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第三章 魔晶石ギルドの研修
3-16 初めての魔晶石加工です
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翌日から私は同期生とは別行動になりました。
グラバンさんの工房に行き、其処で魔晶石をカットするための実習を受けるのです。
昨日は練習用のクズ魔晶石と呼ばれる白を使ってカッティングをしましたが、後で訊いたら、実は実習用の魔晶石というのは原則的に無いのだそうです。
魔晶石はどんなものであれ、ギルドが販売するものであり、金に代わるモノです。
ですから練習用の魔晶石なんてあるわけがないのです。
実のところ、昨日、グラバンさんが出してくれた白の魔晶石は、グラバンさんが切り出し調整の依頼を受けた品だったのです。
白は調整がしやすいので、仮に私がしくじっても再度の調整ができるため、私に敢えてやらせたようで、仮に失敗していたなら、最大で二割か三割は減収になっていた可能性もあったようです。
結果として上手く行きましたが、白以外の魔晶石となると流石に高価で練習用には使えないのです。
「バラ」は赤みがかった白で、白よりは価値があります。
その上に「黄」、更に「黄緑」、その上に「緑」、更にその上が「茶」で薄茶と暗褐色(若しくは深緑色)があり、暗褐色が上です。
更にその上は「黒」があるのですが、ここ数年は採掘されていないそうです。
従って高価なものほど練習に回されることなどあり得ないわけですが、物事には何でも例外があるものです。
一級加工師のグラバンさんが過去に請け負った調整で、そもそも採掘師の腕が左程良くない場合は、どうしても多めの切り出し(削りくず)が出るのです。
そうして中には実用に耐えないけれど、練習用には使えるぐらいの量がある場合もあるのです。
今日からの実習では、グラバンさんはそれを提供してくれました。
第一日目は、「黄」と「緑」で、削りしろですので仮に結晶型にカッティングするとしてもかなり小さくなります。
しかしながら、その細かい工程作業が練習には最適なのだそうで、私は全長で5ミリ、六角柱の径で約3ミリの十六面体を造れと指示されました。
物凄く小さいですよ。
米粒よりも少し大きめの宝石を扱っているような感じです。
おまけに色が濃くなるほどに固くなりカッティングしずらいのです。
そんな無茶ブリを言われてもやるしかありません。
とっても貴重な練習材料なのですから・・・。
そうしてうまくカッティングできれば金にもなると言われました。
勿論私の懐に入るわけじゃあありません。
持ち主であるグラバンさんの小遣いになるのです。
似たような話を日本のお爺さんから聞いたことが有ります。
大昔の話だそうですが、石炭のようなバラ積み貨物船というのは、往々にして荷積みの時や荷下ろしの時に海に落ち、または船倉に僅かな量が残ってしまうものなのですが、そうしたロスを予め荷主は見ているために、船倉に残った僅かな貨物の一部は乗組員や港湾荷役に携わる者の大事な余禄になっていたそうです。
ある意味で、魔晶石のきれっぱしから価値のあるモノができても、それは加工師の余禄として認められているようです。
但し、最初から当該余禄を目的にわざと大きな切れ端を造ることは職業倫理上も許されません。
ギルドと採掘師両方の信頼を裏切ることになるからです。
従って、グラバンさんが持っていた切れ端についても通常であれば価値の無いものなのです。
そんなものから価値あるものを切り出すと言うのは本来至難の業の筈なのですが、グラバンさんはそれを初心者の私にやれとおっしゃっているわけです。
師事を得ている私としては、無茶を言われても従うしかありません。
午前を「黄」の魔晶石で、午後に「緑」の魔晶石で、それぞれ細かいカッティングに明け暮れました。
午前午後ともほとんど休憩なしの作業でした。
でも、満足のゆく出来だったようでグラバンさんが褒めてくれました。
第二日目も同様ですが、「薄茶」と「暗褐色」で切れ端がさらに小さく、長さが3ミリ、太さが1.7ミリ程度の六角柱の16面体を造らされました。
少しは作業に慣れたものの、硬度が増して切りずらくなっていましたので、午後は少し残業気味になりました。
その日の夕食は、他の同期生が食べ終わってから半時間ほどもしてようやく食事にありつけた次第です。
そうして最終日の三日目、私は黒の切りくずを手にしていました。
グラバンさんがはからずも「これは貴重なくずなのだよ」と言っていました。
黒ですからねぇ。
小指の先ほどの大きさでもかなりの金額になる筈です。
でも本当にきれっぱしなんですからね。
使える部分があるのかと思われる程薄いし、小さいんです。
グラバンさんの指示は長さ2ミリ、直径0.8ミリ程度の大きさにまとめることでした。
