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第十章 嫁sの実家

10ー3 ヘイエルワーズ家 その一

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 側室シレーヌの実家であるバイフェルン家を訪問してから概ね一か月、俺は側室マリアの実家であるヘイエルワーズ伯爵領をマリアやその子供たちとともに訪ねることにした。
 ヘイエルワーズ子爵家は、王弟派の反乱粛清とその後に起こったデュホールユリ戦役の功績に伴って、領地を加増された貴族の一人であったのだが、その加増された領地というのが、反乱首謀者として西の塔に押し込まれ最終的には亡くなったエクソール公爵領の一部であった。

 エクソール公爵は、その臣下の策謀によって現国王に対して歪んだ遺恨を植え付けられていたものの、領主としては有能であり、所領では善政を敷いていた。
 その所領は公爵領であるが故に広大であり、旧領都を含む主要部は、子爵から伯爵に陞爵して領地替えとなったレイズ伯爵領に変わったが、その周辺部の領地はいくつもに区分けされて隣接する領主に陞爵のないまま加増の形で分け与えられたのである。

 子爵家から伯爵家に陞爵したレイズ伯爵家では陞爵に伴って、格が上がり、新たに旧公爵の家臣を召し抱えるだけの余裕もあったが、爵位を据え置かれたまま領地を加増されただけの領主には、生憎と新たな家臣を雇い入れるほどの余裕がなかった。
 レイズ伯爵家の場合においても、旧エクソール公爵の家臣を雇うに際しては相当に厳選して有能誠実な者だけを取り込んだから、結果として旧エクソール公爵家の家臣の七割以上が浪人となって下野したのだった。

 そもそもが、謀反人として裁かれた公爵家所縁の者であるから、旧公爵領を離れて他領が雇い入れるメリットが少なく、デメリットばかりが付きまとうため、彼らに仕官の話があるはずも無く、彼らは一気に底辺の生活を強いられることになったのである。
 そうした中でも特に反骨精神が強く、過去の栄華の幻影を追い求める者が徒党を組み、盗賊になり下がった。

 誤った正義心ながら、金持ちや貴族を襲い、奪った金の一部を領民に還元して自らの行動を正当化しようとしたのである。
 その暗躍ぶりが噂で広がるにつれ、この反乱にも似た思想は、旧エクソール公爵家浪人の中に広がって行き、中でも山間部を跨いで領地を加増された新ヘイエルワーズ子爵領に集中したのである。

 峠を挟んだ新領地への警備体制が薄いことを見越し、同じように加増された他の領地にはそうして地形が存在しないために、これらの野盗が新たなヘイエルワーズ領に集中しだしたのである。
 ヘイエルワーズ子爵も領内の治安が乱れているのを放置するわけには行かず、順次兵力を送り込んで鎮圧に努めたのだが、旧公爵領に限らず、その被害が従来のヘイエルワーズ領にまで及ぶようになってイタチごっこになった。
 野盗は緩い連携で徒党を組んではいるものの、多数の派閥に分かれている上に、同じヘイエルワーズ領内故に新旧領地を自由に行き来でき、なおかつ旧領地の地の利の故に抜け道多数を知っていた。

 また、武力においてもその動員数が子爵領軍の4割から5割近く程度の戦力にまで膨れ上がっていたのである。
 彼らを義賊とみなして便宜を図る貧民もあちらこちらに存在してことから対処が非常に難しく、ヘイエルワーズ家では苦慮していた。

 このまま放置すると、ヘイエルワーズ子爵は領内管理不行届の理由で降格される恐れもある。
 血族ではないけれど、ファンデンダルク家の親族としてリューマが秘かに援助をする必要があった。

 ヘイエルワーズ子爵領は、王都の南部にあって、馬車を利用すれば王都から二日ほどの旅程であるが、例によって俺は馬なし馬車による移動である。
 バイフェルン伯爵領から戻ってきたリムジンタイプの馬なし馬車を使用し、前回と同様の陣容でヘイエルワーズ子爵領に向かった。

 リムジンに乗っているのは、運転手と警護の騎士を除き、俺と側室のマリア、次男サムエル4歳、六男ロベルト3歳、七女イザベル2歳、それに侍従とメイドがついている。
 前回と同様、馬なし馬車三台、兵員輸送車二台、貨物輸送車二台の車列であった。

 前回と異なり支援物資の量は左程多くはないが、それでもかなりの量になるだろう。
 万が一の場合の保存食料等と考えてもらえばよいと思っている。

 カラミガランダの本宅を出立した当日は王都別邸に泊まり、翌日早朝にはヘイエルワーズに向かったのだが、レイズ伯爵領を抜けてヘイエルワーズ子爵領に入った時点で大規模な待ち伏せに出会った。
 当然のことながら俺とマリアがヘイエルワーズ領を訪問することは盗賊たちに察知されていたのだ。

 彼らが知っているのを承知で俺も罠に飛び込んでおり、当然に襲撃者全員の特定は済んでおり、襲撃が開始された時点で反撃をすることにしている。
 今回の場合、今後の戒めともするために一切の容赦はしないことに決めていた。。


