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第七章 二つの異世界の者の予期せざる会合
7-2 アリス&マルス ~丘の上にて
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その日の昼食は1時間ほど遅れてレストランで頂いた。
郷土料理とも言うべきハーライルという麺料理であるが、野菜も肉もたっぷりと混ぜられたやや辛みの強い麺料理はとても美味しく、食後に頂いたハーブ茶がこの料理にとても良く合っていた。
部屋に戻ってから私は、マイクに尋ねた。
「マルスという行方不明の子は、どんな子だったの?」
「彼の父親は、デニス・エルフ・ブレディといって一族の長であるエドガルド翁の直系の曾々孫にあたる人だ。
僕の母とは従兄妹でね。
だからマルスは僕の又従兄妹に当たるのかな。
何せ、僕が子供の頃いなくなった子だから、詳しいことはわからないんだが、当時一族が総力を挙げて捜索したんだが見つからなかった。
ご両親が一族の結婚式で不在の間に部屋からいなくなったんだ。
家にはメイドも執事もいたのだけれど彼の出て行くところは誰も見ていない。
家には監視カメラもついていたのだけれど不審者はいなかったし、彼が出て行く姿も映ってはいなかったようだ。
幼くとも顕著なオーラは有ったからね。
その世界に居れば一族の捜索網に引っかかったはず。
一番可能性のあることは彼が自分の力でテレポートして、一瞬の内に死んでいることなんだ。
死ねばオーラは探せない。
極めて少ない可能性としては彼が異世界へ飛び込んでそこから戻れないことも有ったので、異世界も探したのだけれど見つからなかった。
無数にある異世界を全部調べるのは不可能なんだけれど、それでも半年かけて探したようだ。
結局、手がかりが無くて行方不明とされ、それ以後の捜索は諦められた。」
「まぁ、じゃぁ、さっきの男性がその可能性があると言うことかしら。」
「うん、本来の世界に居れば13歳の筈なんだが、彼の話では現在は18歳か。
三歳のころの面影はないかもしれないね。
それとアリスが探し当てた世界はこれまでと異なる方法でなければ辿り着けないようだ。
少なくとも異世界を覗いて更に奥にある別の世界を覗いた者はいない。
だから盲点になっていた可能性がある。
間に幾つの世界が有った?」
「えーっと、確か三つかな。」
「アリスだから見つけられたが、僕なら見つけられない。
巨大爬虫類が跋扈している世界に興味を持っている人は少ないからね。
まぁ、少なくとも花嫁花婿探しで異世界を探訪する若者が行く世界じゃない。
空気の無い世界を訪ねる者も居ないだろう。
三歳の子供がそんな世界に行ったら例え一時でも生きてはいられないからね。
何か身体に特徴的な物があればいいのだけれど・・・。
それが無ければ同一人物かどうかを判断するのは難しいだろうな。
最悪DNAの鑑定をすれば親子関係は判るけれどね。」
「当時来ていた衣装は?」
「故郷で10年、向こうの世界では15年も前の衣装だよ。
通常は残っていないだろうね。」
「でも、養父母になった方が保存しているかもしれないわ。
私が養母なら迷子の子を特定するための証拠品だから大事に取っておくわ。」
「ふーん、なるほど・・・。
その線はあるかもしれないね。
マーサ叔母さんに一応確認してみよう。
尤も叔母さんたちも忘れてしまっている可能性があるけれどね。」
その日の午後9時にマイクが、夫妻に連絡を取るとあちらの世界では早朝にもかかわらず母親のマーサが直接やって来た。
見慣れない衣装の30代後半の女性は、とても美人であったし、そのまま外に出たなら必ず人目を引いてしまうだろう。
増して彼女は空港や港を経由して来た者ではないので島への出入登録もされていないので、何かあった場合に不法な滞在者として逮捕される可能性もある。
メィビスでは自由に往来ができる代わりに、島ごとの出入管理が徹底されている
彼女には部屋から出ないようにしてもらった。
彼女はマルスの子供の頃の写真を持ってきた。
薄い茶色の髪で青い瞳を持つ幼い男の子が、色々な服装で映されており、その内の一枚を指さして彼女は言った。
「これが、マルスが行方不明になった時の衣装よ。
身体には特段の特徴はなかったわ。」
