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第八章 魔の兆し?

8-5 デ・ガルドの危ない計画

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 カルデナ教団の枢機卿であるミハイル・ジゥ・オブレンコは、ヴァルター・ウォル・エリダヌス二世法王猊下の御前にいた。
 今回のジェスタ王国での作戦計画の概要説明と自身の出動参加を願い出るためである。

 作戦計画の概要を聞いて法王猊下が驚いたように言った。

「何と・・・。
 最悪の場合、サリババを使うとな?
 わずかに1割の確率ながら制御不可能に陥る危険性もあると聞いておるが、そのような禁忌の技を使わねばならぬのか?
 それに其方までもが出張る必要があるのか?」

「これまでに収集した情報を精査し、周到に分析した結果では、此度の相手であるファンデンダルク卿は一筋縄では行かぬ人物と見ました。
 グラデル・ド・ハミュエル枢機卿の御判断では、デ・ガルドが出張れば簡単に済むと安易にお考えの様にございますが、ハミュエル枢機卿はジェスタ国内に在ってもリグレス伯爵領から一歩も出られぬ所詮井の中の蛙にございます。
 情報収集能力に甘さがございました。
 特に、デュホール・ユリ戦役でのファンデンダルク卿の役割、そして、オルデンシュタイン帝国の秘密組織ダル・エグゾスの精鋭の壊滅、更には皇帝直属の影部隊の壊滅と前皇帝の急逝、シュルツブルドとファンデンダルク卿の関わり、更には古代龍ともいわれる黒龍との結びつきについての評価を誤っているご様子。
 ファンデンダルク卿は、四年足らずで平民からジェスタ国の軍事・経済の要となっている貴族にございます。
 近々、デュホール・ユリ戦役での功績を含めて伯爵から辺境伯に陞爵されるとか。
 我がカルデナ神聖王国に有能な彼を迎え入れられれば、これに越したことはござりません。
 しかしながら、一方で、聖魔法を含めた種々の魔法に通じた大魔法師でもあり、この大陸各地の情報も手に取るように入手している疑いがあります。
 我らも常に他人目ひとめに触れぬよう努めて極秘裏に動いてはおりますが、あるいはファンデンダルク卿は既にこちらの動きを察知しているやもしれませぬ。
 オルテンシュタインの誇る秘密諜報組織ダル・エグゾスの場合、ジェスタ国への入国直前までの動向ははっきりしておりますが、入国してすぐに30名もの腕達者が全く何の痕跡を残さずに消え去っております。
 このことは当初からダル・エグゾスの動きがジェスタ国若しくはファンデンダルク卿に筒抜けになっていたのではないかと言う疑いがございます。
 そうして、これまで10年以上もの動きから、ジェスタ国の諜報組織「ジェスレム」にも、またそれを束ねるベッカム侯爵にも左程の力があるとは思えません。
 従って、ダル・エグゾスの精鋭30名と帝国の「影」と呼ばれる秘密部隊の両方を殲滅したのはファンデンダルク伯爵若しくはその手の者。
 しかしながら、生憎と時間が足りず、ファンデンダルク卿の手の者の存在そのものが確認できませんでした。
 私自身は、オルテンシュタイン帝国の前皇帝を暗殺したのもファンデンダルク卿とみております。
 但し、彼が為したとの証拠は一切ありませぬ。
 おそらくは手練れの暗殺者を手なずけているのではないかと思いますが、分かりませぬ。
 従って不用意に手を出せば、ファンデンダルク卿から手酷いしっぺ返しが来る恐れがあります。
 それゆえに、デ・ガルドの中でも特に異能持ちの12人衆を選びました。
 仮にデ・ガルドの精鋭12名に危険が迫れば、ファンデンダルク卿の取り込みは不可能と判断して、ファンデンダルク卿の領都ヴォアールランドにて、サリババの「カルデナ神の怒り」を発動させます。
 さすれば我らデ・ガルドの精鋭は滅んだにしても、道連れにファンデンダルク卿及びその係累を絶つことができましょう。
 サリババのいる場所から20ケールの範囲に居る者は、サリババを除き全て緑死病にかかり死滅いたしましょう。
 その判断を他の者にさせるわけにはまいりませぬ故、総指揮官として私が出張ります。
 従って、この作戦によるファンデンダルク卿の取り込みが失敗した場合は、此度のデ・ガルドの選抜要員でサリババを除く11名のみならず、それを束ねる私も命を捨てる覚悟にございます。
 それに、・・・。
 万が一の場合は、法王猊下のお命さえ危ぶまれる恐れもあるものと私は判断しております。」

