母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第四章 東への旅

4ー7 冒険者登録

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 冒険者ギルドの受付嬢ナンシーさんに色々とギルド会員の約束事を教えてもらいました。
 ギルドの登録証明は、アルビラだけではなくって、どこに行っても有効ですけれど、ギルドに対して一定の貢献をしていなければ登録が抹消されることがあるようです。

 これは魔木トレントクラスであっても、最高位の金クラスであっても同じであり、予め定める期間内に一定の貢献が無い場合には登録が無効になるようです。
 魔木トレントクラスでは、薬草採取若しくは指定された町の雑務をこなすことが必要で、一度クエストを完了しておくとその後三か月は登録証明が有効になるそうです。

 但し、最初の登録時にだけ、1か月以内に一つ以上のクエスト完了という条件がついているようです。
 仮に事故等で登録証を紛失したり、貢献が無くて登録が抹消されたりしたような場合に、再登録するには大銀貨五枚の費用が掛かるようです。

 一応のレクチャーが終わると、別室に連れて行かれ、健康診断を兼ねた身体機能確認検査が実施されました。
 ギルドの検定員の前で手足を屈曲させて四肢の動きに異常がないことを確認し、聴覚で小さな音の聞き取り、視覚で文字記号の読み取りを確認し、匂いを確認する作業までありました。

 この結果、健康状態は良好と判断され、その上で体力測定のために、地下の訓練場に行きました。
 対して広くはない訓練場ですけれど、端から端までだと長辺で25mほど、短辺で10mほどもありますかねぇ。

 最初の試験は、少し重い金属を使ったダガーを片手で持ち上げ、水平以上に持ち上げられるかどうかの確認です。
 重いですけれど別に身体強化を使うまでのことはありませんでした。

 次いで腹筋運動ですね。
 一定時間(砂時計が落ち切るまでの時間、およそ180秒間)に30回以上の腹筋運動をこなせばOKです。

 勿論問題なくできましたよ。
 次いで前屈です。

 身体の柔軟性を見るためなのでしょうか?
 立ったままかかとを合わせ、そのまま手を下におろしてひざ下15センチ以上のところに指先が届けばOKのようです。

 子供の身体は柔らかいですからね。
 両掌を地面にべったりつけることができましたよ。

 次いでシャトルランです。
 長い方の壁と壁の間を往復しますが、その際に必ず壁をタッチしなければなりません。

 砂時計の砂が落ち切るまでに、何回往復できるかなのだそうです。
 こちらも特段の筋力強化をせずに行いましたが、途中で止めの声がかかりました。

 砂時計の砂は半分ほども落ちていたかどうかなんですが、試験員の人の話ではこれまでの最高記録を上回ったのでそれ以上しなくても良いとのことでした。
 因みに、これまでの記録は31回だったそうで、32回目に入ったので中止にしたそうです。

 別に支障がないのなら最後までやらせても良いと思うのですけれど・・・。
 試験員のオーダーに逆らうわけにも行きませんよね。

 その次にあったのは、俊敏性の試験なんでしょうか?
 直径2m程の円が描かれている場所に立たされ、試験員が投げる投げ矢を円内に留まったままでかわせば良いのだそうです。

 因みに投げ矢は先端にタンポンがついており、当たっても痛くはありません。
 試験員は3mほどの距離からそれを投げます。

 左程早い投げ矢ではないので全部を躱し切りました。
 試験員が最後の三本は連続で素早く投げましたけれど、それも躱し切りました。

 特別に難しい試験ではなさそうですね。
 最後は、魔法が使えるなら魔法を使ってもいいぞと言われました。

 直径8センチほどの鉄の球を遠くへ投げる試験なのですが、地下室の訓練場ですから天井はさほど高くはありません。
 精々3m前後でしょう。

 その天井にぶつからないように投げるのがコツなんだそうで、天井にぶつかって落ちたら、そこが記録なんだそうです。
 試技は二回だけです。

 魔法を使っても良いと言われましたけれど、魔法を使うと正面の壁を破壊しそうなので止めました。
 実はこの直径8センチほどの鉄球というのは微妙な大きさなんです。

 大人にとっては手のひらに収まるぐらいの大きさですけれど、10歳のマルコにとっては少し手に余るほどの大きさですから持つのに一苦労します。
 砲丸投げのように投げるのは天井が低いので無理がありそうです。

