仇討ちの娘

サクラ近衛将監

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第一章 仇を追う娘

1ー1 箱根越え

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 皐月さつきの半ば、八つ時(午後二時から四時頃)の頃合いに、新緑に覆われた箱根の石畳の山道を東に急ぐ三人連れがいた。
 箱根特有の石畳はほとんど平らな箇所は無く、特別に大石が用いられた階段状の場所はともかく、大小さまざまな石が敷き詰められている道で、雨模様の天候にも泥濘ぬかるみにならないことが利点ではあるものの、草鞋履ぞうりばきの旅人にとっては左程歩きやすい道ではない。

 時に石を踏み外すと足をくじいたりすることもある。
 足元に注意を払いながら、ゆっくりと上り下りするのが旅の者の心得である。

 専ら公家若しくは大名が利用できる官許の畑宿はたじゅくの入り口を過ぎて六、七町ばかりであろうか、いずれも菅笠すげがさかぶった三人は、杖を片手に歩んでおり、時折吹き出る汗を首にかけている手拭いでぬぐっている。
 一人は裁付袴たっつけばかまの男でびんには白いものが交じっていることから、四十代も半ばか五十路に入っているやも知れない。

 背丈は左程無いものの猪首いくびで身体つきのがっしりとした男である。
 背中に荷物をかつぎ、道中差ぞうちゅうざしの一刀のみを腰に差していることからさむらいではないことがわかる。

 残りの二人は野袴のばかまを履き、道中羽織どうちゅうばおりまとった二本差しであり、侍と思える扮装に道中嚢どうちゅうのうを背負っている。
 二人は何れも若く、少し身長が低い方は元服前とみえて前髪が残っている。

 今一人は総髪を背後に垂らし、遠目には男のようにも見えるが、近くに寄って良く見ると丸みを帯びた体型と胸の張りで若い女とわかる。
 その三人の旅人の進路をふさぐように、前方の茂みの陰からむくつけき男たちが不意に現れた。

 無精ぶしょうひげを生やし、顔も襟首えりくびあかで黒くなっており、月代さかやきも伸び放題、汚れた破ればかまと着衣であるから、一目で浪人とわかる風情ふぜいである。
 男たちは三人、五間(約9m)ほど先のやぶから出て、一間幅もない山道を塞いでいる。

 両側が少し切り立った土手になっており、道自体が谷の底のようになっている場所であるから、この男たちを避けて通れるような道はない。
 三人連れの旅人が一斉に腰を落とし、刀に手を掛け、柄袋つかぶくろを外して身構えたのを余所よそに、浪人の一人が言った。

「ここは箱根の二つ目の関所じゃぁ。
 命まで取るとは言わん。
 身ぐるみいで置いて行け。
 おっ、ん?
 よう見れば、一人は女子おなごではないか。
 よおし、お前は我らのなぐさみ者にしてやろうではないか。」

 男の言葉どおり、そこは箱根の関所を超えて、小田原宿方面へ二里ばかりの場所である。
 次の宿場町小田原宿まではまだ二里近くもある。

 箱根宿で泊まる場合は、朝方には通過する場所であり、三島宿を立つ場合でも早立ちならば、九つ時までには通過していなければならない場所である。
 箱根から小田原に至る下りの半分を過ぎた辺りとは言いながら、登り下がりが未だ続く道であり、足元も決して平らではない。

 平地では一刻で歩き通せる距離も、石畳の山道では倍以上掛かることもあるのである。
 このままでは日暮れまでに小田原宿に辿り着けない可能性もある。

 従って、箱根の山道も旅人の行き交いが徐々に途絶え始めてもう半時ほどになるだろう。
 何か事情があったやも知れぬが、そうした時刻にこの山道に差し掛かった三人連れにとっては不運であった。

 人が途絶えたのを見計らったように山賊ともおぼしき男たちが現れたのである。
 旅姿の三人連れは既に柄袋を外して鯉口こいぐちを切っており、いつでも刀を抜けるようにしているが、不逞ふてい浪人どもは刀に手もかけておらず、懐手ふところでのまま悠然ゆうぜんとしている。

