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第六章 異変
6ー14 流行り病の調査 その五
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ハーイ、シルヴィですよぉ。
引き続き流行り病の調査に当たっています。
私は例によって、フィガルド村の状況を撮影しました。
カロス首長国の関係者に説明するには画像があった方が何かと便利なのです。
ある意味で腐敗した遺骸の写真がメインなので気色悪い代物ですが、関係者の方々には我慢して確認していただきましょう。
私は実物を目の前にして焼却処分までしているんですから、その状況を確認するのはギルドに依頼してきた関係者の当然の義務でしょう。
なんだかんだ言いながらも住居や遺体の焼却処分を終えて、一旦はクロマルド王国のベースキャンプに戻りました。
ベースキャンプに辿り着いたのは日没後でしたけれど、防護車両には四連のヘッドライトと車体上部に二連の大型ライトが付いていますので暗がりであっても走行に支障はないのです。
その光めがけて飛び込んでくる大きな虫がいるのには困りますけれど、運転席を覆うガラスは防弾ガラスよりも固い透明な金属でできていますから、1m大の甲虫が衝突しても何ら問題ありません。
まぁ、目の前に青やら紫の体液をぶちまけられるのは問題ですけれど、その都度、私のクリーン魔法をかけていつもきれいに保っています。
ベースキャンプで一時間ほどは報告会、その後、二人の少女の様子を確認しました。
治癒師のお姉さんが派遣されてきていて、その方の適切な介護もあって、二人とも意識が回復していました。
点滴は幼い少女には負担になりますから、一応この時点でやめて、普通の病人食に切り替えるようにしていますけれど、絶食の後ですので回数を増やして少量ずつの給食をお願いしています。
この二人の少女については、クロマルド王国が責任をもって面倒を見てくれることになりました。
もう少し体調が好転するまでキャンプで過ごし、別の町に移動することになっています。
因みに少女二人のベッドは、段違いに衛生的ですからカプセルのままですよ。
ちゃんと替え用のシーツや毛布も二つずつ用意してあるんです。
猫ちゃんについては、ディヴィッドさんが家で飼うことにしたようです。
その為、猫ちゃんを収容していたケージごとディヴィッドさんに提供しました。
その日は、ベースキャンプに駐車した防護車両の中で就寝、翌朝にカロス首長国へ向けてモリソンさんとともに出立です。
カロス首長国の封鎖線は、ベースキャンプからの距離で言うと、道なりで70ガーシュほどあります。
途中の道は左程良くありませんので時速30キロ(約20ガーシュ)以内で走行、南中時頃にはカロス首長国側の封鎖線の柵を無事に通過できました。
封鎖線から少し離れたところに幕舎があり、カロス首長国の対策本部がありました。
到着して最初に行ったのは、勿論、配備に就いている対策本部の人員の健康診断と首輪及び腕輪の配分、装着です。
ここでもあれこれ言う人はいましたけれど、無視して半強制で実施しました。
これをしないと先には進めません。
万が一にでも感染者が居ればそこから増えますので意味がないからです。
幸いなことに感染者はいませんでした。
但し、オーシスト(殻で覆われた病原体予備軍)が封鎖線の柵の一部にわずかに付着していましたので、これは除去しておきました。
フィガルド村までは直線距離で20ガーシュほども離れているのですけれど、風でここまで飛ばされてきた可能性が大きいですね。
この地域の居住地区はオアシスがあるところに限られ、この封鎖線からは20ガーシュほど離れた場所に別の集落があるようです。
健康診断と首輪・腕輪の配分が終わってから、会議を開いて報告です。
大きな液晶パネルをその場で作り、関係者の目の前でフィガルド村の写真を見せました。
勿論、その焼却処分の状況も含めて観てもらい、同時にジラベルの写真の一部も紹介して感染速度から見てフィガルド村が最初の感染地と思われる旨を説明しておきました。
カロス首長国の幹部の方でしょうかねぇ。
