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第三章 ホブランド第八日目以降の出来事

3-9 王都滞在中の出来事 その五(黒瑠璃の宝冠)

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 目線が合った途端、その老女が俺の前に跳んできた。
 いや、俺の前にはテープるがあるのだが、そんなものは物理的に無視されて、老女の足はテーブルに隠れているというか老女の大腿部から上がテーブルから生えているような感じである。

 そうしてその老女が喚いた。

『そなた、私が見えるのだな?。
 そうだな?
 そうであろう?
 そうであると言ってくれ。』

 老女は必死の形相で俺にすがりつくように話しかける。
 因みに俺以外には老女の姿は見えていないのだろう。

 テーブルから身体が生えていれば絶対におかしいと皆吃驚びっくりするはずだし、そもそもこんな格好の老女が王太后のすぐ近くに現れれば、女官たちがすぐさまに対応するだろう。
 また、近衛騎士であるシレーヌ嬢も動くはず、なのに誰も素知らぬふりをして王太后とフェレーヌ妃殿下それにコレット王女の世間話に聞き入っている。

 つまり彼女たちにはこの目の前の老女が見えないし、その言葉が聞こえないのだ。
 俺は意を決して言葉を紡いだ。

「恐れ入りますが、私の目の前に少し変わった衣装をまとわれた女性が居られます。
 生憎と皆様には見えない様子ですが、何か事情があって私と話をしたいようなので、その女性とお話をしたいと存じます。
 お許しを願えますでしょうか?」

 それを聞いた女性たちはいずれも呆気に取られているが、そのうちに王太后が気づいた。

「もしや、リューマ卿はこの昼日中に幽霊が見えるのかな?」

「はい、幽霊か否かはわかりませぬが、皆さまが見えていない老女をお一人目の前にとらえています。」

「そうか・・・。
 我が屋敷に働く女官のほんの一部が夜中にさまよいあるく白い影のような幽霊を見た経験があるようじゃ。
 残念ながらその正体はわかっておらぬのじゃが・・・。
 或いはこの屋敷に関わる者の霊かも知れぬ。
 もし話が聞けるなら聞いてもらえるかな?」

「かしこまりました。」

 そう言って俺は目の前の老女に焦点を合わす。

「さて、目の前のお方、私はリューマと申します。
 貴方のお身体がテーブルから生えているように見えますので恐らくは魂魄の存在かと存じますが・・・。
 生前のお名前をお聞かせ願いますでしょうか?」

 それを聞いた老女が喜色満面の笑顔で答えた。

『おぉ、おぉ、嬉しや、嬉しや。
 ようやく我が言葉を聞けるものが現れたか。
 我は、先々代の王太后、ジェルベーヌ・ファルセットじゃ。
 生前、王妃であるイサベルに申し送らねばならぬことが有ったにもかかわらず、故有ってできなかったという悔いがあってこの世に残っておるのじゃ。
 イサベルが既に亡くなっておることは知っておる。
 ここに孫の嫁であるクリスフェルが隠居しておるのも知っておる。
 既に曾孫の治世下、我にできることなどほとんど無いのじゃが、ただ一つ、王家伝来の正妃の証である黒瑠璃の宝冠だけは子孫に渡してやりたいのじゃ。
 この屋敷三階の西端にある開かずの間、入り口から見て右側三段目の壁板にある王家の紋章を強く押し込めば、アルノス神の祭壇の一部が開く、その中に箱に入った宝冠があるので、現王妃に渡すように手配しておくれ。
 さすれば妾の悔いも無くなる。』

「わかりました。
 ここに王族の方々もおられます。
 必ず、そのことをお伝えし、王妃様に宝冠が渡されるように手配します。」

 俺がそう言うと、安心したように笑顔を見せてすっと消えた。
 但し、成仏したわけではないようで気配は残っている。

 そこで改めて王太后に申し上げた。

「今こちらに居られた方は、先々代の王太后であらせられたジェルベーヌ・ファルセット様でございました。
 ジェルベーヌ様の仰せでは、王家伝来の正妃の証となる黒瑠璃の宝冠がこの屋敷に残されているとのこと。
 場所は、この屋敷三階西端にある開かずの間にございます。
 差し支えなければ、宝冠探索のためにその部屋に入ることをお許し願えますでしょうか?」

