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第九章 交易と情報収集

9ー10 不意の来客 その一

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 クレッグ大陸への出発の前日、昼過ぎに俺のセルフォンが鳴った。
 相手はアムールである。

「おう、アムールか。
 どうした?
 約束は明日の筈だが?」

「あぁ、明日の予定だから早めにお主のところを訪ねようと思ってやって来た。
 今、お主の居る町の南門の外に居るんだが、何か身分証明が無いとは入れて貰えんらしい。
 城壁を飛び越えて無断で入るのも拙かろう。
 悪いのだが、我《われ》を迎えに来てはもらえないか?」

「なんだ・・・。
 事前の通知があれば出迎えてやったのに・・・。
 まぁ、来ちゃったものは仕方ないな。
 今から迎えに行くけど、乗り物に乗って行くから少し時間がかかる。
 そのまま、門外で待機していてくれ。
 くれぐれも門のそばでトラブルを起こさんでくれよ。」

 そう言いつつ、おれは慌てて工房での仕事を中断し、馬なし馬車に飛び乗って、南門に急いだ。
 アムールは、おそらく人化しているのだろう。

 仮に竜の姿のまま街に近づいたなら、今頃は警報サイレンが鳴り響いて領都中が大騒ぎになっているはずだ。
 その意味では助かっているんだが、生憎と今更、奴に人間の常識を説いても始まらないし、周囲に居る者が黒龍と知らずに何事か仕掛けても困る。

 何かが起きる前に俺はアムールの傍に到達せねばならん。
 空間転移は、街ではよほどのことが無ければ使えない。

 ヒトに知られると碌なことにならんからな。
 で、馬なし馬車で急いでいるわけだ。

 結果的には、何事も起きないうちに何とかアムールと合流できた。
 アムールは、冒険者風の二十代半ばの優男に変化《へんげ》していたよ。

 門の外で、街中に入ろうとする列から少し外れて立っており、俺が渡したセルフォンを持っているし、俺に向かって片手を上げて、微笑んだから多分間違いないだろう。
 オーラの色も普通の人ではないことを示しているが、多分抑えているのだろうが、覇気は感じられない。
 
 何せ、人化したアムールを見るのは初めてだからな。
 うーん、外見上はかなりのイケメンと言えるだろう。
 
 俺は馬なし馬車から降りて、男に近づいた。

「アムールか?」

「おう、覇気はできるだけ抑えているが、オーラの色でお主ならわかるんじゃないのか?」

「あぁ、まぁ、普通の人ではないことは分かるな。
 何事もなかったか?」

「門番の男に注意を受けただけで、特に問題は無い。」

「なにも無かったのなら良い。
 じゃぁ、こいつに・・・・。」

 乗ってくれと言いかけて、その時気づいた。
 アムールは、がするんだ。。

 かなり強烈な匂いであり、近くでは鼻が曲がりそうだ。
 このまま乗せると臭気が馬なし馬車に染み付きそうだった。

 止むを得ず言った。

「アムール、お前臭いな。
 水浴びとかしないのか?」

「水浴び?
 何のためだ?」

「普通に生きていれば色々と身体に汚れが付くだろう。
 そんな時はどうしてる?」

「ん?
 別に何もせんぞ。
 まぁ、我が動けばそんなもの落ちるしな。
 別に付いたからと言って特段困りはせん。」

「悪いが、今のお前は肥溜めの匂いがする。
 このままじゃ車にも乗せられんし、家にも連れて行けん。
 だから、クリーンという魔法を掛けさせてもらっていいか?
 こいつは身体の汚れを落とすだけで、アムールの身体に害を与えるものではない。」

「おう、別に構わんぞ。」

 さっそくこ奴の身体にクリーンを掛けたら、てきめんに匂いが消えた。
 とは言いながら、家に付いたらやることは先ず最初にこ奴を風呂に入れることだな。

 下手をすると嫁sから総スカンを食らいかねない。

「じゃぁ、乗ってくれ。
 俺の家まで案内する。」

「おお。よろしく頼む。」
 
 俺とアムールは馬なし馬車に収まり、すぐに本宅の執事に連絡を入れた。
 珍しい客人を連れて行くので今日の晩飯と宿泊を準備しておいてくれと頼んだのだ。

 同時に、家に着いてすぐに風呂に入れさせるからそのつもりでいて欲しいことと、嫁sへの報告もお願いした。
 客人の詳細については、到着してから教えると言っておいた。

 アムールについては、これまで家人にも細かい説明はしていない。
 嫁sを含めて、家人は誰も黒龍が人化して邸を訪れて来るなどとは予想はしていないはずだ。
 
 騒ぎを起こさないためにも、様子が見えないセルフォンで知らせるべきではないだろう。
 どうせ、大きな騒ぎにはなるだろうが、起きるにしてもできれば俺の管理できる状態にしておきたいわけだ。

◇◇◇◇

 俺は邸に着くと早速に風呂に入った。
 別に俺が風呂に入る必要は無かったのだが、アムールは水浴びもしたことが無いようだから、風呂の入り方、身体の洗い方も知らんはずだ。

