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第十二章 異世界探訪

12ー18 クィンテス その四(ハフリード沖海戦)

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 ヨール暦819年春季レナ月(2月かな?)17日、ドルザック原理主義共和国が侵攻作戦を発動した。
 マリドール諸島北部に駐留するロバーナ連邦海軍の第二艦隊の駐留基地を奇襲することで戦争が始まったのだ。

 ロバーナ連邦海軍の第二艦隊を統括指揮しているのは、エナゼリス島のボノラ湾基地港内に置かれている第二艦隊司令部だった。
 第二艦隊司令部のブロンバース提督は、相応に優秀な男であったが、クレボナス大陸の動きについては諜報機関任せにして、マリドール諸島南部に駐留するドルザック原理主義共和国海軍の分遣隊の動きを見張らせていた。

 このために夜陰に乗じて北上してきたドルザック原理主義共和国の主力艦隊の動きをとらえきれていなかった。
 確かにここ十日ほどの間に、分遣隊の動きが活発化しており、ロバーナ連邦が実質領有しているマリドール諸島北部域への侵犯回数が増えていたので、警戒レベルを上げてはいたのだ。

 ブロンバース提督は、いつもの挑発行為ととらえて、それが陽動作戦だったことには気づかなかったのだ。
 ヨール暦819年春季レナ月17日の払暁、ブロンバース提督は、従卒であるグレノドール小丞(少尉相当?)から揺り動かされるまで惰眠をむさぼっていた。

「提督、敵襲です。
 ドルザック軍の本隊がエナゼリスに接近しております。
 先ほど警戒域に侵入したと当直の哨戒艦から急報がありました。
 艦隊規模はいまだ詳細には把握できていませんが、少なくとも40隻以上の大艦隊であり、中に三隻異様な大きさの戦艦が存在するとの第一報です。」

 寝起きのために未だ頭が働いていないブロンバースであったが、遠くで大きな爆発音が聞こえて飛び起きた。

<砲撃か?
 うちの要塞砲はなぜ沈黙している?
 まさか、敵は,内懐に潜り込んでいるというのか⁉>

 ブロンバース提督の常識では、要塞砲は12レブまでの射程を持つが、艦砲はせいぜい8レブ程度しか届かないはずだった。
 すぐさまに軍服に着替えて、司令部に直行するが、その間もやや間を置きながらも爆発音が轟いている。

 爆発煙から見て、どうやら要塞砲そのものが砲撃されている様だ。
 撃たれているにもかかわらず要塞砲が沈黙しているのは、要塞砲の射程距離外からの砲撃と見做すべきだった。

 そうして司令部に到達した時点で、6つの要塞砲のうち二つが破壊され、残り四つは射程外で撃てないことが判明した。
 つまりはアウトレンジで一方的に攻撃を受けている状況にある。

 直ちに在泊艦艇全てに緊急出動を令したが、生憎と今日は本国ではラバーズ大祭で休日扱いのために、直ちに出港できる艦艇は非常に少なかったのだ。
 おそらく戦艦クラスが出向できるまでには一刻ほども要するかもしれない。

 その後四半時の間に、6つあった要塞砲は全てが破壊されつくした。
 そうして、港外からアウトレンジによる遠距離攻撃が始まった。

 おそらくは、島内にスパイが配置されて着弾観測がなされているのかもしれないが、異様に正確な砲撃だった。
 続く半時の間に基地港内に在泊していた艦艇は、なすすべもなく大きなものから次々に狙い撃ちされていった。

 急激な戦況変化に驚いた艦艇の内、少数の在泊船は当直だけの四半直だけで出港していった艦もあるが、戦闘力が著しく劣っているはずだ。
 続く一刻の間に、第二艦隊の主力はほぼ港内外で殲滅されていた。

 第二艦隊側から辛うじて水雷艇が5隻で特攻し、敵艦隊の一部に被害をもたらしたが、ドルザック軍に痛手を与えることはほとんどなかったといえる。
 最終的に、その日の午前中にはブロンバース提督以下のロバーナ海軍将兵の必死の抵抗にもかかわらず、エナゼリス島の司令部は砲撃で消滅していたのである。

