母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

文字の大きさ
上 下
81 / 83
第六章 故郷の村へ

6ー6 9年ぶりの再会

しおりを挟む
 グリモルデ号が入り江の沖合に姿を現した時点で、ハレニシアでは警戒感を露わにし、村人の中でも衛士の役割を兼務する者達が三か所に集まっています。
 海上交易などもしていませんから、ほとんど鎖国状態に近いエルフ氏族の住居地の浜に、見知らぬ船が近づくこと自体が異常なことなので、止むを得ない話です。

 そのうち三人は、浜近くの海岸に目立つように立っており、そのほかにも村の集落の陰に二十人近くの者がそれなりの武器等を持って隠れているのがマルコには分かります。
 万が一の場合は、大勢で取り囲んで制圧しようとしているようですね。

 エルフ氏族なので魔法で対抗するのかと思っていたのですけれど、非常時の場合は武器も持つようです。
 浜に姿を見せている三人は槍を持っていますが、集落の陰に隠れている者は弓を持っているようです。

 波打ち際から最寄りの家までは20尋ほど離れていますので、或いは、彼らの魔法の及ぶ範囲があって、家の陰からだと魔法攻撃が難しいか若しくは威力が弱いのかもしれませんね。
 有事への対応が普段から考えられているのは良いことだと思います。

 特に見慣れぬ船から誰かが前浜に上陸をしようとしているのですから、それなりの用心も必要でしょう。
 尤も、悪さをする奴が昼の明るいうちから、のこのこと小型の船で少人数でやってくるとは思われないのですけれどね。

 ボートが波打ち際に到着すると、ウィツとワルが先に降りてゴムボートを固定しつつ、エマと僕が濡れないように浜まで抱え上げてくれました。
 そうして二人がゴムボートを砂浜に引き上げるのを確認してから、浜に居た衛士らしき三人が槍を構えたまま近づいてきました。

 ここで問題が起きると家族との再会もできなくなりそうですから、こちらも慎重に動きます。
 衛士の一人が言いました。

「お前たちは何者だ?
 ここには何の目的でやってきた。」

 ここは手筈通り、エマが答えます。

「私は、オズモール大陸ラファ王国のベリングストン子爵に仕えているエマと申します。
 この地はハレニシアと承知しておりますが間違いないでしょうか?」

 因みにラファ王国は実在しますが、ベリングストン子爵が居るのは別の国です。
 元々子爵の行方不明になった息子を詐称していますので、更に嘘を重ねました。

「その通り、ここはハレニシアだが・・・。」

「なれば重畳ちょうじょう
 我らはハレニシア生まれの子を、故郷まで送って来た者にございます。
 ここに、ブエン様とイラリス様という方はおいででしょうか?
 こちらに居るのは、そのお二方の子であるマルコでございます。」

「ブエンとイラリス?
 確かにその二人ならば居るが・・・。
 マルコという子がおったかな?」

 側にいた衛士の一人が言う。

「あ、確か十年近く前にハレニシアに海賊の襲撃が有った際に、行方不明になった子達が居たはずです。
 流石に私も子供の名前までは憶えておりませんが、その中にブエンとイラリスの子があったように記憶しています。
 詰所に行けば記録があるはずです。」

「ふむ、なればブエンの家は近くだから、ブエンかイラリスを連れて来い。
 その方が早いだろう。」

 一人がブエンの家に向けて走る間、男がさらに聞いた。

「マルコとやら、其方いくつじゃ?」

「12歳になりました。」

父者ちちじゃ母者ははじゃの名は、ブエンとイラリスに間違いないか?」

「はい、それで間違いございません。」

「ふむ、では、暫しの間、このまま待て。」

 それからやがてブエンとイラリスが二人揃って急ぎ足でやってきた。

「ブエン、イラリス、この子はマルコと云うらしいが、其方らの子でマルコという者が居たのか?」

 ブエンが頷きながら言った。

「あぁ、確かに俺たち二人の次男でマルコという子が居た。
 だが、9年前の海賊の襲来のどさくさに紛れて、行方不明になった女子供とともに連れ去られたのだと思っていた。
 その後暫くは、近傍を探したが所在はわからなかった故、マルコがどうなったかはわからん。」