切り出しの場所を考え、好きな音階で調節しなさいと言われました。
私は頭の中に切れ端の三次元展開図を描き、どの部分が使えるかを見極め、そうしてどの音階が適切かを判断しました。
その上で切り出したのは、A dimの和音を形作る三品です。
物凄く小さいために、同調できるのは非常に高い周波数になってしまうのですが、私のイメージでカッターを魔法で振動させました。
狙った通り、その振動音に反応してカッティングの線が見えたのでそれに沿って切り出しをします。
但し、黒は抵抗が物凄く強いのです。
まるで自分の身を切られる様に、ギリギリと小さな痛みを感じながら切り続けました。
午前中に何とか三つの小さな12面体を切り出すことができ、作業が終わってほっとした瞬間に私は気を失っていました。
気づいた時は、治癒班の診療室で、ベッドに寝かされていました。
傍らには、グラバンさんもいますがミナさんの顔も見えます。
そうして同期生二人の顔もありました。
今日の治癒班に回っていたクレアとテリオスの組です。
皆さん心配して集まってくれたようです。
グラバンさんが言いました。
「さてさて、最後の最後で驚かされたが、シルヴィは黒に親和性があるのかもしれぬな。
まさかあの切れ端で三つのA dimが作れようとは思わなんだ。
あれほどの出来ならば、或いは通信用のセットに仕えるやも知れぬ。
黒であれほど小さな結晶を切り出したのは恐らくお前さんが初めてじゃ。
儂が審査員であれば文句なしに一級加工師の認定をあげるのじゃがな。
残念ながら、儂にその権限は無い。
しかしながら、これで明日の切り出し調整は大丈夫じゃろう。
余程のことが無ければ失敗はせん。
それよりも。結構大きな魔晶石と聞いておるから、切り出しの方法を良く考えて加工しなさい。
お前さんの、今日の切り出しを見ている限りは、全体がよう見えているようだから、場合によっては、大小取り混ぜて14音以上の切り出しも可能やもしれん。
さすれば利用価値も高まる筈じゃ。
製品部や採掘師のダンカンともよう相談して切り出しの手順を決めるがいいじゃろう。
ということで、ミナよ。
儂の仕事は果たしたぞ。
というより、儂は練習用の素材を渡して、切り出しを指示しただけじゃが、このシルヴィがうまくやってのけた。
この娘は加工師としても特別の才能を持っていそうじゃからのう。
大事に育てなされや。」
ミアさんの顔が心なしかひきつっていました。
それはともかく、明日が、大枚大金貨二十枚の借金がチャラに成るかどうかの大勝負です。
今日は黒のクズ石のカッティングで神経を使いましたけれど、明日は暗褐色の大物です。
慎重に行きたいと思っています。
◇◇◇◇
問題の日、中秋上月29日の橙曜日です。
暗褐色の魔晶石が置いてある部屋の隣の部屋に、私、ミナ指導員、エリオット指導員、それに製品部班長のアレクセイさん、採掘師のダンカンさん、そうして加工師のチーフであるベルモットさんが居ます。
指導員二人は単なる見届け人ですが、私を含む四人は切り出し調整の関係者です。
この部屋に入る前に、生の原石を関係者で確認しました。
小さな魔晶石ですとこのような会議を開催することもないのですが、今度の様に大きめの原石の場合、カットの仕方によっては利益が随分と違ってくるものなのです。
そのため、採掘師、加工師、製品部の三者で協議し、その結果で切り出し調整を図るわけです。
その席上、製品部班長のアレクセイさんが言いました。
「ダンカン殿、事情は聴いているが、この研修生に切り出し調整をやらせるというのは撤回できないのかね。
ギルドとしてはみすみす損失を蒙りたくないのだが・・・。
特に、あの魔晶石の現物を見ると尚更そう思う。
何とか翻意できないものかね。」
「俺にも一級採掘師としての誇りがある。
一度言い出した以上は、髪の毛ほども引く気は無い。
だから、その話はもう無しだ。」
加工師のチーフであるベルモットさんも困った顔で言う。
「グラバンの言うことを信じないわけでは無いが、入所して未だ一月も経っていない研修生に切り出し調整をさせるというのは正直私も賛成はできない。
しかしながら、採掘師の意向が一番だ。
私はそれに従おう。」
それを受けて、ダンカンさんが言いました。
「ふむ、で、どのようにしたいのか、切り出しを担当する者の意見をまず聴こう。
その上で、加工師のチーフとしての意見、更に製品部の要望を聞こう。
最終決定は採掘した俺がする。」
他の人の意見を聞こうと思っていたのに、いきなり私の意見を聞かれたので少々困りましたが、それでも自分なりの意見を言うことにしました。
「先ほど見させていただいた現物は、Gメジャーで切り出されたと思いますが、・・・。
ダンカンさん、間違いないでしょうか?」
「あぁ、確かにGメジャーで切り出したが、見ただけでお前にそこまでわかるのか?」
「えっと、痕跡が残っていましたのでそのように思いました。」
「ほう、お前、本当に今年の研修生なのか?
