35 / 83
第四章 東への旅
4ー7 冒険者登録
しおりを挟む
冒険者ギルドの受付嬢ナンシーさんに色々とギルド会員の約束事を教えてもらいました。
ギルドの登録証明は、アルビラだけではなくって、どこに行っても有効ですけれど、ギルドに対して一定の貢献をしていなければ登録が抹消されることがあるようです。
これは魔木クラスであっても、最高位の金クラスであっても同じであり、予め定める期間内に一定の貢献が無い場合には登録が無効になるようです。
魔木クラスでは、薬草採取若しくは指定された町の雑務をこなすことが必要で、一度クエストを完了しておくとその後三か月は登録証明が有効になるそうです。
但し、最初の登録時にだけ、1か月以内に一つ以上のクエスト完了という条件がついているようです。
仮に事故等で登録証を紛失したり、貢献が無くて登録が抹消されたりしたような場合に、再登録するには大銀貨五枚の費用が掛かるようです。
一応のレクチャーが終わると、別室に連れて行かれ、健康診断を兼ねた身体機能確認検査が実施されました。
ギルドの検定員の前で手足を屈曲させて四肢の動きに異常がないことを確認し、聴覚で小さな音の聞き取り、視覚で文字記号の読み取りを確認し、匂いを確認する作業までありました。
この結果、健康状態は良好と判断され、その上で体力測定のために、地下の訓練場に行きました。
対して広くはない訓練場ですけれど、端から端までだと長辺で25mほど、短辺で10mほどもありますかねぇ。
最初の試験は、少し重い金属を使ったダガーを片手で持ち上げ、水平以上に持ち上げられるかどうかの確認です。
重いですけれど別に身体強化を使うまでのことはありませんでした。
次いで腹筋運動ですね。
一定時間(砂時計が落ち切るまでの時間、およそ180秒間)に30回以上の腹筋運動をこなせばOKです。
勿論問題なくできましたよ。
次いで前屈です。
身体の柔軟性を見るためなのでしょうか?
立ったままかかとを合わせ、そのまま手を下におろしてひざ下15センチ以上のところに指先が届けばOKのようです。
子供の身体は柔らかいですからね。
両掌を地面にべったりつけることができましたよ。
次いでシャトルランです。
長い方の壁と壁の間を往復しますが、その際に必ず壁をタッチしなければなりません。
砂時計の砂が落ち切るまでに、何回往復できるかなのだそうです。
こちらも特段の筋力強化をせずに行いましたが、途中で止めの声がかかりました。
砂時計の砂は半分ほども落ちていたかどうかなんですが、試験員の人の話ではこれまでの最高記録を上回ったのでそれ以上しなくても良いとのことでした。
因みに、これまでの記録は31回だったそうで、32回目に入ったので中止にしたそうです。
別に支障がないのなら最後までやらせても良いと思うのですけれど・・・。
試験員のオーダーに逆らうわけにも行きませんよね。
その次にあったのは、俊敏性の試験なんでしょうか?
直径2m程の円が描かれている場所に立たされ、試験員が投げる投げ矢を円内に留まったままで躱せば良いのだそうです。
因みに投げ矢は先端にタンポンがついており、当たっても痛くはありません。
試験員は3mほどの距離からそれを投げます。
左程早い投げ矢ではないので全部を躱し切りました。
試験員が最後の三本は連続で素早く投げましたけれど、それも躱し切りました。
特別に難しい試験ではなさそうですね。
最後は、魔法が使えるなら魔法を使ってもいいぞと言われました。
直径8センチほどの鉄の球を遠くへ投げる試験なのですが、地下室の訓練場ですから天井はさほど高くはありません。
精々3m前後でしょう。
その天井にぶつからないように投げるのがコツなんだそうで、天井にぶつかって落ちたら、そこが記録なんだそうです。
試技は二回だけです。
魔法を使っても良いと言われましたけれど、魔法を使うと正面の壁を破壊しそうなので止めました。
実はこの直径8センチほどの鉄球というのは微妙な大きさなんです。
大人にとっては手のひらに収まるぐらいの大きさですけれど、10歳のマルコにとっては少し手に余るほどの大きさですから持つのに一苦労します。
砲丸投げのように投げるのは天井が低いので無理がありそうです。
仕方がないので力を込めて握りしめ、野球の投球フォームで投げましたが、ほとんどお辞儀もせずに鉄球は飛翔し、ズゴッと音を立てて正面の壁にめり込みました。
