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第五章 こいつは大事(オオゴト)なのかな?

5-1 ランドフルトの遺跡 その一

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 俺が伯爵になってからほぼ1年、来月にはコレット王女の輿入れが予定されており、同じ日にシレーヌ嬢も側室として俺の元に嫁すことになっている。
 妙な話ではあるが婚儀では二人の花嫁が俺の両脇に立つことになる。

 イスラム文化圏や未開の地ならばともかく、日本では複数の嫁をもらうなど絶対にありえない話ではあるが、ホブランドではさほど珍しいことではないようだ。
 従って王都別邸では花嫁たちを迎えるための準備と併せて式典の準備が忙しいのだ。

 他の側室候補も正式に婚約者として公表し、順次、俺に嫁すことになっている。
 まぁ、一番若いケイト・バーナード嬢などは先頃ようやく13歳になったばかりだから輿入れは三年ほど先になるはずだ。

 何れにしろ半年後には三人の側室が加わって、その1年後にもう一人が側室になる予定なので、それを契機に王都を離れて領地在住がメインとなることになっている。
 その時点では側室になるべき婚約者は一人(ケイト嬢)しか残っていないので、一月に一度程度王都に行って婚約者としての義務を果たせばよく、ついでに王都の貴族間交流にも参加すればよいはずだ。

 それほど王都不在が多くなるのであれば、王都別邸の用人は少なくしても良いのではと思う向きもあるかもしれないが、逆に主不在の時ほど王都別邸の用人の責任が重くなるために家宰やメイド長、警護騎士隊長の責任は重くなる。
 特に上級爵の王都別邸の家宰はある意味で宰相と呼べるほどの才が要求され、並の文官では務まらないほどの事務処理能力、判断力、交渉力等が要求される。

 ジャックもフレデリカもその点では優秀なので何ら問題はなく、不安材料があるとすれば王都別邸の警護騎士隊長のオズワルドかもしれない。
 年齢32歳で相応の経験は持っているが若干脳筋気味で粗忽なところがある男なのだ。

 その意味では副隊長のシュレジングの方がしっかりしているのだが、これも貴族のしがらみと言う奴で、伯爵の子息であるオズワルドを男爵の子息であるシュレジングの部下にできなかっただけの話だ。
 今後、オズワルドに失態が有れば降格させてシュレジングと入れ替えることもあり得る。

 領地の方の変革も二人の代官を通じて徐々にではあるが順調に進んでいる。
 ガラス職人については、特別に選んだ二人を俺の従者のようにして王都及び領地を行き来し、暇を見つけてはガラス工房(別邸及び本宅の双方)で技術の伝承を行った。

 俺は日本やベネツィアのガラス職人の技術をコピーして身に着けることができるが、生憎とその技術を他者にコピーしてやれるだけの能力は無い。
 孤児院出身者の中にガラス工芸に適性のある者かつ実際に王都でガラス工房に弟子入りしていた若者を二人引き抜いてきた。

 この二人は17歳ではあるが、工房に二年余り勤め、一応ガラス職人としての基礎的能力は備わっており、向上心も高い。
 但し、これまでは工房内の徒弟制度と孤児院出身者に対する偏見から差別を受け、他の徒弟に比べると実践経験に非常に乏しい状態だったのだ。

 その意味では未だ色に染まっていないとも言え、引き抜き後は実際に高度な技術を見せてモノづくりを実践させるだけでいい。
 彼らは半年でかなりの技量に達し、俺が教える技術もほとんどなくなっていた。

 俺の直弟子ともいえるカーマイケルとロブスの二人に、ヴォアールランドとランドフルトに新たな工房を与えてガラス工芸品を産み出すようにさせた。
 無論彼らだけではなく後継者も必要である。

 領内及び王都に在る孤児院を訪れ、適性のある者を見出しては、彼らの工房に送り込むのが俺の仕事である。
 孤児院の出身者は社会的なステータスが低い。

 孤児院出身者というだけで見下され、同じ仕事をしていても稼ぎが少ないのだ。
 貴族と一般人と同様に、一般人と孤児院出身者には垣根がある。

 従って孤児院出身者の多くは冒険者となって無理をし、若すぎる命を散らす者が多かった。
 領主だからと言って、そんな彼らに俺ができることは少ない。

 領地の孤児院については相応の教育制度を作り上げることにより将来性を見出せるようにしたし、種々の産業創出により雇用機会も増やした。
 後は、彼ら自身の努力で成り上がってもらうしかない。

