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第四章 魔晶石採掘師シルヴィ
4-4 鉱区の変更と予期せぬ発症
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晩秋月の20日(白曜日)、あれほど付きまとっていたストーカーもいなくなりました。
今日は大きめの黒の魔晶石納品の日です。
既に採掘はしてあるのですけれど、一応今日採掘してピットに持ち帰ったというポーズなのです。
その代わり、今日は日がな一日アルスと一緒にA136区内の巡回です。
隘路や峡谷の谷間など入れそうなところは全て入って、鉱床の探索を続けます。
濃い色の魔晶石の鉱床は幾つかありましたけれど、深度が深いことと、鉱床自体が多数の箇所で分断・剥離しているために、採掘してもまとまった塊を採るのは難しいようです。
まぁ、困った時の採掘場所として一応記録には残しておきますが、実入りの多い今の私が採掘する必要は無いと思います。
後は、鉱区入り口近くの暗褐色系の鉱床ですが、あれも予備の鉱床としてそのまま置いておきましょう。
別の機会に掘り出してもいいと思います。
22日(緑曜日)にも同様にA136区に入って捜索を続けましたが、結局鉱区入り口付近の鉱床以外有望な鉱床は無いとの結論になりました。
22日に黒の魔晶石の大物を運び込み、これで総量では12個、1350ゲール(約675キロ)ほどの黒の魔晶石を納品したことになります。
その上で事務部に行き、A136区の鉱区申請をB121区に変更するようお願いしました。
B121区も、ピットから近い場所に在り、事務部のデータでは有望な鉱床は取りつくしたとされる鉱区なのです。
事務部では、最近、私用に先任の担当者を決めたようで、ユリアさんという妙齢の女性が対応してくれています。
鑑定を掛けたら、35歳のオバさんでしたけれど、とっても愛想のいい人ですよ。
私が鉱区の変更を申請すると、その彼女が必死に今の採掘鉱区に留まるように言うのですが、もうA136区には有望な鉱床は望み薄なので別の鉱区で探しますと言ったら何とか納得してくれました。
元々、A136区は有望な鉱床は無いと判断された鉱区でしたけれど、私が連続で12個もの黒の魔晶石を掘り出した所為ですっかり有望鉱区に指定替えされたばかりだったのです。
通常、黒が出るということは他の濃い色の魔晶石も産出するというのが常識でしたから、この時点で鉱区変更を申し出ることが奇異に感じられたのかもしれません。
もう一つ、採掘師に専用の事務部職員が指名されるということは、当該職員にも採掘師が持ち帰る魔晶石の利益がわずかながらも還元される仕組みになっているらしく、彼女としては折角に担当者になれたというのに、ボーナスが飛んで逃げてゆくように感じられたのかもしれません。
尤も、ユリアさんは、B区はA区よりも強力な魔物や魔獣が出現する区域であり、ピットに近くても危険ですよと心配してくれた。
「大丈夫です。
逃げ足だけは早いですから危ないと思ったらすぐにピットに逃げて帰ります。」
私がそう言うと、ユリアさんは苦笑しながらも、採掘鉱区の変更手続きを行ってくれました。
私は晩秋月24日からは、B121区で探査活動に入ることにしたのです。
運よく有望な鉱床を見つければ、また取って来ますけれど、今度の鉱区はどうでしょうね。
23日に前日収めた魔晶石の利用計画会議を終えて、いつものように図書館で書籍漁りをしていると、ギルド本館で何やら騒ぎが起きていることがわかりました。
気づいたのは召喚精霊のエアリアで、私に教えてくれたのです。
因みにエアリアも、アスールも私のそばが居心地がいいと言って、そのまま傍に居ついているのです。
この二体の精霊が私に付きまとっていても、他の者に気づかれる心配はありません。
仮に二体の精霊に気づくような存在が現れれば、彼らは、一旦自分たちの世界に戻って行くそうですが、これまでのところそのような事態は起きていないようです。
すぐに本館に赴いて通路に立っていた事務部のユリアさんに尋ねました
「何かあったのですか?」
ユリアさん、不安そうな顔で答えてくれました。
「ええ、事務部長のヒューズさんが、急に胸を押さえて倒れたの。
治癒班が来て診断したところ、ツアイス症候群の可能性が高いと言うことで、すぐに病室に運び込まれたけれど、目の前で見る見るうちに老化が進んで・・・。
私、目の前でアレを見たのは今回が初めてよ。」
ヒューズ・レンブラントさんは、確か深緑色の巨大な魔晶石を採掘した際の利用計画会議の司会進行役をしていた人だから、私にも面識がある人だ。
うーん、出来れば側にいて体調やその他の確認をしたいけれど流石に病室には入れないだろうなぁ。
私はそれでも好奇心に駆られて病室の近くへ行きました。
その上で空間把握と探査をかけ、離れている場所からベッドに寝ている人物の三次元解析を行ったのです。