ジラベル村に生存者がいたことや写真の腐敗状況だけでは、フィガルド村が発生源だと断定できる証拠にならないのではないだろうかとごねていましたけれど、何かそのように申される明確な根拠が貴方にはございますかと尋ねたら黙ってしまいました。
次いで、この流行り病の感染防止策ですけれど、予防策としては首輪及び腕輪の増産しかありません。
何しろ、目で見えないほど微小であり、風で飛ばされるようなオーシストが相手では、居住地への侵入を完全に止めるのは難しいのです。
ですから、取り敢えず二百組ほど首輪と腕輪のセットをその日の内に作って、対策本部に渡しておきました。
追加分はギルドに戻ってから作成して送ることにしています。
モリソンさんとも相談の上、封鎖線から百ガーシュ以内の集落の人口千二百人分、更には予備として千個を準備することを約束してきました。
そうして風の向きが変わるとクロマルド王国の方も危険地帯になりますので、クロマルド王国にも同様の防護手段を与えることにしました。
カロス首長国での説明が終わり、翌朝には再度クロマルド王国に戻るのです。
飛空艇の離着陸場は、クロマルド王国の方が明らかに近いからです。
翌日、クロマルド王国へ向かい、対策本部で色々協議し、その夕刻には帰途に就いたのでした。
ギルドへ戻ってからの宿題が残っていますけれどね。
カロス首長国へ首輪と腕輪二千個、クロマルド王国はその倍の四千個を後日送ることになっているんです。
そうしてモリソンさんの元へは、更にその三倍の数量を用意できないかと両国から打診が来ているようです。
ウーン、私、ひょっとすると首輪と腕輪の製造職人になってしまいそうです。
首輪と腕輪、特殊な魔道具ですからね。
本来であればとってもお高いんですよ。
モリソンさん、首輪と腕輪のワンセットを金貨1枚で売ろうとしていましたけれど、私が大銀貨一枚に抑えたんです。
元手はほとんどかかりません。
土から必要な元素を抽出し、形を整えて魔法陣を描いて行くだけなので、原価はほとんどただなんです。
まぁ、非常に高給取りの私が造るので、それにかかる労力から言うと高くついてもおかしくないのですけれど、高くすると経済弱者に負担がかかります。
こうした流行り病に対応する薬や魔道具は国がその費用の面倒を見るべきでしょう。
但し、それが高額になると、カロス首長国のような小さな国では負担が難しくなります。
ですから製造者も相応の負担をすべきだと私は思います。
命がかかっていますから、恐らくは、いくらでも値段は釣りあげられますけれど、災害時のぼったくりみたいな商売は絶対にしたくありませんもの。
これは私の信条みたいなものなんです。
そんなわけでしばらくは首輪と腕輪の魔道具作成の仕事に忙殺されましたけれど、概ね5日間で魔道具1万5千個を製作し、私の仕事も正常状態に復帰しました。
但し、この謎の病原菌については、暇を見つけては、正門脇に作られた研究所で少しずつ研究を進めています。
内緒で現地に跳んだりもしながら、研究を進めて三か月余り、この病原体が元々はフィガルド村に近いワルドレン峡谷に生息するげっ歯類を主な宿主とする病原体であることが判明しました。
そもそもの病原体は、ヒト族へ感染するような代物ではなかったのですが、どうも瘴気によって起きた突然変異で一部の病原体がその性質を変えたようです。
対抗薬も作れなくはないのですけれど、そもそもが体内侵入を防ぐ魔道具があるので敢えて対抗薬を作る必要性は無いでしょう。
対抗薬はどうしても期限付きのものになりがちですから、ある意味で無駄になりやすい代物でもあるのです。
但し、今後のこともあって、瘴気発生の際は新たな感染症がもたらされるかもしれないという警鐘は鳴らしておくべきでしょう。
その為にある意味では医学論文的なものを作成し、事務局に上伸して、関係各国へ知らせてもらうようにしてもらいました。
通信機の魔道具で一応の通知はできますけれど、伝達された情報は単なるデータとして埋もれ、時間が経つにつれて忘れられてしまいます。
その為に書面で残しておくことも大事なことなのです。
瘴気の発生で魔獣や魔物が突然変異を起こして強力になったり、また瘴気を吸い込んだヒト族がゾンビになったりすることはこれまでよく知られていたわけですけれど、致死性の病気が新たに生ずる可能性については各国に衝撃を与えたようです。
