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第四章 伯爵になってはみたものの

4-18 闇ギルドの決断

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 ファンデンダルク邸は、元々がダンケルガー辺境伯の所有する屋敷であったことから、伯爵の屋敷としてはかなり広い敷地面積があり、当節の侯爵邸でも差し支えないほどの格式を有している。
 斯様に屋敷は広いものの邸内の警護体制は万全であった。

 正門及び裏門には騎士二名が24時間体制で警備についているほか、伯爵お手製のフルプレート・アーマーのゴーレムがそれぞれの門に4体ずつ配備されているのである。
 このゴーレム、通常は置物の如く動かないが、配備された騎士の命令があった場合若しくは危急の際は自律して俊敏に動く代物である。

その強さはAランクの冒険者に匹敵するうえ、フルプレート・アーマーは対魔法攻撃耐性、対物理攻撃耐性双方に秀でているためにこれを破壊するにはドラゴンを倒すほどの力が必要となる。
 従って、正門及び裏門を強行突破するには実際問題として師団規模の戦力が必要であろう。

 元々は、リューマがアリスのために作ってやったピノキオ紛いのマリオネットなのだが、アリスの要望がより高度なゴーレムを作る契機となった。
 最初は、ほどほどに小さい代物だったのだが、アリスの希望で少しずつ大きい身体を作ってやったのだ。

 アリスはそもそも自分の能力でマリオネットを動かすことができるから、ある意味で依り代としての身体だけでよかったのだが、人間の動きをできるだけ再現できるような構造を考えて試行錯誤している内にほぼ人型ロボットに近い形になったという訳である。
 そこで根っからの凝り性であるリューマは、ついでにAIプログラムを試しに作り上げて導入してみたら、ほぼ半自動型の自律ゴーレムが出来上がったという訳なのであるが、そんなモノが外向けにバレると色々と面倒なので、普段は「置物」宜しく門の近くで微動だにせず突っ立っているだけの代物である。

 一方、正門と裏門以外の通用門は無い。
 旧ダンケルガー辺境伯邸の往時にはあった二つほどの木製通用門がそのまま外観からは見えるのだが、実際には単なるダミーで使用できず、仮に扉をぶち抜いてもその背後にある鉄壁の壁が入域を拒んでいる。

 屋敷を囲む石塀は、高さが二イードほどで王宮などの石壁などと比べると左程高い壁では無いものの、侵入者を防ぐ結界が二重に張られているために、例え空中を飛んで侵入しようとしても物理的に遮られる。
 因みに鳥でさえも予め許可されているもの以外は屋敷内に出入りできない仕組みになっているのである。

 流石に小さな虫類にまで制限は無かったのだが、蟲使いの存在がわかったために、簡易のゲート数か所を造って、そこを使う場合のみ限定的に出入りを許している。
 このためリューマの従魔たちや、ヘレナ、ハイジ、ランスが使役する蛇、鳥、蟲は簡単に出入りができる仕組みになっている。

 このような非常に堅固な警備体制となっていることも知らずに今日も忍び込もうとする輩が闇夜に蠢いていた。
 帝都の闇ギルドの一派である「影魔のディオラード」に属するブルーノが、ボスのルートヴィッヒから指示を受けてファンデンダルク邸に忍び込み、出来る限りの情報収集を行うことになっていた。

 ブルーノは盗賊のスキルと共に隠密に特化したスキルを持っているために、周囲に気取られずに潜入して内緒話を取ってこれると云う能力があった。
 ために、ルートヴィッヒからは随分と重宝がられていたのだが、そのブルーノがとっかかりで難儀していた。

 石塀を乗り越えて庭に侵入しようとしてできないのである。
 手を変え、品を変え、さらには場所も変えても石塀の頂上を超えられないのである。

 ブルーノにとってこんなことは初めての経験だった。
 石塀の屋根に手を掛けることはできるが、そこに上がることも乗り越えることもできないのである。

 石塀の近くにあった樹木の上から屋敷の中へ飛び降りようとしたが、見事に空中で跳ね返され、地面に叩き落された。
 十数度やってみて無駄と分かったので、次は出入りの商人の後について行って邸内に潜り込む方法を試してみた。
だが、これも大失敗だった。

 裏門から入る商人の後に続いたのだが、これまでであれば気配を殺していけば王宮外郭でさえすんなりと入れる(王宮内郭は魔法封じの魔法陣の所為で無理)のに、この日ばかりは駄目だった。
 門の両脇に立って商人たちの証明書を確認している門番の騎士の目は免れたが、その背後に立っていたフルプレート・アーマーの騎士二人がびっくりするほどの俊敏さで手に持つ槍をブルーノの前で交差させたのである。

