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第二章 ホブランドでの始まり

2-20 ホブランド第七日目 その1

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 翌朝、俺は王女殿下一行の出立に立ち合い、見送りをした。
 フレゴルドの門まで見送ると言う方法もあるのだが、俺は宿の玄関での見送りに徹した。

 一月後の再開を約して俺たちは別れた。
 考えてみるとこの世界に来て初めて会ったのが王女達一行なのである。

 その出会った日から数えてまだ六日目だと言うのに結構濃い内容の日々を過ごしていたような気がする。
 まぁ、半分は俺のお節介みたいなもんだが、要所要所はしっかり絞めているつもりだよ。

 だから王女達を見送りながら心の中で呼びかけた。

 <<帰りの旅に俺の護衛はないけれど、無事に王都に着くんだぜ>>

 王女一行を見送った後、俺は散策しつつ商業ギルドへ向かう。
 目当ては不動産係のハンナさん。

 一つは例の不動産物件の件だけれど、もう一つは、彼女のプライベートなことに関わりあるお節介だ。
 さてさてどうなるかねぇ。

 あちらこちらを散策・迂回しながら時間を潰してようやく始業時間に辿り着いた商業ギルド。
 散策にも意味合いはあるのです。

 不要になったあるいは使えなくなった金属製品やその他のモノがチョコっと道端に落ちていることが有るんです。
 で、俺はそいつを見つけては浮浪者宜しくせっせとインベントリに溜め込んでいるんですよ。
 だって錬金術の素材に使えるかもしれないじゃないですか。

 おまけに通行人の鑑定をしていたら思いも掛けない人物に遭遇したりして・・・。
 まぁ、当該人物は俺の存在に気づいてはいない。
 俺は単なる通りすがりのモブにしか過ぎないから。

 商業ギルドの二階に上がって、ハンナさんにご面会です。
 都合よく、主任さんはいませんでした。

 今日は休みなのかな?
 俺の顔を見てハンナさんが言った。

「あら、確か先日来られたリューマさんでしたっけ?」

 よく覚えていてくださいましたとハグしてもいいのかもしれませんが、相手は人妻、そこはぐっと抑える。

「はい、リューマです。
 先日は色々教えていただいてありがとうございました。
 それでですねぇ。
 本日は例のお化け屋敷の件で、商業ギルドの仲介により例のお屋敷の売買契約を勧めて頂けないかとご相談に参りました。」

「あ、でも・・・、色々問題が在るのはご承知ですよね。
 それなのに、何でまたあそこなんでしょう?」

「まぁ、別にあそこでなくてもいいのですが、色々調べて分かったこともございます。
 その上であの邸を手に入れる必要があるかなと判断しました。」

「そうですか、・・・・。
 こちらとしては仲介に立つのはやぶさかではございませんが、こちらから買い取りを申し出ますと足元を見られることになりかねませんが・・・。」

「そうですね。
 多分向こうは今のところさほど売る気はないのだと思われます。
 もう少し資金繰りが悪くなれば状況も変わるでしょうけれど、そもそもが売りに出したいと声をかけて来たのも別の意図があってのことでしょう。
 幽霊を追っ払ったら売ってもいいと言うのは嘘で、幽霊を追い払ったなら売るのはやめたというか売値を相当に上げるはずです。
 ですからこちらは最初から売買契約として成立させる必要があります。
 幽霊の存在の有無は、その際の瑕疵かし条件となって、値を下げる要因となるに過ぎません。
 ですから商業ギルドの仲介で私を所有者と直接会わせてはいただけませんか、その上で私が直接交渉で売買契約の条件を詰めたいと存じます。」

「失礼ながら相応の資金はございますか?」

「現状では大した額を準備しては居りません。
 しかしながら、そもそもあの屋敷を白金貨1枚以上の値段で買い取るつもりもございません。
 ハンナさんならご存知かもしれませんが、・・・。
 あの屋敷の元の所有者はご存知ですか?」

「はい、ハイル・エーベンリッヒという商人で誠実な商売をされる方でした。」

「では、その方が何故に自殺されたかもご存知ですか?」

「ええ、この街では有名な話でしたからよく承知しています。
 とある人物が投資の話を持って来られた際に、さほどに大きな投資金額ではなかったので簡単に契約したのですが、後で先物物件の購入契約でしかも非常に程度の悪い品を掴まされたことがわかったのです。
 最終的に契約に記載されていた10倍額の金額の一括返済を商業ギルドの取引登記所から名義人に請求されたのです。
 書類上はハイルさんともう一人の共同名義である人物で、この人物は偽名であったのか、その正体も行方も分からぬままでございました。
 結局ハイルさんがすべての負債を負って破産し、ハイルさんは愛妻と共に自殺されたのです。
 屋敷もその時に処分できたなら破産せずに済んだのですが、生憎と買い手がつきませんでした。
 従って、屋敷はそのまま遺されたのです。
 当時12歳になる娘さんがいらっしゃいましたが、そのお嬢さんは取り敢えず自殺には巻き込まれずに済んだようです。
 その後、故人のご友人がお嬢さんの生活資金を出していたようですが、お嬢さんはある時から完全に引きこもり状態になり、一人しかいなかったメイドも解雇されたようです。
 何れにしろ、状況が良くわからないままお嬢さんは亡くなられてしまいました。
 メイドが解雇されて一月ほど経ってから、ハイルさんのご友人だった方が邸を訪ね、お嬢様の死亡を確認しております。
 ところが、そのことを知らせるためにその方が邸の外に出て以降、何故か邸へ人が入れなくなってしまいました。
 ご友人だった方も含めて例外は一切ありませんでした。
 それと生活費はご友人が出していたのですが、いつのまにか家の所有権は人手に渡っており、回り回ってグレマンさんの所有に落ち着いたはずです。
 間に何人もの第三者が入ったために、故買や盗難という疑惑はグレマンさんの処では立ち消えていました。
 代官所から当ギルドに問い合わせが参りました時にも、ギルドとしても現状を了承するしかない状況でございました。」