戦闘力と言い、魔晶石の見方と言い、とても素人には思えんが・・・。
で、Gメジャーの切り出しがどうかしたか?」
「いえ、確認だけですが、切り出しがG主体である以上、16面体結晶で、Gシリーズの三オクターブの切り出しでは如何でしょうか?」
「ちょっと待て、三オクターブだと?
あの大きさでそれだけ切り出せると思うのか?」
「はい、先ほど見させていただいた時に三次元的に解析して、三オクターブの16面体結晶が採れるものと判断しました。
利用価値の方は製品部で判断していただかねばわかりませんが・・・。」
「仮に、本当に三オクターブ分の16面体結晶が切り出せたとして、製品部として利用価値というか販路はあるのか?」
「ええ、従来から打診は来ていたのですが、これまでは無理と思われていた販路はあります。
FからGの音域で3オクターブ分の魔晶石があれば、広範囲の結界を分散結合して組むことも可能なのです。
これまでは二オクターブまでしか、そのような販路がなく、結界の範囲がかなり絞られていたのです。
仮に三オクターブ分ができたならば、大都市圏の結界が統合できることになり、暗褐色ながら大金貨八十枚以上の価値があるやもしれません。」
「ふむ、ベルモットさん、加工師としての経験から判断してどうなのだ?
あの石で、三オクターブ分の結晶を切り出すのは可能か?」
ベルモットさんが渋い顔をして答えた。
「正直言ってかなり難しいと思います。
まして初心者がそのように大それたことを・・・。」
その時、ミナさんが手をあげて発言しました。
「恐れ入りますが、グラバン加工師から、シルヴィの技量について疑いが出たなら、これを関係者に見せなさいと言われたものがありますので、どうぞご覧になってください。
因みに声を出されても大丈夫です。
この魔晶石は人の声には反応しません。」
そう言って見せたのは、白っぽい布に包まれたもので、昨日私が作った黒の魔晶石のA dimセットだった。
今見ると本当に小さいが、良く作ったものだと我ながら思う。
ベルモットさんが焦ったように言う。
「これは、まさか黒?
何で黒が?
あ、もしや、クズ石か・・・。」
「はい、ベルモットさんの言う通り、これは黒の切り出し調整で生まれた切れ端から作られたものです。
昨日、ほぼ一日をかけて、シルヴィが作ったそうにございます。
グラバンさん曰く、残っていたくず石から切り出しても精々一つがやっとだろうと思っていたのが、何とシルヴィは三つ切り出したといっておりました。
但し、これほど小さいと共鳴周波数は非常に高いものになり、声ではなく、魔法でカッターを振動させたと聞いています。
そのような事例はかつてなかったと申しておりましたが、如何でしょうか?」
製品部のアレクセイさんが改めて言う。
「確かにこれほど微小な12面体の切り出しは見たことがない。
しかしながら、これ三つで和音を形成しているらば、材質が黒であることも勘案して・・・。
非常に小型の通信機三体ができるのではあるまいか?
