二つの異世界物語 ~時空の迷子とアルタミルの娘

サクラ近衛将監

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第七章 二つの異世界の者の予期せざる会合

7-3 アリス&マルス ~マルスの母

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 マルスとアンリは馬を降りた。
 マルスはマーサに何となく見覚えがあるような気がした。

 はて?
 どこであったのだろう?

 そう思いながら、マルスから声を掛けた。

「こんにちわ。
 マイク殿、アリス殿、それにマーサ殿にございますか?」

 マルスの住む世界とマイクの住む世界では当然に言葉も違うが、待っている間に住人の意識を読み、言葉を覚えて、マイク、アリス、マーサの三人がその知識を共有しているので、会話には困らない。
 マイクが最初に返事をした。

「ええ、そのとおりです。
 マルス殿にアンリ殿
 お初にお目にかかります。
 私がマイク。」

「私はアリス。」

「私はマーサよ。
 マルス。」

 その声を聞いてマルスに遠い記憶が蘇った。

「ママ?」

 彼が発したのはエルモ大陸で優勢なクスコフ語ではなく、レ・パレディスのルード語であった。
 マーサの目から涙がこぼれた。

 そうしてマーサが駆け寄り、マルスに抱き付いた。
 マルスは大きい。

 マーサはアンリよりも背丈が小さいから彼の胸に頭を付ける格好になる。

「ああ、マルス、私の息子マルス。
 どんなに会いたかったことか。」

 彼女はルード語でしゃべっていた。
 マルスとアンリにはわかる筈もない。

 マイクからマルスとアンリに瞬時にルード語が伝達された。
 マルスは遠い記憶でこの女性に抱かれていたことが有るのを思い出していた。

「パパの顔は覚えていないけれど、貴方の顔は僅かに残っていた。」

 その時不意にマーサは気づいた。

「マルス、貴方、ルード語が話せるの?」

「いいえ、今、マイクから言葉を教えてもらいました。
 アンリも話せるはずです。
 多分、私の記憶に間違いはないと思うのですが、念のためお聞きします。
 幼い頃に私の身体には何か特徴がありましたか?」

「いいえ、貴方には傷も痣もなく五体満足な子だったわ。」

 マルスは大きく頷いた。

「マイク殿、私は少なくとも15年ここにいるのですが、その点の矛盾は解決できましたか?」

「仮に日時まで特定しようとすると精密に測定をしなければならないけれど、およそでは、マーサの住んでいる世界とこの世界では1.5倍から1.6倍の差が生じる。
 こちらの世界の方が速いんだ。
 だから10年前が15年前になった理由もわかる。」

「今一つ、私が当時着ていた衣装を養母のレアが大事に保管していてくれました。
 これがそうなのですが見覚えが有りますか?」

 マイクは鞍に付けていた袋から小さな色あせた衣装を取り出した。
 マーサが頷いた。

「これは貴方が行方不明になった時に来ていた衣装よ。
 私がファンデスルースで選んだ衣装ですもの。
 襟のところにそのロゴがルード語で書かれている。
 それに、ここにその写真がある。」

 マルスはこれまでなる物を見たことが無かった。
 実物そっくりに描かれた幼子の絵がそこに合った。

 アンリが言った。

「わぁ、これが三歳の時のマルス?
 可愛い坊やね。」

「他にもまだあるのよ。」

 そう言って、マーサは写真を何枚か取り出して見せた。
 そこにはマーサと一緒にマルスの幼い顔が映っていた。

 アンリが手に取って言った。

「あ、これは、マーサ様ね。」

 マルスもその背後から顔を突き出して、眺めていた。

「うん、どうやら、間違いが無いようだ。
 母上、この写真とやらをお借りできましょうか。
 養父母であるノームとレアにだけはお見せしたいと存じます。」

「いいですよ。
 これは貴方に差し上げます。
 そうしていつか貴方をここまで育ててくれた養父様と養母様にも会わせてくださいな。
 そうね、貴方の結婚式の時がいいのかしら。」

「私を連れ戻そうとはなさらない?」

「一族の者は誰でも年頃になれば花嫁を或いは花婿を捜しに家を出るものです。
 貴方の場合は少し早すぎたのだけれども、立派な花嫁候補を見つけたようね。
 とても綺麗なオーラを持っている御嬢さんだわ。
 許嫁として決まっているようですけれど、必要ならば私の許しは与えます。
 申し分のない花嫁だと思います。
 貴方は、この地で育った。
 どうせ、この地から離れるつもりはないでしょう?」

「はい、養父母も、領民も、それにアンリもそれを望んでいます。
 それに私はこの地を離れるわけには行きません。
 近々、ロンド帝国がこの地を含むエルモ全土に押し寄せてくるのです。
 私はアンリ殿の兄であるクレイン殿やロザリン殿と国土を防衛する任務が有ります。」

「そうね、仮にも領主の息子ならばそれは止むを得ないわ。
 私は貴方が無事に育ってくれたことだけで嬉しいの。
 アンリ殿、もし、お二人に子が生まれたなら私にも抱かせてくださいな。
 それがマルスを生んだ母としてのお願いです。」

