母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第五章 サザンポール亜大陸にて

5ー10 湖畔にて その二

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 マルコがハンプティの街に戻ったのは、まだ夕焼けにもなっていない時間帯でしたが、ギルドは結構込み合っていました。
 それでも薬草採取の成果を収めなければ実績として認められないのです。

 マルコの場合、インベントリで保管すれば薬草も全く痛んだりはしませんが、周囲におかしな目で見られないようにするためには、ほかの魔木とれんとクラスの子供たちと同じようなふるまいをしなければなりません。
 そのために草原に来ていた子供たちに合わせて引き上げたのです。

 ギルドに戻ると、子供たちが早めに引き上げにかかったのもわかります。
 いまだ夕焼けにもなっていない時刻ですけれど、徐々に冒険者たちがギルド支部へ戻ってくる時刻なのです。

 ギルドが冒険者達の成果確認のために獲物等の査定及び買取り受付を行う時間は、日没以降も続けられますけれど、宿での食事の時間等を考慮すると可能な限り日没時にはギルドに入っていることが望ましいのです。
 このために子供たちが引き上げた時間でも、既にギルド内では、窓口にそこそこの人が並んでいるのです。

 マルコは、子供たちの一番後ですけれど、査定及び買取り窓口に並びました。
 窓口はお姐さん達四人が対応していますけれど、相応に時間がかかります。

 中には窓口のお姉さんと世間話をしたりする大人が混じっていたりするものですから作業が遅くなります。
 生憎とマルコの並んだ列の女性冒険者が、受付のお姉さんと長話を始めた所為で、少し遅れそうな雰囲気ですね。

 まぁ、これもギルドのいつもの風景なのでしょうから止むを得ません。
 本当にギルドが立て込んできたらそんなことをしていると後列の人たちから怒鳴られるでしょう。

 特に魔物の生肉などを持っている冒険者たちは、できるだけ新鮮なうちに買い取りを受けようとするからです。
 ギルドもそうしたことを知っていますから、列が長くなるような場合にはそんな無駄な時間は作らないはずです。

 後ろに並んでいるのが子供たちと知っているのでそんな不作法も許されるのでしょうね。
 マルコの前の子供二人は露骨に嫌な顔をしていますね。

 薬草だって時間が経てば新鮮さが失われますから、買取価格に響くのです。
 それでも並んだ以上は順番を守らねばならないのが辛いうところです。

 女性冒険者がようやく窓口から離れ、子供たちの査定・買取りが進み始めたときに、ギルド入り口のスイングドアが大きな音を立てて開かれ、若い男が飛び込んできた。
 そうして大声で叫んだのだ。

「キャスが、キャスが大けがを負った。
 誰か治癒ができる奴はいないか?
 治癒師のところまで運んでいたんじゃ間に合わねぇ。
 頼む。
 誰か助けてくれぇ。」

 大声でホールの中で叫ぶ若い男だったが、どうやら治癒魔法を使える者はこの場にいないようで、名乗り出るものはいなかった。
 治癒魔法はマイジロン大陸でも使い手が少ないとカラガンダ翁から聞いてはいたが、冒険者ギルドの職員にはいないのだろうし、この中にいる冒険者にもいないのだろう。

 但し、この若い男が助けを求めるのだから冒険者等に全く居ないというわけでもなさそうだ。
 そうしてそのすぐ後に男が二人がかりで、引きずるように若い女をギルドのホールに運び入れてきた、

 若い女は。腹部に深い傷を負っているようでかなりの出血をしている。
 確かに放置すれば幾ばくもたないだろう。

 この街の治癒師がどれほどの能力かは知らないが、これを癒すのはかなり難しそうな気がする。
 マルコが見て取った女の出血量では生半可の術者では助けられないだろうと思われたのだ。

 一見したところ、怪我人は15歳くらいで成人はしているだろうが、未だ少女の範疇を抜け出ていない。
 前世のフラブール世界の療養師アズマンの記憶が、この娘を助けよとマルコに強く働きかけたのだった。

 マルコにしても、助けられる命を放置はできなかった。
 やむを得ず、内心でため息をつきながらもマルコが名乗り出た。

「僕は、少しだけ治癒魔法が使えます。
 応急的なものでよければやります。」

 そう言って名乗りを上げたが、若い男が胡散臭げに言う。

「お前が治癒魔法を使えるって?
 嘘をつくな。
 魔木クラスの小僧が使えるはずないだろう。」

 助けを求めたくせに、救いを申し出た者を馬鹿にする。
 そんな馬鹿な男のために魔法は使いたくはないが、かたや命が消えかかっている人がいる。

 マルコは男を無視して女性のそばに駆け寄り、即座に中程度の治癒魔法をかけた。
 マルコのかざした両手からわずかに金色に輝く光が生じた途端にすっと消えた。

 途端に大きく切り裂かれた腹部が一気に治癒され、傷跡は完全には治らないものの出血が止まった。
 尤も、マルコも完全には治していないのだ。

 これだけの大怪我を完全に治癒してしまうと、後々絶対に面倒ごとになるからである。
 従って、とりあえず大きな怪我だけを癒してハンプティにいるであろう治癒師に後を任せたのだ。

 尤も、大きな傷はとりあえず応急的に塞いだので、治癒師が行う施術は少なくて済むはずだ。
 マルコならば、重傷者がすぐにも起き上がれるほどの治癒魔法もできるのだが敢えて抑えているのだった。