可能であるとしたならば、これだけでもかなりの価値があるものと言える。
最近黒は、入手できていないが、黒が採掘された時は、これ以上利用できないとされるところまで切り出されるので、確かにくず石と言えど、利用できる部分はほとんど無いのが普通だ。
だが、これほど微小な加工ができるとしたならば・・・。
あの暗褐色の石も利用範囲が広がる。
シルヴィとやら、これほどまで微小な加工をしてまでの三オクターブなのか?」
「あ、いえ、12面体ではなく16面体を考えていますのでこれほど小さくはなりません。
むしろ最小の結晶で、径が1レメル(8ミリ)、長さが2レメル(1.6センチ)ほどになるかとかと思われます。」
ダンカンさんがニヤニヤしながら言った。
「お前、空間魔法持ちだな?
それもかなりレベルが高そうだ。
もう亡くなられたが、マドリアル殿が空間魔法のレベル3を持っていた。
彼は原石の形を見ただけで切り出しの最終形を頭に描くことが出来たそうだ。
彼の手にかかると、くず石がほとんど出なかったとも言われている。
ふむ、どうせ、変調を来たした恐れもあった石だ。
お前にかけても悪くは無いな。
よしやってみろ。」
「はい、やってみますが、予め申し上げておきます。
あの原石に変調部分は見当たりません。」
「ほう、・・・。
お前、鑑定持ちでもあるんだな。
こりゃぁ、惚れてしまいそうな才能だな。」
その発言に指導員二人が目を白黒させています。
うん、余計なこと言っちゃったと我ながら反省してます。
それから午後の半日一杯をかけて、無事にGシリーズ三オクターブ分の16面体結晶を切り出しました。
当初の計画通り、結構なくず石ができたのですが、採掘師のダンカンさんがそいつはお前の余禄だと言ってタダでくれました。
これは加工師候補の同期生へのお土産ですね。
実用には耐えなくても、少なくとも練習用には使えます。
そうして、無事に借金の件は解消になりました。
但し、ダンカンさんは勿論なのですが、製品部のアレクセイさん、加工師チーフのベルモットさんにも目をつけられた気がします。
私、目立ちたくないのに、目立ってる?
何故なんでしょう・・・。
グラバンさんの工房に行き、其処で魔晶石をカットするための実習を受けるのです。
昨日は練習用のクズ魔晶石と呼ばれる白を使ってカッティングをしましたが、後で訊いたら、実は実習用の魔晶石というのは原則的に無いのだそうです。
魔晶石はどんなものであれ、ギルドが販売するものであり、金に代わるモノです。
ですから練習用の魔晶石なんてあるわけがないのです。
実のところ、昨日、グラバンさんが出してくれた白の魔晶石は、グラバンさんが切り出し調整の依頼を受けた品だったのです。
白は調整がしやすいので、仮に私がしくじっても再度の調整ができるため、私に敢えてやらせたようで、仮に失敗していたなら、最大で二割か三割は減収になっていた可能性もあったようです。
結果として上手く行きましたが、白以外の魔晶石となると流石に高価で練習用には使えないのです。
「バラ」は赤みがかった白で、白よりは価値があります。
その上に「黄」、更に「黄緑」、その上に「緑」、更にその上が「茶」で薄茶と暗褐色(若しくは深緑色)があり、暗褐色が上です。
更にその上は「黒」があるのですが、ここ数年は採掘されていないそうです。
従って高価なものほど練習に回されることなどあり得ないわけですが、物事には何でも例外があるものです。
一級加工師のグラバンさんが過去に請け負った調整で、そもそも採掘師の腕が左程良くない場合は、どうしても多めの切り出し(削りくず)が出るのです。
そうして中には実用に耐えないけれど、練習用には使えるぐらいの量がある場合もあるのです。
今日からの実習では、グラバンさんはそれを提供してくれました。
第一日目は、「黄」と「緑」で、削りしろですので仮に結晶型にカッティングするとしてもかなり小さくなります。
しかしながら、その細かい工程作業が練習には最適なのだそうで、私は全長で5ミリ、六角柱の径で約3ミリの十六面体を造れと指示されました。
物凄く小さいですよ。
米粒よりも少し大きめの宝石を扱っているような感じです。
おまけに色が濃くなるほどに固くなりカッティングしずらいのです。
そんな無茶ブリを言われてもやるしかありません。
