二つの異世界物語 ~時空の迷子とアルタミルの娘

サクラ近衛将監

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第八章 新型宇宙船

8-1 通報と申請と記者会見

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 年明け早々の予定であったメィビス宇宙海軍ケイン中佐への通報が、マルスの滞在先の紛争支援のために約一月遅れた。
 何しろ、マルスの居る異世界への道筋をつけられるのは取り敢えず私しかいなかったからである。

 そんな訳で、その後、マルスがアンリと結婚してから不意に私達に連絡してきたときには本当に驚いた。
 まぁ、マルス本人は、本当に幼い時に自らの力だけで異世界から幾つかの異世界を通過して今の世界に行ったのだから、そうした能力があってもおかしくない筈ではあるけれど、エドガルドさんの一族には私のような能力を持った者は居ないと聞かされていただけに、本当に驚いたものだった。

 いずれにせよ、私と同じようにマルスが複数の異世界を覗ける能力を持っていることが分かったのは、一族にとっても良いことだった。
 彼にマーサの居る世界を教えてあげると即座にそちらの世界にテレポートして実の両親にも御挨拶に行ったようだった。

 これで、マルスの世界への架け橋をする役目は半分以上減ったことになる。
 マルスが定期的にマーサとも連絡を取ることを請け負ったからである。

 1月30日、私とマイクはケイン中佐と連絡をとり、新型宇宙船の試験航海を2月末に行うことを伝えた。
 案の定、ケイン中佐は宇宙海軍関係者の立ち合いを求めてきたが、私達は丁重にお断りした。

 ケイン中佐がぶつくさといろいろ屁理屈を並べ立て何とか私達を翻意させようと図ったが、彼が何と言おうと無駄である。
 私達は例えディフィビア連合統合宇宙海軍のトップが出て来ようと海軍の言いなりにはならないと決めていたからである。

 別に海軍に恨みがあるわけではない。
 こうした武器になりそうな発明や発見があると海軍はそれを独占しようとする傾向がある。

 それは必ずしも人類社会全体にとっていいことではないことが多い。
 無論、敵対勢力にそうした秘密が漏れることは防がなければならないが、彼らに理論上の推測は可能でも実際に作り出すことはかなり難しい。

 PMA航空宇宙研究製作所は一切の特許を申請していないが、革新的な技術だけで優に100を超える技術の集大成で出来上がった宇宙船である。
 製作所を除けば人類社会全体の英知を結集しても30年で果たしてできるかどうかの偉業である。

 従って、一切の技術は公開しないことにしているのである。
 製品を手にした者が全てを分解して調べたところでわかることは非常に少ない筈だ。

 船体を構成する金属一つを取っても、構成元素は何とか判明しても如何にすればそのような金属を作り上げることができるかを推測できる者はいないだろう。
 後はPMA航空宇宙研究製作所自体の機密保持体制が万全で有れば、左程の心配はいらない。

 可能性があるのは、そうした先進技術を独占する企業への破壊工作であり、一つはライバル企業、今一つは潜在的敵対勢力である同盟や帝国の非合法活動である。
 それらの動静を監視する体制は既に万全であり、彼らが実際に行動に移す前にそれらの計画自体を粉砕することが可能になっていた。

 それらを再確認の上で関係先へ各種申請手続きを始めたのである。
 メィビス航空局、メィビス宇宙管理局、メィビス軌道衛星交通管制センター等々、役所だけでも8つ、公益団体で12カ所への申請若しくは届け出を手分けしてすませたのは、2月5日である。

 そうして2月6日に記者会見をシェラヌートン・ホテルで行った。
 事前に報道各社にはメールを送っていた。

『 新型宇宙船の試験航海を2月末に実施する予定について各関係先へ申請を行ったところですが、そのスケジュールと新型宇宙船の概要をお知らせするための記者会見をシェラヌートン・ホテル3階催事場で催します。
 各報道機関にあっては参加自由といたしますが、身分証明書を必ずお持ちください。
 当PMA航空宇宙研究製作所からの一連の発表のあと、質疑応答の時間を設けますが会見時間は午後1時から午後2時の間の1時間だけとします。
 なお、個別の取材には一切応じない予定ですのでご承知おきください。
           PMA航空宇宙研究製作所 
            代表  マイク・ペンデルトン、
            副代表 アリス・ペンデルトン。』

 当日記者会見場に集まった報道関係者は80社189名に上った。
 警備は、ダンベルク警備保障に依頼し、入念なチェックを行うとともに調査室の二名を補助として待機させた。

