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第三章 ホブランド第八日目以降の出来事
3-16 王都滞在中の出来事 その十二(交渉)
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俺は更に畳み込むように尋ねた
「もう一つ、当該屋敷に巣くっているのはいかなる祟りの霊なのか教えていただけますか?」
「元ダンケルガー辺境伯邸の場合は、第25代目当主であったグレン・ダンケルガー様の恨みによる祟りと聞いております。
何でも謂れなき反逆の罪で1年にわたり投獄され、その無実が晴れた際には、目や手足が不自由となり、屋敷に戻った後でも二年にわたって闘病生活の末に大層苦しまれて亡くなったとか。
反逆の罪を匿名で訴えたのは隣の領主であったラインハルト子爵でございました。
どのようにしてか細部は不明ですが、辺境伯様が投獄されている間に領地の半分が乗っ取り同然に奪われた上に、愛妻も略奪された由。
そうしてダンケルガー辺境伯の無実が発覚する前に、ラインハルト子爵は持てる限りの財産を持ち、辺境伯の愛妻を連れて何処かに逃亡したようです。
亡きダンケルガー辺境伯の遺恨故に、ラインハルト子爵の係累は、55年前にほぼ死に絶えました。
いずれの方も皮膚に黒い斑点を多数生じて苦しみながら亡くなったとのこと。
但し、肝心要のラインハルト元子爵の行方が分からぬ故に、ダンケルガー辺境伯の霊は怨念を遺したまま屋敷に居続けています。
ラインハルト元子爵が仮に生きていたにしても、既に80代も後半。
恐らく、ラインハルト子爵も亡くなっておられましょうから、今後ともダンケルガー辺境伯の恨みが晴れることは無いでしょう。」
「失礼ながら、そうした瑕疵物件の場合、貴方の父上が除霊を為されるのですか?」
「はい、父は名の知れた聖魔法の使い手でございます。
聖教会の司教ほどの力量を持っていますが、それでも限界はございます。
そうして、今ひとつのブランディット旧伯爵邸の方は、50年程前の当主であったアラン・ブランディット伯爵が幼子にしか性的興味を抱かぬ偏執狂だったそうにございます。
しかも、幼子が成長すると飽きて殺害するという悪辣な人物であったようです。
多くの場合、幼い少女たちは市井に住んでいた者が誘拐されて屋敷に連れ込まれたようでございます。
無論、伯爵一人で成し得ることではなく、伯爵の用人たちの多くが関わっておりました。
殺害された少女たちの遺骸は、いずれも敷地内に人知れず埋められたようでございます。
ブランディット旧伯爵邸の場合、恐らくは、この殺害された少女若しくは少女達の霊が怨念として残っているものと推測されております。
43年前のある日、当主を含め用人の全てが死体で発見されました。
いずれの身体にも無数のひっかき傷の様な跡が残されており、死亡者の顔は苦悶に満ち満ちていたと聞き及んでおります。
その後半年ほどの間は何も起きなかったのですが、ブランディット伯爵の縁者が伯爵を継いで、屋敷に入った直後から異変が生じ始め、僅かに三日で新たな伯爵と用人は逃げ出したそうにございます。
その後ブランディット伯爵家から依頼を受けた教会の司教様など聖魔法の使い手が種々除霊を試みましたが、成就せず現在に至っております。
因みにブランディット伯爵家は、当該屋敷を私どもの祖父に託し、全く別の場所に邸を求められてそちらに移り住み、現在に至っておられます。
この時点で所有権はブランディット伯爵家より我が家に移っておりました。
それから42年、ブランディット旧伯爵邸も人の手を寄せ付けず、現在に至っております。」
「殺された少女たちの遺体は発見されているのですか?」
「十数体は発見されているようですが、あるいは、その倍ほども犠牲者が居たのではないかと推測されています。」
「ふむ、状況はわかりました。
では、今ひとつお聞きします。
試みに、あくまで仮定の話ではございますが、当該お屋敷の除霊を私の手で為してみて、一カ所の除霊ができた場合は、当該お屋敷を紅白金貨6枚で購入し、また、二カ所共に除霊ができた場合は、ダンケルガー辺境伯邸を紅白金貨2枚にてお譲りいただくと言う契約はできませんでしょうか?」
呆気にとられた様子でエカテリーナさんが俺を眺めた。
やがて呆けていたことに気づいて、顔を赤らめながら言った。
「それは、つまり、・・・。
この両邸の除霊を為すので、買値を紅白金貨二枚にせよと・・・。
