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第三章 ホブランド第八日目以降の出来事

3-13 王都滞在中の出来事 その九(黒飛蝗殲滅作戦の顛末)

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 城壁の北西端にある看守台に向かう途中、ギルドマスターが話しかけてきた。

「リューマ、お前、王都で褒章を受けるために来たのじゃなかったのか?」

「ええ、王宮で褒章をいただき、准男爵に叙爵されました。」

「で、王都に残っていたのは?」

「別件があって、三日後、いや明後日にもう一つ褒章がもらえることになってるんです。
 で、止む無く居残りです。」

「そりゃぁ、災難だったな。
 フレゴルドに女がいるのか?」

「女と言うか、知己の者は居ますね。」

「もしかすると、会えなくなるかもしれんが・・・。
 いいのか?」

「止むを得ないでしょう。
 黒飛蝗なんて災害はどこにいても起こり得るんじゃないんですか?」

「まぁ、そうなんだが、王都の北西に広がる荒れ地は元々蝗魔の生息地でな、数十年に一度ぐらいは黒飛蝗が発生する。
 俺も見たことはないが、普段の蝗魔は全体に薄緑色だ。
 だが黒飛蝗が始まると、赤黒っぽい色に変わり猛烈に繁殖する。
 時節によって移動する方向が異なるが、概ね風の方向に影響されるようだ。
 これまで二百年ほどは王都方面に向かって来たことは無かったんだが・・・。
 仮に黒飛蝗の中心部が王都に辿り着いたなら、場合により王都壊滅もあり得る。
 その場合は、生き残るのは、まぁ、無理だろうな。
 王宮の中にあるという特別の退避壕の中に入れる一握りの者が生き残れるだけだろう。」

「リックさんにご家族は?」

「女房に子供が二人、家に閉じこもるようには言っているが、仮にそこで生き延びられても水や食料が持たん。
 外部から救援の手が入るのは一月以上も先だろう。
 蝗魔がいる間は、誰も近づけん。
 あいつらは餌の気配を察して暫くは動かないからなぁ。
 まぁ、エサが無くなって1週間もすれば風に乗って移動するかもしれん。
 ただ、繁殖率が高いからな。
 餌があればどんどん増え続ける。
 それにもかかわらず、なぜか、黒飛蝗が始まって一か月ほどすると自壊するのが不思議だがな。
 運悪くその進路上に居たならば、奴らが自壊するまで生き残っていることが難しい。
 ある意味で、勝ち目無しの戦だな。」

「ご家族のためにも生き残らなければなりませんよ。
 そのためにも頑張りましょう。
 もしかすると何とかなるかもしれませんから。
 まぁ、相手の数次第ではありますけれどね。」

「ほう、フレゴルドの期待の星は何か計画があるのか?」

「ええ、ちょっとだけ。
 でも、成功するかどうかわからないので、今のところは内緒で。」

「ふん、まぁ、やれるだけやってみろ。
 できなくても誰も恨みはしない。」

「はい、ありがとうございます。」

 その間にも東の空が白々と明け始めてきた。
 それから一時間ほどたって、アラ4の時頃、前方に雲霞のように黒い塊が見え始めた。

 距離はおそらく20ケールほどはあるだろう。
 俺の索敵探知能力はそこまで高くないが、視力は随分と上がっているので、見間違いない筈だ。

 あと一時間もすれば先鋒が城壁に達するかもしれない。
 俺の準備の方は、準備万端とは言えないまでも取り敢えずの第一弾を三回ほどぶちかますのに必要な準備は終えている。

 できればもう2回戦分ほどの準備ができればよかったのだけれど、贅沢を言っても始まらない。
 俺の索敵能力範囲に入ったら、始めようか。


 前回は索敵範囲が2ケールほどまであったけれど多少は伸びたかねぇ?
 眼で見えているのに俺の脳内マップではまだ何もかからない。

 それから半時間後、ようやく俺の索敵範囲に先鋒が引っかかった。
 距離は凡そ5ケールだ。

 ならば、概ね2ケール四方で高さ120イードまでの空間で行けるだろう。
 俺は、炭素と水素と酸素を錬金術で合成して作ったエタノールを、インベントリ内でコピーをしまくって大量に貯蔵していたものを放出し始めた。