試験員さんはそれを見て唖然としていましたけれど、傍に在った予備の鉄球にマルコが手を伸ばそうとすると、すぐに怒鳴るように言いました。
「二回目は不要だ。
お前は合格だ。」
どうやら無事に試験は通過したようです。
その後、試験員さんと一緒に受付へ戻り、魔木クラスの会員証を発行してもらいました。
冒険者見習いの登録には、費用が掛からないんです。
でも次の軽鉄クラスの登録時には銀貨二枚の登録手数料が必要なんだそうですよ。
ですから見習いが取れる時(最低でも12歳になってから)までには銀貨二枚を稼いでおきなさいということらしいですね。
無事に冒険者登録も済みました。
ギルドに入ってすぐ右隣りには食堂兼酒場がありますけれど、テンプレものの絡んで来るような人物は居そうもないですね。
前世の記憶から言えば、SEの金谷正司が読んだことのあるラノベ二冊には冒険者ギルドに初めて登録した際には初心者いじめのようなテンプレがあるようなことが書いてあったような気がするのですが、幸いにも何事もなく終わりました。
但し、健康診断ならぬ体力測定はちょっと面白かったかもしれません。
魔法を使えばもっと簡単にできたかもしれませんが、生身の身体と体力でどこまでできるか試した一場面でした。
◇◇◇◇
俺はギルドの非正規雇員のペドロだ。
本来は赤銅クラスの冒険者なんだが、パーティの仲間二人が、恋仲の女たちに引っ張られて相次いで結婚した上に、その女二人を加えたパーティを新たに作ったために、それまでのパーティが空中分解した。
それで、チョット無理をして一人でクエストを受けたら失敗して怪我を負う羽目になった。
その怪我を療養する間は休業中だし、一緒に動ける仲間を目下募集中なんだ。
ギルマスの計らいで、ギルドの補助員という立場で事務やら雑務を手伝っているところだ。
今日は新規に見習い登録の坊主が来たということで俺が試験員になって冒険者としてやって行けるかどうかの見極めだ。
見習いは誰でもなれるとは言うものの、最低限度身体が健康で、通り一遍の作業ができなければならないからそれができるかどうかを見極めるだけでいいんだが、一応テスト項目は決まっている。
最初に機能検査だ。
四肢がちゃんと動くかどうか、目が悪くないか、音が聞こえるか、匂いが判別できるかどうかなどごく基本的なことが多い。
普通に健康に育った子供なら間違いなく通る検査だ。
今日の見習い志願者は十歳になったばかりの坊主だ。
ひょろっとした身体つきはあんまり冒険者向きじゃないんだが・・・。
まぁ、伸び盛りだろうからこれから体力がついてがっしりとして体つきになるのかもしれない。
その意味では今日の体力テストでも持久力や瞬発力の必要なものは少し難しいかもしれないと思ったぜ。
そうは言いながら、実のところ身体の機能検査がパスしていれば見習いの登録はほぼ決まったようなものだ。
後の体力測定は念のため現時点での体力を確認しておく程度の範疇のものなんだが、受験生にこれを伝える必要はない。
で、順番に試験を続けて行くことにした。
とっかかりは、ダガーを片手で持てるかどうかの試験だ。
見習いなので、ダガーを振りまわす必要はないんだが、少なくともダガー程度の武器を持ち上げることもできないようであれば、薬草採取なんぞは難しいだろうな。
薬草採取に限っても、町の城壁の外に出る必要がある。
正規の冒険者が頻繁に周辺の魔物を間引きはしているものの、それでも取りこぼしはあるものだ。
この為、毎年見習いの内一人か二人は、魔物に襲われて死んだり、不具者になったりしているんだ。
普通、見習いはナイフ程度を護身用に持ち歩くようになっているんだが、それで防げない魔物もいるということだ。
冒険者になるのも簡単じゃないということだ。
で、マルコという志望者は、ダガーを苦も無く持ち上げた。
十歳だと片手でこのダガーを持ち上げられる子は半分も居ないんじゃないかと思う。
本物のダガーも結構重いんだが、この試験用のダガーは刀身にアダマンタイトを一部使っているからな。
通常のダガーの倍までは行かないがかなり重いものなんだ。
多分両手なら大丈夫だろうが、十歳ぐらいの女の子の場合では、片手でこのダガーを持ち上げることのできた者はこれまでいなかったはずだ。
それをあっさりとクリアした坊主は、外見に似合わず大した力持ちのようだぜ。
腹筋運動は時間内に30回をクリアできれば合格なんだが、半分程度の時間で済ませてしまったぜ。
まぁ、たまにはそんな奴もいるよな?