 二名の役割は、入室者全員の身元調査担当である。
 記者会見場には取り敢えず不審者は入り込んでいなかった。

 未だ社会的にも注目されていない一私企業の動向にさほど興味を持つ者がいるはずもないし、事前に何の情報も与えていないのだから報道関係者以外に興味を持つ者は少ないのである。
 但し、報道関係者は予想よりも多く集まった。

 精々40から50社も集まればいい方だろうと見込んでいたのであるがメィビスに本社、支社を置くほとんどの報道機関が集まったのである。
 マイクとアリスのカップルの記者会見ということが通常よりも多くの記者を集めたようである。

 無論のこと新型宇宙船なるものに左程の期待をしているわけではないのだが、あの二人がまた何かをしでかすのではないかというそちらの関心が高かったようである。
 多くの記者を前に、会見は私とマイクがひな壇に据えられたテーブルに着席して、定刻に始められた。

 マイクが挨拶を兼ねて説明を始めた。

「それでは、定刻になりましたので、これよりPMA航空宇宙研究製作所の記者会見を始めます。
 最初にかくも多数の報道関係者の方々にお集まりいただいたことを先ずお礼申し上げます。
 次いで本日の会見スケジュールを申し上げます。
 最初に私の方から、新型宇宙船の概要について申し上げます。
 これがおよそ20分でございます。
 次いで皆様からの質問があればお受けします。
 但し、質問内容によってはお答えしかねることもございますので予めご了承をお願いします。
 質問が無くなった時点或いは午後2時になった時点で勝手ながら会見は終了させていただきます。
 それでは、新型宇宙船の概要をご説明します。
 お手元にこれから資料を配布しますのでご覧ください。」

 PMA製作所の女子職員4名が資料を一人一人に配布して行く。
 万が一のためとしておよそ200部用意した資料はほとんどなくなりかけていた。

「一枚目はPMA航空宇宙研究製作所の概要でございます。
 二枚目は、新型宇宙船の主要目でございます。
 三枚目は、新型宇宙船の試験航海のスケジュールでございます。
 一枚目については、後ほどゆっくりとご覧いただければ宜しいかと存じます。
 二枚目からご説明申し上げます。
 試験航海を行う新型宇宙船は、概ね現在運航中の大型シャトルとほぼ同程度の大きさを持っておりますが、強いて言うならば新型宇宙船の方がややスリムな形と言えましょう。
 シャトルと違うところは、シャトルが軌道衛星等惑星の重力圏内で稼働する交通機関であるのに比べ、新型宇宙船はそれよりも遠方へ到達することを目的としたクルーザー・タイプの宇宙船であることです。
 現在稼働中の星系内クルーザーも無くはございませんが、性能面で全く別格のものとお考えください。
 現在稼働中のクルーザーではワイオミング・スター社のM231型機が最も性能が高い傑作機としてよく知られておりますが、このM231型機でメィビスの軌道衛星から外惑星の第8惑星まで行くにはおおよそで3週間ほどかかります。
 搭載人員は最大10名でありますが、第8惑星まで無寄港で向かう場合には水、食料の問題から最大定員は6名にまで減らさなければなりません。
 シャトルもM231型機も使用しているメインエンジンは、シュワルツ型駆動機関です。
 皆様も或いはご承知かと存じますが、シュワルツ型駆動機関は空間反発型推進装置であるため、スラスター近傍の空間を歪曲させるのに非常に大きな動力源を必要とし、シャトルやクルーザーなどではその能力に応じて船体容積のかなりの部分を動力機関が占めることになります。
 シャトルでは約25%、クルーザーでは35%から50%を占めます。
 恒星間輸送に従事する大型客船や海軍艦艇は大規模発電所並みの動力を備えているのが現状です。
 客船は別としても海軍艦艇は高Gでの連続航行も可能なように設計されていますが、それでも戦闘時の場合の短時間の場合は別として通常3G以上の連続運転は搭乗員の健康維持から望ましくないとされています。
 そこで私どもの開発した新型宇宙船は、加速度減殺装置と慣性質量減殺装置を組み込んだ上に新型の改シュワルツ型駆動機関を使って10G以上の加速が行えるようにいたしました。
 メィビス軌道衛星から第8惑星まで30億セトラン。
 仮に第8惑星が目的地であるとするならば、中間地点で減速を掛けなければならず、1Gでは16日ほど掛かります。
 しかしながら、10Gの加速度では4日余りで到達できることになります。
 先ほど申し上げた加速度減殺装置、わかりやすい言葉で言えば重力を中和する装置の働きで、搭乗員は地上と変わらない重力場の中で生活できると見込まれています。
 取り敢えず、この三つが新型宇宙船の大きな特徴です。
 主要目に記載してある通り、乗員乗客の最大定員は40名を予定していますが、シャトル並みに詰め込めばその3倍120名までは十分に大丈夫と思われます。
 その他にも新機軸のものはございますが、最初の試験航海が無事にクリアしたならば、次なる試験の継続も考えております。
 それから新型宇宙船は軌道衛星からではなく、シャトルと同様に地上から出発します。
 帰還する時も軌道衛星を経由することなく、地上に直接降り立つことが可能です。
 さて、20分が経過しましたので、取り敢えず、私どもからの発表は終えまして、皆さんからの質問にお答えします。
 最初にメィビス報道の方を質問者に指名します。
 今日は大勢お集まりですので、お一人一問だけとします。
 次の質問者は、メィビス報道の方が適宜指名し、その方が更に次の方を指名するという方式を取ります。
 どうか公平な指名をお願いします。
 ではメィビス報道の方どうぞ。」