 決して油断していたわけではないのだが、優勢な敵に奇襲を受けて第二艦隊は基地港内で半壊、無理に出港していったところでまとまった作戦は取れずに四分五裂、分散したところを個別撃破されて、第二艦隊は快速フリゲート艦三隻を残して壊滅したのだった。
 快速フリゲート艦はその速力を生かしてマリドール諸島から撤退し、敵勢力の情報をロバーナ海軍に伝えることができた。

 ロバーナ連邦本国のハフリード海軍基地では無線電信による第二艦隊司令部からの緊急通報で、ドルザック原理主義共和国の奇襲を知った。
 救援艦隊を差し向ける暇もないままに、同第二艦隊司令部との通信が途絶えたので、すぐにも全面戦争に入るべく国内での調整を行いつつ、同時にロバーナ連邦沿岸域での哨戒を強化したのであった。

 この時点では、ドルザック連邦の侵攻規模を含めて詳細な情報が無く、哨戒の強化とマリドール諸島海域の威力偵察以外に方策が無かったともいえる。
 その翌日には、やや東方向へ大きく膨らむ航路を取りながら、ハフリードへと接近するドルザック原理主義共和国の艦隊の動向は、たまたま発生した悪天候の故に、その発見が遅れたのであった。

 ハフリード軍港までわずかに1日の距離になってようやく大艦隊の接近がハフリード海軍基地にもたらされ、全戦闘艦が迎撃に当たることになったのだった。
 しかしながら、航空機も潜水艦も無いこの時代の海上戦闘においては、武器の破壊力の大きさと如何に高速で動けるかが勝敗のカギを握っていた。

 速度で劣り、火砲の大きさで劣り、射程距離で劣るロバーナ連邦海軍に、戦う前から勝機はほとんど無かったと言える。
 因みに壊滅した第二艦隊は、新型艦三隻を建造する前のドルザック原理主義共和国の海軍とほぼ拮抗する軍事力を持っていたために、マリドール諸島域でも勢力的には十分均衡していたわけだが、その滅失時点でロバーナ連邦の海軍力は四分六分で間違いなく旗色が悪かった。

 ロバーナ連邦の海軍総司令官である、マンフレッド提督は第二艦隊司令部からの情報で要塞砲が役に立たなかったことを知っている。
 敵の艦載砲がいかなるものかは不明なるものの、少なくとも12レブ以遠からの射撃が可能な性能を持っているということである。

 この状態では、ハフリードの要塞砲は役に立たないに等しい。
 要塞砲が有効ならばハフリードに籠りつつ反撃することも可能なのだが、今回に限ってはその手が使えないようだ。

 ならば圧倒的に不利ではあるものの、乾坤一擲の大勝負を掛けるしか無い。
 マンフレッド提督は、ハフリードに集結した艦艇とハフリードに向かいつつある地方艦隊に向けて指令を発した。

「全軍これより敵ドルザック艦隊に正面から特攻をかける、連邦海軍の名誉にかけて命を掛けて敵艦隊を殲滅せんと欲す。」

 マンフレッド提督も旗艦フォレールに乗艦して参戦する。
 しかしながら、ハフリード沖の海戦は一方的な展開になった。

 ロバーナ連邦の戦艦群は、新型の大型艦三隻に翻弄された。
 一矢報いんと無理に接近していっても向こうの方が速度が速く、射程外から砲撃されて次々にボロボロになって行く。

 小型艦艇が砲撃をすり抜けて接近すると、ドルザック側の旧式艦艇が出張ってきて集中砲撃を掛けられるために、快速の水雷艇も雷撃距離まで接近できていなかった。
 この世界の水雷は火薬性能もさることながら、到達距離が5レブ以下なので、発射するには4レブ程度にまで接近する必要があったが、そこまで接近させてもらえないのである。