 その上で、ギルドマスターに一言告げた。

「リックさん。
 作戦の第一弾を始めます。」

 そう告げてから、無魔法で細いパイプを伸ばし、前方上空に造った平たい直方体の空間にエタノールを次々と流し込む。
 ギルドマスターを含め傍にいる冒険者たちからは俺の前面空間から細い液状パイプが延々と伸びてい行く様が見えている筈だ。

 途中で徐々に気化を始めるのだが、それはかなり前方の空間でのこと。
 送られるエタノールの量、一回分で凡そ20トン。

 更にその前方上空の空間内で気化し始めたエタノール成分を均等に配置するように分子制御を行う。
 その上で、空間自体の高度を降ろして奴らの進路上に置いた。
 
 先鋒集団がその空間に入り込み、当該空間を抜けてしまわないうちに、俺は火魔法でファイヤーニードルを発射した。
 極細の真っ赤な線が尾を引いて当該空間に突き刺さった瞬間。

 前方3ケールに後端が、前方5ケールに前端がある2ケール四方の空間が真っ赤な炎を噴き上げて一気に爆発炎上した。
 標的範囲は2ケール四方の空間を考えていたのだが、俺の予測を超えて実際にはその倍近くの範囲で爆炎が発生し、広範囲に飛蝗の集団にダメージを与えたものの、未だ後方にある黒飛蝗本隊の主力は健在だ。

「おい、一体何をした?」

 そう騒ぐギルドマスターに取り合わず、取り急ぎ第二弾を準備、前方2.5ケールで再度の殲滅を図った。
 第二弾も無事に成功、二度の爆発で敵本隊の約4割以上を殲滅したモノの、まだ半数以上が残っている。

 多分三度目の攻撃でも殲滅は無理だろうとは思うが、それでもできるだけの戦力を削いでおかねば次の作戦が成功するかどうか不明だ。
 何せ弾が少ない。

 三度目の爆発では城壁前方1.5ケールまで蝗魔の接近を許し、こちらに被害は無かったものの爆炎の熱気が城壁にまで達していた。
 しかしながら敵の約6割を殲滅、その上で二番目の策を発動する。

 錬金術・薬師ギルドで保管されていた体液はおそらく雌のフェロモンの筈。
 それを複製したモノを、12発の土くれの弾に練りこんで、凡そ2ケール先の岩塊に打ち込んだ。

 土くれは飛散し周囲にフェロモンを盛大に発散する。
 たちまち目の前に異様な光景が広がった。

 俺が撃ち込んだ2ケールほど前方の12か所の岩塊に、おびただしい飛蝗が群がり始めたのだ。
 そのお陰で、第一番目の作戦でも残った飛蝗が12か所に分散、蝟集いしゅうして真っ黒な団子状になっている。

 満を持して、俺は風と土と雷属性の魔法を発動。
 俺の前方半ケールほどの地面から次々に茶色い竜巻が生じ始めていた。

 竜巻は全部で12個、砂塵を吸い込んだ竜巻は巻き込んだものをヤスリにかけて摩滅させる。
 その竜巻の中に、無数の落雷を触発させているので竜巻に巻き込まれれば例えドラゴンと雖もただでは済まないだろう。

 標的は、12群に分かれた団子状の黒飛蝗だ。
 そうして見事にこの作戦は当たった。

 俺が造った12個の特製竜巻が巨大な団子状の黒飛蝗集団をほぼ壊滅させたのである。
 勿論、黒飛蝗の全てが滅したわけではなく、はぐれ蝗魔も居て、残敵掃討の後始末もあったようだが、その様子は俺は知らない。