 ならば、俺が手本を見せるしかあるまい。
 で、今は、アムールと二人並んでのんびりと広い湯船に浸かっているところだ。

「どうだ?
 初めて風呂に入った感想は?」

「ふむ、なかなか良いものだな。
 普通の湯と違い、この湯は火の山の風味と匂いがほんのりする。
 この湯はどこから持ってきたのだ?」

「この大地の深いところを湯が走っているんだ。
 元々は北の火山を出発点としているから、結構高い温度になっているんだが、それを水管を使って地上に噴出させ、それを覚まして使っている。
 この温度なら我らヒト族でも浸かっていられる温度だからな。」

「なるほど・・・。
 我ならば沸騰するほどの温度でも構わぬが、ヒト族には無理じゃろうな。
 ところで、この屋敷には随分と人がいるようじゃな。
 お前の家族なのか?」

「いやいや、俺の家族はさほどには居ないよ。
 俺の嫁が側室を入れて9人、その嫁達との間に子供が十男八女で18人、妊娠中が5人いるからさらに5人は増えるけれどな。
 俺の家族と言えば嫁達とその子供の合わせて27人だ。
 お腹の中に居る者まで含めれば32人か。
 それ以外の者は、執事やメイド、コックに馬丁それに騎士達だな。
 あとは出入りの商人などが来ているかもしれん。
 この屋敷に常時居る者は200人までは居ないと思うぞ。」

「ほうほう、我が見聞きした話ではヒト族も複数の嫁を抱えるようだが・・・。
 それにしても9人は多くないか?
 お主、未だ20歳になったか、ならぬぐらいであろうが・・・。
 我の知った例では40代も半ばで7人の側室を抱えておったようじゃが、その者の場合、古女房に飽いて若い女を側室にしているようじゃ。
 お主もその口なのか?」

「いや、少なくとも7人は俺よりも若い嫁達だし、一人一つ年上、今一人は年上とはいってもエルフだからな。」 

「ほう、それはまた・・・・。
 数人ヒト族とは異なる妙な気配を感じて居ったが、それがエルフであったか・・。
 そのエルフの周りにエルフが三人・・・かな?
 もしやそのエルフとの子は一人か?」

「おう、女の子が一人、1歳五か月になったはずだ。」

「なるほど、ハーフ・エルフというわけじゃな。
 それで、ほかの子らとは多少雰囲気が違うわけじゃ。
 後、もう一人、変わった雰囲気の者が居るのじゃが・・・。
 何と言うべきかよくわからぬが、敢えて言うならば古きを被った新しきもの・・かな?」

「古きを被った新しきもの?
 何だね、その例えは?」

「うむ、表現が難しいが、一度死んで灰になりそこから復活したような感じじゃのう。
 言うならば伝説の不死鳥に近いが、左程の者ではない。」

 む、これはひょっとしてリサのことか、アムールは、そこまで魂なり、オーラなりを選別できるという事か。

「それは一人だけか?」

「おう、我がわかるのは一人だけじゃが、他にもいるのか?」

「いや、その者との間に子を成したからな。
 ひょっとしてその子も分かるかと思って聞いただけだ。」

「その子供か。
 フム、我にはわからぬな。
 お主の子供18人は全てわかる。
 強いオーラを放っておるからな。
 お主までは至らぬかもしれぬが、常人をはるかに超える者に育つじゃろうて。
 しかしながら、今言うた復活を遂げたような存在の子までは区別がつかぬ。」

「アムールには話しておくが、秘密にしておいてほしい。
 その者は俺の側室の一人だ。
 かれこれ十年近く前にもなるが、12歳の女の子が死んだ。
 その子は未練を残していたので幽体としてこの世に残り、死んでから5年を経過した折にたまたま俺が見出した。
 暫くはその幽体とも一緒に此処とは違う場所の邸で暮らしていたんだ。
 その娘の遺体は白骨のまま残して保管していたのでな。
 蘇れる方法があるなら蘇らせてやると約束もしていた。
 そのまま支障もなく過ごしていたのだが、俺が嫁を貰う段になって、自分も嫁になりたいと言い出した。
 で、いろいろ試して白骨から遺体を復元し、その中に幽体の魂を入れ込んで一人の娘が蘇った。
 赤子ではなく死んだときの姿のまま、だから12歳の身体を持った17歳の魂を有する娘が生まれたことになる。
 そのものが15歳で成人を迎えた折に側室として迎えた。
 名前はリサという。 
 だから、アムールには不死鳥のようにも感じ取れるのかもしれない。」

「ほうほう、それはまたとんでもないことをしたものだな。
 死者を蘇らせたか・・・。
 死霊術ではないのだな。
 死霊に付きまとう禍々しい雰囲気が全く感じられない。
 これはまた、随分と珍しき存在という事じゃ。
 神の摂理には触れぬのか?」

「俺の知る神、アルノス神には一応の了承をもらっている。
 アルノス神曰く。
 そもそも神の摂理に反するものは存在しえないそうだ。
 従って、もし蘇生ができたとするならば神の摂理に符合するらしい。
 今のところ、問題は起きていないから大丈夫だろう。」

「お主、神とも知り合いなのか?
 なるほど、我が認める存在だけのことはあるのぉ。」

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