貴方様の手により除霊がなされたならば、少なくともこれまで我が家の負の遺産にしか過ぎなかった一邸が紅白金貨6枚で売ることができますし、更に二邸の除霊が成就された場合、一邸を相当に割り引いたお値段で貴方様にお譲りするにしても、もう一邸が高額の売り物として当方に残りますことから、私どもにとっても、誠に結構なお話ではございますが・・・。
しかしながら、一方で除霊に失敗した場合は、怨恨が貴方様に向かう恐れもございます。
試みとは言いながら、場合によってはお命を懸けた大層危険な賭けにございますが、それを御承知で申されておられますか?」
俺はニヤリと笑って、頷いた。
除霊ではないが、アリスとの対峙の経験からすれば、そうした屋敷に侵入することは十分に可能だろう。
ダンケルガー伯爵の怨霊については、未だのうのうと生き残っているラインハルト子爵の居場所と引き換えにその怨嗟を鎮める可能性があると踏んでいる。
実は、先日王都内を散策中に偽装の名をつけた老人をたまたま見つけていたのだ。
男の偽装名は、ファルク・アシュロンという王都で骨とう品店を営む商人だが、正式名はエルマー・ラインハルトといい、元子爵という結果が鑑定で分かっている。
年齢は87歳であり、おそらく姿をくらましたというラインハルト子爵に違いない。
顔は大きな火傷の後でひきつっており、往時の面影は無いので周囲には察知されていないのだろう。
因みに傍にいた行商人との会話から判断するにかれこれ20年ほどの付き合いらしく、その頃に王都に舞い戻ったものと思われる。
その男が怨嗟の原因であるラインハルト子爵であるか否かは、ダンケルガー辺境伯の霊が自ら確かめるだろう。
一方で、旧ブランディット伯爵邸の方は、そもそも殺された少女たちの遺骸の後始末ができていないのが祟りの原因ではないかと思っている。
遺骸を見つけ出し、教会の司教にお願いして供養をしてもらい、聖魔法と光魔法の複合魔法で鎮魂の儀式を行えば或いは除霊が可能かもしれない。
いずれの屋敷にも踏み込むにはアリスの場合と同様に、聖属性と光属性両方の結界で一定の距離を保って怨霊を近づけさせないことができるだろう。
決して成算の無い無茶な計画ではない筈だ。
まぁ、試して駄目なら諦めて、子爵用の狭い邸宅を購入するしかないのだが、多分相場は相当に高いのだろうねェ。
「もう一つ、当該屋敷に巣くっているのはいかなる祟りの霊なのか教えていただけますか?」
「元ダンケルガー辺境伯邸の場合は、第25代目当主であったグレン・ダンケルガー様の恨みによる祟りと聞いております。
何でも謂れなき反逆の罪で1年にわたり投獄され、その無実が晴れた際には、目や手足が不自由となり、屋敷に戻った後でも二年にわたって闘病生活の末に大層苦しまれて亡くなったとか。
反逆の罪を匿名で訴えたのは隣の領主であったラインハルト子爵でございました。
どのようにしてか細部は不明ですが、辺境伯様が投獄されている間に領地の半分が乗っ取り同然に奪われた上に、愛妻も略奪された由。
そうしてダンケルガー辺境伯の無実が発覚する前に、ラインハルト子爵は持てる限りの財産を持ち、辺境伯の愛妻を連れて何処かに逃亡したようです。
亡きダンケルガー辺境伯の遺恨故に、ラインハルト子爵の係累は、55年前にほぼ死に絶えました。
いずれの方も皮膚に黒い斑点を多数生じて苦しみながら亡くなったとのこと。
但し、肝心要のラインハルト元子爵の行方が分からぬ故に、ダンケルガー辺境伯の霊は怨念を遺したまま屋敷に居続けています。
ラインハルト元子爵が仮に生きていたにしても、既に80代も後半。
恐らく、ラインハルト子爵も亡くなっておられましょうから、今後ともダンケルガー辺境伯の恨みが晴れることは無いでしょう。」
「失礼ながら、そうした瑕疵物件の場合、貴方の父上が除霊を為されるのですか?」
「はい、父は名の知れた聖魔法の使い手でございます。
聖教会の司教ほどの力量を持っていますが、それでも限界はございます。
そうして、今ひとつのブランディット旧伯爵邸の方は、50年程前の当主であったアラン・ブランディット伯爵が幼子にしか性的興味を抱かぬ偏執狂だったそうにございます。
しかも、幼子が成長すると飽きて殺害するという悪辣な人物であったようです。
多くの場合、幼い少女たちは市井に住んでいた者が誘拐されて屋敷に連れ込まれたようでございます。
無論、伯爵一人で成し得ることではなく、伯爵の用人たちの多くが関わっておりました。
