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第十二章 異世界探訪

12ー13 クアルタス その五

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 さてさて、オヴァデロンをどうするかなんだが・・・。
 俺としては、わざわざ火中の栗を拾いに行くのは避けたいところなんだが、まぁ、駄目なら逃げれば良いと割り切って一応討伐をトライすることにした。

 相手がブチ切れてファレズ内で暴れまくっても困るんだが、これまでは少々の攻撃や抵抗があろうと委細かまわず我が道を進んでいるようだから、俺が少々のことをしても奴の習性は変わらないと思う。
 俺が迎撃に失敗すれば、オヴァデロンはファレズの長城を破壊し、進路上にある全てのものを壊し、生あるものの命を奪って行くことになる。

 少なくとも百年ほど前の記録ではそうなっている。
 これまでも進路が明確になった時点で、可能な限りの迎撃を試み、その合間にも進路上にあたる都市からは全ての者が避難しているのだ。

 オヴァデロンの動きが多少左右にぶれることからその進路も50ヒーボ(約80メートル)程度の誤差はあり得るのだが、どうもオヴァデロンの体殻から百ヒーボにまで接近すると何らかの方法で生命を吸い取られてしまうようだ。
 逃げ遅れた魔物や獣は干せ乾びたほせからびたミイラになり、樹木は枯れ木となるのだが、これまで例外はないらしい。

 また、肥沃な土地であってもオヴァデロンが通ると数十年にわたって不毛の荒野になるという記録がある。
 つくづく面倒な奴なわけだが、それにしても百年程度に一度という規則性がよくわからない。

 軌道衛星上のゴーレムからの観測記録では、ファレズの北500レルボ付近にオヴァデロンが通過した痕跡が認められるとのことで、さらにその北側600レルボ付近にも薄い痕跡があるようだ。
 この観測結果から考えると、前回の通過線と前々回の通過線の痕跡の可能性があり、この惑星を周回していると考えた方が良いのかもしれない。

 この惑星にはむろん海洋もあるのだが、亀に近い魔物だから海も泳げるのだろう。
 生憎と海上若しくは海中での観測はできていないので、その速力は不明だ。

 いずれにしろ徐々にずれる周回で略百年に一度のファレズへの襲来ということになる可能性があり、あるいはそこにオヴァデロンの意思が働いているのかもしれない。

 ◇◇◇◇

 いずれにしろ俺は迎撃方法の準備を始めたよ。
 ファレズ中心点から西南西方向にある長城外壁から50レルボ(約83キロ)付近にある盆地状の地形を利用することにした。

 西南西方向の長城外壁から緩やかな傾斜で下降斜面があり、その先に高さが30m程度の河岸段丘が存在する。
 河岸段丘自体は急斜面になっているだけで崖というほどの地形ではないので、オヴァデロンの巨体ならば苦も無く通過できるはずだ。

 但し、現状ではオヴァデロンの進路が少し南寄りで、俺が選定した場所から外れそうなので、進路誘導のために、ちょこっと細工をして進路上にミニグランドキャニオンを作らせてもらった。
 幅が500m、深さが300mほどもある急峻な峡谷?窪地?をオヴァデロンの進路に対して斜めになるように造ってみた。

 地下水なんかは貯まらないように排水路を設けているから、これにぶち当たれば峡谷の斜めの線に従って進路を変えるはずなんだ。
 これまでの観測結果から言えば、オヴァデロンは高さが200メートルを超える崖の部分は避けて通っているようなんだ。

 そのことが痕跡が少しずつずれる原因かもしれない。
 もしこれでも進路が変わらなければちょっと俺の考えた討伐対策は難しくなる。

 広く平らな地形で長城からできるだけ離れた場所が望ましいんだが、結局は長城から50レルボ付近しかなかったんだ。
 俺が考えたのは、まぁ、でかい落とし穴だな。

 特定の場所に大きな地下空洞を造って、そこに奴を落とし込むんだ。
 単純に落としただけじゃ討伐は無理だろうし、底に杭を並べても物理攻撃耐性が強い奴には効きそうにはない。

 そこでもう一工夫なんだが、正直なところこの方法が効くかどうかは半信半疑なんだけれど、ほかに思いつかなかったから、まぁ、仕上げを御覧ごろうじろだな。
 オヴァデロンが長城に到達する予定のおよそ1日前、オヴァデロンは人工峡谷に沿って進路を変え、罠に向かっていた。

 俺は500ヒーボほど離れたところから奴の動きを観測している最中だ。
 昨日の時点でオヴァデロン出現の情報は上級冒険者によってファレズに伝えられており、ファレズ内では予想される進路上の都市部での避難準備が始まっているところだ。

 まぁ、大騒ぎだよな。
 略一日で長城に到達してしまうから、少なくともファレズの西地区にある都市部では後々の魔物の侵入も考えて一般住民については北若しくは南の都市へと非難するよう勧告が出ている。

