母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第四章 東への旅

4ー4 旅先での触れ合い

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 リストル宿に到着したのは9ビセット12日のことでした。
 リストルの宿場町は水のきれいな渓流と温泉を売り物にする観光地です。

 この周辺地域を治めるコルテア公国の中では最も有名な温泉街でもあるのです。
 従って、予定としてはここに一泊か二泊の予定ではあったのですが、その予定が大幅に崩れそうな情報が入ってきました。

 リストル宿に辿り着く前に遭遇した時期外れの嵐は、ここから先のルートの街道にもかなりの被害を与えたらしく、復旧にはかなりの時間を要するという情報なのです。
 生憎とこの街道に迂回路はありませんから、十日分以上も西へ戻って、別な街道をたどるか、このリストルで暫く逗留とうりゅうするかのいずれかの方法しかないのです。

 旅人のために道路補修をマルコ一人がやってしまうのも問題でしょう。
 マルコとカラガンダ夫婦は、できるだけ騒がれずにゆったりとアルビラまでの旅を続けたいだけなのです。

 マルコがその魔法の能力を目に見えるように使えば、コルテア公国の貴族たちが取り込みを図ろうとするのは間違いありません。
 誰でも優秀な者は手元に置きたいと考えるものなのです。

 ましてや貴族の場合は、その権力に任せて何でもできると思っている者が多いのです。
 一旦戻って別の迂回路へ回る方法はうまく行けば、このまま待機してこの先の街道を使うよりも早くアルビラに到着できるかもしれないけれど、その迂回路も今回の嵐で被害を受けていれば同じ状況になる可能性もあります。

 結局、急ぐ旅でも無し、マルコとカラガンダ夫婦はこのままこの温泉地に逗留することにしたのでした。
 この温泉地は近隣に穀倉地帯もあって、道路の不通で食糧が途切れる心配もなさそうなのです。

 むしろ、この先の集落等で農産物を他所の地域からの供給に頼っている鉱山街などは食糧不足に陥る可能性もあるのです。
 長逗留しても何ら支障のないほどリストルは湯治場として名高いところであり、往々にして食事は自炊をする人が多いのです。

 この為、リストルにある宿泊施設の約7割は、台所が併設されていて、食事の提供が無い、泊まるだけの安宿であり、残り3割が食事も出してくれる普通の宿になっているのです。
 温泉地故に湯治の温泉そのものの設備は整っており、僅かな入湯料を払えばだれでも利用できるようになっています。

 カラガンダ翁は、宿場町の管理組合と掛け合い、馬車を当該湯治場の近くの空き地に置いて、宿を使わずに温泉を使わせてもらうことで折り合いをつけたのでした。
 宿泊は、馬車の中であるため、三人の入湯料のみをひと月分支払うことでリストルに留まれるようにしたのです。

 ◇◇◇◇
 
 カラガンダ翁一行のように馬車を根城にする旅行客は少ないのですが、馬車で来て適当な場所に幕舎を建てて寝起きする人はいないわけではありません。
 マルコ達一行が馬車を置いた空き地には先客が居ました。

 大きな幌馬車の近くに比較的大きな幕舎が設置されていて、7人の大家族が居たのです。
 ディルク・バーモントという座長が率いる旅芸人一家のようです。

 彼らは、マルクたちと同様に西方向から二日前にこのリストルに到着したそうですが、嵐が来てこの先へ進むことができずにやむなくリストルに逗留していたようです。
 彼らも東へ向かう旅でしたが、ここで長逗留になると興業が難しくなります。

 旅芸人は珍奇であるからこそ人も集められますけれど、同じ場所で興行をしてもやがて飽きられて収入が減ります。
 ディルクさんはこのまま留まるかそれとも引き返すかを迷っている様子でした。

 カラガンダ翁に西側の道路事情について色々と情報収集をしていたようですが、カラガンダ翁が山中で嵐をやり過ごしたことや、そこから西への道路事情については不明なことを知ると頭を抱えていました。
 無理もありませんよね。

 ディルクさんの判断に一家の生活が懸かっているのです。
 アメリア・バーモントさんはディルクさんの奥さんで弦楽器を操り歌を歌います。

 エルヴィン・バーモントは長男で17歳、軽業かるわざの分野で土台になったりする力技が得意なようです。
 ヘイズベルト・バーモントは次男で15歳、軽業の分野で飛んだり跳ねたりする身軽な技を披露します。

 ヘルダ・バーモントは長女で13歳、次女のマルティナ・バーモント9歳とともに踊りを踊るのが上手です
 リシャルド・バーモントは三男で11歳、彼はティマーのスキルがあり、白いマリステル小猿と青い毛並みのシパル草原狼、淡赤色のクレオルシュ鷹に似た猛禽類を各一匹、それに灰色のタミア栗鼠四匹をティムしていて、それらの動物達に芸をさせることができます。

 この一座の一番の演目は歌も入る劇のようですが、ディルクさんの吟遊詩人としての声も中々のものですね。
 各地に伝わる伝記伝説を小さな竪琴を演奏しながら吟じる様子はとても風情があります。