殺害された少女たちの遺骸は、いずれも敷地内に人知れず埋められたようでございます。
ブランディット旧伯爵邸の場合、恐らくは、この殺害された少女若しくは少女達の霊が怨念として残っているものと推測されております。
43年前のある日、当主を含め用人の全てが死体で発見されました。
いずれの身体にも無数のひっかき傷の様な跡が残されており、死亡者の顔は苦悶に満ち満ちていたと聞き及んでおります。
その後半年ほどの間は何も起きなかったのですが、ブランディット伯爵の縁者が伯爵を継いで、屋敷に入った直後から異変が生じ始め、僅かに三日で新たな伯爵と用人は逃げ出したそうにございます。
その後ブランディット伯爵家から依頼を受けた教会の司教様など聖魔法の使い手が種々除霊を試みましたが、成就せず現在に至っております。
因みにブランディット伯爵家は、当該屋敷を私どもの祖父に託し、全く別の場所に邸を求められてそちらに移り住み、現在に至っておられます。
この時点で所有権はブランディット伯爵家より我が家に移っておりました。
それから42年、ブランディット旧伯爵邸も人の手を寄せ付けず、現在に至っております。」
「殺された少女たちの遺体は発見されているのですか?」
「十数体は発見されているようですが、あるいは、その倍ほども犠牲者が居たのではないかと推測されています。」
「ふむ、状況はわかりました。
では、今ひとつお聞きします。
試みに、あくまで仮定の話ではございますが、当該お屋敷の除霊を私の手で為してみて、一カ所の除霊ができた場合は、当該お屋敷を紅白金貨6枚で購入し、また、二カ所共に除霊ができた場合は、ダンケルガー辺境伯邸を紅白金貨2枚にてお譲りいただくと言う契約はできませんでしょうか?」
呆気にとられた様子でエカテリーナさんが俺を眺めた。
やがて呆けていたことに気づいて、顔を赤らめながら言った。
「それは、つまり、・・・。
この両邸の除霊を為すので、買値を紅白金貨二枚にせよと・・・。
貴方様の手により除霊がなされたならば、少なくともこれまで我が家の負の遺産にしか過ぎなかった一邸が紅白金貨6枚で売ることができますし、更に二邸の除霊が成就された場合、一邸を相当に割り引いたお値段で貴方様にお譲りするにしても、もう一邸が高額の売り物として当方に残りますことから、私どもにとっても、誠に結構なお話ではございますが・・・。
しかしながら、一方で除霊に失敗した場合は、怨恨が貴方様に向かう恐れもございます。
試みとは言いながら、場合によってはお命を懸けた大層危険な賭けにございますが、それを御承知で申されておられますか?」
俺はニヤリと笑って、頷いた。
除霊ではないが、アリスとの対峙の経験からすれば、そうした屋敷に侵入することは十分に可能だろう。
ダンケルガー伯爵の怨霊については、未だのうのうと生き残っているラインハルト子爵の居場所と引き換えにその怨嗟を鎮める可能性があると踏んでいる。
実は、先日王都内を散策中に偽装の名をつけた老人をたまたま見つけていたのだ。
男の偽装名は、ファルク・アシュロンという王都で骨とう品店を営む商人だが、正式名はエルマー・ラインハルトといい、元子爵という結果が鑑定で分かっている。
年齢は87歳であり、おそらく姿をくらましたというラインハルト子爵に違いない。
顔は大きな火傷の後でひきつっており、往時の面影は無いので周囲には察知されていないのだろう。
因みに傍にいた行商人との会話から判断するにかれこれ20年ほどの付き合いらしく、その頃に王都に舞い戻ったものと思われる。
その男が怨嗟の原因であるラインハルト子爵であるか否かは、ダンケルガー辺境伯の霊が自ら確かめるだろう。
一方で、旧ブランディット伯爵邸の方は、そもそも殺された少女たちの遺骸の後始末ができていないのが祟りの原因ではないかと思っている。
遺骸を見つけ出し、教会の司教にお願いして供養をしてもらい、聖魔法と光魔法の複合魔法で鎮魂の儀式を行えば或いは除霊が可能かもしれない。
いずれの屋敷にも踏み込むにはアリスの場合と同様に、聖属性と光属性両方の結界で一定の距離を保って怨霊を近づけさせないことができるだろう。
決して成算の無い無茶な計画ではない筈だ。
まぁ、試して駄目なら諦めて、子爵用の狭い邸宅を購入するしかないのだが、多分相場は相当に高いのだろうねェ。
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