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第四章 魔晶石採掘師シルヴィ
4-15 同期生 その一
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僕は、カイエン・オブレヒト、新魔国歴215年初秋(月)28日に、魔晶石ギルドに入ったばかりの新人で未だ研修生の身分である。
出身は、アムレオス魔国出身でいわゆる魔族だ。
成人の儀で、「魔晶石採掘師」及び「魔晶石加工師」のお告げをもらい、初めて家族と離れ離れになって遠方の地にやってきた。
正直言って、家族と別れるのは辛かった。
魔国ならば何の問題も無いのだが、他国では魔族を蔑視する地域もあると聞いていたし、何より親しい人がいない場所で仕事に就くということが内心では嫌だった。
でも、お告げで僕の就くべき職を示されたならば、それに従うのが一番良いとされているんだ。
実際問題として、他の職業に就いても成功はできない。
仕事を始めるにあたっては、いずれかのギルドに所属しなければならないが、その仕事に対する適性が無ければギルドに所属できず、またその成果を認めてもらえない。
例えば、農業に携わり農産物を作っても、その産物を正規の形では売ることができないし、仮に闇で売買した場合、それがばれると犯罪者として懲役を科されることになる。
また、適性が無いと良いものができないのも事実なのである。
農民の適性を有する者はおいしい農産物を作ることができるけれど、適性の無い者が造る家庭菜園の産物はどれほど努力しても不揃いで美味しくはないものが出来上がってしまうのである。
他国では適性が無くてもギルドへの加入を認めるところもあるようだけれど、魔国では適性の無い者はそもそもギルドに加入できないようになっている。
従って、成人の儀で魔晶石採掘師と魔晶石加工師のお告げがあった以上は、僕の就職先は魔晶石ギルド以外に無かったのだ。
正直なところ、嫌々ながら夕刻までに到着したギルドで手続きを済ませた僕だったが、その翌日に厳しい蔑視と嫌がらせの洗礼を受けた。
ギルドでは種族差別は無いと聞いていたのに、翌朝の食堂で最初に受けた言葉が根も葉もない誹謗中傷による罵倒だった。
同期生のヒト族男子のようだが、多分聖教国出身若しくは聖教かぶれの者なのだろう。
魔族を激しく蔑視するのは、僕が知る限り、聖教国関係者だけしかいないはず。
こちらに非があるのならばともかく、謂れのない罵倒に対して、黙っているわけには行かず、こちらも怒鳴り返して口喧嘩になった。
そのまま続けていたなら取っ組み合いの喧嘩になっていたかもしれないが、口論だけで睨み合っているうちに幸いにして職員の方数名が入って来て、相手に対して厳重な注意をしてくれたので大事には至らなかった。
僕の幼馴染のグリオルだったなら、とっくの昔に得意魔法を発動して相手を吹き飛ばしていたはずだ。
僕自身、我ながらよく我慢したと思っている。
注意をしてくれたのは研修でお世話になる指導員の人だった。
曰く、既に昨日到着の段階で一度注意をしているらしく、今朝が二度目の注意。
そうしてその指導員は三度目は無いとまで脅していた。
因みに、僕の相手は、やはりエルブレン聖教国出身のパスカル・クレッシェンドだったが、もう一人、獣人族を毛嫌いするアスレアル皇国出身者のモーガン・ヴェルトンも一緒になって注意を受けていた。
僕は気づいていなかったのだけれど、モーガンも同じ食堂で、モアベル獣人国出身のクレア・レジナンドと口論をしていたようだ。
アスレアル皇国は獣人差別で有名であり、噂では獣人は奴隷化して人権を与えていないらしい。
皇国に居る時と同じ感覚でモーガンが、クレアに毒づいたようだ。