いずれにしろ、この瘴気の発生に関しての国際的な連絡網が設定され、成行き上、その中に魔晶石ギルドが入らざるを得ないのは仕方がないことでした。
但し、魔晶石ギルドとしてはありがたくない話ではあるのです。
対応できるのがシルヴィ一人であり、シルヴィが対応すると、その間黒魔晶石の採掘が間違いなくストップするのです。
この瘴気関連での利益は、かなり膨大なものにはなったものの、その間ギルド内の他の部門の生産が滞りがちになるのはある意味で困るのです。
いずれにせよ、この論文めいたものが各国に発表されて一連の流行り病の調査については終息しました。
後は魔鉱石の研究を徐々にでも深めたいと思っているシルヴィなのです。
◆◇◆◇◆◇
私は、ディヴィド・スミス。
クロマルド王国の役人で治癒・公衆衛生担当のサブリーダーをしている。
例の死病でジラベル村がほぼ壊滅し、我々では何の手も打てないところへ、ワルドレン峡谷の瘴気除去に尽力してくれた聖女の如き魔晶石ギルドのシルヴィ嬢ちゃんが再び現れ、ジラベル村のたった二人の生存者、キャロルとメリアンを救い出してくれた。
治癒師ギルドから派遣されてきた女性治癒師の話では、この二人の少女の命は風前の灯火だったようだ。
恐らくは十日以上もの絶食に耐えては居たものの、脱水症状を起こし身体全体が機能不全に陥っていたようだ。
そうして治癒師ギルドでも知らない点滴という手法で水分の補給と栄養補給を行って、少女たちの命を救ってくれたようだ。
女性治癒師クレアラスさんはその点滴の方法を知りたがっていたようだが、シルヴィ嬢ちゃんは、この方法は生半可の知識では逆に命に危険を及ぼすので、簡単には教えられないと断ったそうだ。
では、どうすればできるようになるかと問うと、魔晶石ギルドに依頼して研修を受けるしかないかなとシルヴィ嬢ちゃんは答えていた。
クレアラスさんは、何事か考えている様だった。
そうしてシルヴィ嬢ちゃんが去ってから三か月後、魔晶石ギルドから瘴気発生に伴う新たな病気発生の恐れについての通達が各国に舞い込んだ。
目には見えない病原体なるものが存在することは、シルヴィ嬢ちゃんの説明にもあったのだが、これまでヒトには無害であったものが、瘴気に触れることで人に有害な病原体になり得る恐れがあり、その症状は突然変異によるものだから千差万別で予測がつかないことを解説しているものである。
従って、今後、瘴気が発生した際の近隣での病気発生については安易に考えず、慎重に対処してほしいという内容であった。
ある意味、爆弾のような通知である。
瘴気発生が極めてまれな事象であることは知っているものの、それに付帯して死病が発生する恐れがあれば二重の国難になりかねない。
今回もこの死病が王都で発生していたなら王都が死に絶えていたかもしれないのである。
ギルドからの通知では、個別の病気への対策は予測できないものの一般的な感染症対策の方法が細かに説明されていた。
治癒師ギルドにも相談したが、きわめて論理的であり、全ての病に対する普遍的な対策になるものだから是非とも国民に周知すべきであると言われた。
このために、シルヴィ嬢ちゃんに関わった私は、その周知がメインの仕事になり、その部門の長になったのである。
当然のことながら俸給も上がった。
決死の思いで封鎖線まで同行しただけの利はあったようだが、これもシルヴィ嬢ちゃんが適切に働いてくれたおかげである。
彼女には、ただただ、感謝のみなのだ。
ジラベル村の生存者である二人は子のできない夫婦ものに養女として引き取られ、幸せに暮らしていると聞いている。
あぁ、彼女からもらった猫はフラブルと名付けて我が家でのんびりと暮らしている。
彼女が付けた首輪と腕輪はそのままつけられているし、私もそのままつけて念のために備えている。
腕輪と首輪を配分された兵士たちも勲章の様に大事にして身に着けている。
少なくともジラベル村は閉鎖され、周辺12箇所の町や村の住人には、魔晶石ギルドから買い取った首輪と腕輪が配分され、住民が装着している。
今後ともあの病気が再発しなければよいがと願っている私です。
================================
