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第八章 新型宇宙船

8-4 ワープ航法

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 私はブースのモニターに繋がるマイクを取り、スイッチを切り替えた。
 画面は16分割から2分割になり、一つはシンビック号の前部カメラ、もう一つは管制センター奥部にある私の座っている指令席を映し出す。

「報道関係の皆様、それに海軍基地ブースの皆様、取り敢えずシンビック号の離床から4時間を経過し、第一段階の試験である推進駆動機関に異常がないことが判明しました。
 既にシンビック号は光でも3分以上かかる距離にまで進出しております。
 現在の速度は光のおよそ10%程度です。
 シンビック号は、惑星公転軌道面から垂直になる天頂付近にあって、慣性質量減殺装置により速度に応じた見かけ上の質量を減らしておりますので周辺に与える影響はないと思われます。
 念のため現時点の質量補正も約10%にしております。
 これから行う第二段階の試験について簡単な説明を致します。
 シンビック号は新開発の改シュワルツ推進駆動機関に加えて、もう一つの推進機関を搭載しております。
 仮の名として、カーバイン駆動機関と申し上げます。
 全く新たな理論に基づく推進機関であり、単純に申し上げればワームホールの代替機関です。
 亜空間を通じて全く異なる空間へ瞬時に移転するワープ航法機関です。
 その実験をこれから行います。
 理論上は一回のワープで0.5光年を遷移することになっています。
 我が社のセンサーはおよそ4光分に位置するシンビック号を捉えておりますのでそのモニターを映します。」

 私は、手元のコンソールでシンビック号の前部カメラを切り替えて、高次空間センサーモニターを表示した。

「赤い輝点がメィビスで、緑の輝点がシンビック号です。
 これから半径1光年の範囲にセンサーを切り替えます。」

 私がセンサーの範囲を切り替えると、一気に赤い輝点と緑の輝点が接するばかりの小さな距離に置き換わった。

「この画面は半径1光年の範囲を映し出しているとお考えください。
 仮に、シンビック号の遷移がうまく行けばここから画面の4分の一ほどにまで瞬時に移動するはずです。
 カウントダウンが始まりました。
 現在、カーバイン駆動機関の稼働まで20秒です。」

 私は、モニター画面の右下隅に秒数表示を出現させた。
 その数字が0に変わった途端、画面から緑の表示が消えた。

 0.5秒後にふっと緑色の表示が出現して私は微笑んだ。

「どうやら遷移は無事に終了した模様です。
 これから30分間船内で各種計測と各部のチェックを行った後に再度の遷移を行う予定です。
 では、また30分後に、お会いしましょう。」

 画面を切り替えてセンサーとシンビック号の前部カメラに切り替えた。
 その4分後、管制センターでは微細な空間構造震を観測した。

 無論、この程度では地表面に何の影響も無い。
 船内で光学的に計測と高次空間センサーの計測結果を照合したところ、遷移距離は0.51403光年と判明した。
従って半年後に再度の空間構造震が観測されるはずである。

 小数点以下5桁までの数値を計算するのには理由がある。
 一万分の一で約1光時、10万分の一の精度で約5光分の誤差が生じるからである。

 従って仮に10光分の距離を開けたつもりでも5光分乃至は15光分の距離にあることが可能性として存在する。
 その間に恒星や惑星が有っては非常に危ういことになるだろう。

 精度を高めることに十分な意味が有るのである。
 船内に一切の物理的異常は生じなかった。

 尤も、超能力者の搭乗員はマイクも含めて、遷移の間に色々な光を見たようだ。
 体感時間はかなり長く20分から30分ほどの長さであったらしい。

 超能力者4人は全員マイクの指示でテレパスのリンク状態に入っていたので問題は生じなかったという。
 シンビック号はその後4回の遷移を行ない、遷移距離の精度を小数点以下7桁にまで引き上げた。

 これでほぼ1光秒単位での精度が高められたはずである。
 遷移距離の照準補整を行って再度の遷移を行ったところ、間違いなく±0.5光秒の範囲内で調整が出来たのである。

 時刻は午後4時を回っていた。
 ホロビジョンの各局はどこでもこのシンビック号の話で報道特集を組んでいる。

 600年前の学説にあることでもあり、メィビスの名だたる大学教授が特番に招かれて、様々な議論を繰り返してはいたが、当たらずとも遠からずの域を出ていない。
 私は再度モニターを切り替えて、報道関係者に注意を促した。

「さて、ワープ航法の最終段階です。
 シンビック号はこれより針路方位を変え、最初にタムディ星系地区にある主星デンサルまで連続ワープに入ります。
 主星デンサルまではおよそ48光年、従来でしたなら旅客船で二つのワームホールを潜り抜け凡そ二月近く掛かって往来した距離ですが、おそらく非常に短い時間で到達できるものと考えております。
 私は、この後所用がございますのでここで失礼します。
 皆様でその結果をご確認ください。
 センサーモニターは半径30光年までは見えると思います。
 その後はシンビック号搭載のセンサーモニターで確認できるものと存じます。
 連続ワープ開始まで15分少々です。」