 その途端、隠密のスキルが解けて門番の騎士がブルーノの存在に改めて気づき、「ん?お前は誰だ?」と誰何してきたのである。
 無論、前にいる商人がブルーノを擁護してくれるはずもない。

 脱兎のごとく逃げ出して何とか捕縛を避けることができたが、ファンデンダルク邸へ忍び入ること自体が不可能と思えるようになったのである。
 ブルーノは止むを得ずボスのルートヴィッヒに事の次第を告げて俺には無理な仕事だと申し出た。

 ルートヴィッヒは暫し考え込んだうえで独り言のように呟いた。

「お前ならできると思って請け負ったんだが・・・。
 しゃーない。
 サマンサのところに頼み込むか。」

 サマンサというのは同じ闇ギルドの一派でやり手婆の異名も持つボスの一人である。
 配下の女を使って情報を集める情報屋で始末屋を兼ねる影魔のディオラードとは一線を画している。

 結界に対する侵入の試みが何度かなされた段階で、ブルーノにはハイジの使役する蟲が付いていた。
 小さな蚤でブルーノの肩口に取りついている。

 蚤の視界は悪いので映像は当てにできないが、音声は聞こえるのでハイジが重宝しているのだ。
 従って、ブルーノとルートヴィッヒの会話はハイジに筒抜けだった。

 話の終わりに小さな蚤がブルーノからルートヴィッヒに飛び移ったことは二人ともに気づかなかった。
 ルートヴィッヒとサマンサ、更にサマンサから配下のグレーテに指示された内容もハイジによってリューマに伝えられ、事前にその対策が取られることになった。

 グレーテはサマンサの配下の中でもとびっきりの美形である。
 おまけにグレーテは魅惑のスキルを持っており、これまで余程の朴念仁でない限り、グレーテの色香に惑わなかった男は居ない。

 従って、サマンサは最初からファンデンダルク卿に標的を定めていた。
 相手に気取られないよう情報収集は周囲から徐々に集めるのが常套手段であるけれど、サマンサ率いる「女郎蜘蛛」では対象が男である限り一気に頂上作戦を実行するのが常であった。

 リューマは、伯爵になってからも冒険者ギルドと錬金術・薬師ギルドに時折顔を出している。
 顔つなぎと情報収集の目的もあるのだが、家宰のジャックにはいつもしかめっ面をされているので、概ね30日に一度程度、両方のギルドを廻っているのだが、いつもお付きはついていない。

 冒険者や錬金術師或いは薬師として活動する際に騎士を引き連れることはリューマの中ではタブーとされているのだ。
 逆にそのこと自体が家宰のジャックが懸念することなのだが、リューマはこのことに関しては譲らない。

 最近は、ジャックもあきらめ顔で見送ってくれるが、出がけに毎度仏頂面で言われることがある。

「私は、伯爵がお一人で市中を闊歩されることは、決して良いこととは思っていません。」

「わかった。わかった。」

 そう軽く受け流すように云いつつ、手を振って玄関を出てくるリューマである。

 いつものように冒険者ギルドに顔を出し、ギルマスから最近の情勢について情報を貰い、その足で錬金術師・薬師ギルドに立ち寄って、定番の魔道具の納品をする。
 冒険者ギルドでのリューマのランクは既にBランクになっており、半年すればAランクになるのが決まっている。

 錬金術師・薬師ギルドのランクは特にないのだが、ステータス上は錬金術師も薬師もIIIになっている。
 魔道具もポーションも日々のちょっとした自由時間に結構作っているから能力的には上がっているのだ。

 その錬金術師・薬師ギルドを出て間もなく、茶番劇に出会った。
 妙齢の女性が如何にもワル的な男二人に絡まれて悲鳴を上げつつ「助けて」と叫んでいるのだ。

 リューマはとみに能力の上がった鑑定により、一目で助けを求めた女が闇ギルドの一派「女郎蜘蛛」に属するグレーテであることを見抜いていた。
 襲っている男たちは、「女郎蜘蛛」に依頼を受けた街のチンピラである。

 残念なことに周囲に女を助けられそうな者が居なかったので、茶番とは知りつつも、女を助けることにした。
 簡単に男二人を道端に伸してから女を見ると、グレーテの瞳が怪しく光る。

 しかしながら魔力耐性の上がったリューマには、例えサキュバスでも魅了することは難しく、グレーテの魅了スキルは空振りすることになる。
 自らの魅了が効かないことがリューマの様子から直ぐにわかって内心焦りまくるグレーテだったが、すぐに気持ちを切り替えて、心にもない感謝の言葉を言うのだった。

 それに対する相手の反応は予想外のものだった。

「芝居は終わったな?
 では、サマンサのところに連れて行ってくれ。」

「え?
 サマンサって、どなたでしょうか?」

 シレッと、とぼけるグレーテに追撃の言葉が来る。

「お前、女郎蜘蛛のグレーテだろう?
 お前に俺との接触を命じたサマンサのところへ連れて行けと言っているんだ。
 断るなら不敬罪でこのまま切り捨てるが・・・。
 そっちの方がいいか?」