 それなりの治癒師にかかり、十分な療養を行えば元気になれるはずである。
 わずかな間に若い女性冒険者の命を救ったマルコを、その場にいた全員が仰天してみていたが、最初にギルドに飛び込んできた男が間もなく我に返って、言った。

「キャスの命を救ってくれてありがとう。
 そうして、ごめん。
 さっきはお前のこと馬鹿にしてしまった。
 どうか許してほしい。」

 そういって深く頭を下げた若い男の目にはうっすらと涙が光っていた。

「気にしないで、それよりもその女の人早く治癒師のもとへ連れて行ってください。
 あくまで僕がやったのは応急措置です。
 毒までは除去できていませんから。」

「毒?
 毒を受けているのか?」

「多分、・・・。
 体内に回っているようですので早めに毒素を抜いて貰った方がよいですよ。
 中級のポーションが必要になるかもしれません。」

「中級?
 わかった借金してでも何とかする。
 ところで、君の名は?」

「僕はマルコ。」

「マルコだな?
 この礼は後できっとするから、今は御免。
 俺は、レウスの風のファルクスだ。
 覚えておいてくれ。
 おい、急いでリゲルトさんのところにキャスを運ぶぞ。」

 男三人は、ギルドから担架を借りて女性を乗せ、慌ただしくギルドを出て行った。
 しばらくはギルド内も今起きたことで騒然としていたが、いち早く受付嬢が立ち直り順に仕事をこなしていった。

 マルコの薬草採取も無事に買取りが終わり、有効期間が三か月延長されたことになる。
 但し、受付のお姉さんにすっかり顔と名前を憶えられた。

「さっきのすごかったね。
 マルコ君って、始めて見る顔だけど別なところから来たのかな?」

「はい、マイジロン大陸からの旅の途中です。」

「そうなんだ・・・、
 しばらくはこの町にいるのかな?」

「いいえ、明日には東に向けて旅立つ予定です。」

「そっかぁ、残念だねぇ。
 ファルクスも君に礼をしたかっただろうけれど・・・・。
 ウチも、君ほどの治癒魔法が使える人がいれば随分と助かるんだけどなぁ。」

「すみません。
 連れもいますのでここに長居するのは無理です。」

「うん、わかった。
 でもちょっと待ってて。」

 そう言って、受付のお姉さんが背後のドアに消えた。
 少し時間をおいて戻った時には大柄なひげもじゃの男を連れてきていた。

「俺はここの支部のギルマスをしているドハスだ。
 うちに属する冒険者を助けてくれて心から礼を言う。
 本当にありがとう。
 ついては治癒師に対する報酬としては少ないんだが、ギルおからの礼金として受け取ってほしい。
 レアスの風もいまだ駆け出しだからな。
 治癒師に払う金なんぞ持ち合わせてはいないはずだ。
 彼らが別途謝礼を考えているかもしれんが、それは置いておいて、これはあくまでギルドからの感謝の気持ちだ。
 旅費にでも使ってくれればよい。」

 ギルマスがそう言って、小袋に入った金を差し出した。

「あの、これでさっきの四人組に借金を負わせるのなら受け取れません。」

「それは心配ない。
 こいつはあくまでギルド支部としての謝礼金で有って、俺の裁量の範囲で動かせる金だ。
 まあ、その代わり少ないがな。
 遠慮なしに受け取ってほしい。」

 親切の押し売りというものは、なかなかに拒めないものだ。
 やむを得ず、謝礼金を受け取り、マルコは宿へと向かったのである。

 翌日早朝に宿を出発しようとした際に、ファルクスが駆け寄ってきた。

「昨日は本当にありがとう。
 おかげでキャスは命をつなぎとめたよ。
 俺らも結構な借金を抱える羽目になったもんで、今はお前に何も謝礼が出せない。
 だがきっとお前に謝礼を支払うからそれまで待っていてくれ。
 どこにいても冒険者なら、その所在は調べれば分かるようになっている。
 だから、金を貯めてきっとお前のところへ行くからな。
 悪いがそれまで待っていてくれ。
 俺たちレウスの風の四人はお前に大恩を受けたが、この借りはきっと返すから。」

 うーん、ファルクスの意気込みはわかったけれど、実現は難しいかもね。
 だって、このサザンポール亜大陸どころか、隣のオズモール大陸を抜けてエルドリック大陸までの旅路なんだもの。

 普通に旅をしていたなら数年はかかることになるから、その旅費だけでも大変なことになる。
 このサザンポール亜大陸の東端で、カラガンダ夫妻はニオルカンに送り届けるつもりだけれど、そこからの旅路はとても早くなるはず。
 おそらくはいくら頑張ってもファルクスでは追いつけないことになるだろう。

 さりながら、せっかくの決意と意気地をへし折る必要もない。
 だからにこやかに別れようと思って、マルコは言った。

「うん、命大事に頑張ってね。
 僕も、旅路の空の下であなたたちの活躍を祈っています。」

「おう、まかせとけ。
 そうして元気でな。
 ほんとに、ほんとにありがとう。」

 旅の間のつかの間の触れ合いを経て、無事にマルコ達はハンプティを旅立ちました。
 マルコの際立った治癒能力が、貴族に知れるまでにはまだ時間がありそうですが、いずれは騒ぎになるかもしれません。

 マルコはそのためにも暇があるときには、より東の転移場所を選定している最中です。
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