々聞きたいことがある。」
歩きながら彩華は話しかけた。
「またも助けられてしまいましたが、松倉様は何故ここに?」
「良からぬ奴がそなた達を襲う恐れがあったのでな。
密かに警護をするつもりであった。」
確かにこうも災難が続けば、松倉の言う背後関係があるのではないかと不安になる。
橋を渡りきったところで、路地に入ってその先の空き地に入り込んだ。
松倉は男を地面に降ろし、頬にびんたを食らわせた。
男がようやく気づき、松倉の顔を見て慌てて逃げ腰になったが、男の首筋に刀の刃を当てられると動きを止めた。
「おぬし、此度の一件、誰に頼まれたか申せ。
さもなくば、胴から首が離れるぞ。」
「そんなことは言えねぇよ。
言えば殺される。」
「なるほど、では今死ぬか。」
松倉は冷たく言って刀を僅かに引いた。
忽ち首に血が滲みだしてきて男は悲鳴を上げる。
「痛ぇ。
止めてくれ。
言う。
言うから勘弁してくれ。」
「では正直に申せ。」
「お、親分から、中屋敷から娘かガキが出てきたら難癖をつけて殺してしまえと言われたんだ。
その時に中間風の爺が一緒だったらそいつも殺れと言われた。」
「親分とは?」
「しっ、品川一帯を縄張りにしている稲原の源蔵親分で・・・。」
「で、その源蔵は誰から頼まれた。」
男はぎくりとしたか僅かに身じろぎした。
「お侍・・・だと思う。」
「一々聞かねば答えられぬか?
そなたその侍の名を知っておろう。」
松倉はまたも刀を僅かに引いた。
「ひぇっ。
言う。
言うから命だけは勘弁してくれ。」
男は悲鳴を上げて涙目になっている。
「佐野十郎左衛門というお武家だ。」
「どこの侍だ。」
「そいつは知らねぇ。
本当だ。」
「年の頃は?」
「四十前後だ。
少なくとも五十にはなっちゃいねぇ。」
「紋所は?」
「紋所?
えーっと、うーん、・・・。
確か花菱紋だった。」
「間違いないか?」
「羽織についていたのが花菱紋だった。
俺の田舎の庄屋の紋と同じような形だったから覚えている。」
「わかった。
三次とやら、此度はその方の命、助けてとらす。
だが、江戸、品川界隈にいると死ぬことになるやもしれぬ。
今から旅に出るがいい。
少なくとも十年は戻って来るな。
これは餞別代りだ。」
松倉は、そういうと懐から小判を取り出して、男に渡した。
「さて、伝馬町に参ろうか?」
腰が抜けたように座り込んでいる男を置いて四人は元の道に戻り、日本橋を目指して歩き始めた。
暫くしてから、彩華が松倉に近づき小さな声で言った。
「佐野十郎左衛門という名に聞き覚えがございます。」
「そうか、彩華殿は知っておったか。
岡崎藩上屋敷の横目付組頭をしておる男のはずじゃ。」
彩華は目を見張った。
「松倉様もご存じでしたか?」
「顔を合わせたことはない。
だが、岡崎藩にそのような名前の藩士がいると知ってはいる。
歳は三十八じゃ。
家紋は三次が言うたように花菱紋、圓明流の目録を持っているはず。」
「はい、亡き父と同じ流派にございます。
父は皆伝を得ておりました。
岡崎四天王と呼ばれたは、父を筆頭に、佐野、塩崎それに木崎にございます。」
「そうか・・・。
二人が既に舞台を降り、残り二人がそなた達の敵に廻っておると言うことじゃ。」
彩華達は、その後ずっと黙り込んだ。
一行は、半時ほどで伝馬町の白木屋に辿り着いた。
白木屋の主人である伝兵衛に挨拶をした後、弥吉と小一郎は松倉と同じ離れに、彩華は母屋に部屋をあてがわれた。
それぞれが荷物をおいて、すぐに庭に集まった。
襷をかけて何れも刀を携えている。
三人ともに真剣な顔をしている。
これまでの三日で剣の重みがわかり、今また、相手にしている強大な敵の一部を知ったからである。
「三人とも中々にいい目つきをしておるな。
良い覚悟じゃ。
だが、ここでの稽古はそなた達の刀は使わぬ。
腰に差しておけばよい。
代わりにこれを使いなさい。」
そういって、松倉が彩華と小一郎に渡してくれたのは、刃渡り一尺五寸ほどの脇差であった。
だが手渡された脇差は、異様に重いものであった。
明らかに刀の倍以上の重さがある代物であった。
一方、弥吉には六尺ほどの棒を手渡した。
「弥吉殿が刀を振るうのは難しいようなのでな。
今から稽古をしてもいざというときには間に合わぬ。
むしろ、弥吉殿は棒術を稽古されたがよい。」
松倉がそう言い、松倉から指田っされた棒を受け取ろうとして、手を出した弥吉が棒を取り落した。
一見するとただの木の棒であるが、やはり凄く重いものであったのである。
「こ、これは・・・。
一体、何でできておるものでしょうか?」
「特製の棒でな。
中心に細い鉄心が埋め込まれて居る。
なまくら刀なればたたき折ることもできるはずじゃ。」
彩華も尋ねた。
「松倉様、この刀も見た目以上の重さがございます。
大刀以上に重いのでは?」
「左様、そなた達の腰の刀は二尺三寸ほどじゃろうが、今貸し与えた脇差はそれよりも四割ほど重い筈じゃ。
およそ三尺二寸の大太刀の重さと思えばよい。
その刀を自在に扱えるようになれば、そなた達の刀の重さは左程感じなくなるだろう。
剣を振るうには見切りが大事なのだが、それは後でもよい。
今はその刀と棒を自在に扱えるようひたすら稽古を積むことじゃ。
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