 竜巻を消滅させたところで俺は意識を失ったからだ。
 魔力の枯渇だった。

 折角もらったポーションを使わなかったことが原因であり、後でギルドマスターにはしこたま怒られた。
 俺が目覚めたのはその日の昼過ぎだった。

「知らない天井だな。」

 何かテンプレめいた言葉を発したら、シレーヌ嬢がドアを開けて傍に来た。

「気がついたのね。
 良かった。
 リューマ卿に何かあると王家が困ります。」

「ン?
 なんで王家が困るの?」

「リューマ卿は王家を救い、王都を救った英雄です。
 ですから今後とも元気でいてもらわねば困るのです。
 それに、王家だけでなく、何より私も困ります。」

 何かとっても好意的な感情のこもった言葉を聞いてしまった。
 返事に困るのだが・・・。

「うん、まぁ、・・・。
 ところで、ここはどこ?」

「ここは、黒騎士団の王都警備隊北面本部です。
 リューマ卿が魔力の枯渇で倒れられたので、冒険者ギルドの面々がここに運び入れたのです。
 王宮には黒飛蝗殲滅の報告とともに、その主力となったリューマ卿が倒れたとの報が入り、国王陛下の命令で知己の私が駆け付けました。
 でも、リューマ卿がこんなに無茶をされる方だとは今まで知りませんでした。
 北西の看守台に配置された王宮の魔法師団の方が申しておりました。
 良く判らぬ大規模な広域殲滅魔法を三発も放って黒飛蝗の半数以上を殲滅し、その上でさらにテンペスト・トルネードの大魔法を12発も放ったとか。
 魔法師団員曰くあれは最早人間業ではない伝説級の大魔法だと申されていましたよ。
 で、王家はもとより、王宮魔法師団の団長を含む王宮の幹部の方々が、リューマ卿の説明を求めていらっしゃいますが、これから参ることはできますか?」

「王宮へ、今から?
 まぁ、行けと言われれば行きますけれど、このままの冒険者の格好での参内はまずいでしょうね。
 それに朝飯も食べていないので少々お腹がすきました。
 できれば着替えるのと食事をしてから王宮に参内するわけには行きませんか?」
 
 シレーヌ嬢はくすっと笑って言った。

「そうですね。
 午前中は殆ど人事不省の状態だったのですから、少しばかり遅くなったところで構わないでしょう。
 王宮には、今少しの休憩を取り、身だしなみを整えてから参内しますと伝言をしておきます。
 宿に戻り、食事をし、着替えてから参内されるといいでしょう。
 但し、願わくば、可能な限り急いでお願いします。」

 リューマは頷き、ベッドから起き上がった。
 お腹がすいていることぐらいで特段の体調不良はなさそうだ。

 シレーヌ嬢が付き添ったまま辻馬車で宿のハイリリアに向かい、簡単な食事を頼んで部屋で掻っ込んだ。
 例の王宮参内時の衣装に着替え、シレーヌ嬢に俺が倒れた以降の大まかな経緯を聞きながら王宮に向かっている最中にワブいちの時の鐘が鳴っていた。

 王宮では宰相他大勢が待ち構えていた。
 国王陛下への報告の前にこれらの幹部連中にまず説明をしなければならないらしい。

 面倒だが止むを得まい。
 郷に入っては郷に従えだ。

 エタノールの説明は難しかったので、錬金術でこしらえた可燃性の特殊な液体を準備し、それを黒飛蝗の進行方向に撒いて、気化させ、火を放つことで三発分の広域殲滅魔法に使用したことを概説した。
 王宮魔法師団長からは、如何様に散布を成したのか、また、火を放つにあたって火矢(ファイヤーアロー)よりも細い筋の様な火をどのように放ったかなどど、専門的な質問を投げかけてきたが、いずれも自分のスキルであるとして詳細説明を省いた。

 魔法師団長は納得できないような表情を見せていたが、俺はあんたの部下じゃないぜと内心では無視したよ。
 ついで竜巻で残余の黒飛蝗集団を壊滅させた件について、黒飛蝗が雌の放つ芳香に集まる習性を利用し、急遽準備した当該芳香を含ませた土塊の弾を城壁から離れた場所にある岩塊に打ち込み、その周囲に蝟集させることで巨大な団子状になしたことを説明し、その蝟集帯に向かって砂塵と雷混じりの竜巻を動かし、殆どの蝗魔を殲滅したことを説明。

 但し、余りに大きな魔法を連続して放ったために保有魔力が枯渇し、その場に倒れたことを説明し、その後の残った蝗魔の掃討戦については知らない旨説明した。
 当該雌飛蝗の芳香液の入手方法について重ねて尋ねられたので、止むを得ず、魔術師・薬師ギルドで保管されている実物を見せてもらい、その複製を成したことを説明した。

 宰相を始め、種々な人々から質問が相次いだが、答えられる分についてはできるだけわかりやすい様に説明し、地球世界の技術や知識などは徹底して秘匿し、個人のスキルであるとか錬金術の秘法であるとか適当なことを言って誤魔化した。
 まぁ、そんなこんなで何とか幹部連中の説明を終え、その足で国王陛下にも報告を行った。

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