そうして前屈は、子供だから余裕でクリアだな。
大人になればなるほど身体が硬くなる。
前屈もクリアできなくなったら冒険者の辞め時だな。
勿論、俺はまだまだ余裕で大丈夫だが、普通五十に近くなるとなかなか冒険者稼業は続けられなくなるんだ。
その目安が身体の柔軟性にあると言われているぜ。
練習場の壁と壁の間を往復するシャトルランは、俊敏性と持久力の双方を見るテストだ。
現役冒険者ならば砂時計の砂が落ち切るまでに最低20回は往復してもらわにゃならん。
見習いでも最低16回程度は往復してもらわにゃ、後で困るだろうな。
だが、マルコという坊主は半分ほどの時間で32回目の往復に入り始めた。
俺は慌てて止めたぜ。
これまでここのギルドに所属する現役冒険者の最高記録である31回を更新してしまったわけで、それ以上の記録を見習いに求めるわけにも行かんからだ。
本当に魂消たというのはこのことだろうな。
このシャトルランを見る限り不要とも思えたんだが、一応投げ矢を避けるテストも行った。
この坊主は、俺が本気で投げた十本全部を躱しやがったぜ。
特に最後の三本は、間を置かずに散らばせて投げたから、避けるのは中級冒険者でも難しい筈なのに、全部を躱しやがったんだ。
ひょっとして俺の腕が落ちたのか?
そんな不安が起きるほどの成績だった。
最後は石垣の壁から30歩ほど離れた場所から、石垣に向かって鉄球を投げるテストだ。
天井が低いから距離を稼ぐために上を狙ってもダメなテストだ。
できるだけ遠くへ鉄球を飛ばせればよいというテストであり、鉄球が最初に落ちた個所がそいつの記録になる。
これまで壁若しくは壁の至近までギリギリ届いた奴は現役冒険者でも十指に満たないぐらいだ。
鉄球は結構重いからな、こいつを投げるだけでも結構大変なんだぜ。
で、坊主はというと、なんだか見たこともない奇妙なポーズをつけて投げやがった。
あの重い鉄球がほとんどお辞儀もせずにすっ飛んで行って、ドガっと大きな音を立てて石壁にめり込んだのを確かに見たんだが、俺は自分の目が信じられなかったぜ。
魔法を使っても良いとは言ったが、魔法であの鉄球をあの速度で飛ばせる魔法なんぞ知らないぞ。
もう一度やるつもりなのか、傍に有った予備の鉄球に触れた坊主を俺は慌てて止めた。
「二回目は不要だ。
お前は合格だ。」
これ以上やられると石垣自体が壊される恐れさえある。
石垣の一部が半分壊れているからな。
同じところに当たればもしかすると石垣を貫通して土の中へ鉄球がめり込むかもしれん。
一応この石壁は防水壁にもなっていると聞いているからな。
地下の訓練場に水が浸み込むのを防いでいるんだ。
そいつを壊されでもしたら修理に金がかかってしまう。
そもそもテストは壁を壊すもんじゃない。
壁まで到達できるかどうかを争うものなんだ。
現役冒険者でも簡単にはできないことを十歳になったばかりの坊主がしてのけたわけだが、こいつはとんでもない冒険者になるんじゃないのかなと思ったぜ。
坊主の名前は、マルコ・モンテネグロ。
顔は忘れても名前だけは覚えておこうと思う俺だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1月4日、一部の文字の修正を行いました。
By サクラ近衛将監
ギルドの登録証明は、アルビラだけではなくって、どこに行っても有効ですけれど、ギルドに対して一定の貢献をしていなければ登録が抹消されることがあるようです。
これは魔木クラスであっても、最高位の金クラスであっても同じであり、予め定める期間内に一定の貢献が無い場合には登録が無効になるようです。
魔木クラスでは、薬草採取若しくは指定された町の雑務をこなすことが必要で、一度クエストを完了しておくとその後三か月は登録証明が有効になるそうです。
但し、最初の登録時にだけ、1か月以内に一つ以上のクエスト完了という条件がついているようです。
仮に事故等で登録証を紛失したり、貢献が無くて登録が抹消されたりしたような場合に、再登録するには大銀貨五枚の費用が掛かるようです。
一応のレクチャーが終わると、別室に連れて行かれ、健康診断を兼ねた身体機能確認検査が実施されました。
ギルドの検定員の前で手足を屈曲させて四肢の動きに異常がないことを確認し、聴覚で小さな音の聞き取り、視覚で文字記号の読み取りを確認し、匂いを確認する作業までありました。
この結果、健康状態は良好と判断され、その上で体力測定のために、地下の訓練場に行きました。
対して広くはない訓練場ですけれど、端から端までだと長辺で25mほど、短辺で10mほどもありますかねぇ。
最初の試験は、少し重い金属を使ったダガーを片手で持ち上げ、水平以上に持ち上げられるかどうかの確認です。
重いですけれど別に身体強化を使うまでのことはありませんでした。
次いで腹筋運動ですね。
一定時間(砂時計が落ち切るまでの時間、およそ180秒間)に30回以上の腹筋運動をこなせばOKです。
勿論問題なくできましたよ。
次いで前屈です。
身体の柔軟性を見るためなのでしょうか?