 俺は神ではないのだから全ての困窮者を救済することはできないのだ。
 種々のジレンマはあれど、そこは俺も達観している。

 ◇◇◇◇

 今、俺はランドフルトの西北西4ケールほどにある丘陵地帯に分け入っている。
 お供はランドフルト黒騎士団の第4中隊に属する第一小隊の10名のみである。

 いずれも略式甲冑装備で手槍とバックラーで武装しており、王都の警護騎士隊と同様、訓練を兼ねて冒険者ギルドの依頼をこなしているのだが、その中に俺も混ぜて貰っているという訳だ。
 俺の忙しい日々の中で、一月に僅か十日にも満たない領地滞在の間にのみ許されるささやかな趣味と娯楽に実益を兼ねた野外訓練でもある。

 夜が明ける前から駐屯地を出発、早足行軍で丘陵地帯に到達、分隊に分かれて魔獣若しくは魔物を狩る訓練である。
 毎回夕暮れまでには駐屯地へ戻ることにしており、野外での設営、キャンプなどは別の日程における訓練項目になり、俺は参加しない。

 で、小隊長や分隊長の指揮に任せながら、俺は検分役と顧問として、必要な場合には助言を与えることになっているのだが、既に騎士団の中での新たな調練や教育が行き届いており、俺が口を出す場面はほとんどなくなっている。
 尤もこれまで実戦経験もなく、訓練と称する時間稼ぎにしか過ぎなかったものが一転して実戦に即した形でのハードモードに変わったために、初期の頃はかなり細かいところまで注意を与えないと種々の問題を引き起こしていたものだ。

 徐々に体力を上げ、技量を上げて行くことで漸く現在の形に至ったのであるが、

 まぁ、そんな騎士団の近況はともかく、荒野を移動中、俺のセンサーに何か引っかかるものがあった。
 反応は微弱であるが、どうも俺の足元の地面の下に空洞があるようだ。

 俺のセンサーはかなり広範囲にカバー出来るから、もっと前に気づいてもおかしくはない筈なのだが、今回は直近までその存在に気づかなかった。
 時刻はちょうど昼頃か?

 小隊長に休憩を命じて、俺は属性魔法を行使して周囲を覆う灌木を取り払い、更に地面を掘り返した。
 すると出てきましたねぇ。明らかに人工的な入口らしきものが眼下に見える。

 彫刻の施された石材がアーチ状に組まれており、その入り口を塞ぐ扉に何かが当たったのか凹んでおり、さらにその部分が一部亀裂して腐食を生じているようだ。
 初めて見る金属であり、どうやら魔法を弾く性質があるようだ。

 早速に俺はコピーを試してインベントリーに放り込んでおく。魔法は弾くのだが手に触れるとコピーはできたのだ。
 周囲をこの金属で覆ってしまえば探知能力から逃れられるようだから、隠匿には至極便利な金属に違いなく、俺の知っている限りではこんな金属があるとは聞いたことがない。

 そうしてアーチ状の石材に描かれた文様の中に文字があった。
 少なくともこのジェスタ国で知られている文字ではなさそうだが、言語理解ランク5の俺には読めた。

 文字の種類は不明なのだが、「アゾール飛空艇研究所」と読めた。
 このホブランドに来て以来飛空艇なるモノを見たこともないし、そもそも空を飛ぶ機械など聞いたこともない。

 いや、そういえば伝承神話エル・ア・サーヴァの記述の中に、「太古にヴィアーラ帝国の戦士たちが空を飛ぶモノに乗っていた。」という記述を見た記憶がある。
 俺もあくまで空想に近い神話として読んでいたし、ホブランドの極一部で単なる御伽話として残っているに過ぎないものだ。

 この地下施設に活性化しているセキュリティが有ったりすると厄介なのだが、見つけてしまった以上放置はできないので一応探索を行うことにした。
 小隊の半分は地表に残し、第二分隊長以下4名が俺に従った。

 残り6名は、万が一の場合のサポート要員と連絡要員である。
 扉には鍵がかかっていた。

 鍵部分にも魔法を弾く金属が使われているために内部構造の詳細が把握できずに苦労したが、ゲル状の物質を鍵穴から入れ込み、当該ゲルの把握を通じて錠前の構造を確認し、錬金術で合鍵を作って解錠すると、扉が開いた。
 恐らくはかなりの年月使われたことが無い様で、騎士が四人がかりでようやく人が通れるほどの隙間を開くことができた。