まぁ、CTスキャンとかMRIの魔法版だよね。
でも脳内で人体の三次元図を見るというのは、流石にグロかったですね。
白黒だったのが幸いしましたけれど、これでカラーだったら絶対に吐いていたと思います。
そうして大事なことは、被験者の心臓のごく一部に石化が始まっていたことです。
見た感じでは冠状動脈の一部が石化を始め、心臓の四分の一ほどが機能していないと言うことでしょうか。
私は当該冠状動脈の一部及び同静脈の一部から微量の血液を採取しました。
その上でさらに石化している部分の細胞をごくわずかに削り取りました。
全て密封容器に収めて私のインベントリに保管しています。
更に老化の始まっている皮膚の一部、髪の毛の一部などのサンプルを容赦なく採取します。
正直なところ、今の段階で、ヒューズさんを救える手立ては何もありません。
ならば、彼の身体を標本にして、できる限りのデータを集めることが今できる最善の方策だと思います。
事務部長の健康診断データは別にありそうなので、今夜にでもこっそりと見させてもらうつもりです。
それにしても進行が速いですね。
心臓の石化の兆候は、私が検体採取を始めたわずかの間に冠状動脈全般に及んでおり、これでは心臓が止まるのは時間の問題かもしれません。
前に聞いた時は発症してから死ぬまで二日とか、老化を始めてから二年とか聞いていたのですが・・・。
或いは事務部長さん、症状が出ていたのに隠していたのかな?
それから半時ばかりは、リモートでデータ収集に努めました
エリアルに実況中継をさせていますが、だんだんと老化が進み、皮膚が黒ずんでいるのがわかります。
呼吸も苦しそうですので確認すると横隔膜など身体内部の組織や内臓の一部にも障害が起きていそうです。
石化では無いのですが、組織が全体に固化し、機能を失いつつあるようなイメージが浮かぶのです。
私のすぐそばに顕在化しているアスールが不意に言いました。
「血液の中にオドが溜まっているようじゃな?」
「オドって、何?」
「オドとは、魔力が滞留し、場合によっては固形化するモノをさしておる。
魔物には魔石があるじゃろう。
あれと同様に人の体の中でも魔素が固まろうとするのだが、それが中途半端なために魔石とはならずにオドとなって血液の流れを妨げることになる。
魔物のように体内で魔石となれば、弊害も少ないのだが・・・・。
オドはある意味で澱(オリ)のようなものじゃから、ヒトの身体の普通の生理的な働きでは排除ができない。
そのまま放置すれば、全身の血液の流れが悪くなって死に至る。
私の力でオドの滞留を一時的に止めることもできるが、膨大な力を要するし、使えば周囲の者に気付かれる恐れもある。
それに一時しのぎの方法であって、治癒できる方法ではない。
気の毒だが、このまま放置した方が本人も苦しみが少なくて済むだろう。」
「アスールは、オドが体内に溜まるのを防ぐ方法は知っているの?」
「魔素だまりというか、魔素が溜まりやすい場所に長く住むのはできるだけ避けた方がいいじゃろうのう。
それと溜まった魔素を魔力として排出すれば、溜まる度合いは少なくなるじゃろう。
今一つ、体内に何かオドが溜まりやすくなる性状の魔物が棲み付いて居るやも知れぬな。
うむ・・・・。
体液の流れだけではわかりにくいが、大きな臓器に何かが棲みついておるぞ。」
アスールの指摘で、私はもう一度体内の索敵を強化しました。
すると見えたのです。
透明なアメーバー状の何かが、肝臓に巣くっていました。
前世ではエキノコックスが、肝臓に寄生する寄生虫として知られていましたが、あれは肝臓を食い荒らすけれど、こいつはどうも食い荒らしてはいないようだ。
肝臓に巣くっているのは一緒だが、体内の魔力の流れや、派生する体液の動きから見ると、アスールの言うようにおそらく魔素を体内に留めるために補助的な作用をしているように思われる。
飽くまで私の感覚的な所見であって、確実とは言えないんだけれど・・・。
アスレオールでは、死因を調べる為にわざわざ解剖なんかはしないと言うことを、以前の治癒班の実習で訊いています。
但し、ツアイス症候群の場合だけは心臓石化現象があるので、死後心臓だけは取り出すみたいだけれど、それ以上の解剖はしていないのです。
従って、肝臓に巣くう透明なアメーバー状の寄生生物なんぞ確認すらしていないだろうと思われます。
これまでいろいろ見た文献でもアメーバー状の寄生生物について言及していたものはありませんでした。
寄生に至る過程は、恐らく人から人への接触感染ではないと思われ、やはり固有種である蚊などの介在が疑われますね。
一方で不老化は、魔力過多で起きる症状かもしれないと、私は疑っているんです。
少なくとも不老化を伴わない長寿化は、間違いなく大きな魔力を保有していることの証拠みたいなものです。
その上での不老化と長寿化の違いとなれば、ホープランドの地が大きな魔力を抱えており、其処に住む者が何時でもオドの形成という脅威に晒されていることが副要因と考えられはしないでしょうか?