7月18日、一部の字句修正を行いました。
By サクラ近衛将監
引き続き流行り病の調査に当たっています。
私は例によって、フィガルド村の状況を撮影しました。
カロス首長国の関係者に説明するには画像があった方が何かと便利なのです。
ある意味で腐敗した遺骸の写真がメインなので気色悪い代物ですが、関係者の方々には我慢して確認していただきましょう。
私は実物を目の前にして焼却処分までしているんですから、その状況を確認するのはギルドに依頼してきた関係者の当然の義務でしょう。
なんだかんだ言いながらも住居や遺体の焼却処分を終えて、一旦はクロマルド王国のベースキャンプに戻りました。
ベースキャンプに辿り着いたのは日没後でしたけれど、防護車両には四連のヘッドライトと車体上部に二連の大型ライトが付いていますので暗がりであっても走行に支障はないのです。
その光めがけて飛び込んでくる大きな虫がいるのには困りますけれど、運転席を覆うガラスは防弾ガラスよりも固い透明な金属でできていますから、1m大の甲虫が衝突しても何ら問題ありません。
まぁ、目の前に青やら紫の体液をぶちまけられるのは問題ですけれど、その都度、私のクリーン魔法をかけていつもきれいに保っています。
ベースキャンプで一時間ほどは報告会、その後、二人の少女の様子を確認しました。
治癒師のお姉さんが派遣されてきていて、その方の適切な介護もあって、二人とも意識が回復していました。
点滴は幼い少女には負担になりますから、一応この時点でやめて、普通の病人食に切り替えるようにしていますけれど、絶食の後ですので回数を増やして少量ずつの給食をお願いしています。
この二人の少女については、クロマルド王国が責任をもって面倒を見てくれることになりました。
もう少し体調が好転するまでキャンプで過ごし、別の町に移動することになっています。
因みに少女二人のベッドは、段違いに衛生的ですからカプセルのままですよ。
ちゃんと替え用のシーツや毛布も二つずつ用意してあるんです。
猫ちゃんについては、ディヴィッドさんが家で飼うことにしたようです。
その為、猫ちゃんを収容していたケージごとディヴィッドさんに提供しました。
その日は、ベースキャンプに駐車した防護車両の中で就寝、翌朝にカロス首長国へ向けてモリソンさんとともに出立です。
カロス首長国の封鎖線は、ベースキャンプからの距離で言うと、道なりで70ガーシュほどあります。
途中の道は左程良くありませんので時速30キロ(約20ガーシュ)以内で走行、南中時頃にはカロス首長国側の封鎖線の柵を無事に通過できました。
封鎖線から少し離れたところに幕舎があり、カロス首長国の対策本部がありました。
到着して最初に行ったのは、勿論、配備に就いている対策本部の人員の健康診断と首輪及び腕輪の配分、装着です。
ここでもあれこれ言う人はいましたけれど、無視して半強制で実施しました。
これをしないと先には進めません。
万が一にでも感染者が居ればそこから増えますので意味がないからです。
幸いなことに感染者はいませんでした。
但し、オーシスト(殻で覆われた病原体予備軍)が封鎖線の柵の一部にわずかに付着していましたので、これは除去しておきました。
フィガルド村までは直線距離で20ガーシュほども離れているのですけれど、風でここまで飛ばされてきた可能性が大きいですね。
この地域の居住地区はオアシスがあるところに限られ、この封鎖線からは20ガーシュほど離れた場所に別の集落があるようです。
健康診断と首輪・腕輪の配分が終わってから、会議を開いて報告です。
大きな液晶パネルをその場で作り、関係者の目の前でフィガルド村の写真を見せました。
勿論、その焼却処分の状況も含めて観てもらい、同時にジラベルの写真の一部も紹介して感染速度から見てフィガルド村が最初の感染地と思われる旨を説明しておきました。
カロス首長国の幹部の方でしょうかねぇ。
ジラベル村に生存者がいたことや写真の腐敗状況だけでは、フィガルド村が発生源だと断定できる証拠にならないのではないだろうかとごねていましたけれど、何かそのように申される明確な根拠が貴方にはございますかと尋ねたら黙ってしまいました。