 メィビス報道局の腕章を巻いた女性が立ち上がってマイクを取った。

「私は、メィビス報道のカレン・グスタフです。
 では、質問いたします。
 先ほどの説明では慣性質量減殺装置なるモノの役割を省略されていますが、どのような機能を持つものでしょうか?」

「質量は速度の増減に関わって参ります。
 重力場の中でも外でも、重い物は速度を上げにくく、軽いものは速度をつけやすい。
 慣性質量減殺装置は、質量を見かけ上少なくし、より少ないエネルギーで早い速度を得ることができるようにする装置です。
 例えば貴方が鉄のボールを投げても余り遠くには投げられませんが、適度の重量の軽いボールならば遠くへ投げられます。
 同じエネルギーでより早い速度を得るためには鉄のボールの重量を小さくできればいいわけです。
 慣性質量減殺装置は、通常空間の中で見かけ上重量を軽くすることを可能にする装置だとお考えください。
 次の方。」

 カレンがディリー・プラネットの記者を指名した。

「ディリー・プラネットのハリソン・ベイカーです。
 このスケジュールですと、試験は今月末の予定となっており、そうすると既に宇宙船は完成しているものと思われますが、出発前に報道機関に船内の公開なり、見学なりを許可する予定はありますか?」

「残念ながらそうした予定はございません。
 試験実施日については、確定次第皆様にメール等でお知らせします。
 当社敷地内から出発の予定ですので、敷地外からの撮影などは自由にしていただいて結構です。
 どのような理由であれ敷地内に無断で入られる方は、私有囲い地侵入罪で現行犯逮捕されることになりますのでご注意ください。
 次の方。」

 次々に指名がなされて行く。

「先ほどの話では、第8惑星までは30億セトラン、確かワームホールまでは200億セトラン前後と聞いておりますが、その加速度ならばワームホールまでかなり短い時間で到達できるのではないですか?」

「200億セトランの距離は光の速さでも18時間を越えます。
 旅客船ですと23日から25日程度かかりますが、仮に10Gで加速をしますと8日掛からずに到達できると考えています。」

「この新型宇宙船の試験航海が成功した場合は、将来的に商業生産をする計画は有りますか?」

「商業生産のためには、種々の関門がございます。
 それらをクリアできればそうすることも出来るでしょう。」

「一機どのぐらいの値段になりましょうか?」

「さて、未だ詳細には検討していませんが、M231型機よりは高くなると思われます。
 装備内容によっても異なりますが、シャトルと同程度の大きさで1000万ルーブから2000万ルーブ前後になるかもしれません。」

「三枚目のスケジュール表では帰還の予定が記載されていませんが、すぐに戻る予定ですか?」

「試験航海は他にも幾つかの機器の確認検証を行います。
 それらが終わってから戻ることになりますが、帰還予定は未定です。
 いずれにしろ、新型駆動機関等の試験がうまく行かなければ早めに帰還することもあり得ます。」

「試験中のデータ公開は予定がありますか?」

「試験中のデータ全ての公開は考えていませんが、新型宇宙船が敷地を出発直後からエベレット街区にある我が社の仮事務所に臨時の広報用ブースを開放します。
 三枚目のパンフレットにその住所が記載されています。
 あくまでモニターの設置だけですが、そこで皆様が知りたいと思われるような情報が得られるかもしれません。
 同様のブースはメィビス宇宙海軍基地にも設けられる予定ですが、こちらの方の取材が可能か否かは、海軍にお問い合わせください。」