とっても貴重な練習材料なのですから・・・。
そうしてうまくカッティングできれば金にもなると言われました。
勿論私の懐に入るわけじゃあありません。
持ち主であるグラバンさんの小遣いになるのです。
似たような話を日本のお爺さんから聞いたことが有ります。
大昔の話だそうですが、石炭のようなバラ積み貨物船というのは、往々にして荷積みの時や荷下ろしの時に海に落ち、または船倉に僅かな量が残ってしまうものなのですが、そうしたロスを予め荷主は見ているために、船倉に残った僅かな貨物の一部は乗組員や港湾荷役に携わる者の大事な余禄になっていたそうです。
ある意味で、魔晶石のきれっぱしから価値のあるモノができても、それは加工師の余禄として認められているようです。
但し、最初から当該余禄を目的にわざと大きな切れ端を造ることは職業倫理上も許されません。
ギルドと採掘師両方の信頼を裏切ることになるからです。
従って、グラバンさんが持っていた切れ端についても通常であれば価値の無いものなのです。
そんなものから価値あるものを切り出すと言うのは本来至難の業の筈なのですが、グラバンさんはそれを初心者の私にやれとおっしゃっているわけです。
師事を得ている私としては、無茶を言われても従うしかありません。
午前を「黄」の魔晶石で、午後に「緑」の魔晶石で、それぞれ細かいカッティングに明け暮れました。
午前午後ともほとんど休憩なしの作業でした。
でも、満足のゆく出来だったようでグラバンさんが褒めてくれました。
第二日目も同様ですが、「薄茶」と「暗褐色」で切れ端がさらに小さく、長さが3ミリ、太さが1.7ミリ程度の六角柱の16面体を造らされました。
少しは作業に慣れたものの、硬度が増して切りずらくなっていましたので、午後は少し残業気味になりました。
その日の夕食は、他の同期生が食べ終わってから半時間ほどもしてようやく食事にありつけた次第です。
そうして最終日の三日目、私は黒の切りくずを手にしていました。
グラバンさんがはからずも「これは貴重なくずなのだよ」と言っていました。
黒ですからねぇ。
小指の先ほどの大きさでもかなりの金額になる筈です。
でも本当にきれっぱしなんですからね。
使える部分があるのかと思われる程薄いし、小さいんです。
グラバンさんの指示は長さ2ミリ、直径0.8ミリ程度の大きさにまとめることでした。
切り出しの場所を考え、好きな音階で調節しなさいと言われました。
私は頭の中に切れ端の三次元展開図を描き、どの部分が使えるかを見極め、そうしてどの音階が適切かを判断しました。
その上で切り出したのは、A dimの和音を形作る三品です。
物凄く小さいために、同調できるのは非常に高い周波数になってしまうのですが、私のイメージでカッターを魔法で振動させました。
狙った通り、その振動音に反応してカッティングの線が見えたのでそれに沿って切り出しをします。
但し、黒は抵抗が物凄く強いのです。
まるで自分の身を切られる様に、ギリギリと小さな痛みを感じながら切り続けました。
午前中に何とか三つの小さな12面体を切り出すことができ、作業が終わってほっとした瞬間に私は気を失っていました。
気づいた時は、治癒班の診療室で、ベッドに寝かされていました。
傍らには、グラバンさんもいますがミナさんの顔も見えます。
そうして同期生二人の顔もありました。
今日の治癒班に回っていたクレアとテリオスの組です。
皆さん心配して集まってくれたようです。
グラバンさんが言いました。
「さてさて、最後の最後で驚かされたが、シルヴィは黒に親和性があるのかもしれぬな。
まさかあの切れ端で三つのA dimが作れようとは思わなんだ。
あれほどの出来ならば、或いは通信用のセットに仕えるやも知れぬ。
黒であれほど小さな結晶を切り出したのは恐らくお前さんが初めてじゃ。
儂が審査員であれば文句なしに一級加工師の認定をあげるのじゃがな。
残念ながら、儂にその権限は無い。
しかしながら、これで明日の切り出し調整は大丈夫じゃろう。
余程のことが無ければ失敗はせん。
それよりも。結構大きな魔晶石と聞いておるから、切り出しの方法を良く考えて加工しなさい。
お前さんの、今日の切り出しを見ている限りは、全体がよう見えているようだから、場合によっては、大小取り混ぜて14音以上の切り出しも可能やもしれん。