次いで、この流行り病の感染防止策ですけれど、予防策としては首輪及び腕輪の増産しかありません。
何しろ、目で見えないほど微小であり、風で飛ばされるようなオーシストが相手では、居住地への侵入を完全に止めるのは難しいのです。
ですから、取り敢えず二百組ほど首輪と腕輪のセットをその日の内に作って、対策本部に渡しておきました。
追加分はギルドに戻ってから作成して送ることにしています。
モリソンさんとも相談の上、封鎖線から百ガーシュ以内の集落の人口千二百人分、更には予備として千個を準備することを約束してきました。
そうして風の向きが変わるとクロマルド王国の方も危険地帯になりますので、クロマルド王国にも同様の防護手段を与えることにしました。
カロス首長国での説明が終わり、翌朝には再度クロマルド王国に戻るのです。
飛空艇の離着陸場は、クロマルド王国の方が明らかに近いからです。
翌日、クロマルド王国へ向かい、対策本部で色々協議し、その夕刻には帰途に就いたのでした。
ギルドへ戻ってからの宿題が残っていますけれどね。
カロス首長国へ首輪と腕輪二千個、クロマルド王国はその倍の四千個を後日送ることになっているんです。
そうしてモリソンさんの元へは、更にその三倍の数量を用意できないかと両国から打診が来ているようです。
ウーン、私、ひょっとすると首輪と腕輪の製造職人になってしまいそうです。
首輪と腕輪、特殊な魔道具ですからね。
本来であればとってもお高いんですよ。
モリソンさん、首輪と腕輪のワンセットを金貨1枚で売ろうとしていましたけれど、私が大銀貨一枚に抑えたんです。
元手はほとんどかかりません。
土から必要な元素を抽出し、形を整えて魔法陣を描いて行くだけなので、原価はほとんどただなんです。
まぁ、非常に高給取りの私が造るので、それにかかる労力から言うと高くついてもおかしくないのですけれど、高くすると経済弱者に負担がかかります。
こうした流行り病に対応する薬や魔道具は国がその費用の面倒を見るべきでしょう。
但し、それが高額になると、カロス首長国のような小さな国では負担が難しくなります。
ですから製造者も相応の負担をすべきだと私は思います。
命がかかっていますから、恐らくは、いくらでも値段は釣りあげられますけれど、災害時のぼったくりみたいな商売は絶対にしたくありませんもの。
これは私の信条みたいなものなんです。
そんなわけでしばらくは首輪と腕輪の魔道具作成の仕事に忙殺されましたけれど、概ね5日間で魔道具1万5千個を製作し、私の仕事も正常状態に復帰しました。
但し、この謎の病原菌については、暇を見つけては、正門脇に作られた研究所で少しずつ研究を進めています。
内緒で現地に跳んだりもしながら、研究を進めて三か月余り、この病原体が元々はフィガルド村に近いワルドレン峡谷に生息するげっ歯類を主な宿主とする病原体であることが判明しました。
そもそもの病原体は、ヒト族へ感染するような代物ではなかったのですが、どうも瘴気によって起きた突然変異で一部の病原体がその性質を変えたようです。
対抗薬も作れなくはないのですけれど、そもそもが体内侵入を防ぐ魔道具があるので敢えて対抗薬を作る必要性は無いでしょう。
対抗薬はどうしても期限付きのものになりがちですから、ある意味で無駄になりやすい代物でもあるのです。
但し、今後のこともあって、瘴気発生の際は新たな感染症がもたらされるかもしれないという警鐘は鳴らしておくべきでしょう。
その為にある意味では医学論文的なものを作成し、事務局に上伸して、関係各国へ知らせてもらうようにしてもらいました。
通信機の魔道具で一応の通知はできますけれど、伝達された情報は単なるデータとして埋もれ、時間が経つにつれて忘れられてしまいます。
その為に書面で残しておくことも大事なことなのです。
瘴気の発生で魔獣や魔物が突然変異を起こして強力になったり、また瘴気を吸い込んだヒト族がゾンビになったりすることはこれまでよく知られていたわけですけれど、致死性の病気が新たに生ずる可能性については各国に衝撃を与えたようです。
いずれにしろ、この瘴気の発生に関しての国際的な連絡網が設定され、成行き上、その中に魔晶石ギルドが入らざるを得ないのは仕方がないことでした。
