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第十二章 異世界探訪

12ー7 ベレスタにて その四

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 私は、アーデレイド・ファンダンテ。
 高台にある我が家のベランダからは、入り江の入り口とその沖が良く見えるのです。

 入り江の湾口を包囲する、サルディア帝国軍のおびただしい軍船の威圧は凄まじく、見ているだけで怖気づきますし、気が滅入ります。
 そんな中で入り江内部の港内で動きがありました。

 動いているのは帆布が薄青地に二本十字のような赤線をつけているから、私の知っているモルデンさんの所有船であるダーナ号の筈です。
 でも何故に、この時期に港を出て行くのかその理由がわからない。

 港から出れば包囲しているサルディア帝国の艦隊に拿捕されるか若しくは撃沈されるのが当然の話なのです。
 サルディア帝国海軍は交易を止めさせ、なおかつ、ベレスタを侵略するために来ているのですから、如何に自由な船商人と雖も勝手な出入りを見逃されるはずがないのです。

 このような場合、ベレスタに入港している船は全てサルディア帝国に敵対する船と判断されるのが当たり前で、そこにいる限り略奪は免れないものなのです。
 あぁ、私の白馬の騎士様が・・・・。

 このままでは間違いなく殺されてしまうでしょう。
 でも、非力な私には何もできることがない。

 そう思うと無性に悲しくなり、涙が溢れて来ました。

 ◇◇◇◇

 儂は、サルディア帝国海軍大将のヘルブラント・バスティニュアンス海洋伯。
 予定の位置にデ・ラーブ型戦列艦が配置について、すべての準備が整い、これから正に大筒トーパによる砲撃が始まらんとする時に、あろうことか小型帆船がのこのこと入り江から出て来おった。

 薄い青地の帆布に二本十字の赤線をつけた妙に派手な出立の船だが、形状からすれば極ありきたりの商船、あの大きさから言えば恐らくは船商人どもが使う小型帆船であろう。
 たかが12尋ほどの長さの小型船、仮にあの船にいくばくかの将兵が乗り込んでいたにしても、我ら帝国艦隊に脅威になろうはずも無いが、我が帝国海軍の力を見せつけるのに生贄となってもらうには、ちょうど良いかもしれぬと思いついた。

 或いは我らが行う砲撃をみて、ベレスタの者共が降伏を申し出る可能性も無きにしも非ず。
 実のところ新兵器の大筒トーパは、概ね百発の砲撃で砲身がダメになることから、いずれ砲身を交換しなければならないらしいので、金がかかるのだ。

 また、砲弾もまた非常に高価なものなのだ。
 時限信管の付いている葡萄ブドウ弾などは、1発で儂の年収の1割ほどにもなる。

 従って、宰相からはくれぐれも無駄弾むだだまを撃つなとは言われておるのだ。
 まぁ、この大筒トーパは射程が長い分、精度は非常に甘い。

 陸上の固定砲台で射撃を行っても、着弾が狙った場所から外れることが結構多いのだ。
 むしろ、狙った場所周辺に当てることができれば上々と言う代物だ。

 特に風の強い日は影響を受けやすいとも聞いておる。
 但し、今日はやや西風寄りの微風があるだけで実に良い砲撃日和である。

 実のところ、このデ・ラーブ型戦列艦の大筒トーパの試射は、各砲門につき二発ずつしか行っていないのだ。
 口やかましい宰相に訓練すらも制限されたからだ。

 無論、実際の戦闘ともなれば、遠慮会釈なく撃つつもりである。
 そもそもが宰相風情が軍事に関してあれこれ注文を付けるのはおかしいだろう。

 皇帝の指図であれば何の文句も無いのだがな。
 皇帝ならば、そんな細かいことをいうお人ではない。

 で、砲弾の節約と実射訓練と見せしめのために、出て来た小型帆船を射撃目標とすることに決めた。
 副官のギリーに指示して、入り江内から出て来たばかりの小型帆船に向け下甲板の砲二門で狙い撃ちさせたのだった。

 使うのは葡萄弾だ。
 こいつは目標までの水平距離よりも短い距離で時限信管が作動する様に設定して撃てば、それだけで百尋四方が穴だらけになり、また着弾と同時に発火するので、あの程度の小型船なら一瞬で燃え上がることになる。