 次々と味方艦艇が被弾していく姿を歯噛みしながら見ているしかなく、そのマンフレッド提督自身も指揮所が直撃されて大けがを負っていた。
 不幸にして軍医官も負傷してまともな治療は受けていない状況にある。

 もはやこれまでかと覚悟したときに、伝令が飛び込んできた。

「北方から大きな飛行物体が接近中であります‼」

 ビッコを引きながら、半壊している左舷側を避けて右舷側張出艦橋に出てみると、確かにうっすらと山が見える北側に何やら球状・・・、いや、楕円状の銀色物体が空中に浮かびながら急速に接近してくるのが見えた。
 空中飛翔機能を有する武器など見たことも聞いたこともないが、全体に銀色に輝く表面に横に一筋、きれいなコバルトブルーの帯がついている。

 コバルトブルーは、ロバーナ連邦の色と定められており、わが海軍旗もコバルトブルーの地色に各艦隊の紋章が描かれている。
 従って、あれは少なくともロバーナ連合に属する飛翔物ではないかと思われた。

 大きな飛翔物体は非常に速い速度で移動できるようで、するすると戦場に接近し、やがて、遠方のドルザック艦隊上空に到達した。
 その途端、これまでロバーナ連邦海軍艦艇を翻弄し続けた新型の大型艦一隻が火を噴いた。

 遠すぎて双眼鏡を見ていても何が起きたのかはわからない。
 しかしながらあの飛行物体が何かを為した。

 その結果,脅威であった大型艦が火を噴いたのである。
 驚くべきことに、火を噴いた大型艦はあっという間にも沈み始めた。

 しかも艦首と艦尾を宙に上げつつ中央部がへし折れて沈んでいったように見えた。
 次いで二隻目の大型艦が火を噴いた。

 声も出せずに見ているうちに、三隻目の大型艦も火を噴いて轟沈。
 途端にドルザック艦隊側に明らかな動揺が走った。

 既にドルザック艦隊の一部は艦首を北に向けようと転進を始めているが、その艦も次々に火を噴き始めた。
 一刻の後に、ハフリード沖の戦場には大きく傷ついたロバーナ連邦海軍の残存艦隊が残り、ドルザック原理主義共和国海軍艦艇はその全てが海に沈んでいた。

 ロバーナ連邦海軍艦艇で動けるものは海に投げ出された人々の救助を始めだしていたが、ドルザック共産主義共和国海軍の生存者はわずかに百人余りだった。
 全てのドルザック海軍艦艇を沈めると、謎の飛行物体は北西方に向けて現場を去っていった。

 まさしく救世主にも似た強力な援軍だったが、いずれに属する組織なのか謎は残った。
 全滅に瀕したロバーナ連邦海軍ではあったが、寸でのところで踏みとどまれた。

 その一方で、自分たちの力によるものではないことを参戦した海軍軍人皆が良く知っていた。
 ハフリード海軍司令部のある療養所で手当てを受けながら、マンフレッド提督は連邦政府および陸軍方面の知人に電話をかけて、謎の飛行物体の情報を尋ねたが有益な情報は得られなかった。

 但し、当該飛行物体の行方については、ロバーナ連邦西部の貿易港ジャコダルの背後にあるローザンヌ山地の奥地に入ったようだとの情報があった。
 その後も、ロバーナ連邦陸海軍の総力を挙げて、謎の飛翔物体の情報収集に努めたが、生憎と何の情報も痕跡も見当たらなかったのだ。

 一方で、派遣艦隊が全滅の憂き目にあったドルザック原理主義共和国では粛清の嵐が吹き荒れ、更には巨額の資金を投じて何の利益も得られず、かえってその後の反攻でマリドール諸島北部の領域もロバーナ連邦に占領されて何も得るところがなくなった。
 当然のことながら当てにしていた賠償金などあり得るはずもなく、画策した軍部要人は粛清にあい、総主教自身も大いにその権勢を減じたのである。

 この6年後、ドルザック原理主義共和国は周辺国からの猛烈な侵攻により、地図上からその名が消えたのだった。

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 6月10日21時、一部の修正を行いました。
 
   By サクラ近衛将監
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