 兵士及び冒険者は、城塞都市に留まって可能な防衛戦と侵入する魔物の駆除に努めることになっているんだが、実際問題としてはかなり難しい話のようだ。
 200ヒーボ以上の幅で長城が破壊され、そこから侵入してくる大量の魔物の侵攻を防ぐには兵力の絶対数が足りないんだ。

 おそらくは過去に何度も経験してきている戦いなのだろう。
 ある意味で対策を諦めている者も多いようだ。

 それを横目に見ながら、俺はオヴァデロンの動きを注視する。
 狙い通り、奴は俺の落とし穴方向に向かっている。

 落とし穴と言いながら、地下空洞の天蓋は特殊な合金で覆われて、その上にある地表の大量の土砂を支えている。
 オヴァデロンの足が乗っただけで崩壊するようでは役に立たないから、オヴァデロンの重量を推測し、その3倍の重量が載っても崩壊しないように造っている。

 この工事だけでも10日程かけたんだ。
 そうしてオヴァデロンがその上に載っても大丈夫だった。

 オヴァデロンが落とし穴の中心付近に到達した時点で、俺は地下空洞の天蓋を支える巨大な桁を破壊した。
 瞬時にオヴァデロンは地下に飲み込まれ、その先にある広げられていた虚数空間の巨大な入り口を通過した。

 むろん天蓋やら大量の土砂も一緒なんだが、すべてが飲み込まれたのを確認して、俺は虚数空間の入り口を閉じた。
 この後オヴァデロンがどうなるのかは正直なところ知らん。

 虚数空間はこれまで奴が居た空間とは物理法則が違う。
 奴が生きて行くために必要なものがあるかどうかもわからない。

 奴の運が良ければあるいは虚数空間でも生きて行けるかもしれない。
 以前送り込んだ邪神の欠片が生き残っていたら、あるいは一緒に生きて行くのかもしれん。

 少なくとも俺が虚数空間の入り口を開けた際には、邪神の欠片の存在は感じ取れなかった。
 そもそも、あっちの世界とこっちの世界では次元が違うだろうから、虚数空間自体も異なっている可能性もあるしな。

 いずれにしろ、このクアルタス世界からオヴァデロンは消滅したのは間違いなさそうだ。
 その日俺は、定宿に戻って休んでいたからよくは知らなかったが、長城から監視していた者がオヴァデロンがいきなり地面に飲み込まれたのを見ていたようだ。

 この世界は空気が澄んでいて遮るものが無ければ遠くのものが良く見えるんだ。
 北にある山岳部なんぞは優に200レルボ先でも見えることがあるらしい。

 で、その日のうちに上級冒険者が決死の調査に向かったらしいが、彼らが見つけたのは直径が1レルボほどもある巨大な円形の陥没穴だった。
 しかしながらその底にはオヴァデロンの姿はなく、周辺を捜索してもオヴァデロンは見当たらなかった。

 彼らはその結果を西部地区の城塞都市ボネビアのハンターギルドへ報告し、それが行政機関にも伝えられた。
 因みに、ファレズ内では共和制が敷かれており、各都市の統領が地区の政治を委ねられている。

 各地の統領が集う定例会議はあるが、今のところ全ての都市を統治する大統領制には至っていない。
 各都市の統領は警戒態勢を取ったまま、翌日には警戒レベルを引き下げたのだった。

 俺はといえば、一連のオヴァデロン対策で疲れたから、定宿に引きこもっていて、宿を出たのはオヴァデロン討伐の翌々日のことだった。
 いつものように南の城門から出て、4グレードの魔物二匹を討伐し、上級薬草を採取してハンターギルドに納めたのだが、そこで予期せぬハプニングが起きた。

 いや、まぁね、単なる俺のミスではあったのだが、・・・。
 いつものように魔物や薬草の納品を捌き所で行い、その確認に受付のヒルデ嬢が立会い、なおかつ、俺のカードで討伐確認を行ったわけなんだが、ヒルデ嬢がクリスタルから得られる表示データを見て一瞬固まった。

 そうして、絞り出すような声を上げた。

「な、な、な・・・、なん・・・、何なんですか?
 これは?
 ヒューベルトさん?
 オヴァデロンを退治したんですか?」

 特に最後の「オヴァデロン」の言葉は悲鳴に近かった。
 この時、いまだランク2の警戒体制のままだったので、ハンターギルドには大勢のハンターが屯していたから結構ざわざわしていたのだが、一瞬静まり返り、そうしてその視線が一斉に俺とヒルデ嬢に注がれた。

 俺も気づいていれば偽装を施すこともできたかも知れないんだけれど、全く意識に無かったな。
 俺が持っているハンターカードには討伐した魔物が記録されるんだった。

 別に直接殺したわけじゃないんだが、このクオルタス世界からオヴァデロンを排除したのは確かに俺だ。
 そうしてそのことが、オヴァデロンの討伐と古の魔道具に判定されてしまったということになるわけだ。

 俺はヒルデ嬢にとっ捕まってギルマスの部屋に引っ張り込まれる羽目になってしまった。

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