さすれば利用価値も高まる筈じゃ。
製品部や採掘師のダンカンともよう相談して切り出しの手順を決めるがいいじゃろう。
ということで、ミナよ。
儂の仕事は果たしたぞ。
というより、儂は練習用の素材を渡して、切り出しを指示しただけじゃが、このシルヴィがうまくやってのけた。
この娘は加工師としても特別の才能を持っていそうじゃからのう。
大事に育てなされや。」
ミアさんの顔が心なしかひきつっていました。
それはともかく、明日が、大枚大金貨二十枚の借金がチャラに成るかどうかの大勝負です。
今日は黒のクズ石のカッティングで神経を使いましたけれど、明日は暗褐色の大物です。
慎重に行きたいと思っています。
◇◇◇◇
問題の日、中秋上月29日の橙曜日です。
暗褐色の魔晶石が置いてある部屋の隣の部屋に、私、ミナ指導員、エリオット指導員、それに製品部班長のアレクセイさん、採掘師のダンカンさん、そうして加工師のチーフであるベルモットさんが居ます。
指導員二人は単なる見届け人ですが、私を含む四人は切り出し調整の関係者です。
この部屋に入る前に、生の原石を関係者で確認しました。
小さな魔晶石ですとこのような会議を開催することもないのですが、今度の様に大きめの原石の場合、カットの仕方によっては利益が随分と違ってくるものなのです。
そのため、採掘師、加工師、製品部の三者で協議し、その結果で切り出し調整を図るわけです。
その席上、製品部班長のアレクセイさんが言いました。
「ダンカン殿、事情は聴いているが、この研修生に切り出し調整をやらせるというのは撤回できないのかね。
ギルドとしてはみすみす損失を蒙りたくないのだが・・・。
特に、あの魔晶石の現物を見ると尚更そう思う。
何とか翻意できないものかね。」
「俺にも一級採掘師としての誇りがある。
一度言い出した以上は、髪の毛ほども引く気は無い。
だから、その話はもう無しだ。」
加工師のチーフであるベルモットさんも困った顔で言う。
「グラバンの言うことを信じないわけでは無いが、入所して未だ一月も経っていない研修生に切り出し調整をさせるというのは正直私も賛成はできない。
しかしながら、採掘師の意向が一番だ。
私はそれに従おう。」
それを受けて、ダンカンさんが言いました。
「ふむ、で、どのようにしたいのか、切り出しを担当する者の意見をまず聴こう。
その上で、加工師のチーフとしての意見、更に製品部の要望を聞こう。
最終決定は採掘した俺がする。」
他の人の意見を聞こうと思っていたのに、いきなり私の意見を聞かれたので少々困りましたが、それでも自分なりの意見を言うことにしました。
「先ほど見させていただいた現物は、Gメジャーで切り出されたと思いますが、・・・。
ダンカンさん、間違いないでしょうか?」
「あぁ、確かにGメジャーで切り出したが、見ただけでお前にそこまでわかるのか?」
「えっと、痕跡が残っていましたのでそのように思いました。」
「ほう、お前、本当に今年の研修生なのか?
戦闘力と言い、魔晶石の見方と言い、とても素人には思えんが・・・。
で、Gメジャーの切り出しがどうかしたか?」
「いえ、確認だけですが、切り出しがG主体である以上、16面体結晶で、Gシリーズの三オクターブの切り出しでは如何でしょうか?」
「ちょっと待て、三オクターブだと?
あの大きさでそれだけ切り出せると思うのか?」
「はい、先ほど見させていただいた時に三次元的に解析して、三オクターブの16面体結晶が採れるものと判断しました。
利用価値の方は製品部で判断していただかねばわかりませんが・・・。」
「仮に、本当に三オクターブ分の16面体結晶が切り出せたとして、製品部として利用価値というか販路はあるのか?」
「ええ、従来から打診は来ていたのですが、これまでは無理と思われていた販路はあります。
FからGの音域で3オクターブ分の魔晶石があれば、広範囲の結界を分散結合して組むことも可能なのです。
これまでは二オクターブまでしか、そのような販路がなく、結界の範囲がかなり絞られていたのです。
仮に三オクターブ分ができたならば、大都市圏の結界が統合できることになり、暗褐色ながら大金貨八十枚以上の価値があるやもしれません。」
「ふむ、ベルモットさん、加工師としての経験から判断してどうなのだ?
