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第十一章 ファンデンダルク侯爵

11ー5 ガランディア帝国との紛争 その四

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「馬鹿な、このような魔法による虚像で騙されるものか。
 このような会議などあった筈が無い。」

 シェンツ准将は、そう言って取り敢えず否定したが、その抗弁が通用するのか否かはわからない。
 目の前のジェスタ国海軍元帥を名乗る若い男が冷たく言った。

「左様か。
 では特使殿にはお帰り願おうか。
 嘘を語る貴公を特使としては、認められない。
 日没時を持って我が国はガランディア帝国に対して宣戦布告を為す。
 あなた方と違い、私には国王から全権が与えられており、直ちに宣戦布告を為す権限が与えられている。
 日没時から一刻の猶予を与えよう。
 バルマラード市内の住民を直ちに避難させるが良い。
 我らが攻撃を始めれば、バルマラードは灰燼に帰す。
 また、今この時を持って不当に捕縛された乗員も全て助け出す。
 バルマラードを灰燼に帰しても我らには何の支障も無いことになる。
 また明日正午には王都の皇宮で一番高い建造物を破壊する。
 また、事後の警告も与えておく。
 我が国の交易船に一切手を出すな。
 いかなる方法であれ、手を出せば、バルマラードと同じく王都が火の海になることを覚悟せよ。
 貴公に用は無い。
 直ちに立ち去れ。」

 なに?我々が捕縛している船員を解き放つだと。
 捕虜として牢獄に捕らえている者をいかにして救い出すというのだ。

 救助しようと誰かが陸に上がれば多くの将兵がだれであっても一気に制圧し、捕らえるだろう。
 捕虜を解き放つなどできようはずも無い。
 
 それよりも、引き延ばしの交渉が打ち切られるのはまずい。
 シェンツ准将は、抗弁しようとしたが、二人の大男の兵士に両腕を阻まれ、副官と共に力づくで舷梯まで連れて行かれた。

 振り返ってみれば、時間稼ぎの交渉など一切できなかった。
 それどころか嘘をついたとして、宣戦布告の口実にされてしまった。

 私は如何にすればよかったのか?
 端艇に乗り組んでタラップが引き上げられるとすぐに大声での通告が始まった。

 バルマラード市内全域にまで届く通告である。

「私は、ジェスタ国海軍元帥リューマ・フルト・アグティ・ファンデンダルク侯爵である。
 ガランディア帝国はジェスタ国交易船アーレマイン号の拿捕について、納得できる説明ができず、特使と称する人物は明らかな嘘を申述した。
 私は、当該信用できぬ人物を特使としたガランディア帝国の対応を不誠実なものと認め、ここにジェスタ国を代表してガランディア帝国に対し、日没時を持って懲罰のための宣戦布告を為す。
 第一に、日没後一刻の猶予を持ってバルマラード市内全域を攻撃する。
 バルマラード市内は灰燼に帰すだろう。
 死ぬことを望まぬ市民は直ちに市内から遠く離れよ。
 少なくとも市街地から2ケール離れなければ安全とは言えないだろう。
 第二に、湾内に居る軍船は全てを破壊する、乗員はすべからく脱出せよ。
 搭乗している場合は、命の保証は無い。
 第三にガランディア帝国に対する警告のため、帝都の皇宮に存在する一番高い建物を明日正午に破壊する。
 これら三つの懲罰は、不当な理由により我が国の交易船を拿捕し、何ら罪のない乗組員に対して瀕死にさせるほどの拷問を加えたことに対する懲罰だ。
 この宣戦布告は今後も有効ではあるが、当方としては、これ以上の戦闘行動はガランディア帝国に存在する無辜の民のために敢えて拡大しないつもりである。
 なお、ガランディア帝国に対しては、今後一切我が国との交易を禁ずる。
 また、以後いかなる手段によってでもジェスタ国交易船に対して不当な干渉を為した場合は、バルマラードと同様に王都が灰燼に帰すことになるだろう。
 ガランディア帝国以外の交易船であって港内に在泊中の船は、その場から動くなかれ。
 船に閉じこもってじっとしていなさい。
 我海軍はガランディア帝国以外の交易船に対して武力を用いない。」

 この大声での通告は三回繰り返された。
 この間に特使を乗せた端艇がジェスタ国の軍船を離れ、十分に安全な距離を取ったと見るや、周囲を取り囲んでいるガランディア海軍の戦列艦から一斉に魔法攻撃が始まった。

 ジェスタ国軍船の中央部に多数の火炎魔法が集中する。
 そうしてその砲火は三隻の巨大な軍船の全体に及びさしもの軍船も破壊しつくされたかと思ったが、豈図らんや、砲火の煙が薄れると全く無傷の軍船がそこにあった。

