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第一章 仇を追う娘
1ー3 斯波家の事情
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番所から松倉と弥吉が戻ったのは半刻ほど後であり、完全に日は落ちて夜更けとなっていた。
相模屋の宿は生憎と満員に近く、四人とも相部屋となっていた。
今一つ別の部屋を一応は頼んだものの、番頭から予約も入っているので今のところ空いている部屋は無いと言われたのである。
仮に予約の客が来ない場合にはもう一部屋を当ててくれるとは約してくれていたが、四半時もしないうちにやはり満室になったと番頭が断りに来たのである。
本来宿場には七つ時にまでに入るのが普通であって、早い者は八つ時に宿を選定しているものである。
従って予約なしに暮れ六つに駆け込んでも、いい部屋が与えられないのは当然に止むを得ないことではある。
宿では満杯になると連れではない旅人でも相部屋となることはままあるものである。
尤も、武家が利用する場合、滅多に見知らぬ客同士を相部屋にはしないが、四人連れで来た客が男女に関わりなく同じ部屋に入れられることはしばしば起こり得ることだった。
それでも上部屋に当たる十畳間を与えられたから、衝立二つを使えば、四人でも十分に利用できる。
松倉と名乗る浪人と弥吉が番屋に行っている間にも既に宿の食事は出ていたが、律儀に彩華と小一郎は二人が戻るのを待っていた。
宿の一室で、彩華と小一郎は、松倉宗徳と名乗った武士の顔を初めて見ることができた。
出会ったときから深編み傘のままで一度も素顔を見せていなかったからである。
道中羽織、裁付袴は土埃で多少汚れていたが、上等の生地であることが窺われ、小袖もまた如何にも上等のものであったから、どこかの大藩の藩士と言っても通じる風情であった。
髪は総髪にして背後に垂らし、細い組紐で束ねているところは彩華と同じである。
武士にしては月代の気配は見当たらない。
主家を持つ武士ならば月代を剃るのが当世流の身だしなみであるから、浪人であることに間違いはないのであろう。
但し、おそらくは精々二十代半ばまでかと思われる眉目秀麗な顔立ちは、とても一介の素浪人とは思えぬ風情があった。
彩華は思わず目を見張ったものである。
生まれ育った岡崎では、このようないい男に出会ったことが無かった。
彩華は女にしては背が高く、五尺四寸余りの背丈は、並みの男以上に上背がある。
だがそれ以上に松倉と言う浪人は上背があり、多くの大兵とは違って、すらりとした肢体を持っている。
おそらく背丈は五尺八寸から九寸ほどもあろう。
彩華よりも上背のある男でこれほど鼻筋の通った眉目秀麗な男には初めて出会った。
岡崎でも彩華よりも背の高い男はいたが、いかつい体格の者がほとんどであり、間違いなく醜男であった。
未だ成長期にある小一郎は五尺三寸足らず、中間の弥吉は五尺一寸そこそこである。
山道で見せた闘いの場面では、大柄な男であるにも関わらず、その動きは驚くほど速く、彩華の目ではとても捉えきれなかった。
しかも山賊六人はいずれも首の血脈を断たれて一刀の元に切り捨てられていたのである。
彩華の父である斯波重四郎も岡崎藩では名の知れた剣術家ではあったが、この若い武士のような峻烈さと凄味は無かったと覚えている。
そうして実際にその父は、岡崎城下で三人の剣客の闇討ちに会い、敢え無い最後を遂げたのである。
その時に傍についていたのが弥吉であった。
闇討ちの剣客は、塩崎勘兵衛、桑野宗二郎、葉山謙吾という岡崎藩士三名であった。
重四郎は武器を持たぬ弥吉を隅に控えさせ、三人に立ち向かった。
桑野は、重四郎に討ち果たされ、重四郎はなおも葉山謙吾の右腕に深手を与えたものの、その一瞬の合間に背後から塩崎勘兵衛に斬り付けられ、彩華の父は命を落とした。