あの石で、三オクターブ分の結晶を切り出すのは可能か?」
ベルモットさんが渋い顔をして答えた。
「正直言ってかなり難しいと思います。
まして初心者がそのように大それたことを・・・。」
その時、ミナさんが手をあげて発言しました。
「恐れ入りますが、グラバン加工師から、シルヴィの技量について疑いが出たなら、これを関係者に見せなさいと言われたものがありますので、どうぞご覧になってください。
因みに声を出されても大丈夫です。
この魔晶石は人の声には反応しません。」
そう言って見せたのは、白っぽい布に包まれたもので、昨日私が作った黒の魔晶石のA dimセットだった。
今見ると本当に小さいが、良く作ったものだと我ながら思う。
ベルモットさんが焦ったように言う。
「これは、まさか黒?
何で黒が?
あ、もしや、クズ石か・・・。」
「はい、ベルモットさんの言う通り、これは黒の切り出し調整で生まれた切れ端から作られたものです。
昨日、ほぼ一日をかけて、シルヴィが作ったそうにございます。
グラバンさん曰く、残っていたくず石から切り出しても精々一つがやっとだろうと思っていたのが、何とシルヴィは三つ切り出したといっておりました。
但し、これほど小さいと共鳴周波数は非常に高いものになり、声ではなく、魔法でカッターを振動させたと聞いています。
そのような事例はかつてなかったと申しておりましたが、如何でしょうか?」
製品部のアレクセイさんが改めて言う。
「確かにこれほど微小な12面体の切り出しは見たことがない。
しかしながら、これ三つで和音を形成しているらば、材質が黒であることも勘案して・・・。
非常に小型の通信機三体ができるのではあるまいか?
可能であるとしたならば、これだけでもかなりの価値があるものと言える。
最近黒は、入手できていないが、黒が採掘された時は、これ以上利用できないとされるところまで切り出されるので、確かにくず石と言えど、利用できる部分はほとんど無いのが普通だ。
だが、これほど微小な加工ができるとしたならば・・・。
あの暗褐色の石も利用範囲が広がる。
シルヴィとやら、これほどまで微小な加工をしてまでの三オクターブなのか?」
「あ、いえ、12面体ではなく16面体を考えていますのでこれほど小さくはなりません。
むしろ最小の結晶で、径が1レメル(8ミリ)、長さが2レメル(1.6センチ)ほどになるかとかと思われます。」
ダンカンさんがニヤニヤしながら言った。
「お前、空間魔法持ちだな?
それもかなりレベルが高そうだ。
もう亡くなられたが、マドリアル殿が空間魔法のレベル3を持っていた。
彼は原石の形を見ただけで切り出しの最終形を頭に描くことが出来たそうだ。
彼の手にかかると、くず石がほとんど出なかったとも言われている。
ふむ、どうせ、変調を来たした恐れもあった石だ。
お前にかけても悪くは無いな。
よしやってみろ。」
「はい、やってみますが、予め申し上げておきます。
あの原石に変調部分は見当たりません。」
「ほう、・・・。
お前、鑑定持ちでもあるんだな。
こりゃぁ、惚れてしまいそうな才能だな。」
その発言に指導員二人が目を白黒させています。
うん、余計なこと言っちゃったと我ながら反省してます。
それから午後の半日一杯をかけて、無事にGシリーズ三オクターブ分の16面体結晶を切り出しました。
当初の計画通り、結構なくず石ができたのですが、採掘師のダンカンさんがそいつはお前の余禄だと言ってタダでくれました。
これは加工師候補の同期生へのお土産ですね。
実用には耐えなくても、少なくとも練習用には使えます。
そうして、無事に借金の件は解消になりました。
但し、ダンカンさんは勿論なのですが、製品部のアレクセイさん、加工師チーフのベルモットさんにも目をつけられた気がします。
私、目立ちたくないのに、目立ってる?
何故なんでしょう・・・。
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
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転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
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おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
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※小説家になろう様にも投稿しています
アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~
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登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。
「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。
一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。
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※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
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