獣人族は力が強いから、女であろうとクレアが本気で喧嘩したら、モーガンは大怪我を負っていたはずだ。
その意味ではクレアも相当に我慢していたのだろうと思う。
いずれにせよ、パスカルとモーガンは指導員たちに目を付けられ、仮に同じような蔑視や差別が行われたならば、ギルドから除名処分するとまで明言されてしまった。
これで、この二人がおとなしくなれば良いのだけれど、幼い頃から躾けられた差別意識はおいそれとは変えることができないはず。
もしそれができないなら、彼らはギルドから除名され他のギルドにも加入できなくなりそうだ。
エリオット指導員曰く、除名処分にした場合は、魔晶石ギルドから他ギルドに対して回章が出されるそうだ。
どの国のギルドでも、魔晶石ギルドの回章は無視できないはず。
魔晶石は、いずこの国または地域でも重要な魔道具に利用されており、魔晶石ギルドに臍を曲げられると下手をすれば、国そのものが成り立たなくなる恐れさえあると聞いている。
魔晶石ギルドはそうした意味でも各国に対する影響力が大きいのだ。
その日から研修が始まり、問題児二人も至極おとなしく振舞っているが、さすがにパスカルは僕に、モーガンはクレアには近づいては来ない。
この二人とは将来的にも友人にはなれないだろうと思っている。
まぁ、避けるだけなら差別とは違うから許容範囲にしなけりゃ仕様が無いよね。
後、同期生の中では凄く気になった娘が一人いる。
いわゆる恋愛感情ではなくって、魔力の大きさで魔族の僕が驚いたんだ。
魔族という種族は、他の種族に比べてかなり魔力が多いのが特徴なんだ。
そうして魔法が得意なので、普通に複数の属性魔法が駆使できる。
僕の場合は、土と火と空間の三属性が扱えるけれど、ほかの同期生はほとんどが二つまでの属性魔法しか使えないのに、その娘は光、空間、火、水、雷、氷、闇と七つの属性が使えると申告していた。
使える魔法属性が多いということは、魔力も相応に多いという通説が魔国にはあるんだ。
だから、その娘シルヴィは、魔族である僕よりも魔力が多い可能性がある。
魔族の場合は、先天的に魔力が大きいのだけれど、シルヴィはヒト族だから通常ではそんなに多いわけがない。
飽くまでこれまでの統計的な見方なのだけれど、人族に比べると魔族は2.5倍ほど魔力が多いそうだ。
で、僕はその魔族の同年代の者よりも五割り増しほど魔力が多いと言われているんだ。
どころが、シルヴィは一見すると魔力が多そうには見えないんだ。
これでも僕は魔法が得意な魔族だからね。
大概の場合、外見で魔力の多寡が判断できるんだけれど、シルヴィの場合はよくわからない。
まるで魔力が無いようにも見えるんだけれど、訓練場で放った魔法は、少なくとも僕の放った魔法の威力と同等以上だった。
魔力が無い状態であんなに強力な魔法が放てるわけがない。
この日からシルヴィは僕にとって要注意人物になった。
魔族がこと魔法にかけてはヒト族に負けてはいられないんだ。
だから何としてもシルヴィに勝るようにしなければならないと思って、勝手にライバル認定していたんだけれど・・・。
残念ながらシルヴィは、予想以上にとんでもない娘だった。
訓練中に指導員の数が足りずに現役の採掘師や加工師が応援(アルバイトを兼ねている?)で助手になって、研修生をしごくこともあるんだけれど、なぜかシルヴィについた助手連中がシルヴィに酷い仕打ちをしていた。
初級魔法ではあるんだけれど、魔力が枯渇するまで撃てと言って、延々と訓練時間中全てを使って攻撃魔法を使わせていた。
驚くべきはその数である。
後でシルヴィに聞いたところでは、何とファイアボール約千発、エアーカッター約千発、アイスランス同じく約千本、サンダーランス同じく約千本を撃ってようやく解放されたそうだ。