父を斬り倒した塩崎は、生き残った弥吉を始末しようと一旦は刀を上げかけたが、折から近づいてきた数人の通行人の人目を避けるように、手負いの葉山を連れて逃げたのである。
翌日、葉山謙吾は死体となって城下の寺の境内で発見された。
藩の横目付の調べでは、葉山の腕の傷は致命傷にはならなかったはずであるが、そのほかに胸に致命傷となる刺創を負っていた。
但し、弥吉が見ていた限りはそのような傷は無かったはずである。
藩の横目付は、おそらく利き腕をやられて剣を握ることもできない葉山を、仲間の塩崎勘兵衛がお荷物になったので始末したのではないかと推測していた。
何故、三人の藩士が父斯波重四郎を闇討ちにしたのか理由は定かではない。
いずれにせよ塩崎勘兵衛はそのまま脱藩、姿をくらませたのである。
しかしながら、時に正徳三年、元禄赤穂義士の討ち入りからわずかに十一年しか経っておらず、何事につけ仇討が世に持て囃された時節である。
まして、岡崎藩主水野忠之は討ち入り後の赤穂義士九名を藩邸に預かった縁もあり、直ちに斯波家に対して仇討赦免状を下されて、塩崎勘兵衛を追うように命じたのである。
(( 因みに、赤穂の四十七士が預けられた四つの潘の中では、水野家の処遇が一番悪かったとの話が残る。
しかしながら、赤穂の四十七士は主君の仇を討った義士と言えども、現代に置き換えれば殺人罪で起訴拘留中の被疑者なのであり、水野邸はいわば拘置所若しくは未決拘留中の刑務所なのである。
仮に、現代で彼らに便宜を与え過ぎては逆に問題となるだろう。
まして藩侯の水野忠之は京都所司代に任じられたこともある幕府の重臣で有り、生真面目な堅物なのである。
将軍の裁定が終わるまでは、罪人として相応の扱いをせざるを得なかった一面もある。))
件の斯波家には、妻郁代三十六歳、娘彩華十七歳、そして元服間近の弟小一郎十四歳がいるだけで親族筋にも仇討をなすべき資格を有する者がいなかった。
仇討は殺された者の下位に有るものが為すのが定めであり、本来は妻、子弟及び家の郎党に限られた。
郁代は武家の出であり、相応の武術を習ってはいたものの、小一郎を生んでから体調を悪くし、ここ数年はようやく体調も落ち着いては来ていたが、郁代が仇討の旅に出ることはとても適わなかったことから、斯波の家からは彩華と小一郎、それに彩華が生まれる前から家に仕えてきた中間弥吉が仇討の旅に向かうことになったのである。
斯波家は、代々水野家番氏として家禄百石を頂戴してはいたが、父重四郎がその剣の腕を買われて番氏から剣術指南役として引き立てられ、二十石の加増があった。
藩の剣術指南役であるから、その弟子も数十名に及んではいたが、あいにくと藩内では岡崎四天王の一人と言われた塩崎に匹敵する腕を有する弟子は岡崎には居なかった。
江戸上屋敷にいる木崎要之助と、横目付組頭佐野十郎左衛門が、おそらくは塩崎に匹敵する腕を持つ者と見做され、彩華たちは、江戸上屋敷でその木崎と落ち合うために江戸へ向かっている最中であったのである。
松倉は寡黙な男であり、口を挟まずに、弥吉と彩華がそのように切々と訴える身の上話を黙って聞いていた。
彩華はこの松倉の素性なども聞きたかったのだが、彩華達の話が一段落するとすぐに松倉が言った。
「明日の出立も早いであろう。
今宵はこれで休むことにいたそう。」
その夜、彩華は何故か興奮して中々寝付けなかった。
昼間、目の前で六人もの命が奪われ、血を見た所為もあるかもしれないが、それにもまして松倉なる若い浪人が気にかかるのである。
衝立を隔てて弥吉と小一郎が、さらにもう一つ衝立を隔てて松倉が寝ているのだが、同じ部屋に松倉が寝ていると思うだけで気が高ぶるのである。
彩華の一目惚れの初恋であった。
それでも初めて箱根を超えた旅の疲れは、彩華をいつしか眠りに就かせていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