写真では半袖のTシャツとタイツを履いていた。
彼女はそのマルスと言う若い男性にしきりに会いたがった。
だが私達はマルスと連絡を取るのは同じ時間帯にした方がよいと判断し、再度連絡を取ることにしたのである。
マーサは納得し一旦は自分の世界に戻って行った。
マーサの住むレ・パンディラとは1割ほどこちらの方がゆっくりと流れている。
従ってマーサの世界とマルスの世界では1.5倍か1.6倍ほど時間の進み方が違うことになりマルスがマーサの息子である確率も上がった。
マーサの時間で10年はマルスの世界の15年から16年になるはずである。
マルスと連絡を取ったのが私達のいるオールバンド島で午前12時半ごろ、それから既に8時間近く経っており、マルスの居た地域はオーラの位置から判断しておおよそ正午に近い時間であったようだ。
仮に向こうの正午として翌日の10時ごろならば彼も活動時間に入っている筈。
マーサとは5時間後にホテルの部屋で落ち合うことにしたのである。
午前3時マーサは礼装を着て現れた。
マルスが行方不明になった直前に着ていた結婚式に参列するための衣装を選んだようだ。
手には日傘を持っている。
残念ながら私はそのような衣装は持って来ていない。
クレアラスに戻ればそのような衣装もあるが、マルスの世界の貴婦人の衣装がわかっているわけではないし、想像で衣装を造ったところで意味は無い。
私はパンタロンにTシャツの姿にした。
マイクもTシャツ姿である。
準備ができると私達はリンクして異世界への小さな孔をあけた。
水素分子ですら通り抜けられない小さな孔であるがそこから思念を送ることもテレポートすることも可能である。
三人がリンクを張って、その思念を異世界に潜りこませて、すぐにマルスを見つけた。
と同時にそのすぐそばにマルスよりも小さいが比較的大きなオーラを感じ取った。
『こんにちわ。
マルス。』
『やぁ、マイクとアリスだね。
ん?
もう一人いるのかな?』
『ええ、マーサよ。
マルス。』
『じゃぁ、こちらも紹介しよう。
僕の婚約者アンリだ。
たまたま昨日の午後にこちらに着いた。』
『アンリです。
マルス様からお伺いして、私も一緒にお話ししたいと思います。』
『今からそちらに行って直接会いたいと思っているのだが、構わないだろうか?』
『うん、ここはちょっと拙いですね。
使用人がいるので、いきなりこちらに来られては困ることになる。
馬車を使って門から入って来られるなら一向に構わないのだが・・・。
多分、空間を移動してくるのではないのですか?』
『その通り、テレポートと言って空間を瞬時に移動できる。』
『私達もできるけれど人目に晒したことは無い。
今、私とアンリの前には二人も侍女がついているから、あなた方が急に現れれば彼女たちは卒倒するだろう。
いずれにせよ、大騒ぎになってしまう。
どうだろう。
これから私とアンリは馬に乗って遠駆けをするので、その先で待っては貰えないでしょうか。
左程遠くはないがそれでも馬では結構かかってしまう。』
マルスは凡その時間的指標と座標をテレパスで伝えてきた。
『わかりました。
では、その丘の上で会いましょう。
私どもの服装はあなた方のそれとは異なるがそれはお許し願いたい。』
『わかりました。
では半時ほど後で。」
それから15分待って、私達は異世界へと転移した。
◇◇◇◇
マルスとアンリは、乗馬服に着替え、遠駆けに行くと言うとすぐに側近の騎士が4名もついてきた。
こればかりはどうしようもない。
アンリはサディス公爵の令嬢にしてカルベック伯爵領の令息マルスの許嫁でもある。
マルビスからついてきた衛士二名、カルベックの衛士二名が付くのは当然の事なのである。
丘の麓に到達すると、マルスは衛士四人に言った。
「ここから先は、私とアンリ二人にしてくれぬか。
館では侍女が終始ついているし、外に出る時はお前たちが付いてくる。
たまには二人だけで語らいたい時もあるのだ。
頼む。」
衛士四人の中では隊長格になるデラウェアが苦笑しながら言った。
「まぁ、若様の言うことも判らないではない。
たまには口づけの一つもしたいと言うところでしょうね。
止むを得ません。
この先は丘の上で行きどまり。
他に行く所も無いし、路はこれ一本。
我々はここで待ちましょう。
何かあっても若君が居ればどうとでも対応できる。