この日、シルヴィだけが休憩時間を与えられていなかったのは僕も知っていた。
とんでもないスパルタ指導だと思うけれど、そんな状態でも魔力が枯渇しないで魔法が放てるなんてのは、シルヴィもとんでもない化け物だと思うよ。
外見は実に可愛い娘なんだけどね。
おまけに体術というか格闘術や剣術なども上手いんだ。
指導についている現役の採掘師を相手に瞬殺できるほどの腕前って云うのは、ちょっとびっくりだよ。
いずれにしろ、シルヴィは規格外というのが同期生の中ではすぐにも知れ渡っていたね。
そんなこんなで、研修を始めてから一月も経っていない中秋上(月)の25日、僕らは二人一組で実習に参加していた。
そうして話題のシルヴィがある出来事に巻き込まれてしまった。
僕もその前日にやったビット実習なんだけれど、この段階での実習は、ビットでの出迎や採掘してきた魔晶石の仕分け、梱包など支援班の行う作業を見学するだけの配置なんだけれど、その日は天候が急変して採掘師が一度に戻ってきたためにビットが大混雑になったようで、人手が足りずに本来であれば見学配置のはずのシルヴィとパスカルも駆り出されて実務の手伝いをやったらしい。
但し、混乱の中で、魔晶石を運搬していた台車同士が接触、あろうことかパスカルがそのときに声を漏らしたらしい。
魔力を持たない者が出す声ならば問題は無いけれど、魔力を有する者が発する声は時として魔晶石に歪みを与えてしまうのだ。
だから、座学でも切り出した魔晶石の周囲では決して迂闊に声を出さないようにと繰り返し教えられた。
その禁忌をパスカルが犯したのだった。
すぐそばにいた採掘師が当然に怒りまくり、持っていた剣でパスカルを切ろうとしたらようだ。
件の採掘師は、一級採掘師でギルドでもすごく名の通った人物だから、もしそのまま切られていれば、パスカルの首は撥ねられていた可能性が高い。
でもすんでの所で傍にいたシルヴィが素手で斬戟を防いだんだ。
そのお陰でパスカルは命を失わずに済んだ。
但し、そのことでその一級採掘師は臍を曲げたんだ。
何しろ、必殺の剣を振るったにもかかわらず、新人研修中で未だ一月に満たない女の子に素手で止められちゃぁ、魔物相手に戦う採掘師のメンツが立たないらしい。
で、無理な注文を突き付けた。
採掘してきた件の大きな暗褐色の魔晶石は高値で取引されるんだけれど、その切り出し調整を、関係したシルヴィにやれと注文を付けたようだ。
勿論周りの人たちは懸命に止めたよ。
大きな暗褐色の魔晶石は希少であり、切り出し調整に失敗すれば、ギルドにとって、それだけ大きな損失になる。
だから、何とかその無理な注文を回避しようとしたのだけれど、その人一級採掘師のダンカンさんはとても頑固な人だった。
結局、暗褐色の魔晶石について、一週間以内にシルヴィ達の手で切り出し調整ができなければ二人に大金貨二十枚の罰金を与えるという条件で押し切られたんだ。
その日からシルヴィの研修だけは別メニューになった。
罰はパスカルにも与えられるんだけれど、これまでの訓練成果を見る限り、とてもパスカルが本物の魔晶石の切り出し調整ができるとは僕らでさえも思わない。
魔石を使った切り出し訓練で一番見栄えも形も悪かったのがパスカルだったしね。
もちろん、シルヴィも魔晶石の切り出し経験があるわけじゃないよ。
でも、これまで訓練で魔石の切り出し調整をやって一番出来が良かったのはシルヴィだった。
そうして三日間の特別メニューの訓練をして、事件があった日から数えて五日目、シルヴィは見事に暗褐色の魔晶石で三オクターブの切り出し調整を行って、関係者を驚かせた。
その出来映えは、一級加工糸の仕事にも劣らないものだったらしいと噂されている。
それから約一月の間、シルヴィはダンカンさんのお気に入りになったみたいで、研修の無い銀曜日になると良く採掘に連れて行かれた。