 しかもこいつは燃え上がれば多少の水では消せないほどの火力がある。
 乗っている者が何者かは知らぬが骨まで燃え尽きるだろう。

 命令を下してから左程待つことも無く、左舷砲門の一つが火を吹いた。
 中々に凄まじい破裂音が周辺に轟くのだが、これもベレスタにとっては大いなる威嚇になるだろう。

 砲弾は目にも止まらなぬ速度で進み、小型帆船の数十尋手前で炸裂、紡錘上の形状に火炎が広がりながら、あやまたず小型帆船を覆いつくした。
 ふむ、左程の遠距離ではないとはいえ、それでも400尋ほどは間違いなくあったはずだから、初弾命中とは、ウチの射手共も中々筋がいい。

 あの程度の小型帆船ならば一撃以上は不要だ。
 そう思っていたのだが、砲煙と広がった火炎が収まると、何の被害も受けていない小型帆船が現れたのを見て、儂は仰天した。

 何故にあの砲撃を受けて無事なのだ?
 帆布すら何の被害もうけてはいないように見えるのは何の冗談だ。

 儂が乗る旗艦フォルノース号ですら、僚艦から葡萄弾の砲撃を受ければタダでは済まない筈なのだ。
 にもかかわらず、何故にあの小型帆船が無事でいられる。

 儂の頭はパニックを起こしていた。
 次の瞬間、もう一門が火を吹いた。

 そう言えば予備のために、儂は二門に対して指示を出していたのだった。
 一発目で効果が無ければ当然に二発目が放たれる。

 一発目と同じように見事な砲撃で目標の小型帆船を火だるまにしたはずだったが、すぐに小型帆船が無事とわかり、儂はますます焦った。
 砲弾の効き目が無いのは何故だ?

 それから間もなく、大声が我が艦隊に届いた。

「サルディア海軍将兵に次ぐ。
 このまま立ち去るならば見逃すが、さもなくば一隻残らず海の藻屑とする。
 こちらが、一旦戦闘が始めれば、あなた方には無条件降伏しか道が無い。
 先ほども言ったが、このまま立ち去るならば今回は見逃す。
 返答や如何に?」

 この嘲りにも似た挑発の通告は、儂の理性を崩壊させた。

「全砲門を持って、あの小型帆船を撃ち沈めよ。」

 儂はそう怒鳴っていた。
 旗艦フォルノース号は直ちに命令に応じて射撃準備を為した。

 そのほか三隻の僚艦には手旗信号で儂からの命令が順次伝達されている。
 その間、小癪にも小型帆船はほとんど位置を変えずにそのまま停留していた。

 そうして間もなく、砲撃が始まった。
 しかしながら砲撃の甲斐なく相手は無傷なのである。

 儂の肌が総毛だった。

「サルディア海軍の意向は承知した。
 これより、攻撃を開始する。」

 砲声が轟く中で、なぜかその通告が儂の耳にも届いていた。
 そうして、その一瞬後、儂の目の前が真っ赤になり、猛烈な熱さを感じて瞬時に暗闇にのみ込まれたのである。

 ◇◇◇◇

 サルディア海軍の旗艦フォルノース号は、一瞬で爆発し、文字通り粉砕された。
 乗員は500名を超えているが、恐らくは生存者はいないか、とても少ないだろう。

 そう思うに十分な破壊であり、大型の戦列艦が原型を止めずにバラバラになっている。
 あの凄まじい爆発の中で生きていられるならそれこそ化け物だ。

 また仮に、攻撃方法が大筒ならば、発砲時に砲煙なり火炎なりが見えるはずなのに、それが見えなかった。
 一体どのような方法で攻撃をしているのかがわからず、不気味であったのだ。

 次いで、一拍置いて、旗艦ファルノース号の後方に居たダロカス型軍船一隻が爆発、粉砕された。
 ダロカス型軍船には、それぞれに陸海軍将兵100名余りが搭乗していたが、それがその瞬間に消えたのである。

 それを見たサルディア海軍将兵は一斉に怖気づいた。
 無敵と思われたデ・ラーブ型戦列艦が訳の分からぬ攻撃方法で一瞬にして葬り去られ、なおかつ小型帆船から千尋ほども離れていたはずのダロカス型軍船にも被害が及んだのだ。