 ここで一旦、口を閉じてオブレンコ枢機卿は、正面から法王猊下に目を向けて改めて言った。

「畏き法王猊下に敢えてお尋ね申し上げます。
 此度の御拝命、ご自身の命を懸けても成さねばならぬことと思し召しでございましょうや?」

 エリダヌス二世法王は心底驚いていた。
 これまで如何様な密命を下しても易々とその使命を果たしてきたオブレンコ枢機卿が密命達成を危ぶんでいるのである。

 その上で、なお、密命の再確認をしてきた事例はこれまでにないことである。
 しかしながらエリダヌス二世に密命撤回は許されない。

 一旦下した判断を撤回するという事は、この密命が神の託宣によるものではないことを窺わせることになる。
 それはこの神聖王国では、何としても避けねばならぬ事態であった。

 正直なところ、エリダヌス二世は、密命を誤ったかと感じていた。
 ファンデンダルク卿の取り込みの可否を尋ねるだけに留めて置けば、オブレンコ枢機卿からこのような質問がなされることはなかったはずなのだ。

 しかしながら、既に密命は下された後なのだ。
 法王の密命は神の御託宣そのものであり、撤回などありえないのだ。

 彼は内心震えながらも重々しく言った。

「我の言葉は神のみことのりじゃ。
 その達成に必要となれば我の命も当然に捧げよう。」

 かくして、デ・ガルドの密命をこなすために13名の者がカルデナ神聖王国を出立することになった。

◇◇◇◇

 ファンデンダルク卿は、ヴォアールランド本宅の工房にあって、一人その様子を実況放送で確認していた。
 リグレス伯爵領に居るハミュエル司祭の動きを察知したリューマは、ハミュエル司祭の周囲に監視ゴーレムを配置した。

 例によって百分の一秒遅れの亜空間に潜むゴーレムであり、今回は守護の用向きは無く、専らハミュエル司祭やその取り巻きの監視目的である。
 そのために六体のゴーレムが配置されている。

 四体はハミュエル司祭とその助祭(奴隷)に、残り二体は遊撃班である。
 ハミュエル司祭が神聖王国に働きかけ始める前には、神聖王国の中枢にも十二体のゴーレムを派遣してその動きを監視していたのだが、法王から取り込みの密命が下ってからは更に12体を増援に当てた。

 従って、神聖王国の動きはデ・ガルドを含めてすべて承知している。
 念のため、緑死病について調べてみた。

 ジェスタ王国では「緑死病」と称される症例は無かったが、カルデナ神聖王国の隣国であるリジェル王国でその症例が見つかった。
 今から20年以上も前に、リジェル王国の南部デラトリア地方で急に発生した病気であり、デラトリア地方に住む1万3千人の死で終焉を迎えた。

 この病は全身が緑色に変色して、激しい下痢とともに脱水症状を起こして衰弱し、死に至る死病であり、如何なる聖職者や治癒師であっても、治療ができなかった。
 しかも最初の一日で猛烈に感染が広まったものの、その後の感染が無く、デラトリア地方だけにとどまったことが幸いであった。

 デラトリア地方に住む者で生き残った者はわずかに一名だけ。
 それがサリババと言う当時10歳の少年だった。

 そのことを聞きつけたカルデナ神聖王国が神の寵愛を受けた子として彼を引き取ったのだが、その後に彼の異能が発覚した。
 彼が狂乱に陥ると周辺に死病をまき散らすのである。

 その狂乱の度合いによって、死病発生の範囲も決まる。
 そのために、神聖王国内で二回の死病発生が起きたが、箝口令が敷かれて一切の情報は国外には出ていない。

 この時はわずかに数十尋程度の広がりで済み、感染時間も一時だけだったのだ。
 その後デ・ガルドが人里離れた場所で秘密裏に実験したところ、サリババが狂乱に陥った際に周辺に死病をまき散らすことが分かったのだ。

 普通ならばそんな危険因子は排除されるのだろうが、デ・ガルドはその能力は利用できるものとして彼を擁護したのである。
 デ・ガルドに属して20年、サリババは訓練により緑死病を任意の時に任意の範囲で発生させられるようになった。

 但し、面倒なことにそれを命ずるものが近場に居なければならなかった。
 従って訓練のたびに奴隷の助祭が立ち会うことになった。

 無論、その奴隷の助祭は死ぬことになる。
 だが、今回はその発動時期を決めなければならないので、オブレンコ枢機卿が死を覚悟して伴うのである。

 緑死病に治療手段や防衛手段は無いとされていた。
 リューマは、おそらくはペストやコレラに似たウィルスの一種だろうとみているが、任意の範囲で発症させ、しかも感染時間すら任意で操作可能と言うのは流石に現代医学をもってしても再現は難しいだろうし、ウィルスを確保する時間もなかった。

 そもそも、そんな微生物に気づいていない神聖王国で保管しているはずもない。
 これまでに発症した死体は全て焼却されているか、地中深くに埋設されている。

 これはサリババの能力発動前に消し去るしかないようだ。


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 12月12日及び17日、一部の字句修正を行いました。

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