 私は、モニターを切り替えて、管制センターを出た。
 既に、ロクサーヌとジャックは屋上で駐機中のフリッターの傍らで待っていた。

 運転手は専属の運転手であるワイズマンである。
 私が乗ると屋上の格納庫を出てすぐに市内中央部のメィビス政庁舎に向かった。

 出かける前にメィビス政庁舎には秘書のマリアンヌから連絡が入っているはずである。
 フリッターが政庁前の駐車場に降り立つと、政庁舎から数人の警備員とともに、若い男性が小走りにやって来た。

「アリス・ペンデルトン様でしょうか?
 私は、メィビス星系首長の秘書官をしておりますヘイグ・ライマンです。」

「初めまして、突然の訪問でご迷惑では無かったでしょうか?」

「確かに突然の来訪ではございますが、シンビック号の快挙で政庁舎全体が沸き立っております。
 そこへアリス様の来訪ですから、マービン首長も他のスケジュールを全部後回しにされてお待ちしております。
ご案内しますのでどうぞ。」

 政庁舎の中に入ると確かに政庁の仕事がほとんど止まっているようである。
 手空きの者は勿論、各種の申請で来た市民などのほとんどがホログラムの映像に見入っている。

 私達はその脇をすり抜けるように二階にある首長室に向かった。
 政庁舎はおよそ400年前に建設されたままの古い低層階建造物である。

 主な建造材料は石材と木材である。
 そうした重厚な造りの記念物的建造物ながら、最新機材を導入した事務所でもある。

 私達三人はすぐに首長室へと招き入れられ、マービン・ブローニング首長とお会いした。
 マービン首長は60代後半の年齢ながら歳を感じさせない精悍さに溢れた人物である。

 ひとしきり挨拶を終えると柔かな物腰でマービン首長が言った。

「一頃、世間をにぎわしたMAカップルのお二方ですので私も良く承知しておりますが、またまた話題のお人になられたようですね。
 今日の訪問はシンビック号に関わるお話でしょうか?」

「はい、左様でございます。
 シンビック号は主人が搭乗して只今深宇宙にあり、タムディ星系の主星であって連合の星都でもあるデンサルに向かっております。
 おそらくは数時間後にはデンサルの軌道衛星に到着するものと思われます。
 デンサルでの中央政府との通信如何でどうなるかは不明な部分もございますが、シンビック号には超高速通信装置が搭載されており、デンサルの中央政庁にその超高速通信装置をお渡しする予定になっております。
 お渡しする時間は不明ですが、その際には首長若しくは首長に代わる方が交信をなさるのが宜しいのではないかと考えまして、こちらにその超高速通信装置を持ってまいりました。
 通信設定はさほど難しいものではありませんが、専門の通信技師にお任せすると宜しいかと存じます。
 政庁舎内のイントラネットは無論のこと、他の公的役所とのネット網も接続が可能であり、デンサルの中央政庁との即時通話が可能となります。
 そうして、これは私どもPMA航空宇宙研究製作所からのささやかな贈り物にございます。
 デンサルに続き、メィビスからのワームホールがつながっている5つの星系の主星政庁にもお渡しする予定ですので、どうぞ活用くださいませ。」

 ジャックがテーブルの上に梱包されたままの通信装置を置いた。

「これは何とも驚いた。
 うーん、デンサルとも即時通話が可能なのですな?」

「はい、ほかの5星系とも同じく可能になります。」

「しかし、これは開発費を含めると大変な額になるのでしょうなぁ。
 それを無料で頂いても宜しいのですかな?」

「はい、宣伝費用と思えば無償で寄贈することも可能なのです。
 ですから精々お使いいただいて効用を宣伝いただければ宜しいかと存じます。」

「なるほど、お役所を宣伝媒体に使いますか・・・。
 いや、それも結構。
 我々も高い恒星間通信費を削減できるとなれば、願ったりかなったりです。
 ですが、我々のところの技術者でこの品物を扱えましょうかな?」

「はい、特別な所はございません。
 ネットに繋げる端子を接続できるようにしてございますし、取扱い説明要領も中に入っております。
 もし、どうしてもわからない部分があれば私どものオペレーターにビデオフォンでお尋ねいただければ必要な支援をできると思います。
 それも、通信装置を起動されてからの方が便利かと存じます。
 遺憾ながら、通信装置の電気代は政庁の方でご負担下さい。
 この首長室の照明程度の電気料金で済むと思われますので。」

「判りました。
 それならば、早速にでも然るべき担当者を決めて対応させましょう。」

「はい、では、本日はお忙しい時間を割いていただき誠にありがとうございました。
 私どもはこれで引き揚げさせていただきますが、これを機に是非とも我が社を宜しくお引き立てのほどお願い申し上げます。」

「おや、もうお帰りですか。
 貴方ほどの美人なればもっとお話しを伺いたいものですが、残念です。
 さりながら、私も別の仕事が待っております。
 どうかこの次の機会にはごゆっくりと時間を取っていらしてください。
 その節にはどうぞ御夫君もご一緒に。」

「ありがとう存じます。
 それでは失礼をいたします。」

 私達三人は慌ただしくフリッターで社屋に戻った。
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