 あの爆発で生存者がいるとは到底思われない。
 それほどの爆発だったのだ。

 そうして更に悲劇は続いた。
 三隻残っているデ・ラーブ型戦列艦の内の一隻が、自ら大筒トーパを放ちながらその直後に一瞬で爆散したのである。

 それから三拍或いは四拍ほども開いたかもしれないが、多少の時間的猶予があって、ベレスタや小型帆船から一番遠く離れていたダロカス型軍船も爆散したのだった。
 こうなるとデ・ラーブ型戦列艦のように強力な攻撃兵器を持たないダロカス型軍船の多くは身の危険を感じ、この海域を離れようと一斉に動き出したのだった。

 だがその流れはすぐに止まった。
 何故なら、遠距離にあるものから、順次爆散を始めたのであった。

 彼らは思いだした。
 砲撃の始まる前にあった大声での通告は、戦闘を始めたなら降伏以外に道は無いと言っていたことを・・・。

 このため、とあるダロカス型軍船の一隻がマストに白旗を掲げると、相次いでダロカス軍船に白旗が上がった。
 そうして三隻目のデ・ラーブ型戦列艦が爆散した時には、残り一隻のデ・ラーブ型戦列艦を含め、侵略軍であるサルディア海軍の全艦が白旗を掲げて降伏をしていた。

 104隻からなるサルディア海軍の派遣艦隊は、31隻が爆散し、73隻が捕獲されたのであった。
 しかもこの多数の軍船を降伏に追い込んだのはたった一隻の小型帆船であった。

 ◇◇◇◇

 ベレスタでは戦後処理が大変であった。
 73隻もの敵艦を拿捕し、その乗員を捕虜としたのである。

 城壁の外に掘っ立て小屋多数を造り、そこを臨時の捕虜収容所としたのである。
 31隻の爆散て四千名以上の死者を出したとはいえ、残り9千名に近い捕虜数である。

 食わせるだけで大変なことになるので、五日後、最終的に、ベレスタは、武装を解除したダロカス軍船43隻に捕虜たち全員を乗せ、彼らをサルディア帝国に送り返したのだった。
 本来であれば交戦国との交渉で人質に対する金を要求しても良いことになっている。

 しかしながら、そうした交渉をしている間の食糧費だけで馬鹿にならないから、武器を剝奪した上で、彼らを放免したのだった。
 もし仮にベレスタに奴隷制度があれば、彼らを奴隷に落として重労働につかせただろう。

 生憎とベレスタには奴隷制度は無かったし、9千名に近い人員を使ってさせるような労役も簡単には無かったのである。
 但し、デ・ラーブ型戦列艦1隻とダロカス軍船30隻は、ベレスタが船商人モルデンから安い報償費で貰い受けたのだった。

 ベレスタ軍関係者は、デ・ラーブ型戦列艦に搭載されていた大筒トーパを見て驚愕した。
 捕虜から話を聞いて、この大筒トーパで狙われれば、入り江の防御手段である大型弩弓や火炎投射機の射程外から狙い撃ちされたことを改めて知ったのである。

 労せずして手に入れた新型兵器ながら、これを作るのはかなりの時間を擁することになるだろう。
 ベレスタとしては、大筒トーパ二門を研究用として解析し、残り30門を船から降ろして、入り江の防御陣地に据え付けることにしたのだったが、この工事だけで数か月を要することになるだろうと見込まれている。

 今回の場合、大手柄を立てたダーナ号の働きは私掠船しりゃくせんの扱いとなる。
 本来であれば、私掠船は本国政府から予め認証を受けた者が敵国商船等に対して行う略奪行為であるが、今回の場合、相手は商船ではなく、軍船であること、かつまた、拿捕した商人のモルデンは事前の承認を得ていないことから私掠船の権利を放棄し、捕虜及び捕獲艦の全てをベレスタに献上したのである。

 ベレスタにとっては、戦役を免れただけではなく、戦勝をもたらした救国の英雄である。
 ベレスタの行政府は、モルデンに対して何らかの褒章を与えようと動き始めていたが、当のモルデンとダーナ号はあっさりと二日遅れでベレスタを出港して出て行ってしまったのである。

 いずれまた船商人として来るのであろうが、ベレスタ市民にとっては随分とそっけない英雄の出発であった。

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