 続いて、イラリスが言った

「その子がマルコと言うならば、あるいは我が子なのかも知れません。
 居なくなった折は三歳でしたが、そのころの名残なごりがわずかに顔立ちに残っているように思います。
 ただ、マルコならば、あるいはそれとわかる品を持っているかもしれません。」

 イラリスは、まじまじとマルコの顔を見ながら真剣な面持ちで言った。

「あなた、幼い頃から大事に持っている物は無い?」

「はい、母様(かあさま)が造ってくれたミサンガを今も大事に持っています。」

 イラリスが震える声で言った。

「私に、それを見せてくれますか?」

 マルコは懐から小袋を取り出し、小袋からミサンガを取り出した。

「はい、どうぞ母様」

 それを受け取るなり、イラリスが涙を流しながらマルコに抱き着いた。
 そうしてさほど大きな声ではないが、彼女の信ずる精霊に感謝の言葉を呟いた。

 それから衛士に向き直り、泣きそうな顔で言った。

「クラブス殿、この子は9年前に居なくなったマルコに間違いありません。
 このミサンガは、私がマルコにお守りとして渡したもの。
 形状保全の付与がしてあり、今一つ、本人以外の者が持った場合はミサンガに織り込まれている小さな魔石が黒く変色します。
 まして、そこに組み込まれているのが私の魔力ですから見間違うはずもありません。
 従って、この子はマルコ本人と断定できます。」

 その後マルコは、父にも力強くハグされたのだが、父のブエンは少し変な顔をしていた。

「俺の中ではマルコは小さいまんまだったんだが、こんなに育っていると、何か変な気分だな。
 まぁ、いい。
 この9年の話はあとで、じっくりと聞くことにしよう。
 で、クラブス。
 先ずは事情鞘腫からか?」

「うむ、そうだ。
 ブエン。
 9年前の海賊騒ぎでは、俺のよく知るホルツにラゾフの家族が居なくなったし、他にも家族で居なくなった者が居たはずだ。
 それがどうなったのかを確認せねばならん。
 この子が果たして覚えているかどうかは不明だがな。」

 その後、マルコは詰所にまで連れて行かれ、マルコとエマは別々に事情を聴かれることになった。
 尤も、エマについては、カヴァレロ以降の話にあらかじめ打ち合わせているのでさほど話す内容は無い。

 ウィツとワルについては、船の乗組員ということで事情聴取は省かれ、その代わりに、港ではないものの村長に提出する入港届を行うことになったようだ。
 マルコの場合、かなり要領よく話しても9年間分を話すことになるのだから、半日程度で事情聴取が済むはずも無かった。

 尤も、衛士が気にかけたのは、一緒にさらわれたであろう他の子供達の行方なのであるが、その点についてマルコが話せる部分は少なかった。
 ハレニシア上空で待機中に捕まえた人攫い集団は、幾つかの根拠地を持っており、そこで人の売り買いをしていたようだが、当時のマルコの視点ではどこでその取引が行われていたのかはほとんどわからない。

 いずれにせよ、長いこと船の船倉に閉じ込められており、その中にハレニシアの子も数人混じっていたのを覚えているぐらいであり、身知った顔も徐々に減って行き、マルコ自身もそのうちに人買いに売られたのだった。

 オズモール大陸東岸近くのシリングズという町に住む、子供のない夫婦に引き取られたこと。
 その際に金銭の授受があったかどうかは不明なこと。

 半年ほど後に、その夫婦が強盗に遭って殺され、マルコは身寄りのない子としてサンクロス神聖教会付属の孤児院で半年を過ごしたこと。
 やがてサザンポール亜大陸からやって来た旅商人ビジョルドによって、又も養子縁組されたこと。