オドの形成を妨げるには何をすべきなのか?
また、一方で適度なオドの形成だけで健康を損なわない状況が作れるならば、或いはツアイス症候群を恐れることなく不老化を享受できる可能性もあります。
但し、個人的には、不老は良くても不死はいけないと思っています。
「不死」は、最終的に全ての文明の停滞と終焉を標榜し、種族の滅亡に至る道だと思うからです。
私が思い描く不老は、長寿でありながら老けにくいと言うことであって、若さを永遠に保つ不老ではないのです。
ある意味で、老いて死ぬのは、生き物の特権でもあるのです。
その特権を封じてまで永遠の若さを追い求めてはならないでしょう。
未だパズルが足りないような気がしますが、少なくとも肝臓の寄生虫と魔石になり損ねたオドがツアイス症候群発症の大きな要因であることは間違いなさそうです。
あともう一つのパズルであるUMAはどう噛みあうのか?
未だ研修生の体内には発見できていないUMAであり、私の身体にも今のところありません。
或いはUMAも蚊が媒介し、同時にアメーバー状の寄生生物を体内に入れているのだろうか?
水には何も不審なものはなかったように思うけれど、水に詳しいアスールに聞いてみようか?
私は以前に採取していたギルドの飲料水を出してアスールに聞いた。
「アスールは水や液体には詳しいから確認して欲しいのだけれど、この水には人の健康を害するようなものが何か入っていますか?」
「おう、中々にきれいな水じゃが・・・。
うむ、他人の身体に入ると少々面倒なことを引き起こす微小な魔物が居るな。
新陳代謝を活性化する性状のある小さな魔物じゃ。
それ自体魔力を多少保有しておるでな。
人または動物の身体の中で、魔力を使って新陳代謝を限りなく効率よくすることから、暴食に陥りやすい。
暴食によって得た過剰なエネルギーを摂取するのがその魔物の目的じゃ。
一応人なり動物なりと共生しておるから、身の破滅となるような悪さは普通はせぬが、エネルギーが不足すると生存本能で本来宿主が必要なエネルギーまで奪い取ってしまうので、宿主の方が餓死するやも知れぬな。
できればこの魔物は体内に取り込まぬ方が良いじゃろう。
因みに、少々この水を飲んだ程度では魔物も定着する前に排出されるじゃろうが、度重なると体内に蓄積され、やがて対外排出が難しくなる。
特にヒトの体の中で尿を分離して排出する内蔵に一定以上の障害がある場合、その危険性が高まるな。
まぁ、食事が十分に摂れる環境ならば、暴食になってもさほど大きな問題は無いのだが・・・。」
アスールの指摘では腎臓に何らかの疾患を抱えている場合は、大食漢に陥りやすいと言うことでしょうか。
後は、肝臓のアメーバーもそれに輪をかけた作用をしているかもしれない。
仮に今回採取した生体データからオドが検出され、その除去若しくは蓄積防止手段が見つかればツアイス症候群は治癒できる病気になるかもしれません。
まぁ、今夜にでもヒラトップの地下工房で色々と試してみようと思う私でした。
今日は大きめの黒の魔晶石納品の日です。
既に採掘はしてあるのですけれど、一応今日採掘してピットに持ち帰ったというポーズなのです。
その代わり、今日は日がな一日アルスと一緒にA136区内の巡回です。
隘路や峡谷の谷間など入れそうなところは全て入って、鉱床の探索を続けます。
濃い色の魔晶石の鉱床は幾つかありましたけれど、深度が深いことと、鉱床自体が多数の箇所で分断・剥離しているために、採掘してもまとまった塊を採るのは難しいようです。
まぁ、困った時の採掘場所として一応記録には残しておきますが、実入りの多い今の私が採掘する必要は無いと思います。
後は、鉱区入り口近くの暗褐色系の鉱床ですが、あれも予備の鉱床としてそのまま置いておきましょう。
別の機会に掘り出してもいいと思います。
22日(緑曜日)にも同様にA136区に入って捜索を続けましたが、結局鉱区入り口付近の鉱床以外有望な鉱床は無いとの結論になりました。
22日に黒の魔晶石の大物を運び込み、これで総量では12個、1350ゲール(約675キロ)ほどの黒の魔晶石を納品したことになります。
その上で事務部に行き、A136区の鉱区申請をB121区に変更するようお願いしました。