立ったままかかとを合わせ、そのまま手を下におろしてひざ下15センチ以上のところに指先が届けばOKのようです。
子供の身体は柔らかいですからね。
両掌を地面にべったりつけることができましたよ。
次いでシャトルランです。
長い方の壁と壁の間を往復しますが、その際に必ず壁をタッチしなければなりません。
砂時計の砂が落ち切るまでに、何回往復できるかなのだそうです。
こちらも特段の筋力強化をせずに行いましたが、途中で止めの声がかかりました。
砂時計の砂は半分ほども落ちていたかどうかなんですが、試験員の人の話ではこれまでの最高記録を上回ったのでそれ以上しなくても良いとのことでした。
因みに、これまでの記録は31回だったそうで、32回目に入ったので中止にしたそうです。
別に支障がないのなら最後までやらせても良いと思うのですけれど・・・。
試験員のオーダーに逆らうわけにも行きませんよね。
その次にあったのは、俊敏性の試験なんでしょうか?
直径2m程の円が描かれている場所に立たされ、試験員が投げる投げ矢を円内に留まったままで躱せば良いのだそうです。
因みに投げ矢は先端にタンポンがついており、当たっても痛くはありません。
試験員は3mほどの距離からそれを投げます。
左程早い投げ矢ではないので全部を躱し切りました。
試験員が最後の三本は連続で素早く投げましたけれど、それも躱し切りました。
特別に難しい試験ではなさそうですね。
最後は、魔法が使えるなら魔法を使ってもいいぞと言われました。
直径8センチほどの鉄の球を遠くへ投げる試験なのですが、地下室の訓練場ですから天井はさほど高くはありません。
精々3m前後でしょう。
その天井にぶつからないように投げるのがコツなんだそうで、天井にぶつかって落ちたら、そこが記録なんだそうです。
試技は二回だけです。
魔法を使っても良いと言われましたけれど、魔法を使うと正面の壁を破壊しそうなので止めました。
実はこの直径8センチほどの鉄球というのは微妙な大きさなんです。
大人にとっては手のひらに収まるぐらいの大きさですけれど、10歳のマルコにとっては少し手に余るほどの大きさですから持つのに一苦労します。
砲丸投げのように投げるのは天井が低いので無理がありそうです。
仕方がないので力を込めて握りしめ、野球の投球フォームで投げましたが、ほとんどお辞儀もせずに鉄球は飛翔し、ズゴッと音を立てて正面の壁にめり込みました。
試験員さんはそれを見て唖然としていましたけれど、傍に在った予備の鉄球にマルコが手を伸ばそうとすると、すぐに怒鳴るように言いました。
「二回目は不要だ。
お前は合格だ。」
どうやら無事に試験は通過したようです。
その後、試験員さんと一緒に受付へ戻り、魔木クラスの会員証を発行してもらいました。
冒険者見習いの登録には、費用が掛からないんです。
でも次の軽鉄クラスの登録時には銀貨二枚の登録手数料が必要なんだそうですよ。
ですから見習いが取れる時(最低でも12歳になってから)までには銀貨二枚を稼いでおきなさいということらしいですね。
無事に冒険者登録も済みました。
ギルドに入ってすぐ右隣りには食堂兼酒場がありますけれど、テンプレものの絡んで来るような人物は居そうもないですね。
前世の記憶から言えば、SEの金谷正司が読んだことのあるラノベ二冊には冒険者ギルドに初めて登録した際には初心者いじめのようなテンプレがあるようなことが書いてあったような気がするのですが、幸いにも何事もなく終わりました。