このことは、本来ギルド職員でも知らない筈のダンカンさんの採掘場所をシルヴィが知っていることになり、そのことを妬む輩も同期生には居たけれど、ある意味でシルヴィが実力で勝ち取った褒美だ。
悔しかったら自分で勝ち取れと言いたいところだね。
その輩は、自己紹介の際に貴族の出自であることを鼻にかけて、注意された人物であり、会ったばかりの僕を蔑視して罵倒した人物でもある。
僕が絶対に友とはなれないと人物と思っている。
そうして来るべきものがやってきた。
研修班長のエリオットさんが、皆のいる前でシルヴィに言ったのだ。
「シルヴィ、お前は明日から特別卒業試験を受けることになった。
明日は、午前中に採掘師のペーパーテスト、午後は加工師のペーパーテスト。
明後日は、リカルドとダンカンを相手に模擬戦闘訓練だ。
お前の場合既に実績があるから、魔物討伐、魔晶石の採掘及び魔晶石の加工については免除だ。
明日の6の時、第三研修室に来い。
それ以後の予定は別途伝達する。」
エリオットさんが、ギルドに来て間もない僕たちに宣言していたことでもある。
実力があるならばいつでも卒業試験を受けられると。
確かにシルヴィは、僕らから見ても頭一つ、いや二つか三つかも知れないが、とにかく抜きん出ている。
少し早過ぎるけれど、同期生の門出になるかもしれないとそう思っていた。
そうして僕らが見ている前で、シルヴィは、一級採掘師のリカルドさんそれにダンカンさんの二人に勝ってしまった。
シルヴィの卒業試験は学科試験と実戦訓練だけだったのだ。
普通は、魔晶石の採掘の実地訓練もあるし、魔物討伐の試験もあるのだけれど、シルヴィの場合、ダンカンさんに連れ出されている間にそれらの実績はすべてクリアしていたようだ。
だから、採掘師としての知識の確認を筆記試験で行い、現役採掘師と模擬戦闘を行って戦闘能力を確認するだけの試験だったのだ。
出身は、アムレオス魔国出身でいわゆる魔族だ。
成人の儀で、「魔晶石採掘師」及び「魔晶石加工師」のお告げをもらい、初めて家族と離れ離れになって遠方の地にやってきた。
正直言って、家族と別れるのは辛かった。
魔国ならば何の問題も無いのだが、他国では魔族を蔑視する地域もあると聞いていたし、何より親しい人がいない場所で仕事に就くということが内心では嫌だった。
でも、お告げで僕の就くべき職を示されたならば、それに従うのが一番良いとされているんだ。
実際問題として、他の職業に就いても成功はできない。
仕事を始めるにあたっては、いずれかのギルドに所属しなければならないが、その仕事に対する適性が無ければギルドに所属できず、またその成果を認めてもらえない。
例えば、農業に携わり農産物を作っても、その産物を正規の形では売ることができないし、仮に闇で売買した場合、それがばれると犯罪者として懲役を科されることになる。
また、適性が無いと良いものができないのも事実なのである。
農民の適性を有する者はおいしい農産物を作ることができるけれど、適性の無い者が造る家庭菜園の産物はどれほど努力しても不揃いで美味しくはないものが出来上がってしまうのである。
他国では適性が無くてもギルドへの加入を認めるところもあるようだけれど、魔国では適性の無い者はそもそもギルドに加入できないようになっている。
従って、成人の儀で魔晶石採掘師と魔晶石加工師のお告げがあった以上は、僕の就職先は魔晶石ギルド以外に無かったのだ。
正直なところ、嫌々ながら夕刻までに到着したギルドで手続きを済ませた僕だったが、その翌日に厳しい蔑視と嫌がらせの洗礼を受けた。
ギルドでは種族差別は無いと聞いていたのに、翌朝の食堂で最初に受けた言葉が根も葉もない誹謗中傷による罵倒だった。