◆◇◆◇◆◇

 儂は、ベンジー・スミットソン。
 エクソール公爵の下で第二騎士団の副隊長まで務めた男だ。

 エクソール公爵には儂を引き立ててくれた恩義がそれなりにあるものの、かといって王家に反旗を翻そうとした謀反人として亡くなった今もなお忠誠を尽くす義理は無いだろう。
 エクソール公爵の身内も国外追放になっており、お家再興の望みは全く無いし、儂らの未来と生活を奪った公爵には恨みすら覚えるほどだ。

 当然のように旧公爵領は王家に召し上げられ、四分五裂した。
 旧領都には伯爵が配置替えとなったほか、北西部領域が隣接の侯爵領になった。

 この二つの領地では、陞爵ということもあって、旧家臣の極一部が多少の任官もなされたが絶対数が少なかった。
 儂が長らく住んでいたフィルオール地方は隣接領主のヘイエルワーズ子爵の領地になったものの、陞爵ではなかったために家臣団の増員は為されず、儂らは当然のように浪人となった。

 まさか現王の弟殿下である公爵家が取り潰しになるなど全く予想もしていなかったことだ。
 浪人となって一年、見切りをつけて妻子を実家に帰すことにした。

 少なくとも定職もなく収入も少ない儂のところに居るよりは、実家に戻った方がましだろうと思って成したことだ。
 その当時は、儂と同じ境遇の浪人がフィルオール地方だけでなく旧公爵領に溢れかえっておった。

 皆が生活に困窮している状態だ。
 そんな中で、公爵家に取り入っていた商家が、掌返しで新たな領主に取り入って繁盛するのを見るにつけ腹が立った。

 それが高じて懲らしめてやろうという悪意が生じたのは、困窮のなせるわざなのかもしれない。
 いずれにしろ、儂を筆頭に元第二騎士団の隊員同志十数名が集まって、フィルオール地方の交易中心地であるフェルブルクの商家ブレンリッド商会を襲撃した。

 ヒトは殺してはいないが、金蔵にあった大量の金貨を盗んだのが最初である。
 奪った金貨は五百枚を超えていたが、その半数については貧民街で世直しを名目に夜陰に乗じて適宜配分した。

 貰った者は、そのことを内密にしたが、いずれは知れることであった。
 他の町でも同じく商家を襲撃して金品を奪い、それが二度三度と続くと、そのうち巷には義賊が業突く張りごうつくばりの商家を襲って、お恵み金をスラムでばらまいているという美談にすり替わった。

 儂も止む無く悪いことをしているという意識があったが、噂が広がると徐々に罪の意識は薄れていった。
 そうして儂ら義賊の集団は、旧家臣団という縁を伝手に、徐々に拡大していったのである。

 活動場所はフィルオール地方に限定している。
 この地域は従来から南部の山地を境界にしてヘイエルワーズ子爵領と接していた。

 そもそもが地形的に分断された地域であって、ヘイエルワーズ領からすれば治めにくい地域にあるのだ。
 旧領都を中心とするレイズ伯爵領や北西部の侯爵領を除き、旧公爵領のいずれもが浪人の不満を抱えながらも、地形的に領主の支配を受けにくい地域はこのフィルオール地方だけであったのだ。

 このため、儂らの活動が口コミに伝わると、旧公爵領全域から浪人が集まってきたのである。
 正直なところ、これほど多くの同志が集まるとは思ってもいなかったが、同時に活動と組織の秘匿には十分配慮したつもりだ。

 但し、組織内での監督に行き届かない点があった。
 とある者たちがフェイルオール北部の町で商家の襲撃を行い、家人を殺したほかに町を警備する領軍と街中で戦い双方に多数の死者を出したのだった。

 これは明らかに義賊の範疇を超えていたが、大きくなりすぎた組織を管理するのは非常に難しく、多数の派閥ができてそれぞれが勝手に動き始めて収拾がつかなくなっていた。
 活動そのものはバラバラではあるものの、公爵家においてひとかどの武人であった者達であり、ヘイエルワーズ子爵の領軍に見劣りする者達ではない。

 そのうちにヘイエルワーズ子爵は、領軍多数をフェイルオール地方に派遣してきたので、逆に抜け道を通り旧ヘイエルワーズ側に侵入、手薄になった代官所を襲って焼き討ちにした。
 この反撃によりヘイエルワーズ領軍は混乱し、ある意味で機能不全に陥っていた。

 儂らはそれを横目で睨みながら、或いは武力による子爵領の制圧もひょっとして可能かもと思うようにもなったのだが、ちょうどそんな時に耳よりな情報が入った。
 ファンデンダルク伯爵、いや今では辺境伯に側室で入ったヘイエルワーズ子爵の次女マリアがファンデンダルク卿とともに実家に帰省するという話である。

 ファンデンダルク卿の領都ヴォアールランドからヘイエルワーズ子爵領の領都リノベルンへ至るには、余程遠回りをしない限り、王都を経由し、サリントン街道を南下、ゾーイ侯爵領、レイズ伯爵領を経て、このフェイルオール地方を抜けて行かねばならないはずだ。
 ある意味で完全に王国と敵対することになるやもしれぬが、多くの貴族が爵位を失って間も無いこの時期ならば、成果次第で、旧公爵領のみならずジェスタ王国内各地に散らばる浪人が呼応して決起する可能性もある。

 儂らは無謀かもしれないが、儂らの境遇を変えるために、敢えて王都の英雄と呼ばれるファンデンダルク卿の暗殺を企てることにしたのだった。

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 6月3日、子供たちの年齢を修正しました。

  By サクラ近衛将監
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