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第六章 それぞれの兆し

6-5 マルス ~海路

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 結局、厳選された侍女3名、侍従1名、侍従見習い2名が付いて行くことになり、それらの随伴者の荷物を入れると長持ちが10個余りの荷になった。
 バルディアスの軍船には正直なところ左程余裕があるわけではないが、荷物は十分入るし、姫の部屋、侍女の部屋は3人部屋が一つ、侍従と侍従見習いが3人部屋一つは用意できた。

 侯国王の宮廷で泊まったクレインは、その翌日、ロザリン一行とともにドレドランに旅立った。
 その日の夕刻にはドレドランでバルディスの軍船に乗り、一行はドレドランの港を出立したのである。

 ロザリンは船旅の間、ずっとクレインと一緒に話をし、そうしてバルディスの軍船の中を見て回った。
 バルディアスの軍船が寄木の構造材でできていること、多数の帆を自在に操って、向かい風の中でも十分な速力で移動できることを知って随分と驚いたものであるが、搭載してある大砲を見て目を丸くした。

 ロザリンは呟くように言った。

「侯国は是非にでもバルディアスと同盟を結ばねばなりませんね。
 そうして、この造船の技術と大砲の製造方法を教えて頂かねば・・・。」

「ええ、ロンド帝国の襲来に備えるためにも同盟は間違いなく必要です。
 幸いにモンドルス王子の妃であるシャリーン殿は、バルディアス王家の一の姫だったお方です。
 その絆は両国の同盟に大きく貢献できましょう。」

「はい、その上に私がクレイン様の元へ嫁げば、更にその絆は深まりましょう。」

「おやおや、ロザリン殿はもうそのお気持ちですか?」

「はい、私は18歳で嫁ぐことが運命づけられた者。
 その伴侶が間違いなくクレイン殿と信じております。
 クレイン殿はそう信じてはいただけませんか?」

「実のところ、私もロザリン殿を妻にと望む者ではございますが、やはり父上と母上に許しを得ねば成し遂げられません。」

「許しが得られねば駆け落ちという方法もございます。」

「うーん、それは随分と思い切ったことを申される。
 確かにそのような方法も無くは無いが・・・・。
 今は、そのことは言わずに置きましょう。
 駆け落ちをしたのでは姫を養って行くのに困ります。」

「あら、私でしたなら左程の贅沢は申しませぬ。
 いざとなれば畑を耕し、野山で獣を狩ってでも生きることはできます。」

「愛する者に左様な不自由を掛けずに生活をすることが男の甲斐性というもの。
 ロザリン殿、できればその男の見栄だけは奪わないでくれませぬか。」

「私はクレイン殿の甲斐性をとやかくは申しませぬし、男の見栄についても尊重は致します。
 でも、必要とあれば女の私にも如何様にも生きる術はございますと言いたかっただけでございます。」

「はい、ロザリン殿が男勝りという話は侯国王からもお伺いしましたから良く承知です。
 ロザリン殿が望むならば私も公爵の地位を捨てる覚悟は何時にてもございます。
 ですが、徒にそのような言動を吐いて周囲を驚かせることは慎まねばなりませぬ。
 この船はバルディアスの軍船であると同時に我が父サディス公爵の臣下が乗り組む船です。
 仮にも我ら二人について駆け落ちするような噂が広まれば、臣下を動揺させるだけで良きことは何もありません。
 姫にとっても同じことにございます。
 姫に仕えている者達がそのような話を聞きつければきっと心中穏やかではいられますまい。
 些細なことに失態をする元ともなりかねません。
 少なくとも今の話はご内密に。」

 ロザリンは笑いながら言った。

「はい、承知しております。
 傍に誰もいないことを知っているから申したまでの事です。」

 ロザリンがポッと顔を赤らめながら言った。

「クレイン様、若い男女が愛し合うようになれば人目を忍んで抱き合い、接吻をするとか・・・。
 私、・・・。
 クレイン様の接吻を受けてみたいのです。」

 クレインは驚いた。
 クレイン自身はこれまで何度かその機会にも恵まれていた。

 付き合った娘達がそれを期待しているのが何となくわかって、キスぐらいならばとそうしてやったことがあるからである。
 だが、どんな場合でも、娘から直接そうしてほしいと言われたことは無い。

 但し、二度目からは娘の方が大胆になり、キスをせがむように抱き付いてくる。
 尤もその時にはクレインの気持ちが他の娘に移っていることが多く、それが故に娘を避け或いは人目を避けて会うことはしないようにしている。

 クレインの浮気性はそこまでの範囲であった。
 15歳の元服の折に、娼館に行き初めて女を抱いたことも有るが、セックスはその折だけである。

 ロザリンの顔を驚いたように一瞬見つめていたが、やがてロザリンを抱き寄せ、接吻をした。
 ロザリンは目をつぶってクレインのなすがままに口づけを受けていた。

 唇を触れ合うだけの口づけであったが、しばし二人はそのまま動かなかった。
 クレインが口づけをやめた時、ロザリンが目を開け、微笑んだ。

「嬉しい。
 これでクレイン様と恋人同士になれた気がする。」

「私もです。
 でも、これ以上のことは今はできませんよ。」

「ええ、わかっています。
 でも、接吻ならばいいでしょう?」

 クレインは苦笑しながら言った。

「ええ、まぁ、ですがそれもたびたびとなると我慢が出来なくなるやもしれません。」

「何の我慢なのですか?」

「その・・・。
 男と女がすることをしたくなり、子供ができるようなことをしたくなるのです。
 その時には子供が欲しいと思ってするわけではなく、只ひたすら女性の身体を求めるのです。」

 ロザリンは顔を真っ赤にした。

「まぁ、私にも欲情させられますか?」

「今のところは我慢できますが、ロザリン殿は男なれば誰もが望む容姿を持った女性です。
 ですから、余り挑発をなされぬようお願いします。」

「クレイン様は、女の方をお抱きになったことがありまして?」

 暫く無言でロザリンを見つめていたクレインが口を開いた。

「ロザリン殿に嘘はついてはいけないでしょうね。
 一度だけございます。
 元服の折に、友人たちに誘われて王都の娼館に行き、娼婦の女性と一夜を共にしました。」

「まぁ、娼館で・・・。
 でも、クレイン様、お願いですからそのようなところにはもう決して行かないでください。
 どうしても女子が抱きたければ私の身を捧げます。」

 クレインは首を横に振りながら言った。

「ロザリン殿、戯れにせよそのようなことは口にせぬ方がいい。」

「戯れではございませぬ。
 偽りなき本心にございます。」

 クレインは驚いた表情を見せたがすぐに真顔になった。

「ロザリン殿の意向は十分に判りましたが、そのお申し出は無かったことにいたしましょう。」

 ロザリンが口を開こうとしたのを押しとどめてクレインが言った。

「私も男ではありますが、左程にこらえ性のない男ではありません。
 誓って申し上げますが、少なくともロザリン殿から愛想を尽かされない限り、性欲のはけ口として他の女性を見ることはないでしょう。
 そしてあなたを抱くとしたなら、貴方を嫁にしてからにいたします。」

 ロザリンはにっこりとほほ笑んだ。
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