同期生のヒト族男子のようだが、多分聖教国出身若しくは聖教かぶれの者なのだろう。
魔族を激しく蔑視するのは、僕が知る限り、聖教国関係者だけしかいないはず。
こちらに非があるのならばともかく、謂れのない罵倒に対して、黙っているわけには行かず、こちらも怒鳴り返して口喧嘩になった。
そのまま続けていたなら取っ組み合いの喧嘩になっていたかもしれないが、口論だけで睨み合っているうちに幸いにして職員の方数名が入って来て、相手に対して厳重な注意をしてくれたので大事には至らなかった。
僕の幼馴染のグリオルだったなら、とっくの昔に得意魔法を発動して相手を吹き飛ばしていたはずだ。
僕自身、我ながらよく我慢したと思っている。
注意をしてくれたのは研修でお世話になる指導員の人だった。
曰く、既に昨日到着の段階で一度注意をしているらしく、今朝が二度目の注意。
そうしてその指導員は三度目は無いとまで脅していた。
因みに、僕の相手は、やはりエルブレン聖教国出身のパスカル・クレッシェンドだったが、もう一人、獣人族を毛嫌いするアスレアル皇国出身者のモーガン・ヴェルトンも一緒になって注意を受けていた。
僕は気づいていなかったのだけれど、モーガンも同じ食堂で、モアベル獣人国出身のクレア・レジナンドと口論をしていたようだ。
アスレアル皇国は獣人差別で有名であり、噂では獣人は奴隷化して人権を与えていないらしい。
皇国に居る時と同じ感覚でモーガンが、クレアに毒づいたようだ。
獣人族は力が強いから、女であろうとクレアが本気で喧嘩したら、モーガンは大怪我を負っていたはずだ。
その意味ではクレアも相当に我慢していたのだろうと思う。
いずれにせよ、パスカルとモーガンは指導員たちに目を付けられ、仮に同じような蔑視や差別が行われたならば、ギルドから除名処分するとまで明言されてしまった。
これで、この二人がおとなしくなれば良いのだけれど、幼い頃から躾けられた差別意識はおいそれとは変えることができないはず。
もしそれができないなら、彼らはギルドから除名され他のギルドにも加入できなくなりそうだ。
エリオット指導員曰く、除名処分にした場合は、魔晶石ギルドから他ギルドに対して回章が出されるそうだ。
どの国のギルドでも、魔晶石ギルドの回章は無視できないはず。
魔晶石は、いずこの国または地域でも重要な魔道具に利用されており、魔晶石ギルドに臍を曲げられると下手をすれば、国そのものが成り立たなくなる恐れさえあると聞いている。
魔晶石ギルドはそうした意味でも各国に対する影響力が大きいのだ。
その日から研修が始まり、問題児二人も至極おとなしく振舞っているが、さすがにパスカルは僕に、モーガンはクレアには近づいては来ない。
この二人とは将来的にも友人にはなれないだろうと思っている。
まぁ、避けるだけなら差別とは違うから許容範囲にしなけりゃ仕様が無いよね。
後、同期生の中では凄く気になった娘が一人いる。
いわゆる恋愛感情ではなくって、魔力の大きさで魔族の僕が驚いたんだ。
魔族という種族は、他の種族に比べてかなり魔力が多いのが特徴なんだ。
そうして魔法が得意なので、普通に複数の属性魔法が駆使できる。
僕の場合は、土と火と空間の三属性が扱えるけれど、ほかの同期生はほとんどが二つまでの属性魔法しか使えないのに、その娘は光、空間、火、水、雷、氷、闇と七つの属性が使えると申告していた。
使える魔法属性が多いということは、魔力も相応に多いという通説が魔国にはあるんだ。
だから、その娘シルヴィは、魔族である僕よりも魔力が多い可能性がある。
魔族の場合は、先天的に魔力が大きいのだけれど、シルヴィはヒト族だから通常ではそんなに多いわけがない。
飽くまでこれまでの統計的な見方なのだけれど、人族に比べると魔族は2.5倍ほど魔力が多いそうだ。
