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第二章 ホブランドでの始まり

2-7 錬金術師・薬師の試験

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 四の時の鐘が鳴るほんのちょっと前に、俺が設定していた腕時計のアラームが作動し、バイブレーションで俺は目覚めた。
 顔を洗うために部屋付属の洗面所に入ると、風呂場には無かった立派な鏡がついていた。

 この世界に来て始めて俺の顔をまじまじと眺めて見たが、少なくとも、23歳の俺の顔ではなかった。
 高校生の頃の顔に似てはいるのだが、少しどこかいじられたようなイケメンになっていた。

 鼻筋が通っており、黒髪ではあるが、目の色は紫に近い色だ。
 全体的に平板だった日本人らしい顔が少し立体的になっているのは間違いない。

 これも幼女神様の所為せいだろうが、その必要があったのかどうかは不明だ。
 17歳に若返ったのは、幼女神様が言っていた「成人であればよかろう」から来ているのかもしれない。

 この世界ではモントリア紀行に記されている通りならば男女ともに15歳で成人なのだ。
 だから、シレーヌは無論だが、コレット王女殿下も成人なのだ。
 まぁ、若くても子供扱いされずに済むのが助かる。

 因みに洗面所には魔道具があって、魔力を流すとお水やお湯が出る。
 保有魔力の少ない人は別途魔力放出用の魔核を購入して、それを使えばお水が出る仕掛けになっているようだ。

 まぁ、この方式はある意味で無駄が省けるな。
 日本みたいに水がタダに近いとどうしても無駄遣いをしてしまう。

 自分のアパートなら水道局から請求が来るが、ホテルなどでは無関係だから使いたい放題だ。
 特に俺ら若い世代はそうしたことに無頓着むとんちゃくで流し放題で使っている奴を時々見かけたよ。
 限りある資源は大切にしなけりゃな。

 顔を洗ってから、階下に降りて一階の食堂で朝食をとる。
 夕食は部屋でも取れるが、朝食は食堂で食べることになっているのだ。

 食事は、いわゆるバイキング方式だった。
 但し、料理の種類が多い上にった料理が多い。

 全部を一口ずつ食べても多分半分ほどしか食べられないのではないかと思うほどである。
 まぁ、夕食に一万五千円から一万七千円かけたにしても、朝食に三千円から五千円の料理になるのだから無理もない。

 東京の普通のビジネスホテルだと千円から千二百円程度で朝のバイキング料理がつく。
 ここでの朝食も余れば夕食と同様に孤児院に寄付されるのだろうが、朝食は毎日ワンコイン500円のセットメニューで安く上げていた俺からすれば、ある意味非常に贅沢な食事ではあり、もったいない話である。

 食事を済ませて、身だしなみを整えてから部屋を出る。
 宿の帳場には日暮れぐらいには戻ると伝えておいた。


 ゆっくりと歩いても、錬金術・薬師ギルドまではさほど遠くはない。
 この世界にマッチしてしまった俺の腕時計では三の時の10分前にギルドに到着した。

 受け付けは左程混んではいなかったが、一人が受付のカウンターに付き、他に二人ほど受付前の長椅子に並んで座っている。
 『順番をお守りください。』と言う昨日は無かった看板札が立っているので、順番を待つしかないようだ。
 俺が列に並んで座って待っていると、呼び出しがあった。

「リューマ・アグティは来ているか?」

 黒いマントをまとった男がギルド奥の通路脇から大声を出して俺を呼んだのだ。
 俺が立ち上がって、手を上げた。

「俺がリューマです。」

 男は値踏みするように俺を上から下まで眺めてから、言った。

「私は本日の試験担当のゲーレンだ。
 錬金術・薬師の実地試験を行うから、私についてきなさい。」

 俺は男の案内で奥の一室に入った。
 そこには一人女性職員が待っていた。

 その女性から、登録手数料として銀貨二枚の支払いと、身分証明の提示を求められた。
 俺は、銀貨二枚を支払い、冒険者ギルドの身分証明であるGクラスのカードを提示した。

 カードは直ぐに返還してくれた。
 それを確認して男は、部屋の中央にある二つのテーブルの前に俺を誘導した。

 右側のテーブルの上にはいくつかの魔道具の材料があり、また、左側のテーブルの上には数種類の薬草とそれらの調合器材や素材が置かれていた。

「さて、錬金術師で登録を望むなら、右の机の材料で何か民生用の道具を作ってみなさい。
薬師を望むなら、左の机で何らかの初級ポーションを造りなさい。
刻限は今日の日没までだ。」

「あの、錬金術師と薬師の両方で登録したいので、二つとも受験してもいいですか?」

「アン?
 まぁ、それは構わんが・・・。
 普通は別の日に改めて受験するものだぞ。
 仮に二つ掛け持ちにするにしても時間制限は日没までだ。
 いいのかな?」

「はい、それで結構です。
 始めて宜しいでしょうか?」

 試験員ゲーレンは、大仰おおぎょうに頷いた。

 俺は、例の「初級錬金術」と「よくわかる薬師基礎」の知識から、照明装置を一つと、初級MPポーションを造るつもりで居た。
 どちらも左程難しくはないはずだ。

 最初に魔道具の素材が置かれてある机で鑑定を使い、ドライトレントの素材を選び、俺の木魔法で魔核収納穴を造った。
 その上で魔核の中ではクズと言われる最低品質の白魔核を二つ選び、一方を魔法創造で限りなく透明な魔核に変換した。