 仕方がないので力を込めて握りしめ、野球の投球フォームで投げましたが、ほとんどお辞儀もせずに鉄球は飛翔し、ズゴッと音を立てて正面の壁にめり込みました。
 試験員さんはそれを見て唖然としていましたけれど、傍に在った予備の鉄球にマルコが手を伸ばそうとすると、すぐに怒鳴るように言いました。

「二回目は不要だ。
 お前は合格だ。」

 どうやら無事に試験は通過したようです。
 その後、試験員さんと一緒に受付へ戻り、魔木トレントクラスの会員証を発行してもらいました。

 冒険者見習いの登録には、費用が掛からないんです。
 でも次の軽鉄クラスの登録時には銀貨二枚の登録手数料が必要なんだそうですよ。

 ですから見習いが取れる時(最低でも12歳になってから)までには銀貨二枚を稼いでおきなさいということらしいですね。
 無事に冒険者登録も済みました。

 ギルドに入ってすぐ右隣りには食堂兼酒場がありますけれど、テンプレものの絡んで来るような人物は居そうもないですね。
 前世の記憶から言えば、SEの金谷正司が読んだことのあるラノベ二冊には冒険者ギルドに初めて登録した際には初心者いじめのようなテンプレがあるようなことが書いてあったような気がするのですが、幸いにも何事もなく終わりました。

 但し、健康診断ならぬ体力測定はちょっと面白かったかもしれません。
 魔法を使えばもっと簡単にできたかもしれませんが、生身の身体と体力でどこまでできるか試した一場面でした。

 ◇◇◇◇

 俺はギルドの非正規雇員のペドロだ。
 本来は赤銅クラスの冒険者なんだが、パーティの仲間二人が、恋仲の女たちに引っ張られて相次いで結婚した上に、その女二人を加えたパーティを新たに作ったために、それまでのパーティが空中分解した。

 それで、チョット無理をして一人でクエストを受けたら失敗して怪我を負う羽目になった。
 その怪我を療養する間は休業中だし、一緒に動ける仲間を目下募集中なんだ。

 ギルマスの計らいで、ギルドの補助員という立場で事務やら雑務を手伝っているところだ。
 今日は新規に見習い登録の坊主が来たということで俺が試験員になって冒険者としてやって行けるかどうかの見極めだ。

 見習いは誰でもなれるとは言うものの、最低限度身体が健康で、通り一遍の作業ができなければならないからそれができるかどうかを見極めるだけでいいんだが、一応テスト項目は決まっている。
 最初に機能検査だ。

 四肢がちゃんと動くかどうか、目が悪くないか、音が聞こえるか、匂いが判別できるかどうかなどごく基本的なことが多い。
 普通に健康に育った子供なら間違いなく通る検査だ。

 今日の見習い志願者は十歳になったばかりの坊主だ。
 ひょろっとした身体つきはあんまり冒険者向きじゃないんだが・・・。

 まぁ、伸び盛りだろうからこれから体力がついてがっしりとして体つきになるのかもしれない。
 その意味では今日の体力テストでも持久力や瞬発力の必要なものは少し難しいかもしれないと思ったぜ。

 そうは言いながら、実のところ身体の機能検査がパスしていれば見習いの登録はほぼ決まったようなものだ。
 後の体力測定は念のため現時点での体力を確認しておく程度の範疇のものなんだが、受験生にこれを伝える必要はない。

 で、順番に試験を続けて行くことにした。
 とっかかりは、ダガーを片手で持てるかどうかの試験だ。

 見習いなので、ダガーを振りまわす必要はないんだが、少なくともダガー程度の武器を持ち上げることもできないようであれば、薬草採取なんぞは難しいだろうな。
 薬草採取に限っても、町の城壁の外に出る必要がある。

 正規の冒険者が頻繁に周辺の魔物を間引きはしているものの、それでも取りこぼしはあるものだ。
 この為、毎年見習いの内一人か二人は、魔物に襲われて死んだり、不具者になったりしているんだ。