9月3日より、「二つのR ~ 守護霊にResistanceとReactionを与えられた」を投稿しています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/792488792/263902401
ご一読いただければ幸いです。
By サクラ近衛将監
相模屋の宿は生憎と満員に近く、四人とも相部屋となっていた。
今一つ別の部屋を一応は頼んだものの、番頭から予約も入っているので今のところ空いている部屋は無いと言われたのである。
仮に予約の客が来ない場合にはもう一部屋を当ててくれるとは約してくれていたが、四半時もしないうちにやはり満室になったと番頭が断りに来たのである。
本来宿場には七つ時にまでに入るのが普通であって、早い者は八つ時に宿を選定しているものである。
従って予約なしに暮れ六つに駆け込んでも、いい部屋が与えられないのは当然に止むを得ないことではある。
宿では満杯になると連れではない旅人でも相部屋となることはままあるものである。
尤も、武家が利用する場合、滅多に見知らぬ客同士を相部屋にはしないが、四人連れで来た客が男女に関わりなく同じ部屋に入れられることはしばしば起こり得ることだった。
それでも上部屋に当たる十畳間を与えられたから、衝立二つを使えば、四人でも十分に利用できる。
松倉と名乗る浪人と弥吉が番屋に行っている間にも既に宿の食事は出ていたが、律儀に彩華と小一郎は二人が戻るのを待っていた。
宿の一室で、彩華と小一郎は、松倉宗徳と名乗った武士の顔を初めて見ることができた。
出会ったときから深編み傘のままで一度も素顔を見せていなかったからである。
道中羽織、裁付袴は土埃で多少汚れていたが、上等の生地であることが窺われ、小袖もまた如何にも上等のものであったから、どこかの大藩の藩士と言っても通じる風情であった。
髪は総髪にして背後に垂らし、細い組紐で束ねているところは彩華と同じである。
武士にしては月代の気配は見当たらない。
主家を持つ武士ならば月代を剃るのが当世流の身だしなみであるから、浪人であることに間違いはないのであろう。
但し、おそらくは精々二十代半ばまでかと思われる眉目秀麗な顔立ちは、とても一介の素浪人とは思えぬ風情があった。
彩華は思わず目を見張ったものである。
生まれ育った岡崎では、このようないい男に出会ったことが無かった。
彩華は女にしては背が高く、五尺四寸余りの背丈は、並みの男以上に上背がある。
だがそれ以上に松倉と言う浪人は上背があり、多くの大兵とは違って、すらりとした肢体を持っている。
おそらく背丈は五尺八寸から九寸ほどもあろう。
彩華よりも上背のある男でこれほど鼻筋の通った眉目秀麗な男には初めて出会った。
岡崎でも彩華よりも背の高い男はいたが、いかつい体格の者がほとんどであり、間違いなく醜男であった。
未だ成長期にある小一郎は五尺三寸足らず、中間の弥吉は五尺一寸そこそこである。
山道で見せた闘いの場面では、大柄な男であるにも関わらず、その動きは驚くほど速く、彩華の目ではとても捉えきれなかった。
しかも山賊六人はいずれも首の血脈を断たれて一刀の元に切り捨てられていたのである。
彩華の父である斯波重四郎も岡崎藩では名の知れた剣術家ではあったが、この若い武士のような峻烈さと凄味は無かったと覚えている。
そうして実際にその父は、岡崎城下で三人の剣客の闇討ちに会い、敢え無い最後を遂げたのである。
その時に傍についていたのが弥吉であった。
闇討ちの剣客は、塩崎勘兵衛、桑野宗二郎、葉山謙吾という岡崎藩士三名であった。
重四郎は武器を持たぬ弥吉を隅に控えさせ、三人に立ち向かった。
桑野は、重四郎に討ち果たされ、重四郎はなおも葉山謙吾の右腕に深手を与えたものの、その一瞬の合間に背後から塩崎勘兵衛に斬り付けられ、彩華の父は命を落とした。