 内部は、一見したところ極めて綺麗である。
 扉の亀裂部分の微小な隙間から多少の埃は侵入していたようだが、多くはない。

 床面は、合成樹脂のような光沢の素材で、壁面は塗装が一部剝がれたコンクリート様の物質だが、触れてみるとコンクリートよりも弾性に富んでいる。
 通路天井には照明装置のようなものがあるが、灯りは点いていない。

 通路の外壁は魔法を弾く金属で覆われているようだが、内壁には俺のセンサーが有効なので念入りに調べると、壁の一部にセンサー様の装置があったが同じく機能していないようだ。
 さりとて、未知の施設だし、どんな仕掛けがあるかわからないので慎重に調査を進めねばなるまい。

 俺が先頭に立とうとすると、分隊長のセガールが俺を引き留め、分隊の二人が前に立ち、俺の背後に二人がついて進むことになった。
 やっぱり領主が真っ先に危険に飛び込むのは拙いようだ。

 そうは言いながらも、俺の能力が無ければ調査も進まないので、俺の同行は認めざるを得ない。
 俺の造った魔道具照明で前方を照らして20mほども進むと再度の扉があった。

 この扉は魔法を弾く金属とは異なっていた。
 扉の前後にセンサーらしきものは設置されているが同じく機能していない。

 恐らくは動力が切れているのだろうと思う。
 そうして扉の向こうに空間があり、さらにその奥で何層かの空間に分かれていることがわかった。

 この扉の方は魔法で鍵を解除したが、扉の開閉が結構キツイ。
 騎士四人がかりでも中々動かないので俺が魔法で手を貸し動かした。

 まぁ、蝶番の部分が錆びてしまっているのじゃないかと思う。
 扉の向こうに現れたのは検問所というか受付というか、右サイドに事務所があり、その前を通って行くと右に折れる通路が続いていた。

 階層の大きさがある程度判明した段階で、俺は調査の中断と引き上げを決定した。
 調査を続行できないわけではない。

 だが俺のセンサーがほのかながら未だ生きているセキュリティ装置のようなものを感知してしまったのだ。
 続行は可能なのだが危険性もある。

 そんな場所に未だ冒険者として或いは騎士として未熟な四名を引き連れてはいけない。
 彼らが息の合った上級ランクの冒険者のパーティであれば連れて行けるのだが・・・。

 従って、取り敢えず発見した地下一階(元々は地表層?)の階層のみを調査して引き上げを命じたのである。
 大きさは地下一階層だけでも1ケール四方を超えていたが、そのほとんどが倉庫であった。

 食糧庫のようなものもあったのだが既に炭化し或いは腐敗しつくした残渣となり果てている。
 その他の資材で一見して使えそうなものもあるが、用途不明な資材もたくさんあった。

 俺の鑑定を使うとその名称や用途までも見極められるが、敢えて騎士団の者には教えなかった。
 彼らに教えることによって秘密が漏れることを防止したかったのだ。

 引き上げを指示する際に、四名にここで見聞きしたものは他者に伝えることを厳禁した。
 この場所は俺の領地であり、万が一にでもよそ者が入って略奪などできないようにしたかったからだ。

 一旦地上に戻って待機組と合流、そこでも同様の指示を小隊全員に行った。
 俺は部下である騎士達の善良性を疑ってはいないが、彼らが窮地に陥った際、或いは酩酊した際に秘密を漏らす可能性は大きい。

 貴族となって派閥抗争の一角に立つ以上、当然に敵も居るし、場合により味方である筈の王家そのものが牙を剥く恐れもある。
 全ての不安を無くせはしないが可能な防御策は講じておかねばなるまい。

 だから小隊全員に対して、秘密厳守を指示した際に闇魔法で彼らの心を縛った。
 俺の許しが無い限り、彼らは今日見聞きしたことを他者に話せなくなったのだ。

 話せない代わりにあり得る嘘を教えておいた。
 通常の訓練を行いそのまま無事に戻ったと言えばよいと伝えたのだ。

 部下たちへの一応の配慮は終わり、アーチ状入口の扉をしっかりと閉じた上で、掘削した土砂を埋め戻し、元に戻した。
 この場所を見れば誰かが掘り返したことはわかるが、遺跡は取り敢えず目につかないことが大事なのだ。

 陣屋への帰途、俺は今夜の秘密裏の探索に思いを馳せていた。
 無論発見した遺跡の単独調査である。
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