 若い武士が甲高い声で言った。

「無礼者。
 姉上に向かっての雑言ぞうごん、許さぬぞ。」

 髭面ひげづらの比較的小柄な男の一人がその言葉に応じた。

「ほう、許さぬとな。
 小僧っこが、こましゃくれたことを言うわ。
 だが、その腰つきでは人を斬るのはまず無理だな。
 真剣はな、道場で竹刀を振るようなわけには行かぬぞ。
 それにな。
 我らは三人だけではない。
 ほれ、後ろにも三人いるでな。
 怪我をせぬうちに身ぐるみ剥いで置いて行け。
 我らも無益な殺生せっしょうはしたくはないでな。」

 そう言ってせせら笑う男の声を裏付けるように、背後の茂みからがさがさと音がして、更に三人の浪人者が現れた。
 退路を断たれ、若侍は抜刀した。

 次いで鬢に白髪もやや交じった老爺も急いで荷物を道端に置くと道中差しを抜き、女武者も刀を抜いて構えた。

「やれやれ、人がせっかく親切に言うてやっているのに、それほど死に急ぐか?
 ふん、止むを得んな。
 邪魔な男二人は殺ってしまえ。
 女は生かしておけ。」

 男たちはその声で一斉に刀を抜き始めたが、その動きはいかにも鷹揚おうようである。
 浪人たちは、既に三人連れの構えから見て、取るに足りない腕前と判断したようである。

 三人の中で多少腕の立つのが女、次に小僧、ほとんど剣術にならぬのが老爺ろうやと見切っている。
 ましてこれまで供に幾多の修羅場しゅらばくぐってきた六人もの猛者もさそろっているのだ。

 かなり腕の立つ剣客であっても、倍の人数の相応の腕を持つ侍に囲まれたなら、生き残るのは難しいであろう。
 おそらく、一本差しの老爺は中間であろうか。

 用心のための道中差しではあっても、剣術の修練は余りしたことのない様子が伺える。
 それでも、健気けなげ主筋しゅすじの二人の姉弟を背後にかばって、必死の形相で太刀を左右に振って威嚇いかくをしている。

 浪人の男たちは構えもせずに無造作に歩を進めた。
 そうして中でも一番大柄な浪人が、邪魔な老爺を一刀のもとに切り捨てようと大上段に振りかぶった途端、男の利き腕にこぶし大のつぶてがばしっと音を立てて当たった。

 件の浪人はその一撃で大刀を落としてしまった。
 それほど痛烈な礫であった。

「誰だ。」

 男たちは一斉に礫が飛んできた方向を見据えた。
 何時現れたのか、十間ほど箱根寄りの方向に深編み傘を被り、道中羽織と裁付袴に二本差しの男が一人たたずんでいた。

 箱根側のなだらかな坂道は、多少曲がっているものの、三町ほどは隠れる場所などない道であったから、男が近づいてきたことに気づかない方がおかしなことであったが、多少いらついた男たちにとってそのようなことにまで頭が回らなかった。
 一方の襲われかけた三人連れは周囲の浪人たちに気を取られていたから、その武家が何時現れたのかは全く気付かなかった。

 浪人傘と呼ばれる深編み傘を被ったその武家は、そのまま無頓着むとんちゃくにそのまま歩みを進めてくる。

「誰かと問われて、山賊相手に名乗る名は持たぬ。
 そのまま引き上げるならばよし。
 さもなくば、後々悪さができぬように成敗せいばいいたす。」

 柄袋を外しながら浪人傘の武家からそのような声が届いた。
 男の歩みは意外に速く、既に間近の三人の浪人との間合いは二間を切っていた。

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 毎週木曜日午後10時に、概ね一話三千字を目途に投稿したいと考えています。
 どうぞよろしく。

  By サクラ近衛将監
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