但し、半時が限度です。
お昼までには戻らねばなりません。
それと若君、それにアンリ姫、衣装を泥だらけにしてはなりませんぞ。
後で何かと勘ぐられます。」
マルスも苦笑し、アンリは顔を赤らめた。
「デラウェア、何を言うかとおもえば・・・。
お前も口が悪くなったな。」
「いやいや、左程の事はございませんでしょう。
クレイン子爵殿の方が余程あからさまに申している筈。
のぉ、ハリソン、そうではないか?」
今度はアンリ付きの衛士二人がぷっと噴出した。
その上でハリソンが言った。
「只今、デラウェア殿が言上、私は聞かなかったことにいたします。」
そう言ってにやりと笑った。
マルスは呆れたように首を横に振りながら言った。
「それでは、半刻後までにはここに戻る。」
そう言ってマルスとアンリは丘の上へ馬を進めた。
既にマルスとアンリの二人は、丘の上に大きなオーラを三つ感じ取っていた。
「マルス様。
貴方の血筋がわかるのでございましょうか。」
「うん、そうかも知れぬし、そうでないかも知れぬ。
昨日母に言って、私を見つけた時の衣装を見せてもらい、預かって来た。
私の身元を示す拠り所として母が大事に保管していたようだ。
私の身体には、特段の特徴が無かったことを当時女中頭をしていたメリダが確認している。
だから何かそのような特徴があると言うマルスならば私ではない。」
「仮に身元がわかれば、マルス様はどうされます?」
「どうもしない。
仮に実の両親がわかったところで、私には老いた養父母が居る。
それにカルベックの領民がいるし、アンリもいる。
私の生活の場はここにあると思っている。
実の両親が困って居て私に助けることができるならば、それもしよう。
だが、それはカルベックが安泰な時だけだ。
今のようにいつロンド帝国が押し寄せて来るかわからぬ時期にはそのような余裕はない。」
「そうですか。
安心しました。
予言が成就するのも後半年余り。
今、マルス様に去られでもしたら私は生きて行く望みが無くなります。」
「大丈夫だよ。
私はどんなことがあってもアンリ殿の傍にいる。」
アンリは微笑み、頷いた。
木立を抜けるとそこは丘の頂上であった。
頂上は平らな草原になっており、カルベックの半分が臨める丘陵でもあった
その中央に三人の男女が佇んでいた。
二人の男女は農民のような服装をしているが、明らかに気品がある。
もう一人の女性は煌びやかな宮廷衣装に似ているが、もっと簡素でありながら同じく気品が溢れた衣装をまとっている。
腕の部分は夏の時分には珍しい長袖なのだが、薄いベールのような衣で透けて見えた。
不思議な衣装である。
手には日傘を持っているが、宮廷で用いられる日傘は単色なのに、綺麗な花柄模様が浮き出た実に綺麗なものである。
三人の男女は武器を持ってはいなかった。
郷土料理とも言うべきハーライルという麺料理であるが、野菜も肉もたっぷりと混ぜられたやや辛みの強い麺料理はとても美味しく、食後に頂いたハーブ茶がこの料理にとても良く合っていた。
部屋に戻ってから私は、マイクに尋ねた。
「マルスという行方不明の子は、どんな子だったの?」
「彼の父親は、デニス・エルフ・ブレディといって一族の長であるエドガルド翁の直系の曾々孫にあたる人だ。
僕の母とは従兄妹でね。
だからマルスは僕の又従兄妹に当たるのかな。
何せ、僕が子供の頃いなくなった子だから、詳しいことはわからないんだが、当時一族が総力を挙げて捜索したんだが見つからなかった。
ご両親が一族の結婚式で不在の間に部屋からいなくなったんだ。
家にはメイドも執事もいたのだけれど彼の出て行くところは誰も見ていない。
家には監視カメラもついていたのだけれど不審者はいなかったし、彼が出て行く姿も映ってはいなかったようだ。
幼くとも顕著なオーラは有ったからね。
その世界に居れば一族の捜索網に引っかかったはず。
一番可能性のあることは彼が自分の力でテレポートして、一瞬の内に死んでいることなんだ。
死ねばオーラは探せない。
極めて少ない可能性としては彼が異世界へ飛び込んでそこから戻れないことも有ったので、異世界も探したのだけれど見つからなかった。
無数にある異世界を全部調べるのは不可能なんだけれど、それでも半年かけて探したようだ。
結局、手がかりが無くて行方不明とされ、それ以後の捜索は諦められた。」