但し、健康診断ならぬ体力測定はちょっと面白かったかもしれません。
魔法を使えばもっと簡単にできたかもしれませんが、生身の身体と体力でどこまでできるか試した一場面でした。
◇◇◇◇
俺はギルドの非正規雇員のペドロだ。
本来は赤銅クラスの冒険者なんだが、パーティの仲間二人が、恋仲の女たちに引っ張られて相次いで結婚した上に、その女二人を加えたパーティを新たに作ったために、それまでのパーティが空中分解した。
それで、チョット無理をして一人でクエストを受けたら失敗して怪我を負う羽目になった。
その怪我を療養する間は休業中だし、一緒に動ける仲間を目下募集中なんだ。
ギルマスの計らいで、ギルドの補助員という立場で事務やら雑務を手伝っているところだ。
今日は新規に見習い登録の坊主が来たということで俺が試験員になって冒険者としてやって行けるかどうかの見極めだ。
見習いは誰でもなれるとは言うものの、最低限度身体が健康で、通り一遍の作業ができなければならないからそれができるかどうかを見極めるだけでいいんだが、一応テスト項目は決まっている。
最初に機能検査だ。
四肢がちゃんと動くかどうか、目が悪くないか、音が聞こえるか、匂いが判別できるかどうかなどごく基本的なことが多い。
普通に健康に育った子供なら間違いなく通る検査だ。
今日の見習い志願者は十歳になったばかりの坊主だ。
ひょろっとした身体つきはあんまり冒険者向きじゃないんだが・・・。
まぁ、伸び盛りだろうからこれから体力がついてがっしりとして体つきになるのかもしれない。
その意味では今日の体力テストでも持久力や瞬発力の必要なものは少し難しいかもしれないと思ったぜ。
そうは言いながら、実のところ身体の機能検査がパスしていれば見習いの登録はほぼ決まったようなものだ。
後の体力測定は念のため現時点での体力を確認しておく程度の範疇のものなんだが、受験生にこれを伝える必要はない。
で、順番に試験を続けて行くことにした。
とっかかりは、ダガーを片手で持てるかどうかの試験だ。
見習いなので、ダガーを振りまわす必要はないんだが、少なくともダガー程度の武器を持ち上げることもできないようであれば、薬草採取なんぞは難しいだろうな。
薬草採取に限っても、町の城壁の外に出る必要がある。
正規の冒険者が頻繁に周辺の魔物を間引きはしているものの、それでも取りこぼしはあるものだ。
この為、毎年見習いの内一人か二人は、魔物に襲われて死んだり、不具者になったりしているんだ。
普通、見習いはナイフ程度を護身用に持ち歩くようになっているんだが、それで防げない魔物もいるということだ。
冒険者になるのも簡単じゃないということだ。
で、マルコという志望者は、ダガーを苦も無く持ち上げた。
十歳だと片手でこのダガーを持ち上げられる子は半分も居ないんじゃないかと思う。
本物のダガーも結構重いんだが、この試験用のダガーは刀身にアダマンタイトを一部使っているからな。
通常のダガーの倍までは行かないがかなり重いものなんだ。
多分両手なら大丈夫だろうが、十歳ぐらいの女の子の場合では、片手でこのダガーを持ち上げることのできた者はこれまでいなかったはずだ。
それをあっさりとクリアした坊主は、外見に似合わず大した力持ちのようだぜ。
腹筋運動は時間内に30回をクリアできれば合格なんだが、半分程度の時間で済ませてしまったぜ。
まぁ、たまにはそんな奴もいるよな?