 ビジョルドが、出身地であるサザンポール北西部にある都市ケサンドラスに向かう船旅の途中、船が難破してビジョルドは行方不明に、マルコは乗り合わせたダグラスという若い商人に助けられて最寄りの島に上陸したこと。
 ダグラスは、縁故を頼ってリーベンの商都市バクホウで大商人エルカンに雇われたこと。

 マルコは、またも孤児院送りになりそうなところを、たまたまバクホウに来ていたバンツー一族の長カラガンダがマルコを養子にしたこと。
 カラガンダは、商取引を兼ねながら諸国を漫遊する旅の途中であり、マルコを伴ってリーベンから船に乗り、西方のマイジロン大陸へと向かったこと。

 マイジロン大陸を横断した果てにカラガンダの出身地であるニルオカンがあって、そこまで隊商とともに旅をしたこと。
 マルコは、ニルオカンで学校にも入れてもらったこと。

 8歳半ばで、マルコの持つ錬金術の能力が貴族に目を付けられたことからニルオカンを出奔しゅっぽんする計画を打ち明けたところ、カラガンダ夫妻が途中までは送り届けると言って、カラガンダ夫妻が同行してくれたこと。
 マイジロン大陸を横断中に10歳になり、東端の港アルビラで冒険者登録をしたこと。

 海を渡ってリーベンへ、更にサザンポール亜大陸へと渡って陸路を横断し、東岸のイタロールまでカラガンダ夫妻とともに旅をしたこと。
 イタロールに到着する前には成人年齢の12歳になっていたので、途中の町アブレリアで冒険者見習いから外れて正式に冒険者となったこと。

 また、アブレリアでは、商業ギルドにも登録して行商人の資格も持っていること。
 サザンポール亜大陸のイタロールで東に向かう船に乗って、オズモール西端の港カヴァレロについた際、ベリングストン子爵と知り合い、子爵令嬢であるアンナ嬢の警護兼話し相手として雇われ、エルドリッジ大陸への海路漫遊の旅に出かけたこと。

 その際にハレニシアの近くを通るならば、そこで降ろしてもらう約束になっていたことなどを話した。
 貴族でもある子爵(?)から事情を聴くのは、流石に躊躇われたようでエマからの事情聴取と内容が符合していれば、それ以上グリモルデ号の乗員等からの事情聴取は行われなかった。

 最終的にハレニシアに着いてから二日目の朝にゴムボートが迎えに来て、マルコが子爵等に別れの挨拶をした後、グリモルデ号はハレニシア沖の入り江から抜錨して北東方向に向けて出港していった。
 無論、グリモルデ号については、夕刻過ぎには人知れずマルコが収容している。

 以後、グリモルデ号は、マルコがハレニシアに居る間は姿を見せないことになる。
 仮に何らかの事情でグリモルデ号を使うとすれば、少し形状を変えることになるだろう。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 8月14日、一部の字句修正を行いました。
 
  By サクラ近衛将監
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

私のアレに値が付いた!?

ネコヅキ
ファンタジー
 もしも、金のタマゴを産み落としたなら――  鮎沢佳奈は二十歳の大学生。ある日突然死んでしまった彼女は、神様の代行者を名乗る青年に異世界へと転生。という形で異世界への移住を提案され、移住を快諾した佳奈は喫茶店の看板娘である人物に助けてもらって新たな生活を始めた。  しかしその一週間後。借りたアパートの一室で、白磁の器を揺るがす事件が勃発する。振り返って見てみれば器の中で灰色の物体が鎮座し、その物体の正体を知るべく質屋に持ち込んだ事から彼女の順風満帆の歯車が狂い始める。  自身を金のタマゴを産むガチョウになぞらえ、絶対に知られてはならない秘密を一人抱え込む佳奈の運命はいかに―― ・産むのはタマゴではありません! お食事中の方はご注意下さいませ。 ・小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 ・小説家になろう様にて三十七万PVを突破。

処理中です...