で、僕はその魔族の同年代の者よりも五割り増しほど魔力が多いと言われているんだ。
どころが、シルヴィは一見すると魔力が多そうには見えないんだ。
これでも僕は魔法が得意な魔族だからね。
大概の場合、外見で魔力の多寡が判断できるんだけれど、シルヴィの場合はよくわからない。
まるで魔力が無いようにも見えるんだけれど、訓練場で放った魔法は、少なくとも僕の放った魔法の威力と同等以上だった。
魔力が無い状態であんなに強力な魔法が放てるわけがない。
この日からシルヴィは僕にとって要注意人物になった。
魔族がこと魔法にかけてはヒト族に負けてはいられないんだ。
だから何としてもシルヴィに勝るようにしなければならないと思って、勝手にライバル認定していたんだけれど・・・。
残念ながらシルヴィは、予想以上にとんでもない娘だった。
訓練中に指導員の数が足りずに現役の採掘師や加工師が応援(アルバイトを兼ねている?)で助手になって、研修生をしごくこともあるんだけれど、なぜかシルヴィについた助手連中がシルヴィに酷い仕打ちをしていた。
初級魔法ではあるんだけれど、魔力が枯渇するまで撃てと言って、延々と訓練時間中全てを使って攻撃魔法を使わせていた。
驚くべきはその数である。
後でシルヴィに聞いたところでは、何とファイアボール約千発、エアーカッター約千発、アイスランス同じく約千本、サンダーランス同じく約千本を撃ってようやく解放されたそうだ。
この日、シルヴィだけが休憩時間を与えられていなかったのは僕も知っていた。
とんでもないスパルタ指導だと思うけれど、そんな状態でも魔力が枯渇しないで魔法が放てるなんてのは、シルヴィもとんでもない化け物だと思うよ。
外見は実に可愛い娘なんだけどね。
おまけに体術というか格闘術や剣術なども上手いんだ。
指導についている現役の採掘師を相手に瞬殺できるほどの腕前って云うのは、ちょっとびっくりだよ。
いずれにしろ、シルヴィは規格外というのが同期生の中ではすぐにも知れ渡っていたね。
そんなこんなで、研修を始めてから一月も経っていない中秋上(月)の25日、僕らは二人一組で実習に参加していた。
そうして話題のシルヴィがある出来事に巻き込まれてしまった。
僕もその前日にやったビット実習なんだけれど、この段階での実習は、ビットでの出迎や採掘してきた魔晶石の仕分け、梱包など支援班の行う作業を見学するだけの配置なんだけれど、その日は天候が急変して採掘師が一度に戻ってきたためにビットが大混雑になったようで、人手が足りずに本来であれば見学配置のはずのシルヴィとパスカルも駆り出されて実務の手伝いをやったらしい。
但し、混乱の中で、魔晶石を運搬していた台車同士が接触、あろうことかパスカルがそのときに声を漏らしたらしい。
魔力を持たない者が出す声ならば問題は無いけれど、魔力を有する者が発する声は時として魔晶石に歪みを与えてしまうのだ。
だから、座学でも切り出した魔晶石の周囲では決して迂闊に声を出さないようにと繰り返し教えられた。
その禁忌をパスカルが犯したのだった。
すぐそばにいた採掘師が当然に怒りまくり、持っていた剣でパスカルを切ろうとしたらようだ。
件の採掘師は、一級採掘師でギルドでもすごく名の通った人物だから、もしそのまま切られていれば、パスカルの首は撥ねられていた可能性が高い。
でもすんでの所で傍にいたシルヴィが素手で斬戟を防いだんだ。
そのお陰でパスカルは命を失わずに済んだ。
但し、そのことでその一級採掘師は臍を曲げたんだ。
何しろ、必殺の剣を振るったにもかかわらず、新人研修中で未だ一月に満たない女の子に素手で止められちゃぁ、魔物相手に戦う採掘師のメンツが立たないらしい。
で、無理な注文を突き付けた。