 またもう一つは、徐々に魔力を込めて全体に濃い灰色になるように変質させ、その上で魔法陣を灰色魔核の上に錬金術で刻んだ。
 後はドライトレントの先に透明魔核を据え付けて、小さな金属材料で固定した。

 透明魔核の表面積の半分はドライトレントに接触しているようにしている。
 一方で、魔法陣を描いた灰色魔核は、収納穴に据え付け、更に削り取ったドライトレントの木くずを風魔法で細かく刻んだうえで、木魔法で穴の充てんを行ったのである。

 ここまでで開始から概ね15分ほどか。
 トレントを握って、魔力を込めると強い光を発した。

 少なくとも宿の照明の5倍ほども明るいと思われる。
 その様子を見て、明らかに試験員も事務方の女性も驚愕の表情を隠せないでいる。

 あれ?
 ひょっとして、俺、何かやらかしてしまったか?

 でも、試験に落ちるわけにもいかないし、仕方ないよね。
 あくまで初級錬金術の範囲だし・・・。

 俺は照明を消して、次に薬草の置いてある机に移動する。

 MPポーションは、ネグルマ草の葉肉と、ダリチンゲン草の花弁に浄水を使って、魔力を込めながら作るものだ。
 この際に、葉肉をできるだけ細かく裁断してすり鉢で細胞を磨り潰すことと、ダリチンゲンの花弁を適度に温め、浄水の中で花弁に含まれる成分を溶け込ませることが重要である。

 俺は、用意されている機材を使わずに、空中で葉肉の磨り潰しを行い、花弁成分の抽出は浄水の中で水魔法を使いながら行った。
 作業の終わったそれら二つを容器の中で水魔法を使いながら混合させ、それに魔力を込めて行く。

 適度な魔力を込めると、それらの素材が臨界に達し、淡く発光すると初級ポーションの完成である。
 俺は100㎖ほどのMPポーションを作り上げたのである。

 一回分のポーション使用量がおよそ100㎖ほどの70メーレと聞いているので正確にその量に合わせたつもりである。
 所要時間は20分ほどかかったかもしれない。

 何しろ初めて実践したので戸惑いもあったし、不安もあったから、慎重に行ったので作業の進行が少し遅くなってしまったのだ。
 で、俺が試験員に向かって終わりましたと言うと、試験員は呆れかえっていた。

「リューマ君だっけか・・・・。
 今の作業は一体どうやって?」

「え、あの、違ってましたか?
 参考書籍で読んだ通りやったのですが・・・。」

「いや、手順としては間違っていないのだが、ネグルマ草の葉肉の磨り潰しは、普通すり鉢でするものなんだがねぇ、・・・。
 君はすり鉢を使わずに空中でやっていたではないか。
 あれは一体何だね?」

「あぁ、初級魔法を使って磨り潰したのですが、いけなかったでしょうか?
 すり鉢でやると時間がかかる割に効率が悪いんですよね。
 葉肉の細胞全部が潰れていないと出来上がりが悪くなりますから・・・。」

「うん、確かに君の言う通りで、だからすり鉢の作業を半日近くも念入りにやることになるのだが、・・・。
 それと、ダリチンゲンの花弁の成分を浄水に溶け込ませる作業も随分と時間が早すぎた。
 あれでは、成分が溶け込む時間が無かったはずじゃないか?」

「ええ、確かに静置しておくだけなら1日置いてもダメでしょうね。
 だから普通は温めながらゆっくりと攪拌する。
 でも時間がかかり過ぎるし、効率が悪いので、水魔法と木魔法で成分を強制的に浄水に溶け込ませました。
 ですから花弁の成分で必要なモノは全て浄水に含まれている筈です。
 このようにすれば、花弁に含まれる不要成分の除去も簡単ですし?」

「ン?何だね?
 その不要成分とは?」

「あれ?
 ご存じないですか?
 薬師基礎の本では不要成分であるダミネントが加わると薬効が二割ほど下がると記載してありましたけれど・・・。」

「うん?
 そんな話は聞いたこともないが・・・。
 一体、誰が書いた本なのだ?
 それは?」

「確か、著者は、マーグリッド・エラステスというお人ですが・・・。」

「マーグリッド・エラステスだとぉ。」

 試験員は正しく怒鳴りあげるような声を上げた。

「いや、失礼した。
 まさか、薬師の大賢者とまで謳われたマーグリッド殿の著作なのか・・・。
 君はとんでもない本を持っているのだな。
 まぁ、いい。
 魔道具の機能を確認し、ポーションの効能を確認して試験を終わろう。
 サラ、鑑定をしてくれないか?」

「もう鑑定は終えておりますよ。
 魔道具は携帯照明装置ですが、初級の域をかなりはみ出て中級の域です。
 それから、彼が作ったMPポーションは初級の最上位にランクされますね。
 どちらも市場に出すと高値がつくと思われます。」

「そうか・・・。
 ならば、1時間というこれまでの最速記録だが、・・・。
 リューマ君、君は錬金術師及び薬師の両方の登録ができる。
 両方の登録を望むかね?」

「はい、勿論、両方の登録をお願いします。」

「わかった。
 では受付の前の待合室で少し待っていてくれたまえ。
 登録のカードを作って後で渡そう。」

 こうして無事に試験を終えて、俺は、部屋を出て受付の待合室に入った。
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