 その言葉と同時に威圧を浴びせかけられてグレーテは今度こそ震え上がった。
 不文律として貴族には不敬罪で咎人を処罰することが許されているのだ。

 グレーテも荒事に対処する能力は全く無いわけではないが、王都の英雄にあらがう蛮勇は持ち合わせていない。
 「あわわっ」と、脅えながらも命惜しさにリューマに従わざるを得なかった。

 四半時後、リューマは女郎蜘蛛のリーダーであるサマンサの前にいた。
 サマンサとしては居留守を使いたいところだったが、アジトを知られた以上、相手を消すか若しくは相手の言うことを聞くしかなかったのだ。

 端的に言って目の前の若い伯爵は、サマンサの予想のはるか上を要求してきた。

「俺は、お前たち闇ギルドの素行を必ずしも良くは思ってはいない。
 だがそれでもこれまで目こぼししてきたのはそれなりの存在価値があるかもしれないと考えてのことだ、
 お前が、誰からの依頼で動いているのかも知っているし、その依頼者が誰からの依頼を受けているのかも知っている。
 俺に関わりのないことなら見逃しもするが、闇ギルドの関わりが度重なれば、俺も容赦はできない。
 ここに白輪金貨7枚ある。」

 リューマはサマンサの机に白輪金貨七枚を並べた。

「これは、ある意味で俺からの依頼料であり慰謝料だ。
 王都の闇ギルドは、七つの派閥に分かれていると聞いている。
 それら派閥のリーダーにこの金を渡して伝えろ。
 これから以後、俺、リューマ・アグティ・ヴィン・ファンデンダルクに関わる如何なる依頼も受けるな。
 仮に、俺の屋敷の関係者及び俺の親しい者に手を掛けた場合は、いずれの一派が仕掛けたことであろうと王都の闇ギルド全構成員とその依頼主を潰す。
 間違いのない様にお前を除く六つの派閥のリーダーに伝えろ。
 今受けている俺に関わる依頼は全て破棄しろ。
 例外は認めない。
 明朝から如何なる敵対行為であろうと、その兆候が見えた段階で闇ギルドの構成員全てを抹殺する。
 これは脅しではない。
 お前たちに対する通告であり、この白輪金貨7枚はその通告による迷惑料だ。
 忘れるな。
 お前が何らかの事情で全部のリーダーに通告できていなくても、手出しがなされた時点で虐殺は開始される。
 お前とは今後二度と出会わないことを祈る。
 さらばだ。」

 威圧を放ちながら去っていったファンデンダルク卿の姿に、悲しくもその場でお漏らしをしてしまったサマンサだが、すぐに動き出した。
 万が一、誰かがファンデンダルク卿に手を出したならサマンサ自身の命も危うくなるのである。

 それだけは是非とも避けなければならなかった。
 その日、急遽開催された闇ギルドのリーダー会議は若干の紛糾もあったが、最終的に最大派閥であり、強力なアサシンである「死の防人」のリーダーの言葉が決め手となった。

「ファンデンダルク伯爵は、冒険者ランクは単なるBクラスだが実質的な戦力ではSクラスを凌駕していると聞いている。
 これは王都の冒険者ギルドのサブマスと親しい人物から聞いた情報だが、元々冒険者に登録してから半年ほどしかたっていないためにランクを上げられないだけで、既に相応の実績もあるので半年後にAクラス、1年後にはSクラスになることが予定されているらしい。
 承知の通りSクラスの冒険者ってのは、もう人外の領域にある怪物だ。
 恐らく俺っちの最強の者達を当てても返り討ちにあうだけだろう。
 ましてルートヴィッヒのところの隠密侵入ができず、サマンサのところの魅了も効かないとなりゃぁ、生半可のことじゃ手を付けられん。
 やるなら全滅覚悟で奴を消しにかかるかどうかだが・・・。
 リスクが大きすぎる。
 俺は降りるぜ。
 誰かがそれでもやるというなら、俺の派閥は王都から出る。
 手前てめぇの命を救うにはそれしかねぇだろう。
 で、誰か、奴に歯向かおうって奴は居るのか?
 いるんなら言ってくれ。
 王都を出るにしてもそれなりに時間がかかるからな。」

 結局、その夜王都の闇ギルドの総意でファンデンダルク卿に関わる全ての依頼は今後一切受けないこととされ、既に受けている依頼は前金を返済することで破棄することになったのである。
 なお、ファンデンダルク卿の親しい人物というのがどこまで入るかについては、依頼の都度慎重に検討されることになった。


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