そうして前屈は、子供だから余裕でクリアだな。
大人になればなるほど身体が硬くなる。
前屈もクリアできなくなったら冒険者の辞め時だな。
勿論、俺はまだまだ余裕で大丈夫だが、普通五十に近くなるとなかなか冒険者稼業は続けられなくなるんだ。
その目安が身体の柔軟性にあると言われているぜ。
練習場の壁と壁の間を往復するシャトルランは、俊敏性と持久力の双方を見るテストだ。
現役冒険者ならば砂時計の砂が落ち切るまでに最低20回は往復してもらわにゃならん。
見習いでも最低16回程度は往復してもらわにゃ、後で困るだろうな。
だが、マルコという坊主は半分ほどの時間で32回目の往復に入り始めた。
俺は慌てて止めたぜ。
これまでここのギルドに所属する現役冒険者の最高記録である31回を更新してしまったわけで、それ以上の記録を見習いに求めるわけにも行かんからだ。
本当に魂消たというのはこのことだろうな。
このシャトルランを見る限り不要とも思えたんだが、一応投げ矢を避けるテストも行った。
この坊主は、俺が本気で投げた十本全部を躱しやがったぜ。
特に最後の三本は、間を置かずに散らばせて投げたから、避けるのは中級冒険者でも難しい筈なのに、全部を躱しやがったんだ。
ひょっとして俺の腕が落ちたのか?
そんな不安が起きるほどの成績だった。
最後は石垣の壁から30歩ほど離れた場所から、石垣に向かって鉄球を投げるテストだ。
天井が低いから距離を稼ぐために上を狙ってもダメなテストだ。
できるだけ遠くへ鉄球を飛ばせればよいというテストであり、鉄球が最初に落ちた個所がそいつの記録になる。
これまで壁若しくは壁の至近までギリギリ届いた奴は現役冒険者でも十指に満たないぐらいだ。
鉄球は結構重いからな、こいつを投げるだけでも結構大変なんだぜ。
で、坊主はというと、なんだか見たこともない奇妙なポーズをつけて投げやがった。
あの重い鉄球がほとんどお辞儀もせずにすっ飛んで行って、ドガっと大きな音を立てて石壁にめり込んだのを確かに見たんだが、俺は自分の目が信じられなかったぜ。
魔法を使っても良いとは言ったが、魔法であの鉄球をあの速度で飛ばせる魔法なんぞ知らないぞ。
もう一度やるつもりなのか、傍に有った予備の鉄球に触れた坊主を俺は慌てて止めた。
「二回目は不要だ。
お前は合格だ。」
これ以上やられると石垣自体が壊される恐れさえある。
石垣の一部が半分壊れているからな。
同じところに当たればもしかすると石垣を貫通して土の中へ鉄球がめり込むかもしれん。
一応この石壁は防水壁にもなっていると聞いているからな。
地下の訓練場に水が浸み込むのを防いでいるんだ。
そいつを壊されでもしたら修理に金がかかってしまう。
そもそもテストは壁を壊すもんじゃない。
壁まで到達できるかどうかを争うものなんだ。
現役冒険者でも簡単にはできないことを十歳になったばかりの坊主がしてのけたわけだが、こいつはとんでもない冒険者になるんじゃないのかなと思ったぜ。
坊主の名前は、マルコ・モンテネグロ。
顔は忘れても名前だけは覚えておこうと思う俺だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1月4日、一部の文字の修正を行いました。
By サクラ近衛将監
21
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる
ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。
モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。
実は前世が剣聖の俺。
剣を持てば最強だ。
最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。
大賢者の弟子ステファニー
楠ノ木雫
ファンタジー
この世界に存在する〝錬金術〟を使いこなすことの出来る〝錬金術師〟の少女ステファニー。
その技を極めた者に与えられる[大賢者]の名を持つ者の弟子であり、それに最も近しい存在である[賢者]である。……彼女は気が付いていないが。
そんな彼女が、今まであまり接してこなかった[人]と関わり、成長していく、そんな話である。
※他の投稿サイトにも掲載しています。
なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!
日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」
見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。
神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。
特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。
突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。
なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。
・魔物に襲われている女の子との出会い
・勇者との出会い
・魔王との出会い
・他の転生者との出会い
・波長の合う仲間との出会い etc.......
チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。
その時クロムは何を想い、何をするのか……
このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……
社畜のおじさん過労で死に、異世界でダンジョンマスターと なり自由に行動し、それを脅かす人間には容赦しません。
本条蒼依
ファンタジー
山本優(やまもとまさる)45歳はブラック企業に勤め、
残業、休日出勤は当たり前で、連続出勤30日目にして
遂に過労死をしてしまい、女神に異世界転移をはたす。
そして、あまりな強大な力を得て、貴族達にその身柄を
拘束させられ、地球のように束縛をされそうになり、
町から逃げ出すところから始まる。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
加護とスキルでチートな異世界生活
どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!?
目を覚ますと真っ白い世界にいた!
そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する!
そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる
初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです
ノベルバ様にも公開しております。
※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる