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第一章 仇を追う娘
1ー2 深編笠の浪人
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「やれやれ、人がせっかく親切に言うてやっているのに、それほど死に急ぐか?
ふん、止むを得んな。
邪魔な男二人は殺ってしまえ。
女は生かしておけ。」
男たちはその声で一斉に刀を抜き始めたが、その動きはいかにも鷹揚である。
既に三人連れの構えから、取るに足りない腕前と判断したようである。
三人の中で多少腕の立つのが女、次に小僧、ほとんど剣術にならぬのが老爺と見切っている。
ましてこれまで供に幾多の修羅場を潜ってきた六人もの猛者が揃っているのだ。
かなりの剣客であっても倍の人数の相応の腕を持つ侍に囲まれたなら、生き残るのは難しいであろう。
一本差しの老爺は中間であろうか。
用心のための道中差しではあっても剣術の修練は余りしたことのない様子が伺える。
それでも、健気に主筋の二人の姉弟を背後に庇って、必死の形相で太刀を左右に振って威嚇をしている。
浪人の男たちは構えもせずに無造作に歩を進めた。
そうして中でも一番大柄な浪人が邪魔な老爺を一刀のもとに切り捨てようと大上段に振りかぶった途端、男の利き腕にこぶし大の礫がバシッと音を立てて当たった。
件の浪人はその一撃で大刀を落としてしまった。
それほど痛烈な礫であった。
「誰だ。」
男たちは一斉に礫が飛んできた方向を見据えた。
何時現れたのか十間ほど箱根寄りの方向に深編み傘を被り、道中羽織と裁付袴に二本差しの男が一人歩み進んで来ていた。
箱根側のなだらかな坂道は、多少曲がっているものの三町ほどは、藪の中に入らぬ限り、隠れる場所などない道であったから、男が近づいてきたことに気づかない方がおかしなことであったが、多少苛ついた男たちにとってそのようなことにまで頭が回らなかった。
一方の襲われかけた三人連れは周囲の浪人たちに気を取られていたからその武家が何時現れたのかは全く気付かなかった。
浪人傘と呼ばれる深編み傘を被ったその武家は、そのまま無頓着にそのまま歩みを進めてくる。
「誰かと問われて山賊相手に名乗る名は持たぬ。
そのまま引き上げるならばよし。
さもなくば、後々悪さができぬように成敗いたす。」
柄袋を外しながら、浪人傘の武家からそのような声が届いた。
男の歩みは速く、既に間近の三人の浪人との間合いは二間(約3.8m)を切っていた。
間合いを詰められて慌てたのは、箱根側を固めていた浪人三人であり、一斉に深編み傘の武士に切りかかった。
とは言いながら、さほど道幅が広くはない山道であり、浪人たちが斬りつけるには上段からの真っ向斬り下ろししかなかった。
横殴りに斬りつければ同輩を傷つける恐れがあるからであり、また、三人の動きにはどうしても遅速が生じる。
一つには僅かの時間差をおいての斬り付けが、一人に対抗するには非常に有効な手立てとなることをこの浪人たちは実戦で知っていた。
初太刀を受け太刀すれば二の太刀が襲い、その二の太刀を躱しても三の太刀が相次いで襲うからである。
如何な腕達者と言えど、この仕掛けに抗する術は無い筈であった。
だがその遅速を見切ったのか、鋭い切り下ろしの太刀を一寸の見切りで躱しつつ、深編み傘の武士の姿が一瞬霞むほどの瞬速の動きで左右に揺れ動いた時には三人の浪人が相次いで血飛沫を上げて倒れていた。
深編み傘の武士がいつ刀を抜いたのか判らぬほどの早業であった。
仲間三人が瞬時の間に倒され、一瞬怯んだ残りの三人であるが、その男たちが構え直す暇も与えぬほどの速さで右手に刀を引っさげた深編み傘の武士が走った。
抜身の刀を構えている三人の旅人の脇をあっという間もなくすり抜けたときには、優に七間ほどもあったはずの間合いが一瞬のうちに消えていた。
恐慌を来した残りの浪人三人が同じ戦法で斬りかかったが、刃を打ち合うことも無く、ズバッ、ズバッ、ズバッという音が連続して聞こえた直後、男たち三人が相次いで道端に倒れ伏した。
深編み傘の武士は、一振り血振りをくれ、懐紙を取り出して刀に付いた血のりをふき取りながら三人連れに声をかけた。
「怪我はなかったか?」
呆気にとられていた三人がその声で慌てて刀を収め、女武者を筆頭に深編み傘の武士の周囲に相次いで片膝をついて礼を言った。
「危ういところをお助けいただき誠に忝く存じます。
私は元岡崎藩剣術指南役斯波重四郎が娘にて彩華、これなるは私の弟にて小一郎、そうして今一人は我が家の中間にて弥吉と申しまする。
恐れいりまするが、是非に御名をお聞かせ下されませ。」
「ふむ、儂の名か・・・。
賊とは云え、六人もの命を殺めて名乗らぬわけにも行かぬか・・・。
儂は、松倉宗徳という素浪人だ。
それよりも、この者達の亡骸をこのまま道端に置いておくわけにも行かぬな。
かと申して箱根か小田原へ運ぶには手が足りぬし・・・。
止むを得ぬ。
弥吉殿とやら、手を貸してくれぬか。
このまま骸を放置しておいては旅人が迷惑しよう。
そこな茂みに当座は隠して目印をつけておこう。
死肉を食らう獣に齧られるやも知れぬが、それもやむを得まい。
我らがこの者達の墓を造るほどの暇も義理もないでな。
いずれにせよ最寄りの番所には届けねばなるまい。」
男はそう言うと、刀を鞘に戻し、路傍に倒れ伏している山賊どもの一人の手を掴んだ。
仰向けにすると、男たちの首のあたりに深い切り傷が見えた。
中間の弥吉が慌てて傍らに寄り、斬り捨てられた山賊の足を持った。
そのまま、二人は山賊どもが出てきた茂みの中へ遺骸を運び始めた。
彩華と小一郎が手伝おうとすると、彩華は止められた。
「このような仕事は、女子がするものではない。
すぐに片付くでな。
黙って見ているがいい。
小一郎殿は男故、弥吉殿を手伝ってくれるか。
足を二人で持ってくれると助かる。」
そう言われてしまっては、かえって足手まといになるかも知れない彩華が手を出すわけには行かなかった。
程なく山賊どもの骸は全て茂みの中へ隠された。
深編み傘の武士は、弥吉に命じて近くの立ち木に浪人の身に付けていた帯を街道からも見えるように結びつけてもらった。
「さて、お手前方はいずれに参られるのかな?
これから箱根に向かうは如何にも危ないが・・・。」
彩華が返事をした。
「これより私どもは江戸の岡崎藩邸に向かう途上にございます。」
「左様か。
なれば、道行は一緒。
少なくとも小田原までは一緒に参ろうか。」
「はい、お差支え無くば、是非にご同道をお願い申します。」
彩華は素直に同行を願い出た。
先ほどの驚嘆すべき動きを見る限り、一緒に歩く限りは頼もしい連れになるのは間違いないからである。
こうして三人連れは四人連れとなって小田原へと歩き始めた。
陽が次第に傾く中での道中、相応に急ぎ足であったこともあって、ほとんど会話はなかった。
そうした急ぎ旅にもかかわらず、松倉と言う浪人が遅れがちになる彩華に気遣って、歩みを時折緩めてくれているのが彩華にはわかっていた。
四人が小田原宿にようやく辿り着いたのは、暮れ六つ間近であった。
既に西の空が真っ赤な夕焼けに染まっていた。
小田原宿の相模屋に宿を取った後、松倉と弥吉は旅籠の玄関先からそのまま番所に向かった。
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9月3日より、「二つのR ~ 守護霊にResistanceとReactionを与えられた」を投稿しています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/792488792/263902401
よろしければご一読ください。
By サクラ近衛将監
ふん、止むを得んな。
邪魔な男二人は殺ってしまえ。
女は生かしておけ。」
男たちはその声で一斉に刀を抜き始めたが、その動きはいかにも鷹揚である。
既に三人連れの構えから、取るに足りない腕前と判断したようである。
三人の中で多少腕の立つのが女、次に小僧、ほとんど剣術にならぬのが老爺と見切っている。
ましてこれまで供に幾多の修羅場を潜ってきた六人もの猛者が揃っているのだ。
かなりの剣客であっても倍の人数の相応の腕を持つ侍に囲まれたなら、生き残るのは難しいであろう。
一本差しの老爺は中間であろうか。
用心のための道中差しではあっても剣術の修練は余りしたことのない様子が伺える。
それでも、健気に主筋の二人の姉弟を背後に庇って、必死の形相で太刀を左右に振って威嚇をしている。
浪人の男たちは構えもせずに無造作に歩を進めた。
そうして中でも一番大柄な浪人が邪魔な老爺を一刀のもとに切り捨てようと大上段に振りかぶった途端、男の利き腕にこぶし大の礫がバシッと音を立てて当たった。
件の浪人はその一撃で大刀を落としてしまった。
それほど痛烈な礫であった。
「誰だ。」
男たちは一斉に礫が飛んできた方向を見据えた。
何時現れたのか十間ほど箱根寄りの方向に深編み傘を被り、道中羽織と裁付袴に二本差しの男が一人歩み進んで来ていた。
箱根側のなだらかな坂道は、多少曲がっているものの三町ほどは、藪の中に入らぬ限り、隠れる場所などない道であったから、男が近づいてきたことに気づかない方がおかしなことであったが、多少苛ついた男たちにとってそのようなことにまで頭が回らなかった。
一方の襲われかけた三人連れは周囲の浪人たちに気を取られていたからその武家が何時現れたのかは全く気付かなかった。
浪人傘と呼ばれる深編み傘を被ったその武家は、そのまま無頓着にそのまま歩みを進めてくる。
「誰かと問われて山賊相手に名乗る名は持たぬ。
そのまま引き上げるならばよし。
さもなくば、後々悪さができぬように成敗いたす。」
柄袋を外しながら、浪人傘の武家からそのような声が届いた。
男の歩みは速く、既に間近の三人の浪人との間合いは二間(約3.8m)を切っていた。
間合いを詰められて慌てたのは、箱根側を固めていた浪人三人であり、一斉に深編み傘の武士に切りかかった。
とは言いながら、さほど道幅が広くはない山道であり、浪人たちが斬りつけるには上段からの真っ向斬り下ろししかなかった。
横殴りに斬りつければ同輩を傷つける恐れがあるからであり、また、三人の動きにはどうしても遅速が生じる。
一つには僅かの時間差をおいての斬り付けが、一人に対抗するには非常に有効な手立てとなることをこの浪人たちは実戦で知っていた。
初太刀を受け太刀すれば二の太刀が襲い、その二の太刀を躱しても三の太刀が相次いで襲うからである。