 普通、見習いはナイフ程度を護身用に持ち歩くようになっているんだが、それで防げない魔物もいるということだ。
 冒険者になるのも簡単じゃないということだ。

 で、マルコという志望者は、ダガーを苦も無く持ち上げた。
 十歳だと片手でこのダガーを持ち上げられる子は半分も居ないんじゃないかと思う。

 本物のダガーも結構重いんだが、この試験用のダガーは刀身にアダマンタイトを一部使っているからな。
 通常のダガーの倍までは行かないがかなり重いものなんだ。

 多分両手なら大丈夫だろうが、十歳ぐらいのの場合では、片手でこのダガーを持ち上げることのできた者はこれまでいなかったはずだ。
 それをあっさりとクリアした坊主は、外見に似合わず大した力持ちのようだぜ。

 腹筋運動は時間内に30回をクリアできれば合格なんだが、半分程度の時間で済ませてしまったぜ。
 まぁ、たまにはそんな奴もいるよな?

 そうして前屈は、子供だから余裕でクリアだな。
 大人になればなるほど身体が硬くなる。

 前屈もクリアできなくなったら冒険者の辞め時だな。
 勿論、俺はまだまだ余裕で大丈夫だが、普通五十に近くなるとなかなか冒険者稼業は続けられなくなるんだ。

 その目安が身体の柔軟性にあると言われているぜ。
 練習場の壁と壁の間を往復するシャトルランは、俊敏性と持久力の双方を見るテストだ。

 現役冒険者ならば砂時計の砂が落ち切るまでに最低20回は往復してもらわにゃならん。
 見習いでも最低16回程度は往復してもらわにゃ、後で困るだろうな。

 だが、マルコという坊主は半分ほどの時間で32回目の往復に入り始めた。
 俺は慌てて止めたぜ。

 これまでここのギルドに所属する現役冒険者の最高記録である31回を更新してしまったわけで、それ以上の記録を見習いに求めるわけにも行かんからだ。
 本当に魂消たというのはこのことだろうな。

 このシャトルランを見る限り不要とも思えたんだが、一応投げ矢を避けるテストも行った。
 この坊主は、俺が本気で投げた十本全部を躱しやがったぜ。

 特に最後の三本は、間を置かずに散らばせて投げたから、避けるのは中級冒険者でも難しい筈なのに、全部を躱しやがったんだ。
 ひょっとして俺の腕が落ちたのか?

 そんな不安が起きるほどの成績だった。
 最後は石垣の壁から30歩ほど離れた場所から、石垣に向かって鉄球を投げるテストだ。

 天井が低いから距離を稼ぐために上を狙ってもダメなテストだ。
 できるだけ遠くへ鉄球を飛ばせればよいというテストであり、鉄球が最初に落ちた個所がそいつの記録になる。

 これまで壁若しくは壁の至近までギリギリ届いた奴は現役冒険者でも十指に満たないぐらいだ。
 鉄球は結構重いからな、こいつを投げるだけでも結構大変なんだぜ。

 で、坊主はというと、なんだか見たこともない奇妙なポーズをつけて投げやがった。
 あの重い鉄球がほとんどお辞儀もせずにすっ飛んで行って、ドガっと大きな音を立てて石壁にめり込んだのを確かに見たんだが、俺は自分の目が信じられなかったぜ。

 魔法を使っても良いとは言ったが、魔法であの鉄球をあの速度で飛ばせる魔法なんぞ知らないぞ。
 もう一度やるつもりなのか、傍に有った予備の鉄球に触れた坊主を俺は慌てて止めた。

「二回目は不要だ。
 お前は合格だ。」

 これ以上やられると石垣自体が壊される恐れさえある。
 石垣の一部が半分壊れているからな。

 同じところに当たればもしかすると石垣を貫通して土の中へ鉄球がめり込むかもしれん。
 一応この石壁は防水壁にもなっていると聞いているからな。

 地下の訓練場に水が浸み込むのを防いでいるんだ。
 そいつを壊されでもしたら修理に金がかかってしまう。

 そもそもテストは壁を壊すもんじゃない。 
 壁まで到達できるかどうかを争うものなんだ。

 現役冒険者でも簡単にはできないことを十歳になったばかりの坊主がしてのけたわけだが、こいつはとんでもない冒険者になるんじゃないのかなと思ったぜ。
 坊主の名前は、マルコ・モンテネグロ。

 顔は忘れても名前だけは覚えておこうと思う俺だった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 1月4日、一部の文字の修正を行いました。

  By サクラ近衛将監
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