 俺の言葉にクリスフェル王太后が血相を変えた。

「ジェルベーヌおばあさまが?
 黒瑠璃の宝冠とそう申したのか?」

「はい、確かにそのように申されました。」

「黒瑠璃の宝冠は、かつてアレシボ皇国から嫁がれた三代王妃ベリーヌ様が、嫁入り道具の一つとして持ってこられた宝物じゃ。
 じゃが、第5代王妃であるジェルベーヌおばあさまの代までは確かに引き継がれたものが、おばあさまが突然に亡くなられたがためにその所在が分からなくなってしまったのじゃ。
 今でもアレシボ皇国とは親交があるゆえに、折あればその宝冠を身にまとうのが正妃の務めであったのだが、久しくその姿が見えず、さりとて宝冠を失ったとも言えず、長年王家の悩みの種であったのじゃ。
 その所在が明らかになると言うなれば、これほどめでたいことはない。
 リューマ卿、そなたの申し出た探索を許す、この屋敷のいずれでも構わぬ故、黒瑠璃の宝冠を探し出して参れ。
 これは王太后としての命じゃ。」

「ハッ、王太后様の命、しかと引き受けましてございます。
 されば、これより探し出して参りますが、王族のお一方なりとも是非にお立合いをお願い申します。」

 すぐに、コレット王女が申し出た。

「私がまいりましょう。
 恐れ入りますが、近衛騎士のシレーヌと女官長も立ち合いをお願いします。」

 俺は立ち上がって、王女やシレーヌそれにマレーヌ女官長を含む女官数名とともに、三階西端の開かずの間へ向かった。
 途中、マレーヌ女官長から聞いた話によれば、この屋敷の開かずの間と言うのは、そもそも先々代の王太后が突然亡くなった寝室であるために、縁起が悪いと使われなくなった部屋であると同時に、年を経るうちに部屋の鍵がどこかに紛失したために今では全く開けなくなってしまった部屋であるそうだ。

 豪華な造りの扉の前で、鍵をどうすべきか迷ったモノの、さすがに扉を壊すわけには行かず、魔法でスキャナーをかけ、鍵と錠の構造を調べ、魔法で必要な作動をさせるとカチャっと音がして解錠された。
 ドアノブを押して内部に入ると、ここ二十年以上も掃除のされていない部屋に床の埃が待った。

 止むを得ず、皆をそのまま廊下に待たせたままで、風魔法で埃を吸い上げ、一塊に固めて圧縮、軽い石のようにしてから床に置いた。
 それから皆を部屋の中に呼び寄せた。

 女官長がびっくりしつつも、独り言のように呟いた。

「ふむ、一家に一人、リューマ卿のような魔法師が居られると掃除が助かるのぉ。」

 それから扉の右方向、室内から扉に向かって左側の壁を見ると、色々なアラベスクの様な模様の中に、王家の紋章が一つ浮き出た部分があった。
 故ジェルベーヌ王太后が言っていた三段目の板壁で位置が間違いない様だった。

 そのすぐ脇の壁に掘り込まれるようにアルノス神を祭った祭壇があった。
 コレット王女に秘密の扉の解錠方法を教えて、彼女に動いてもらった。

 王家に関わりのない俺がするよりも、コレット王女にしてもらうのが相応しいと考えたからである。
 王女が王家の紋章を強く押すと、果たして祭壇のすぐ真下の壁が動いて、ぽっかりと空洞が現れた。

 そうしてその中に見事な彫刻と螺鈿らでん細工で彩られた木箱があったのである。
 そちらに鍵は無く、取り出した上で最寄りの小さな円形テーブルの上に置いて、コレット王女がその木箱の蓋を恐る恐る開いた。

 心なしかコレット王女の手が少し震えていた。
 少なくともここ最近二代の王妃が見たことも触れたことも無い宝冠だからである。

 蓋を開けると薄絹で覆われた宝冠が確かにあった。
 コレット王女はそれを手に取らず、そのまま蓋をして王太后の待つ部屋まで運ぶように女官長に命じた。

 命じられた女官長もやや緊張してはいたものの何とか運べそうなので、俺はその様子を気遣いながら同道した。
 果たして王太后の御前で薄絹を一枚一枚剥いで行くと見事な細工の宝冠が現れた。

 メインは黒曜石の様な黒光りするガラス状結晶と多数の瑠璃色の結晶がちりばめられている宝玉であり、その周囲に赤、緑、薄青など様々な色合いの宝石と黄金が宝飾された小振りの王冠であった。
 ため息を漏らしつつ王太后が漏らした。

「これは、確かに王宮の肖像画で見た黒瑠璃の宝冠に間違いない。
 しかしながら、これほどの煌びやかなモノだったとは・・・。
 ウーム・・・、これぞ間違いなく王家の宝物じゃ。
 すぐに王宮へ使いの者を走らせ、王宮のしかるべき騎士団を派遣させて警護にあたらせ、王宮まで護送するように手配せよ。
 マレーヌ、速やかに手配しなさい。
 王宮からの騎士団が到着するまでは、シレーヌ殿そなたが宝冠の警護に当たるのじゃ。
 リューマ卿もまたその支援をお願いする。
 ここで宝冠に間違いがあってはならぬ。」