B121区も、ピットから近い場所に在り、事務部のデータでは有望な鉱床は取りつくしたとされる鉱区なのです。
事務部では、最近、私用に先任の担当者を決めたようで、ユリアさんという妙齢の女性が対応してくれています。
鑑定を掛けたら、35歳のオバさんでしたけれど、とっても愛想のいい人ですよ。
私が鉱区の変更を申請すると、その彼女が必死に今の採掘鉱区に留まるように言うのですが、もうA136区には有望な鉱床は望み薄なので別の鉱区で探しますと言ったら何とか納得してくれました。
元々、A136区は有望な鉱床は無いと判断された鉱区でしたけれど、私が連続で12個もの黒の魔晶石を掘り出した所為ですっかり有望鉱区に指定替えされたばかりだったのです。
通常、黒が出るということは他の濃い色の魔晶石も産出するというのが常識でしたから、この時点で鉱区変更を申し出ることが奇異に感じられたのかもしれません。
もう一つ、採掘師に専用の事務部職員が指名されるということは、当該職員にも採掘師が持ち帰る魔晶石の利益がわずかながらも還元される仕組みになっているらしく、彼女としては折角に担当者になれたというのに、ボーナスが飛んで逃げてゆくように感じられたのかもしれません。
尤も、ユリアさんは、B区はA区よりも強力な魔物や魔獣が出現する区域であり、ピットに近くても危険ですよと心配してくれた。
「大丈夫です。
逃げ足だけは早いですから危ないと思ったらすぐにピットに逃げて帰ります。」
私がそう言うと、ユリアさんは苦笑しながらも、採掘鉱区の変更手続きを行ってくれました。
私は晩秋月24日からは、B121区で探査活動に入ることにしたのです。
運よく有望な鉱床を見つければ、また取って来ますけれど、今度の鉱区はどうでしょうね。
23日に前日収めた魔晶石の利用計画会議を終えて、いつものように図書館で書籍漁りをしていると、ギルド本館で何やら騒ぎが起きていることがわかりました。
気づいたのは召喚精霊のエアリアで、私に教えてくれたのです。
因みにエアリアも、アスールも私のそばが居心地がいいと言って、そのまま傍に居ついているのです。
この二体の精霊が私に付きまとっていても、他の者に気づかれる心配はありません。
仮に二体の精霊に気づくような存在が現れれば、彼らは、一旦自分たちの世界に戻って行くそうですが、これまでのところそのような事態は起きていないようです。
すぐに本館に赴いて通路に立っていた事務部のユリアさんに尋ねました
「何かあったのですか?」
ユリアさん、不安そうな顔で答えてくれました。
「ええ、事務部長のヒューズさんが、急に胸を押さえて倒れたの。
治癒班が来て診断したところ、ツアイス症候群の可能性が高いと言うことで、すぐに病室に運び込まれたけれど、目の前で見る見るうちに老化が進んで・・・。
私、目の前でアレを見たのは今回が初めてよ。」
ヒューズ・レンブラントさんは、確か深緑色の巨大な魔晶石を採掘した際の利用計画会議の司会進行役をしていた人だから、私にも面識がある人だ。
うーん、出来れば側にいて体調やその他の確認をしたいけれど流石に病室には入れないだろうなぁ。
私はそれでも好奇心に駆られて病室の近くへ行きました。
その上で空間把握と探査をかけ、離れている場所からベッドに寝ている人物の三次元解析を行ったのです。
まぁ、CTスキャンとかMRIの魔法版だよね。
でも脳内で人体の三次元図を見るというのは、流石にグロかったですね。
白黒だったのが幸いしましたけれど、これでカラーだったら絶対に吐いていたと思います。
そうして大事なことは、被験者の心臓のごく一部に石化が始まっていたことです。
見た感じでは冠状動脈の一部が石化を始め、心臓の四分の一ほどが機能していないと言うことでしょうか。
私は当該冠状動脈の一部及び同静脈の一部から微量の血液を採取しました。
その上でさらに石化している部分の細胞をごくわずかに削り取りました。
全て密封容器に収めて私のインベントリに保管しています。
更に老化の始まっている皮膚の一部、髪の毛の一部などのサンプルを容赦なく採取します。
正直なところ、今の段階で、ヒューズさんを救える手立ては何もありません。