「モニターと言うと、宇宙船からの中継ができるということでしょうが、星系内とは言え、やはり時差があるのでしょうね?
 30億セトランも離れると、光の速さで1万秒、およそ3時間の時差が生じるはずですが・・・。」

「いいご質問ですね。
 今回の4つ目の目玉が新型通信機器の試験でもあります。
 うまく行けば時差無しで外惑星系からの通信が可能となるかもしれません。」

 忽ち会場が沸き立った。

「それは、光の速さを超える超光速通信装置ということでしょうか?」

「理論的には、そうなると考えています。」

「どこまで即時通話が可能でしょうか?」

「理論上は、現実の距離に無関係になると考えています。
 主星デンサルまでは、およそ48光年の距離がありますし、このメィビスから連合圏内で一番遠い星系はシムズ星系地区のダフォレシアで137光年ですが、そのいずれとも理論上は即時通話が可能と考えています。」

「その通信装置の販売は考えておられますか?」

「試験で性能が確認され、関係当局に承認が得られれば、販売も可能と思われます。」

「ワームホール周辺に設置してある通信リレー衛星は直系100トランを超える大きさですが、それよりも大きいのでしょうか?」

「いいえ、皆さんがお持ちのホロビデオのケースよりも少し大きい程度の大きさです。
 我が社が設置する交換機を介して複数の子機と通信が可能です。」

「高精細のホロビデオを対象とした場合、送信及び受信能力はどのぐらいでしょうか?」

「現状で各報道機関が使われている高画質ホロビデオならば同時に千本以上が処理できるものと考えています。」

「ではたとえば、メィビスとデンサルの惑星規模のネットをつなごうと思えばできることになりますか?」

「ネット通信ならば当初から掲載するデータ量に制限がありますので、多分双方に最大2個ほどの通信装置を設置することで現状の通信量から見る限りは可能になると思います。
 その状態で各報道局の画像伝送を含めて十分に対応可能です。」

 何処かの記者が独り言のように叫んだ。

「そらぁ、凄ぇーや、デンサルのホロ放映が、メィビスでも見られることになるぜ。」

 質問ではないので無論無視する。

「あの、海軍の方にもブースを設置するとの御話ですが、海軍にも将来的に新型の駆動機関や通信装置が提供されるという話でしょうか?」

「さて、可能性はございましょうが、海軍さんが必要と思われるかどうかでしょうね。」

「必要と思うに決っているじゃないですか。
 民間の商船が凄い速力で走り、即時通話ができるのに、海軍が従来の速度や通信方式で間に合うわけが有りません。
 ただ、その装備を同盟や連邦にも提供することになるんでしょうか?」

「さて、その辺はむしろ我が社の方針というよりは国の方針、どちらかと言えば政治的な話になるでしょうから、浮上車やフリッターの輸出のように自由な輸出を認めては頂けないのではないかと存じます。
 確か、シュワルツ駆動機関も輸出制限品目に入っていたはずですから。」

「輸出が可能であれば輸出もするという予定ですか?」

「試験航海に出てもいない今の段階でそのような話にまで拡大するのは難しいでしょうね。
 連合圏内だけでも就航している旅客船は約350隻、恒星間輸送船は4000隻余り、海軍さんでも大小合わせて千隻を超える艦船をお持ちです。
 仮にそれらの船に必要な新型駆動機関を製造するだけでも数十年はかかるでしょう。
 余程の事が無ければ輸出の話は無いかもしれません。」
 さて、残り時間はあと2分少々となりました。
 最後のご質問をお願いできましょうか。」

「順調に進んだ場合、他の搭載機器の試験も行うそうですが、どのような機器が有るのか教えてください。」

「今の段階では、他の機器についての説明はできません。
 当面の試験が無事に終了した段階でならあるいは、公表できるかもしれません。
 一応質問はこれまでとします。
 なお、試験当日に用意できるブースは20個です。
 ブース一個についてモニター画面の接続端子は4個までついています。
 各社共同で利用するかどうかはここにお集まりの皆さんでご相談ください。
 入場希望の報道機関が多い場合は抽選にいたします。
 ブースには座席4個とビデオフォンも設置してあります。
 一応、利用料は1ブース1日5千ルーブを当日入場時に徴収いたします。
 入場希望者が多い場合は抽選にいたします。
 これで商売をするわけではありませんが、仮に1時間で終了しても利用料は前払いで徴収いたします。
 また状況によってはモニターの中継を予告なく中断する場合もあり得ますので悪しからずご了承ください。
 では以上で記者会見を終了します。」
 
 この記者会見はその後の反響が大きかった。
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