母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第六章 故郷の村へ

6-1 カヴァレロからハレニシアへ

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 マルコは、飛行艇で、ニルオカン上空から一気にマイジロン大陸とサザンポール亜大陸を通過して、オズモール大陸に向かっています。
 高度を200㎞ほどまでに上げると、下界は球体の一部と化しますので、目視で別大陸を目指せるのです。

 飛行艇では、直線軌道を取ることで、行程は5万7千里ほどに短縮できました。
 飛行艇を全速で飛ばしたわけでは無いのですけれど、半日とかからずに、オズモール西端の商港都市カヴァレロ上空に到達しました。

 飛行艇の速度は、多分音速の三倍から四倍ほどだったのじゃないかと思います。
 行程の大部分は大気圏外を飛行しましたから高速を出しても余り抵抗が無いのですね。

 事前にサザンポールのイタロールで情報収集したところでは、オズモール大陸は全般的に治安が悪いのだそうです。
 犯罪組織が乱立していて至る所で犯罪が横行し、中には領主までが犯罪に手を染めているところが有ったりするので、一般の旅行者には余りお勧めできないところだと聞いています。

 但し、マルコとしてはオズモール大陸に足掛かりを置いて、徐々にエルドリッジ大陸へと近づく道筋を確保しておきたいのです。
 一般の旅人の場合ですと、一日に移動できる距離は、場所によって多少異なりますが、馬車を使っても160里前後なのです。

 天候等にも左右されるところから、十日で千里から千二百里程度が限度でしょうね。
 その移動距離に合わせると、オズモール大陸の横断は、最速でも200日前後はかかるものと見なければなりません。

 また、サザンポール亜大陸とオズモール大陸の間の海は、約1万里ほどの距離がありますので、此処も船で渡るとなれば順調に行っても、半月ほどはかかるのです。
 従って、サザンポート亜大陸で見習いから卒業した冒険者としての身分を、そのまま継続するためには概ね旅人の旅程に合わせた各地方ギルドでのクエスト受注が必要になるのです。

 まぁ、自分の能力をばらしてしまうつもりならば、そんなことを気にする必要も無いのですけれど、マルコとしては故郷で静かに暮らしたいと考えていますから、できるだけ周囲を騒がせたくは無いのです。
 マルコはそのためにギルドのある街で二~三か月に一度の割合でクエストを受注して、確かな足跡を残しながら、順次エルドリッジに向かって東進して行きたいと考えているんです。

 いきなり、アブレリアで登録した者が、イタロールを経由したことが経歴から見て取れても、イタロールの記録から数日後にエルドリッジ大陸に出現したら、誰しもがその事実を疑うことになりますから、その辺の整合性を取るために多少のズルをします。
 クエストを受けて確認を受けるギルドを地図上で決めた上で、それらの町の郊外に転移魔法の拠点を確保しておくのです。

 そうすれば旅をせずに、大枠の予定スケジュールでその町を訪れ、クエストを受注して成果を残せばよいわけです。
 マルコの故郷であるハレニシアには、その拠点を確認した後で向かうことにしています。

 両親や兄弟姉妹が無事かどうかも確認したいですからね。
 その上で、ハレニシアに姿を現すのは遅らせておいて、できるだけ家族を見守りたいと思っているのです。

 今のマルコは結構な小金持ちですから、家族が経済的に困っているようならば、影から支えてやることもできるでしょうし、最悪、姿を見せて直接助けるることもやぶさかではありません。
 できるだけ穏便に戻りたいとは考えているのですけれどね。

 マルコが攫われてもうかれこれ10年近くになるんです。
 父や母が、マルコと気づくことができるどうかも、実は不安なのです。

 マルコが自分を証明できるものは、攫われていた時に身に着けていたミサンガだけなのです。
 このミサンガは母の能力で形状保全の魔法がかけられて代物ですから、母ならばきっとわかると思い、覚醒した後はずっとインベントリに大事に保管していたものです。

 いずれにしろ、順次転移の拠点座標のみを確認して東進し、オズモール大陸東端に至りました。
 通常の旅路ならばここに至るまで、どんなに急いでも半年以上はかかるわけですので、これ以後のエルドリッジ大陸でのギルド近郊の座標確認については後回しです。

 取り敢えず、オズモール大陸内で十カ所の地点座標を確認しましたので、此処から一気にハレニシアに向かいます。
 場合によっては途中で降りて場所を確認しなければならないかもしれません。

 マルコが覚えているのは、幼い頃に見た風景だけで有って、地図上でハレニシアを確認していたわけでは無いからです。
 それでも超空の高みから俯瞰して、マルコの記憶にある地形からここぞと思われる場所に降りて行きました。

 ハレニシアは入り江と背後の山に特徴のある海辺の集落なのです。
 そうして、幼い頃に見た風景そのままの海辺にマルコは立っています。

 マルコは、隠密と認識疎外の魔法をかけていますので、周囲に人が居ても気づかれないと思います。
 尤も、エルフ族は魔法に長けている者が多いので、このままだと気づかれる恐れもあります。