「ありがとうございました。
 状況がより詳細に把握できたと存じます。
 ところで、そのグレマンさんがハイルさんを騙した当人であると言うお話を聞いたことはございますか?」

「まさか・・・、そんなことが?」

「確証もない噂話の類なんですが、その疑いが十分にございます。
 そしてもう一つ、最後に解雇されていたメイドさんがグレマンさんと関わりのある人物であったと言うお話は聞いたことがございますか?」

 ハンナさんは一気に血の気の引いた顔で顔を横に振った。

「まぁ、これも確証のない話なんですが、メイドさんとグレマンさんが結託していれば、邸から不動産の書類を持ち出すのは簡単なことですよね。
 で、その裏切りに気づいてアリスさんは人間不信に陥り、屋敷に閉じこもった。
 おそらく餓死若しくは衰弱死だったのでしょうが、そのアリスさんの悲しみと怒りが屋敷には残っているのでしょう。
 屋敷は彼女が両親と幸せに過ごした最後の拠り所です。
 だからそれを奪おうと入って来る者は誰であっても敵なのです。
 あくまでこれは推測の話に過ぎません。
 でもグレマンさんへの脅しには使えます。
 俺は、売買契約の交渉の中でアリス嬢をネタに脅します。
 ですから、貴女若しくは仲介者の方は交渉の場に居てはいけません。
 今日は、そのことをハンナさんにお願いに参りました。」

 ハンナさんは迷っているようだ。

「その話が全部嘘であればいいのですけれど、何故か私には本当の話のように聞こえて仕方がないんです。
 仮に法外に格安の値段で屋敷を買えたとして、リューマさんは、その屋敷をどうされるつもりなんですか?」

「できるかどうかはわかりませんが、元の綺麗なお屋敷にしてアリスさんに見て欲しいと思っています。
 その上で僕もその屋敷に住むことをアリス嬢に赦してもらうつもりです。
 お化けさんと住むのは初めてですけれど、私もアリス嬢も問題が無ければ棲み分けができるんじゃないかと思いますよ。」

「でも、それでグレマンさんが納得するかしら?」

「俺は、詳しい住所は知らないけど、グレマンさん、街の西部で屋敷を持っているんですよね。
 でも、多分俺の話を聞いたらその屋敷さえも二束三文で売り渡して逃げ出すと思いますよ。」

「え?どうしてですか?」

「アリス嬢は多分グレマンさんが父親を騙した人であることを知りません。
 仮に俺がアリス嬢にお父さんを騙した詐欺師はグレマンさんだと教えたらどうなるでしょうね?」

「アリス嬢って?
 あの、お化け屋敷の幽霊にってこと?」

「ええ、そうですよ。
 邸に侵入しようとした者なら誰彼構わず攻撃する幽霊さんにです。」

「そんなことしたら、グレマンさん取り殺されちゃうわ。」

 そう言ってハンナさんは身震いをしていた。

「でしょうね。
 ですから僕はその危険性をグレマンさんに呟くだけでいい。
 邸を売らずにそのまま逃げるようならそれでもいいです。
 少なくともアリス嬢は侵入しようとする者を撃退しなくて済むようになるでしょう。
 でも、彼は逃走するにしても金が必要です。
 だから二束三文でも邸を売って即座にフレゴルドを離れると思いますよ。」

「あぁ、だからリューマさんはグレマンさんを脅すと言ったのですね。
 でも、脅さなければならないのですか?」

「仮に詐欺を働いた男が犠牲になった人の屍を足蹴にするようなことをしているならば、それは人として許されることじゃないでしょう。
 真実はあくまで藪の中ですが、先物物件の詐欺についてもグレマンさんとハイルさんの双方が損をしたのであれば、詐欺にはなりません。
 単なる二人の判断ミスにしか過ぎないからです。
 でも、実際は異なっているのでしょうね。
 ハイルさんはグレマンさんを信用して金を預けた。
 グレマンさんはその金を別の投資に充てて大儲けをした。
 例えば、一方が儲かれば一方は損をするというような先物物件があれば、両方を買うことでそのリスクを避けられます。
 そのままでは絶対に儲けなど出ませんが、損をした方を他人に負わせれば、自分だけは損をしない。」

 ハンナさんが、アッと小さな声を上げた
 そんな先物物件が多分あるのだろう。

「ハンナさんにこんな話をするには訳があります。
 これは他の人には内緒にして欲しいのですが、僕には鑑定という力があります。
 それを使うと相手の素性がわかったり、能力がわかったりします。
 実は今日ここへ来る前に時間があったので、街の中を歩き回ったんです。
 で、その時に気づいたのは商人と詐欺師を職業とする人物が歩いていたんです。
 その男性の名は、グレマン・オイゲンという方で、他にもいろいろ偽名を持っていらっしゃるようです。
 その中の一つにテッドリー・カッソラーという名前もありました。」

 さすがにハンナさんはその名を知っていたようで、驚きの表情を見せながらいいました。

「あ、それって、ハイルさんと一緒に契約書に名を連ねていた人物の名です。」


「お分かりのように、ハイルさんを騙した人は、グレマンさんなのです。
 俺に鑑定の能力があると言うことを貴女に証明するためにも、もう一つお話ししなければなりません。
 貴女に関することですが、お話を続けても宜しいでしょうか?」
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