 再度の攻撃が戦列艦から為され始めたが、すぐにジェスタ国軍船から応戦の火ぶたが切られたのだった。
 それはすさまじい速さで打ち出される火線の嵐だった。

 夕暮れに差し掛かった海面上を無数の火線が走った。
 その火元はとても魔法師の操るものとは思えない二基の円筒から突き出た細い棒状の代物であり、その先端から無数の火線がガランディア海軍の戦列艦の吃水あたりを襲ったのだ。

 恐るべきことに一斉射だけで、戦列艦の吃水線付近に爆発音と主に大きな破孔が生じ、忽ち戦列艦が浸水を始めたのである。
 しかも火線が左右に動きながら上方向に動くに及んで、ほぼ戦列艦の片側舷がほとんど崩壊し、あっという間に戦列艦は横転した。

 攻撃を仕掛けた戦列艦は12隻だったが、ジェスタ国軍船が応戦を始めてから、その全てが横転するまでに、30を数える暇も無かったと思われる。
 シェンツ准将は、乗員の必死の漕ぎで桟橋に向かう端艇からその惨劇の一部始終を驚愕の眼差しで見ていた。

 シェンツ准将の記憶が確かであれば、戦列艦を攻撃していた棒状の代物は、ジェスタ国軍船を訪れた際に奇妙な形をしたものがあるなと認識していたものであり、その中でも最も小さな塊であったと思われるのだ。
 あれとは別により大きなものが少なくとも三つあり、そのうちの一つはシェンツの腕よりも太い棒状のモノがついている構造物の塊であった。

 仮に、前部甲板に備えられている大きなあの塊がより破壊力の大きいものだとすれば、恐らくは凄まじい威力を持っている筈なのだ。
 あれが小さなものと同じように火を吹けば、確かにバルマラード市街は壊滅するかもしれない。

 シェンツ准将は、今更のように身体の震えが止まらなかった。
 出動できる軍船は全て出払った軍港の桟橋に到着したシェンツ准将は、バルマラード海軍統括指揮所に早足で戻った。

 交渉が失敗したことは先ほどのジェスタ国軍船の通告で判っている筈だがその詳細を伝えなければならなかった。
 特に、あの奇妙な魔法映像の話を伝えることと、我らが捕らえていたはずの捕虜がどうなっているかである。

 仮に未だ奪還されていないとすればこれから攻撃があり得る。
 如何にしてそれを防ぐかが問題でもあるが、捕虜を抱えている我らが有利なはずだ。

 シェンツ准将は、若い海軍元帥が言った言葉を思い出し、不安を感じていた。
 あ奴は、「今この時を持って不当に捕縛された乗員も全て助け出す。」と、確かにそういったのだ。

 あの魔法映像のこともあり、ジェスタ国海軍が強大な魔法を操る勢力であるのなら、或いは魔法映像も可能であるし、捕虜を救い出すことも可能かもしれないのだ。
 そうしてその不安は的中した。

 戻った統合指揮所では大騒ぎになっていた。
 一つは手持ち艦隊の全てが横転して戦力が無くなったこと。

 今一つは収容中のアーレマイン号乗員の全てが消えてしまったのだった。
 少なくともそのうちの二人は拷問中・・・、いや尋問中の出来事であり少なくとも6人の目撃者がいた。

 その事件が発生して改めて収容していた牢獄を確認するとカギはかかったままなのに、牢獄に居るはずの乗員がかき消えていたのである。
 牢番を含め担当の関係者はみな慌てふためいていた。

 その上に12隻の戦列艦の壊滅を目の前で見せつけられれば統合指揮所の所員全てが慌てふためくのも無理はない。
 そんな喧騒の中でシェンツ准将は、上司であるレーリッヒ・ズーゲン提督にジェスタ国軍船への訪船中の出来事に脚色を加えずに説明した。

 これまでは、このような場合、自分に都合の良いように脚色をして報告するのが常であったが、今度ばかりは、そんなことができない。
 まかり間違えば亡国の危機なのだ。

 シェンツ准将は思い起こせるだけ真実のみを報告したのだった。
 レーリッヒ・ズーゲン提督は眉間の皺を寄せながら言った。

「では、彼らはこちらの出方を最初から知っていたのだな?
 その上で、捕虜を我らの知らぬ方法で奪還し、宣戦布告をなしてきた。
 戦列艦12隻の魔法砲火を浴びながら無傷というのが未だに信じられないが、それがジェスタ国海軍の強さなのだろう。
 そうして瞬時に戦列艦12隻を葬り去った。」

 一旦言葉を切って、ズーゲン提督が副官の一人に言った。

「バロイド一曹海尉、アーレマイン号には確か監視の将兵が乗っていたはずだな。
 日没まであとわずか・・・。
 直ぐに監視の将兵に引き上げを命じよ。
 無駄に命を捨てさせる必要もあるまい。」

 また、別の副官に命じた。

「ミランド二曹海佐、市民の避難を急がせろ。
 同時に速やかな避難誘導のために中隊二つを市内に回せ。
 また、伝令を準備しろ。
 皇宮へも被害が及ぶのがわかっているのに報告を遅らせるわけには行かぬ。
 直ぐに皇宮あての親書を私が作成する。
 私が親書を作成している間、シェンツ准将は私の代行を務めよ。」

 喧噪の中にも一応の方針が出された。
 さて、准将たる私には提督代行の仕事が回ってきたのだが、何をする?