但し、魔晶石ギルドとしてはありがたくない話ではあるのです。
対応できるのがシルヴィ一人であり、シルヴィが対応すると、その間黒魔晶石の採掘が間違いなくストップするのです。
この瘴気関連での利益は、かなり膨大なものにはなったものの、その間ギルド内の他の部門の生産が滞りがちになるのはある意味で困るのです。
いずれにせよ、この論文めいたものが各国に発表されて一連の流行り病の調査については終息しました。
後は魔鉱石の研究を徐々にでも深めたいと思っているシルヴィなのです。
◆◇◆◇◆◇
私は、ディヴィド・スミス。
クロマルド王国の役人で治癒・公衆衛生担当のサブリーダーをしている。
例の死病でジラベル村がほぼ壊滅し、我々では何の手も打てないところへ、ワルドレン峡谷の瘴気除去に尽力してくれた聖女の如き魔晶石ギルドのシルヴィ嬢ちゃんが再び現れ、ジラベル村のたった二人の生存者、キャロルとメリアンを救い出してくれた。
治癒師ギルドから派遣されてきた女性治癒師の話では、この二人の少女の命は風前の灯火だったようだ。
恐らくは十日以上もの絶食に耐えては居たものの、脱水症状を起こし身体全体が機能不全に陥っていたようだ。
そうして治癒師ギルドでも知らない点滴という手法で水分の補給と栄養補給を行って、少女たちの命を救ってくれたようだ。
女性治癒師クレアラスさんはその点滴の方法を知りたがっていたようだが、シルヴィ嬢ちゃんは、この方法は生半可の知識では逆に命に危険を及ぼすので、簡単には教えられないと断ったそうだ。
では、どうすればできるようになるかと問うと、魔晶石ギルドに依頼して研修を受けるしかないかなとシルヴィ嬢ちゃんは答えていた。
クレアラスさんは、何事か考えている様だった。
そうしてシルヴィ嬢ちゃんが去ってから三か月後、魔晶石ギルドから瘴気発生に伴う新たな病気発生の恐れについての通達が各国に舞い込んだ。
目には見えない病原体なるものが存在することは、シルヴィ嬢ちゃんの説明にもあったのだが、これまでヒトには無害であったものが、瘴気に触れることで人に有害な病原体になり得る恐れがあり、その症状は突然変異によるものだから千差万別で予測がつかないことを解説しているものである。
従って、今後、瘴気が発生した際の近隣での病気発生については安易に考えず、慎重に対処してほしいという内容であった。
ある意味、爆弾のような通知である。
瘴気発生が極めてまれな事象であることは知っているものの、それに付帯して死病が発生する恐れがあれば二重の国難になりかねない。
今回もこの死病が王都で発生していたなら王都が死に絶えていたかもしれないのである。
ギルドからの通知では、個別の病気への対策は予測できないものの一般的な感染症対策の方法が細かに説明されていた。
治癒師ギルドにも相談したが、きわめて論理的であり、全ての病に対する普遍的な対策になるものだから是非とも国民に周知すべきであると言われた。
このために、シルヴィ嬢ちゃんに関わった私は、その周知がメインの仕事になり、その部門の長になったのである。
当然のことながら俸給も上がった。
決死の思いで封鎖線まで同行しただけの利はあったようだが、これもシルヴィ嬢ちゃんが適切に働いてくれたおかげである。
彼女には、ただただ、感謝のみなのだ。
ジラベル村の生存者である二人は子のできない夫婦ものに養女として引き取られ、幸せに暮らしていると聞いている。
あぁ、彼女からもらった猫はフラブルと名付けて我が家でのんびりと暮らしている。
彼女が付けた首輪と腕輪はそのままつけられているし、私もそのままつけて念のために備えている。
腕輪と首輪を配分された兵士たちも勲章の様に大事にして身に着けている。
少なくともジラベル村は閉鎖され、周辺12箇所の町や村の住人には、魔晶石ギルドから買い取った首輪と腕輪が配分され、住民が装着している。
今後ともあの病気が再発しなければよいがと願っている私です。
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7月18日、一部の字句修正を行いました。
By サクラ近衛将監
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