ならば、彼の身体を標本にして、できる限りのデータを集めることが今できる最善の方策だと思います。
事務部長の健康診断データは別にありそうなので、今夜にでもこっそりと見させてもらうつもりです。
それにしても進行が速いですね。
心臓の石化の兆候は、私が検体採取を始めたわずかの間に冠状動脈全般に及んでおり、これでは心臓が止まるのは時間の問題かもしれません。
前に聞いた時は発症してから死ぬまで二日とか、老化を始めてから二年とか聞いていたのですが・・・。
或いは事務部長さん、症状が出ていたのに隠していたのかな?
それから半時ばかりは、リモートでデータ収集に努めました
エリアルに実況中継をさせていますが、だんだんと老化が進み、皮膚が黒ずんでいるのがわかります。
呼吸も苦しそうですので確認すると横隔膜など身体内部の組織や内臓の一部にも障害が起きていそうです。
石化では無いのですが、組織が全体に固化し、機能を失いつつあるようなイメージが浮かぶのです。
私のすぐそばに顕在化しているアスールが不意に言いました。
「血液の中にオドが溜まっているようじゃな?」
「オドって、何?」
「オドとは、魔力が滞留し、場合によっては固形化するモノをさしておる。
魔物には魔石があるじゃろう。
あれと同様に人の体の中でも魔素が固まろうとするのだが、それが中途半端なために魔石とはならずにオドとなって血液の流れを妨げることになる。
魔物のように体内で魔石となれば、弊害も少ないのだが・・・・。
オドはある意味で澱(オリ)のようなものじゃから、ヒトの身体の普通の生理的な働きでは排除ができない。
そのまま放置すれば、全身の血液の流れが悪くなって死に至る。
私の力でオドの滞留を一時的に止めることもできるが、膨大な力を要するし、使えば周囲の者に気付かれる恐れもある。
それに一時しのぎの方法であって、治癒できる方法ではない。
気の毒だが、このまま放置した方が本人も苦しみが少なくて済むだろう。」
「アスールは、オドが体内に溜まるのを防ぐ方法は知っているの?」
「魔素だまりというか、魔素が溜まりやすい場所に長く住むのはできるだけ避けた方がいいじゃろうのう。
それと溜まった魔素を魔力として排出すれば、溜まる度合いは少なくなるじゃろう。
今一つ、体内に何かオドが溜まりやすくなる性状の魔物が棲み付いて居るやも知れぬな。
うむ・・・・。
体液の流れだけではわかりにくいが、大きな臓器に何かが棲みついておるぞ。」
アスールの指摘で、私はもう一度体内の索敵を強化しました。
すると見えたのです。
透明なアメーバー状の何かが、肝臓に巣くっていました。
前世ではエキノコックスが、肝臓に寄生する寄生虫として知られていましたが、あれは肝臓を食い荒らすけれど、こいつはどうも食い荒らしてはいないようだ。
肝臓に巣くっているのは一緒だが、体内の魔力の流れや、派生する体液の動きから見ると、アスールの言うようにおそらく魔素を体内に留めるために補助的な作用をしているように思われる。
飽くまで私の感覚的な所見であって、確実とは言えないんだけれど・・・。
アスレオールでは、死因を調べる為にわざわざ解剖なんかはしないと言うことを、以前の治癒班の実習で訊いています。
但し、ツアイス症候群の場合だけは心臓石化現象があるので、死後心臓だけは取り出すみたいだけれど、それ以上の解剖はしていないのです。
従って、肝臓に巣くう透明なアメーバー状の寄生生物なんぞ確認すらしていないだろうと思われます。
これまでいろいろ見た文献でもアメーバー状の寄生生物について言及していたものはありませんでした。
寄生に至る過程は、恐らく人から人への接触感染ではないと思われ、やはり固有種である蚊などの介在が疑われますね。
一方で不老化は、魔力過多で起きる症状かもしれないと、私は疑っているんです。
少なくとも不老化を伴わない長寿化は、間違いなく大きな魔力を保有していることの証拠みたいなものです。
その上での不老化と長寿化の違いとなれば、ホープランドの地が大きな魔力を抱えており、其処に住む者が何時でもオドの形成という脅威に晒されていることが副要因と考えられはしないでしょうか?