 そもそもここに居れば敵の攻撃があるじゃないか。
 そんなところには私としては居たくないのだが・・・・。

 中隊ではなく、私こそ、市民の避難誘導に当たりたいのだが・・・。
 そんなシェンツ准将の思いを他所に、日没後の夕闇が深まっていった。

◇◇◇◇

 日没後一刻が過ぎて、ジェスタ国軍船から最後通告が為された。

「これより砲撃を開始する。」

 たったそれだけだったが、ジェスタ国軍船の中央部にあった大きな箱型の頂部から無数の火花が空中に飛び出し、バルマラード市街地の上空に飛来した。
 三隻同時に次々と打ち出された火球は凄い速力で市街地に迫り、空中で爆発すると、小さな火球が地上に降り注ぎ、四分の一ケール四方の範囲が一瞬にして爆発したのである。

 そのような砲火が数十発も放たれた後は地獄であった。
 石造りの建造物は土台から破壊され、木造の建造物は火に包まれた。

 僅かに百を数える間もなくバルマラード市街は壊滅した。
 その中にはバルマラード海軍統合指揮所の建造物もあり、将官達は地下壕の中にいたのだが、それすらも破壊され全滅していたのだった。

 かくして日没後一刻をわずかに過ぎた時点でバルマラードと呼ばれた町は瓦礫に覆われ、至る所で火災が起きていたが、消火作業に当たるものは誰一人としていなかった。
 沖がかりしていたガランディア帝国以外の国の交易船には特段の被害は生じなかった。

 但し、爆風が発生した時に無防備に舷側でその様子を見ていた乗員の数人が爆風でなぎ倒されて、多少の擦り傷を負ったのがあった。
 彼らは交易船の船長の命を聞かずに勝手に暴露甲板で観戦していた者達だった。

 そうして外国交易船の船員たちはバルマラードが三隻のジェスタ国軍船により壊滅させられたことを間近で見ていた証人であり、こののちに、彼らがガランディア帝国が為した非道とそのしっぺ返しをあらゆる国に知らしめて行ったのである。
 ガランディア帝国は火中の栗を拾おうとして大やけどを負った。

 バルマラードで失った戦列艦は全部で15隻、帝国の財政から見ても少なくない損失だったし、何より海軍の乗員多数を失ったことが大きな痛手だった。
 戦列艦の沈没で投げ出された生き残りは多数だったが、救助に時間を要し、ジェスタ国軍船から熾烈な攻撃が始まった際には、彼らは市内にとどまったままだった。

 その生存者のほとんどが攻撃により殲滅していた。
 ジェスタ国軍船はその夜も港内に停泊し、翌日正午前に前部甲板から一発の何かが発射された。

 その物体は白い煙を吐きつつ、すごい速力で王都へ向かって飛翔していった。
 同日正午、大聖堂の正午を告げる鐘が鳴っている最中に、帝都皇宮のシンボルであった大尖塔の中ほどに、飛来した飛翔物体が衝突、爆発して大尖塔を破壊したのである。

 中ほどから折れた大尖塔は半壊しながら崩れたが、何の偶然かその下部構造も巻き込んで大尖塔の建造物の大半が崩壊したのだった。
 皇宮にはバルマラ-ドからの早馬により知らされた通知から、大尖塔への攻撃が懸念されたので大尖塔及びその周辺から人を遠ざけ、皇帝一家も早朝に離れた離宮に避難させていたために、人的被害は無かったが、帝国皇帝と帝都のシンボルとでも言うべき大尖塔が破壊されたのは非常に大きな痛手だった。

 しかもジェスタ海軍は40ケールほども離れた王都に攻撃を仕掛けられることが判明し、帝国軍の将官は衝撃を受けていた。
 これ以上の無辜の民のために追撃はしないと言っていたそうだが、逆に言えば無辜の民に影響が出なければ今回のように皇宮そのものを狙ってくることもあり得るのだ。

 宰相を含めた帝国幹部、それに軍幹部も決してジェスタ国の交易船には関わってならないと心に決めていた。
 普段であれば「行け、行け」と強気で命令を出す皇帝も今度ばかりは鳴りを潜め、宰相に事後の対応を任せると言って皇宮ハーレムの中へ去っていった。

 皇帝にとってもかなりの衝撃だったに違いない。
 通常であれば正午の鐘がなるころに、大尖塔に上って帝都を眺めるのが皇帝の日課だったからだ。

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 11月16日、19日及び12月2日 一部の字句修正を行いました。

  By サクラ近衛将監
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