「まぁ、じゃぁ、さっきの男性がその可能性があると言うことかしら。」
「うん、本来の世界に居れば13歳の筈なんだが、彼の話では現在は18歳か。
三歳のころの面影はないかもしれないね。
それとアリスが探し当てた世界はこれまでと異なる方法でなければ辿り着けないようだ。
少なくとも異世界を覗いて更に奥にある別の世界を覗いた者はいない。
だから盲点になっていた可能性がある。
間に幾つの世界が有った?」
「えーっと、確か三つかな。」
「アリスだから見つけられたが、僕なら見つけられない。
巨大爬虫類が跋扈している世界に興味を持っている人は少ないからね。
まぁ、少なくとも花嫁花婿探しで異世界を探訪する若者が行く世界じゃない。
空気の無い世界を訪ねる者も居ないだろう。
三歳の子供がそんな世界に行ったら例え一時でも生きてはいられないからね。
何か身体に特徴的な物があればいいのだけれど・・・。
それが無ければ同一人物かどうかを判断するのは難しいだろうな。
最悪DNAの鑑定をすれば親子関係は判るけれどね。」
「当時来ていた衣装は?」
「故郷で10年、向こうの世界では15年も前の衣装だよ。
通常は残っていないだろうね。」
「でも、養父母になった方が保存しているかもしれないわ。
私が養母なら迷子の子を特定するための証拠品だから大事に取っておくわ。」
「ふーん、なるほど・・・。
その線はあるかもしれないね。
マーサ叔母さんに一応確認してみよう。
尤も叔母さんたちも忘れてしまっている可能性があるけれどね。」
その日の午後9時にマイクが、夫妻に連絡を取るとあちらの世界では早朝にもかかわらず母親のマーサが直接やって来た。
見慣れない衣装の30代後半の女性は、とても美人であったし、そのまま外に出たなら必ず人目を引いてしまうだろう。
増して彼女は空港や港を経由して来た者ではないので島への出入登録もされていないので、何かあった場合に不法な滞在者として逮捕される可能性もある。
メィビスでは自由に往来ができる代わりに、島ごとの出入管理が徹底されている
彼女には部屋から出ないようにしてもらった。
彼女はマルスの子供の頃の写真を持ってきた。
薄い茶色の髪で青い瞳を持つ幼い男の子が、色々な服装で映されており、その内の一枚を指さして彼女は言った。
「これが、マルスが行方不明になった時の衣装よ。
身体には特段の特徴はなかったわ。」
写真では半袖のTシャツとタイツを履いていた。
彼女はそのマルスと言う若い男性にしきりに会いたがった。
だが私達はマルスと連絡を取るのは同じ時間帯にした方がよいと判断し、再度連絡を取ることにしたのである。
マーサは納得し一旦は自分の世界に戻って行った。
マーサの住むレ・パンディラとは1割ほどこちらの方がゆっくりと流れている。
従ってマーサの世界とマルスの世界では1.5倍か1.6倍ほど時間の進み方が違うことになりマルスがマーサの息子である確率も上がった。
マーサの時間で10年はマルスの世界の15年から16年になるはずである。
マルスと連絡を取ったのが私達のいるオールバンド島で午前12時半ごろ、それから既に8時間近く経っており、マルスの居た地域はオーラの位置から判断しておおよそ正午に近い時間であったようだ。
仮に向こうの正午として翌日の10時ごろならば彼も活動時間に入っている筈。
マーサとは5時間後にホテルの部屋で落ち合うことにしたのである。
午前3時マーサは礼装を着て現れた。
マルスが行方不明になった直前に着ていた結婚式に参列するための衣装を選んだようだ。
手には日傘を持っている。
残念ながら私はそのような衣装は持って来ていない。
クレアラスに戻ればそのような衣装もあるが、マルスの世界の貴婦人の衣装がわかっているわけではないし、想像で衣装を造ったところで意味は無い。
私はパンタロンにTシャツの姿にした。
マイクもTシャツ姿である。
準備ができると私達はリンクして異世界への小さな孔をあけた。
水素分子ですら通り抜けられない小さな孔であるがそこから思念を送ることもテレポートすることも可能である。
三人がリンクを張って、その思念を異世界に潜りこませて、すぐにマルスを見つけた。
と同時にそのすぐそばにマルスよりも小さいが比較的大きなオーラを感じ取った。
『こんにちわ。
マルス。』
『やぁ、マイクとアリスだね。
ん?