 マルコは、すぐに上空に待機している飛行艇に戻り、そこから下界を観察するとともに、虫型の小型ゴーレムを地上に送り出して、故郷の我が家を含めて周囲の確認にあたりました。
 最後に見た時から十年近く立っているのですけれど、マルコが生まれ育った家は変わらずにありました。

 但し、記憶にない部分がありますので、あるいは増築したのかもしれません。
 時刻は明け方前で有り、辺りは暗いですから人の姿はありませんが、これからもう少し時間が経って、東の空が白み始めると、男たちが漁に出るはずなんです。

 少なくともマルコの記憶ではそうでした。
 そうしてマルコの父も漁師でしたから、毎日小舟で漁に出かけていたのを覚えています。
 
 やがて東の空が白み始めたころ、懐かしの我が家から知った顔の人物が現れました。
 眉間のしわが増えましたけれど、間違いなく父親のブルエンです。

 そうしてその背後に、母イラリスの顔が見えた時、マルコは知らず知らずに涙を流しました。
 故郷に辿り着き、今、すぐ近くに母と父が居る。

 すぐにでも出て行って抱き着きたい心を必死に抑えながらポロポロと涙を流していました。
 父が浜辺に乗り上げている小舟を押して海に浮かべると、すぐに乗り込んでいます。

 母が浜でその姿を見送っています。
 おそらくはこれまで何度となく繰り返されてきた風景なのだと思います。

 母イラリスは、父と違って昔の儘の姿でした。
 衣装は違っていますけれど、肌艶は10年近く前と変わりません。

 父は四十代の男に見えますけれど、母は二十歳はたちそこそこぐらいにしか見えないんです。
 でも母の方が父よりも年上だったと記憶しています。

 エルフ族は一定年齢に達すると、その姿があまり変わらずに不老のように見えるんです。
 従って、母の血を引くマルコもまたおそらくは二十代ぐらいから余り歳を取らなくなるのじゃないかと思っています。

 尤も、絶世界に生きた6人の記憶の中でも、エルフ族若しくはハーフになった者は居ませんので、そこは未知数ですね。
 取り敢えず両親は健在です。

 マルコには兄弟が居ました。
 マルコは次男でしたから、兄が居るんです。

 兄の名は、グエン。
 マルコよりも二つ年上であったはずです。

 そうしてもう一人、生まれたばかりの女の子が居たはずなんです。
 名前は憶えていません。

 というよりも女の子に名前を付ける前にマルコが攫われてしまったので知らないのです。
 父が動き始めた時に、他の家でも動きがあり、男たちが、仕事に出かけます。
  
 海辺のエルフは漁業が得意ですけれど、畑作も盛んなのです。
 但し、この世界は魔物が跋扈しますので、対策は必要ですよね。

 エルフの里については、エルフが生み出す結界により集落と農耕地域が守られています。
 少なくとも陸上については結界で守られた範囲で有れば、魔物が寄り付かないので安全なのです。

 但し、海は違います。
 結界から外れざるを得ない漁師は、海の危険と向き合いながら漁をします。

 マルコが出会ったような海の化け物も外洋に入るのかもしれませんが、この入り江にはそれほど危険生ものはいません。
 でも、サメの魔物や少し大きめのウミヘビなどは居るので、漁師はそれらと戦う術を持っていなければなりません。

 マルコの父ブルエンは、元冒険者だったそうです。
 母も同じ冒険者仲間であって、そこで父と知り合い、結婚したようです。

 マルコの兄グエンに、母が父との馴れ初めを話していたことが有ったので知っているのです。
 それからしばらくすると、顔立ちに見覚えのある若者が家から出てきました。

 多分、グエンですね。
 マルコよりも身長が高そうですし、全体にがっしりとした体つきをしていますね。

 瘦身長躯のエルフでは珍しい体形なのですけれど、やはり父の遺伝子を受け継いでがっしりとした体格になったのかもしれません。

 幼い頃の面影はほんの少し残っていましたけれど、街中で多数の人と一緒に居たならきっと見分けがつかないと思います。

 兄もどこかに仕事に行くのかもしれません。
 父にも監視用の虫型ゴーレムをつけましたけれど、兄グエンにもこそっとつけておきます。

 母の分は、現在我が家の屋根で待機中です。
 そうしてそれから間もなく女の子が二人出てきました。

 生憎とマルコには見覚えが無いのですけれど、一人はきっとマルコの次に生まれた妹なのでしょう。
 そうしてもう一人はその子よりも年下のようなので、その後で生まれた妹なのかもしれません。

 うん、我が家は、僕を入れると六人家族になっていたようですね。
 この村には、母の両親が健在のはずですけれど、実はあまり交流がありません。

 母がヒト族のブルエンと結婚したことが気に入らず、母や父から距離を取っていたと記憶しています。


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 7月10日及び7月31日、一部の字句修正を行いました。

  By サクラ近衛将監

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