 俺とシレーヌはその王太后の命を承った。
 宝冠は立派な小テーブルの上に置かれ、その脇にシレーヌ嬢が椅子を置いて座り、その周囲に王太后の従者たち数名が配置された。

 王宮から護送のための騎士団が派遣されるまでの数時間はこのままの状態が続けられることになる。
 当初の予定では、王太后の屋敷の食堂で会食を行う予定であったが、急遽、場所を王太后の居室に変更された。

 居室そのものがかなり広いので、俺を含めた来客程度では食事の提供にも困らないからである。
 賓客への対応よりも、久しく姿を消していた宝冠を守護することの方が一番の任務となったからだ。

 お昼を食べながら会話をしていると、故ジェルベーヌ王太后の魂魄が俺の目の前に突然現れた。

『リューマとやら、世話をかけたのぉ。
 これでもう思い残すことはない。
 妾が子孫に伝えてくりゃれ。
 面倒をかけて済まなかったと・・・。
 ふむ、迎えが来たようじゃな。
 綺麗な光が見えるわぃ。
 これからもジェスタ王国を頼むぞよ。』

 俺が小さく頷くと、ジェルベーヌ元王太后は微笑んで、それから俺の頬にキスをした。
 流れるような動作で、避ける間もなかった。

 魂魄であって物質ではない筈なのに、頬にはその感触が残った。
 その上で、ジェルベーヌ元王太后の姿は徐々に薄れ、やがて消えていった。

 多分、昇天若しくは成仏したのだろうと思う。
 俺が変な顔をしていたのだろうか、正面に座っていた王太后が尋ねてきた。

「リューマ卿よ。
 なんぞあったのかぇ?」

「あ、いいえ。
 故ジェルベーヌ王太后が旅立つ前に挨拶に来られたようです。
 王家の皆様に迷惑をかけたことを済まないと申されて、お姿が消えました。
 おそらく天上の世界に旅立たれたのかと存じます。」

「ふむ、そうか。
 そなたには礼も無しか?」

「いいえ、真っ先に礼を申されました。
 そうしてこれからもジェスタ王国を良しなにと・・・。」

「うむ、私の記憶に残るジェルベーヌおばあ様ならば正しくそのように仰るじゃろうね。
 間違いなくジェルベーヌおばあ様じゃ。
 そなたはジェルベーヌおばあ様に信用された臣になったようじゃの。
 それに此度のそなたの力添え、ジェスタ王家にとってはかけがえのないものになった。
 そなたは准男爵に陞爵したばかりやも知れぬが、今一度陞爵の栄誉を授かることになるだろうて。」

「いや、その儀ばかりは是非ともご辞退申したいのですが、出来ませぬでしょうか?」

「ふむ、欲のない男よのぉ。
 されど、多分無理じゃろのぉ。
 アルフレッドなれば、功には賞を以て為すのが常道と帝王学で叩き込まれておる。
 宰相らがいかに反対の声を挙げたとて翻したりはすまい。
 ましてや、事は王家の面子に関わる一件じゃ。
 そなたが如何に固辞しようと避けられぬ話じゃよ。
 懸案だったアレシボ皇国からの公使受け入れもこれでようやく可能となるであろう。
 宝冠が無いがゆえに、理由にならぬ理由で止む無く公使の受け入れを拒んできたが、ようやく好意的な返事ができるというものじゃ。
 たかが宝冠一つのことじゃが、下手をすればアレシボ皇国との国交断絶の恐れさえあったのじゃから・・・。
 その功は孫二人の命を救ったことよりも重いぞよ。」

 なんだか思わぬところで大事になってるみたいだなぁ。
 だが、俺は、のんびり自由が一番なんで、下手に名誉や位階なんぞ要らないんだよ。

 誰か助けてほしいなぁ。
 そう思ってコレット王女に顔を向けたが、何気にすっと視線をずらされた。

 あ、これは、見捨てられた感じ。
 明らかに自分では対応できない問題ですっていう返事を態度で示しているよね。

 斜め向こうに離れているシレーヌ嬢も見て見ぬふりの様子。
 王女が対応できない話を護衛でしかないシレーヌ嬢に持ち込むのは鼻から無理ゲーに違いない。

 これは間違いなく詰んだと思ったよ。
 仕方がないから流れに乗って流されるしかないと改めて観念した。
 日本人独特の東洋的諦観念ここに極まれりだよね?

 しかしながら、全く何で、俺が来るまでの二十年以上も故ジェルベーヌ王太后の存在に気づかないかねぇ。
 聞けば何となく霊の存在を感じていた女官もいたという話なのに・・・。

 誰か一人でも故ジェルベーヌ王太后の話を聞いてくれる者が居たなら俺がこんな羽目に陥ることはなかったはず。
 そう思うと、つくづく恨めしい話だよ。


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 タイトルの一部を変更しました。

    By サクラ近衛将監

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