もう一人いるのかな?』
『ええ、マーサよ。
マルス。』
『じゃぁ、こちらも紹介しよう。
僕の婚約者アンリだ。
たまたま昨日の午後にこちらに着いた。』
『アンリです。
マルス様からお伺いして、私も一緒にお話ししたいと思います。』
『今からそちらに行って直接会いたいと思っているのだが、構わないだろうか?』
『うん、ここはちょっと拙いですね。
使用人がいるので、いきなりこちらに来られては困ることになる。
馬車を使って門から入って来られるなら一向に構わないのだが・・・。
多分、空間を移動してくるのではないのですか?』
『その通り、テレポートと言って空間を瞬時に移動できる。』
『私達もできるけれど人目に晒したことは無い。
今、私とアンリの前には二人も侍女がついているから、あなた方が急に現れれば彼女たちは卒倒するだろう。
いずれにせよ、大騒ぎになってしまう。
どうだろう。
これから私とアンリは馬に乗って遠駆けをするので、その先で待っては貰えないでしょうか。
左程遠くはないがそれでも馬では結構かかってしまう。』
マルスは凡その時間的指標と座標をテレパスで伝えてきた。
『わかりました。
では、その丘の上で会いましょう。
私どもの服装はあなた方のそれとは異なるがそれはお許し願いたい。』
『わかりました。
では半時ほど後で。」
それから15分待って、私達は異世界へと転移した。
◇◇◇◇
マルスとアンリは、乗馬服に着替え、遠駆けに行くと言うとすぐに側近の騎士が4名もついてきた。
こればかりはどうしようもない。
アンリはサディス公爵の令嬢にしてカルベック伯爵領の令息マルスの許嫁でもある。
マルビスからついてきた衛士二名、カルベックの衛士二名が付くのは当然の事なのである。
丘の麓に到達すると、マルスは衛士四人に言った。
「ここから先は、私とアンリ二人にしてくれぬか。
館では侍女が終始ついているし、外に出る時はお前たちが付いてくる。
たまには二人だけで語らいたい時もあるのだ。
頼む。」
衛士四人の中では隊長格になるデラウェアが苦笑しながら言った。
「まぁ、若様の言うことも判らないではない。
たまには口づけの一つもしたいと言うところでしょうね。
止むを得ません。
この先は丘の上で行きどまり。
他に行く所も無いし、路はこれ一本。
我々はここで待ちましょう。
何かあっても若君が居ればどうとでも対応できる。
但し、半時が限度です。
お昼までには戻らねばなりません。
それと若君、それにアンリ姫、衣装を泥だらけにしてはなりませんぞ。
後で何かと勘ぐられます。」
マルスも苦笑し、アンリは顔を赤らめた。
「デラウェア、何を言うかとおもえば・・・。
お前も口が悪くなったな。」
「いやいや、左程の事はございませんでしょう。
クレイン子爵殿の方が余程あからさまに申している筈。
のぉ、ハリソン、そうではないか?」
今度はアンリ付きの衛士二人がぷっと噴出した。
その上でハリソンが言った。
「只今、デラウェア殿が言上、私は聞かなかったことにいたします。」
そう言ってにやりと笑った。
マルスは呆れたように首を横に振りながら言った。
「それでは、半刻後までにはここに戻る。」
そう言ってマルスとアンリは丘の上へ馬を進めた。
既にマルスとアンリの二人は、丘の上に大きなオーラを三つ感じ取っていた。
「マルス様。
貴方の血筋がわかるのでございましょうか。」
「うん、そうかも知れぬし、そうでないかも知れぬ。
昨日母に言って、私を見つけた時の衣装を見せてもらい、預かって来た。
私の身元を示す拠り所として母が大事に保管していたようだ。
私の身体には、特段の特徴が無かったことを当時女中頭をしていたメリダが確認している。
だから何かそのような特徴があると言うマルスならば私ではない。」
「仮に身元がわかれば、マルス様はどうされます?」
「どうもしない。
仮に実の両親がわかったところで、私には老いた養父母が居る。
それにカルベックの領民がいるし、アンリもいる。
私の生活の場はここにあると思っている。
実の両親が困って居て私に助けることができるならば、それもしよう。
だが、それはカルベックが安泰な時だけだ。
今のようにいつロンド帝国が押し寄せて来るかわからぬ時期にはそのような余裕はない。」
「そうですか。
安心しました。
予言が成就するのも後半年余り。
今、マルス様に去られでもしたら私は生きて行く望みが無くなります。」
「大丈夫だよ。
私はどんなことがあってもアンリ殿の傍にいる。」
アンリは微笑み、頷いた。
木立を抜けるとそこは丘の頂上であった。
頂上は平らな草原になっており、カルベックの半分が臨める丘陵でもあった
その中央に三人の男女が佇んでいた。
二人の男女は農民のような服装をしているが、明らかに気品がある。
もう一人の女性は煌びやかな宮廷衣装に似ているが、もっと簡素でありながら同じく気品が溢れた衣装をまとっている。
腕の部分は夏の時分には珍しい長袖なのだが、薄いベールのような衣で透けて見えた。
不思議な衣装である。
手には日傘を持っているが、宮廷で用いられる日傘は単色なのに、綺麗な花柄模様が浮き出た実に綺麗なものである。
三人の男女は武器を持ってはいなかった。
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