オドの形成を妨げるには何をすべきなのか?
また、一方で適度なオドの形成だけで健康を損なわない状況が作れるならば、或いはツアイス症候群を恐れることなく不老化を享受できる可能性もあります。
但し、個人的には、不老は良くても不死はいけないと思っています。
「不死」は、最終的に全ての文明の停滞と終焉を標榜し、種族の滅亡に至る道だと思うからです。
私が思い描く不老は、長寿でありながら老けにくいと言うことであって、若さを永遠に保つ不老ではないのです。
ある意味で、老いて死ぬのは、生き物の特権でもあるのです。
その特権を封じてまで永遠の若さを追い求めてはならないでしょう。
未だパズルが足りないような気がしますが、少なくとも肝臓の寄生虫と魔石になり損ねたオドがツアイス症候群発症の大きな要因であることは間違いなさそうです。
あともう一つのパズルであるUMAはどう噛みあうのか?
未だ研修生の体内には発見できていないUMAであり、私の身体にも今のところありません。
或いはUMAも蚊が媒介し、同時にアメーバー状の寄生生物を体内に入れているのだろうか?
水には何も不審なものはなかったように思うけれど、水に詳しいアスールに聞いてみようか?
私は以前に採取していたギルドの飲料水を出してアスールに聞いた。
「アスールは水や液体には詳しいから確認して欲しいのだけれど、この水には人の健康を害するようなものが何か入っていますか?」
「おう、中々にきれいな水じゃが・・・。
うむ、他人の身体に入ると少々面倒なことを引き起こす微小な魔物が居るな。
新陳代謝を活性化する性状のある小さな魔物じゃ。
それ自体魔力を多少保有しておるでな。
人または動物の身体の中で、魔力を使って新陳代謝を限りなく効率よくすることから、暴食に陥りやすい。
暴食によって得た過剰なエネルギーを摂取するのがその魔物の目的じゃ。
一応人なり動物なりと共生しておるから、身の破滅となるような悪さは普通はせぬが、エネルギーが不足すると生存本能で本来宿主が必要なエネルギーまで奪い取ってしまうので、宿主の方が餓死するやも知れぬな。
できればこの魔物は体内に取り込まぬ方が良いじゃろう。
因みに、少々この水を飲んだ程度では魔物も定着する前に排出されるじゃろうが、度重なると体内に蓄積され、やがて対外排出が難しくなる。
特にヒトの体の中で尿を分離して排出する内蔵に一定以上の障害がある場合、その危険性が高まるな。
まぁ、食事が十分に摂れる環境ならば、暴食になってもさほど大きな問題は無いのだが・・・。」
アスールの指摘では腎臓に何らかの疾患を抱えている場合は、大食漢に陥りやすいと言うことでしょうか。
後は、肝臓のアメーバーもそれに輪をかけた作用をしているかもしれない。
仮に今回採取した生体データからオドが検出され、その除去若しくは蓄積防止手段が見つかればツアイス症候群は治癒できる病気になるかもしれません。
まぁ、今夜にでもヒラトップの地下工房で色々と試してみようと思う私でした。
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アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~
ma-no
ファンタジー
神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。
その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。
世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。
そして何故かハンターになって、王様に即位!?
この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。
注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。
R指定は念の為です。
登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。
「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。
一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。
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