如何な腕達者と言えど、この仕掛けに抗する術は無い筈であった。
だがその遅速を見切ったのか、鋭い切り下ろしの太刀を一寸の見切りで躱しつつ、深編み傘の武士の姿が一瞬霞むほどの瞬速の動きで左右に揺れ動いた時には三人の浪人が相次いで血飛沫を上げて倒れていた。
深編み傘の武士がいつ刀を抜いたのか判らぬほどの早業であった。
仲間三人が瞬時の間に倒され、一瞬怯んだ残りの三人であるが、その男たちが構え直す暇も与えぬほどの速さで右手に刀を引っさげた深編み傘の武士が走った。
抜身の刀を構えている三人の旅人の脇をあっという間もなくすり抜けたときには、優に七間ほどもあったはずの間合いが一瞬のうちに消えていた。
恐慌を来した残りの浪人三人が同じ戦法で斬りかかったが、刃を打ち合うことも無く、ズバッ、ズバッ、ズバッという音が連続して聞こえた直後、男たち三人が相次いで道端に倒れ伏した。
深編み傘の武士は、一振り血振りをくれ、懐紙を取り出して刀に付いた血のりをふき取りながら三人連れに声をかけた。
「怪我はなかったか?」
呆気にとられていた三人がその声で慌てて刀を収め、女武者を筆頭に深編み傘の武士の周囲に相次いで片膝をついて礼を言った。
「危ういところをお助けいただき誠に忝く存じます。
私は元岡崎藩剣術指南役斯波重四郎が娘にて彩華、これなるは私の弟にて小一郎、そうして今一人は我が家の中間にて弥吉と申しまする。
恐れいりまするが、是非に御名をお聞かせ下されませ。」
「ふむ、儂の名か・・・。
賊とは云え、六人もの命を殺めて名乗らぬわけにも行かぬか・・・。
儂は、松倉宗徳という素浪人だ。
それよりも、この者達の亡骸をこのまま道端に置いておくわけにも行かぬな。
かと申して箱根か小田原へ運ぶには手が足りぬし・・・。
止むを得ぬ。
弥吉殿とやら、手を貸してくれぬか。
このまま骸を放置しておいては旅人が迷惑しよう。
そこな茂みに当座は隠して目印をつけておこう。
死肉を食らう獣に齧られるやも知れぬが、それもやむを得まい。
我らがこの者達の墓を造るほどの暇も義理もないでな。
いずれにせよ最寄りの番所には届けねばなるまい。」
男はそう言うと、刀を鞘に戻し、路傍に倒れ伏している山賊どもの一人の手を掴んだ。
仰向けにすると、男たちの首のあたりに深い切り傷が見えた。
中間の弥吉が慌てて傍らに寄り、斬り捨てられた山賊の足を持った。
そのまま、二人は山賊どもが出てきた茂みの中へ遺骸を運び始めた。
彩華と小一郎が手伝おうとすると、彩華は止められた。
「このような仕事は、女子がするものではない。
すぐに片付くでな。
黙って見ているがいい。
小一郎殿は男故、弥吉殿を手伝ってくれるか。
足を二人で持ってくれると助かる。」
そう言われてしまっては、かえって足手まといになるかも知れない彩華が手を出すわけには行かなかった。
程なく山賊どもの骸は全て茂みの中へ隠された。
深編み傘の武士は、弥吉に命じて近くの立ち木に浪人の身に付けていた帯を街道からも見えるように結びつけてもらった。
「さて、お手前方はいずれに参られるのかな?
これから箱根に向かうは如何にも危ないが・・・。」
彩華が返事をした。
「これより私どもは江戸の岡崎藩邸に向かう途上にございます。」
「左様か。
なれば、道行は一緒。
少なくとも小田原までは一緒に参ろうか。」
「はい、お差支え無くば、是非にご同道をお願い申します。」
彩華は素直に同行を願い出た。
先ほどの驚嘆すべき動きを見る限り、一緒に歩く限りは頼もしい連れになるのは間違いないからである。
こうして三人連れは四人連れとなって小田原へと歩き始めた。
陽が次第に傾く中での道中、相応に急ぎ足であったこともあって、ほとんど会話はなかった。
そうした急ぎ旅にもかかわらず、松倉と言う浪人が遅れがちになる彩華に気遣って、歩みを時折緩めてくれているのが彩華にはわかっていた。
四人が小田原宿にようやく辿り着いたのは、暮れ六つ間近であった。
既に西の空が真っ赤な夕焼けに染まっていた。
小田原宿の相模屋に宿を取った後、松倉と弥吉は旅籠の玄関先からそのまま番所に向かった。
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