採掘してきた件の大きな暗褐色の魔晶石は高値で取引されるんだけれど、その切り出し調整を、関係したシルヴィにやれと注文を付けたようだ。
勿論周りの人たちは懸命に止めたよ。
大きな暗褐色の魔晶石は希少であり、切り出し調整に失敗すれば、ギルドにとって、それだけ大きな損失になる。
だから、何とかその無理な注文を回避しようとしたのだけれど、その人一級採掘師のダンカンさんはとても頑固な人だった。
結局、暗褐色の魔晶石について、一週間以内にシルヴィ達の手で切り出し調整ができなければ二人に大金貨二十枚の罰金を与えるという条件で押し切られたんだ。
その日からシルヴィの研修だけは別メニューになった。
罰はパスカルにも与えられるんだけれど、これまでの訓練成果を見る限り、とてもパスカルが本物の魔晶石の切り出し調整ができるとは僕らでさえも思わない。
魔石を使った切り出し訓練で一番見栄えも形も悪かったのがパスカルだったしね。
もちろん、シルヴィも魔晶石の切り出し経験があるわけじゃないよ。
でも、これまで訓練で魔石の切り出し調整をやって一番出来が良かったのはシルヴィだった。
そうして三日間の特別メニューの訓練をして、事件があった日から数えて五日目、シルヴィは見事に暗褐色の魔晶石で三オクターブの切り出し調整を行って、関係者を驚かせた。
その出来映えは、一級加工糸の仕事にも劣らないものだったらしいと噂されている。
それから約一月の間、シルヴィはダンカンさんのお気に入りになったみたいで、研修の無い銀曜日になると良く採掘に連れて行かれた。
このことは、本来ギルド職員でも知らない筈のダンカンさんの採掘場所をシルヴィが知っていることになり、そのことを妬む輩も同期生には居たけれど、ある意味でシルヴィが実力で勝ち取った褒美だ。
悔しかったら自分で勝ち取れと言いたいところだね。
その輩は、自己紹介の際に貴族の出自であることを鼻にかけて、注意された人物であり、会ったばかりの僕を蔑視して罵倒した人物でもある。
僕が絶対に友とはなれないと人物と思っている。
そうして来るべきものがやってきた。
研修班長のエリオットさんが、皆のいる前でシルヴィに言ったのだ。
「シルヴィ、お前は明日から特別卒業試験を受けることになった。
明日は、午前中に採掘師のペーパーテスト、午後は加工師のペーパーテスト。
明後日は、リカルドとダンカンを相手に模擬戦闘訓練だ。
お前の場合既に実績があるから、魔物討伐、魔晶石の採掘及び魔晶石の加工については免除だ。
明日の6の時、第三研修室に来い。
それ以後の予定は別途伝達する。」
エリオットさんが、ギルドに来て間もない僕たちに宣言していたことでもある。
実力があるならばいつでも卒業試験を受けられると。
確かにシルヴィは、僕らから見ても頭一つ、いや二つか三つかも知れないが、とにかく抜きん出ている。
少し早過ぎるけれど、同期生の門出になるかもしれないとそう思っていた。
そうして僕らが見ている前で、シルヴィは、一級採掘師のリカルドさんそれにダンカンさんの二人に勝ってしまった。
シルヴィの卒業試験は学科試験と実戦訓練だけだったのだ。
普通は、魔晶石の採掘の実地訓練もあるし、魔物討伐の試験もあるのだけれど、シルヴィの場合、ダンカンさんに連れ出されている間にそれらの実績はすべてクリアしていたようだ。
だから、採掘師としての知識の確認を筆記試験で行い、現役採掘師と模擬戦闘を行って戦闘能力を確認するだけの試験だったのだ。
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つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
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