父を斬り倒した塩崎は、生き残った弥吉を始末しようと一旦は刀を上げかけたが、折から近づいてきた数人の通行人の人目を避けるように、手負いの葉山を連れて逃げたのである。
翌日、葉山謙吾は死体となって城下の寺の境内で発見された。
藩の横目付の調べでは、葉山の腕の傷は致命傷にはならなかったはずであるが、そのほかに胸に致命傷となる刺創を負っていた。
但し、弥吉が見ていた限りはそのような傷は無かったはずである。
藩の横目付は、おそらく利き腕をやられて剣を握ることもできない葉山を、仲間の塩崎勘兵衛がお荷物になったので始末したのではないかと推測していた。
何故、三人の藩士が父斯波重四郎を闇討ちにしたのか理由は定かではない。
いずれにせよ塩崎勘兵衛はそのまま脱藩、姿をくらませたのである。
しかしながら、時に正徳三年、元禄赤穂義士の討ち入りからわずかに十一年しか経っておらず、何事につけ仇討が世に持て囃された時節である。
まして、岡崎藩主水野忠之は討ち入り後の赤穂義士九名を藩邸に預かった縁もあり、直ちに斯波家に対して仇討赦免状を下されて、塩崎勘兵衛を追うように命じたのである。
(( 因みに、赤穂の四十七士が預けられた四つの潘の中では、水野家の処遇が一番悪かったとの話が残る。
しかしながら、赤穂の四十七士は主君の仇を討った義士と言えども、現代に置き換えれば殺人罪で起訴拘留中の被疑者なのであり、水野邸はいわば拘置所若しくは未決拘留中の刑務所なのである。
仮に、現代で彼らに便宜を与え過ぎては逆に問題となるだろう。
まして藩侯の水野忠之は京都所司代に任じられたこともある幕府の重臣で有り、生真面目な堅物なのである。
将軍の裁定が終わるまでは、罪人として相応の扱いをせざるを得なかった一面もある。))
件の斯波家には、妻郁代三十六歳、娘彩華十七歳、そして元服間近の弟小一郎十四歳がいるだけで親族筋にも仇討をなすべき資格を有する者がいなかった。
仇討は殺された者の下位に有るものが為すのが定めであり、本来は妻、子弟及び家の郎党に限られた。
郁代は武家の出であり、相応の武術を習ってはいたものの、小一郎を生んでから体調を悪くし、ここ数年はようやく体調も落ち着いては来ていたが、郁代が仇討の旅に出ることはとても適わなかったことから、斯波の家からは彩華と小一郎、それに彩華が生まれる前から家に仕えてきた中間弥吉が仇討の旅に向かうことになったのである。
斯波家は、代々水野家番氏として家禄百石を頂戴してはいたが、父重四郎がその剣の腕を買われて番氏から剣術指南役として引き立てられ、二十石の加増があった。
藩の剣術指南役であるから、その弟子も数十名に及んではいたが、あいにくと藩内では岡崎四天王の一人と言われた塩崎に匹敵する腕を有する弟子は岡崎には居なかった。
江戸上屋敷にいる木崎要之助と、横目付組頭佐野十郎左衛門が、おそらくは塩崎に匹敵する腕を持つ者と見做され、彩華たちは、江戸上屋敷でその木崎と落ち合うために江戸へ向かっている最中であったのである。
松倉は寡黙な男であり、口を挟まずに、弥吉と彩華がそのように切々と訴える身の上話を黙って聞いていた。
彩華はこの松倉の素性なども聞きたかったのだが、彩華達の話が一段落するとすぐに松倉が言った。
「明日の出立も早いであろう。
今宵はこれで休むことにいたそう。」
その夜、彩華は何故か興奮して中々寝付けなかった。
昼間、目の前で六人もの命が奪われ、血を見た所為もあるかもしれないが、それにもまして松倉なる若い浪人が気にかかるのである。
衝立を隔てて弥吉と小一郎が、さらにもう一つ衝立を隔てて松倉が寝ているのだが、同じ部屋に松倉が寝ていると思うだけで気が高ぶるのである。
彩華の一目惚れの初恋であった。
それでも初めて箱根を超えた旅の疲れは、彩華をいつしか眠りに就かせていた。
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