 何故知っているかって?
 カラガンダ夫妻がお願いして空き地で一家に芸を披露してもらったからです。

 勿論ただではありませんよ。
 ディルクさんはカラガンダ翁から金貨5枚を貰って、興行を行ったのでした。

 中々得られない高額の臨時収入を得たことから、バーモント一家は一息つけることになりました。
 マルクは、一応歳の近いマルティナやリシャルドと仲良くなりました。

 特にリシャルドのティムしている動物たちとも仲良くなったので、バーモント一家は少々驚いていました。
 野生の動物は見慣れない人間には中々懐かないものなんです。

 普段から見知っているバーモント一家でもなかなか気を許してくれない動物たちがリシャルドだけでなくマルコにも懐いているのは本当に稀なことなのでした。
 嵐で被害を受けた街道はそれから5日後に啓開しましたが、その間にバーモント一家と親交を深め、特にヘルダ、マルティナ、リシャルドの三人は、一般人にしては魔力保有量が大きかったので、生活魔法を教えてあげました。

 旅をするならば生活魔法が色々なところで活躍できるはずです。
 ディルクさんとアメリアさんは音楽に才能が有りますけれど、そのスキルを魔法で高めるのは難しい(一時的に付与魔法で能力は上げられる)のでそのままです。

 エルヴィンとヘイズベルトの二人は、それぞれスキルで体力と身軽さを得ていますけれど、これも魔法では永続的に強化できません。
 また、夕食の時間になると互いに招き合って楽しく過ごせました。

 旅は道連れ、袖すり合うのも他生たしょうの縁でしょうか?
 5日後、バーモント一家は次の興行地を目指して一足早く旅立って行きました。

 カラガンダ翁たちはさらに十日をリストルで過ごし、それから東に向けて動き出したのです。
 街道の修復には大勢の人が携わったのでしょうね。

 ところどころ魔力の残滓もありますので、土属性の魔法師も動員されたのだと思います。
 あるいは、公国には魔法師に余力があるのかもしれませんね。

 これから進む街道の先には公国の都であるクレジノがあります。
 マルコは魔法発動については十分に注意しなければなりませんね。

 下手をすると足止めされてしまいます。
 まぁ、そのようなことがあれば、隙を見て逃げ出すことになりますので、クレジノに入る前にはその先の街道に転移先の拠点を確認しておく必要がありそうです。

 クレジノまで半日という場所で野宿した際に、夜半、飛行魔法で先行し、クジノから二日行程の宿場近辺に転移拠点を定めておきました。
 何事にも転ばぬ先の杖が必要なんです。

 因みにリストルでは暇な時間がたっぷりとありましたので、マルコの亜空間工房の中で、外洋クルーザーの建造を始めているのです。
 マルコの亜空間工房はいくらでも魔力で拡大できますから、一国の王宮程度なら楽に収納できますし、複数の工房が作れます。

 このほかに収納量無制限のインベントリがあるのですから反則ですよね。
 外洋クルーザーの主要構造材は、アダマンタイトとヒヒイロカネの合金で、内外装ともにトレント材で覆うようにしていますから、外見上は木造船に見えます。

 時空魔法により空間拡張を行って船内に広い空間を造っていますが、馬車と同じで一見しただけでは内部に広い空間があるとは分からないよう隠し扉等で覆っているのです。
 当初は、アルビラ港の近くで建造するつもりでしたが、特段他の人が見えるような場所で建造する必要も無いと思いなおして、亜空間工房で造り始めたのです。

 概ね、設計ができていましたので細部の微調整は別として、リストルを出立する頃には外洋クルーザーの9割方が出来上がっていました。
 普通の造船所ならば進水して艤装を始める頃合いかも知れません。

 予定ではこの後も半年近くをかけてアルビラに到着予定ですから、その間には外洋クルーザーは完成しているはずです。
 この外洋クルーザーの最大の特徴は、潜水できることと、静粛なウオータージェット推進機能を保有していることでしょうか。

 ウオータージェット推進は魔導具によるものですけれど、回転ポンプやタービンを使っていません。
 取入口から入った海水を、円筒形の管の中で無限に続く魔力壁のピストンで後方に水を押して排出するだけの代物です。

 但し、この排出が非常に速いので管内部では真空が生じて大量のキャビテーションが発生しますから、キャビテーションによる浸食を防ぐために、取入口から排出口に至る配管のすべてが魔法バリアーで覆われていることが特殊ですね。
 このような推進方式は他にないものだと思っています。

 理論的には水中の音速である毎秒1500m付近までの速力もあり得ますけれど、さすがにそんなことをすると周囲に与える影響が大きくなりますので、人の居ないところでも当面の最高速力は毎時100キロぐらいまでに抑えるつもりでいます。
 尤も、飽くまで理論値なので実際に航走してみないとどれぐらいの速力が出るかは不明なんです。

 この世界の主要な船は帆船ですので、外見上は一本マストの帆船に見せかけていますし、帆走もできるようにしています。
 そのために伸縮性のマスト、マスト内に収納可能なブームとメインセイル、それにジブセイルが備わっています。

 ボタン一つで展開して帆走モードに切り替わり、手動もできますけれど自動航行が可能なんです。
 マルコは身体が小さいし、カラガンダ翁やステラ媼は海に慣れていませんから操縦は難しいでしょうね。

 そのためのアンドロイド型船員ゴーレムも準備中です。
 こちらの方は、順調に行けば三か月ほどで完成するでしょうけれど、作るのは二体だけです。

 既に稼働している御者、従者、メイドの三体も船員として使えますので、それほど沢山はいらないのです。
 単純に言って夜航海やこうかいの際や込み合った海域での事故防止のために見張りが必要なだけなんです。

 マルコが作った外洋クルーザーが事故で損壊することはないでしょうけれど、一般船舶と衝突などしたら相手の船が壊れます。
 そうした事故が起きるのはトラブルの元ですから、それを避けるだけのことなんです。
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