 アンリは顔を赤らめながら言った。

「はい、結婚式にはご招待を致しますし、二人の間に子が出来たなら必ずお知らせ申します。」

「後は、・・・。
 貴方方覚醒は済んだのかしら。」

「覚醒というかどうか・・・。
 僕は自分の内から力が放出される時を知覚し、ここから離れて別の場所に行き、そこで力を放出しました。
 そのためにその場所は無くなりました。
 アンリとクレイン殿は周囲にあまり影響を与えない状況で覚醒が済んだと思います。
 ロザリン殿は気づいた時には今の力をお持ちでしたので覚醒したのかどうかは不明です。
 でもオーラのレベルから言うと一応の覚醒は済んでいると思います。」

 マイクが言った。

「何と、一人で覚醒を終えたのか。
 それは何とも凄い話だ。
 でも、一応はエドガルド翁かダイアン媼に見てもらった方が良いのじゃないかな。」

「ええ、そうね。
 その時は、アリス、また、案内をしてくれるかしら。
 それに結婚式の時も。」

「はい、それは構いませんけれど・・・。
 あの、式の時は100人以上もお出でになるのかしら?」

「うーん、それは何とも言えないわ。
 でも少なくとも私達家族と祖父母たちは間違いなく来ると言うわ。」

 マルスが困惑顔で言った。

「困ったですね。
 正直申し上げて、皆さんを何とご紹介してよいやら困ってしまいます。」

「でしょうね。
 ならば、私達は貴方たちの援軍として来ればいいのじゃないかしら。
 今探った情報から言えばロンド帝国の軍は海軍を使って渡海してくるのでしょう。
 それを迎え撃つ船が何隻かいれば援軍にはなるでしょう。」

 今度はマイクが首を傾げながら言った。

「それはまた、・・・。
 余り干渉しすぎると問題が起きますが・・・。」

「大丈夫よ。
 ほどほどにしておけばいいのだから。
 その辺はエドガルド翁に確認しつつするわ。
 何と言っても行方不明だった一族の子が生きていることが分かったんですもの。
 少なくとも私と夫、それに両方の祖父母は絶対にそんな機会を見逃すような人たちじゃないわ。
 予め船やら武器を用意しておいて、いざという時に繰り出せばいい。
 兵隊さんは現地で雇うしかないけれど、まぁそれも何とかなるでしょう。
 何だか傭兵の類が結構あちらこちらに居るみたいだから、その中で信用のおける者だけを雇えばいいわ。
 アリスは、その時にも協力してくれる?
 私の力じゃ、ここには来られないもの。
 さっき通った最初の道筋は、一度は私も探したはずなんだけれど、その先にある道は全然わからなかった。
 こうしてマルスに会えたのも全て、アリスのお蔭ね。
 ありがとう。」

「あの、戦争に参加するんですか?」

「そうね、女性としては戦なんか嫌だけれど、侵略される側になってごらんなさい。
 財産は奪われ、生き残った者は奴隷になるのよ。
 ロンド帝国はそうした専制国家なのよ。
 多分私達の世界の戦国時代でもそうだったのじゃないかしら。
 歴史の一頁なら読むだけで済ませられる。
 でも、互いの生存を掛けた戦いに私の息子が身体を張っているのよ。
 そんな時に黙って見ていられるものですか。」

「まぁまぁ、マーサ叔母様今ここで気炎を吐かれても仕方がないでしょう。
 それよりも、戻られて叔父様に報告してあげなくてはいけないのではないのですか?
 マルスの伴の人も下で待っておられるようですから。」

「あら、そうね。
 マルス、悪いけれど貴方の髪の毛を一本だけ切り取ってもらえる?」

「はい、それは構いませんけれど、・・・。
 お守りにでもするのですか?」

「いいえ、髪の毛一本で貴方を確認出来るのよ。
 私の住む世界では必ずDNAを登録するの。
 年齢と共に多少の変化はあるけれど98%は元のまま。
 だから貴方が私とデニスの子であるマルスということを科学的に確認できる筈。
 貴方も私も納得している今は、その必要もないのだけれど、念には念を入れておきたいの。」

 マルスは腰に差した短剣で無造作に髪の一房を切って差し出した。

「これぐらいあればよろしいでしょうか?」

「本当に一本で良かったのに・・・。
 残りは家族のお守りにしましょうね。
 じゃぁ、マルス、元気でいてね。
 必ず、また会いに来ます。」

 アリスとマイクの二人もマルスとアンリに別れの挨拶をして、瞬時に消えた。
 マルスが独り言を言った。

「なるほど、あのようにして行くんだ。」

 アンリが尋ねた。

「行く先がわかったの?」

「うん、多分。
 今はその必要もないからしないけれど、必要に応じてあの道を使わせてもらおう。
 さて、帰ろうか。」

「ええ、その前に、泥だらけにはなりたくないけれど口づけぐらいならいいでしょう。」

 マルスはふっと微笑み。
 アンリを抱きよせて口づけを交わした。

 緑豊かな森のこずえが爽やかな風に揺れ、雲雀が高く舞い上がっている晩夏の昼前のひと時であった。
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