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第五章 催事と出来事

5-1 アリス ~パレ・デ・モーニャ その一(前夜祭)

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 ダイアンさんとは前夜祭の会場入り口のロビーで待ち合わせている。
 パレ・デ・モーニャの玄関には長いビロードの赤絨毯が敷かれ、車で乗り付けた人たちはその前で降りることになる。

 有名デザイナーや俳優、モデルなどが多数来場するとことからその赤絨毯の脇には多数のカメラマンが控えていた。
 無論ほとんどの者が高級車で乗り込んでくるからジェイムスの運転するフリッターもさほど目立つものではない筈だが、そのナンバーで私用車か借り物であるかがわかるようになっている。

 このためマイクの車は返って目立ってしまったようである。
 一体誰が降りて来るかと固唾を飲んでいると、若い男性と女性が降り立ったのをみて唖然としたようだ。

 これほどの高級車ならば俳優でもかなり古手の有名人でなければ持てない筈であり、若手のアイドルタレントはほとんどがレンタル若しくはプロダクション所有のフリッターになる筈である。
 一体誰だとざわつき、すぐに顔を思い出したようだ。

 二人が赤絨毯の上を歩きだすと一斉にフラッシュが焚かれ、まるで超大物が来たような騒ぎになった。
 確かにアイドルそこのけのマスクを持ち、一流モデルも顔負けの肢体を持った二人が見事な正装の出で立ちで笑顔を見せながら歩いて行くのだから、これは絵にならない筈がない。

 この後に続いた某有名タレントが拍子抜けするほど、フラッシュの量が違っていた。
 玄関を入ると招待状若しくはチケットの提示が求められる。


 私(アリス)達二人はダイアンさんが予め用意したチケットを提示して中に入った。
 このチケットはプレミアムがついて中々に手に入らないと聞いている。

 会場となっている大広間の前のホールで、ダイアンさんと落ち合ったのが、前夜祭開始の35分前であった。
 ダイアンさんからは30分前には来てほしいと念押しされていたのである。

 前夜祭も後夜祭も極めて混雑するから早めにテーブルに着いておかなくてはいけないというのである。
 彼女のスタッフが来て既に会場の円形テーブルの一つを押さえてあるのである。

 正面のひな壇に一番近い前列で中央から数えて三つ目である。
 特上の場所で有ろう。

 ダイアンとスタッフ一名の後ろについて会場に入ると一斉に大勢の視線を浴びた。
 それほど目立った服装をしているとは思っていなかったのだが、どうやらかなり注目を集めたようである。

 一つには会場の一部が外からの来客が見える位置にあり、フラッシュの大きさで誰か大物が来たとわかるため、入り口から入ってくる人物に注視していたからであるようだ。
 思いもかけずダイアン女史と連立ってきた若い男女を一体誰だと勘ぐるのも無理はない。

 しかも斬新なデザインは女性にも男性にも良く合っていた。
 デザイナー界でも大御所と呼ばれて君臨してきたローザ・パームスプリングも早めに到着して中央の一番前に陣取っていたが、この二人の男女をみて訝しく思った。

 モデルにしては綺麗すぎるマスクを持ち、高級な衣装に身を包んでいる二人は、衣装そのものがダイアン・メズローのデザインではない筈なのである。
 ダイアンの作風は良く承知しており、あの二人の衣装は別の者の手になるデザインの筈だがあるいは無名のデザイナーかも知れない。

 この業界では良くあることである。
 例え無名のデザイナーの手によるものでも特定の人が着れば非常に映える衣装になってしまう。

 例えば真紅の斬新なデザインのドレスは、彼女が着ていてこそ映えるし、彼女を引き立てるが、おそらくは普通のご婦人が着れば随分と下卑た感じになりかねないのである
 その場合、個人の持つ衣装ということになるが、素材からしてかなり高い衣装になり、通常モデルが着られる衣装ではありえないのである。

 ダイアン専属のモデルにはあの二人はいなかったはずだし、見知った有名人の中にもその記憶がない。
 恋人同士なのかもしれないが不思議な雰囲気を醸し出しており、動きも極めて優雅であった。

 余程の上流階級の出自かも知れないとローザは見ていた。
 その二人が何故にダイアンと同じテーブルについているかもわからなかった。

 ここのところ、ダイアンはローザに急速に肉薄して来ていた。
 彼女のデザインは中々に素晴らしいものがあることは認めざるを得なかった。

 ローザは既に五十路、一方のダイアンは三十路に入ったばかり、いずれ座を明け渡さざるを得ないだろうが、それまでは私が女王だという自負心がローザにはあった。
 今回のヴァリューでも負けないデザインをしたという自信はあるが、ある意味でこの二人の若い男女の出現が大きな節目になるかもしれないと漠然とした不安感が芽生えていた。

 やがて時間が来て前夜祭の始まりが告げられた。
 デザイナー協会の重鎮のご挨拶に始まり、各界の名士が順次壇上に上がって祝辞を述べるのはどこの宴会でも同じである。

 次に今回参加するデザイナーが10名ずつ壇上に上がって、名前を紹介される。
 一人一人が挨拶すると時間が無くなるので名前の紹介だけで済ませてしまうのが慣例である。

 宴会であるからアルコールも出るし、相応の食べ物も出てきて各テーブルに置かれるのである。
 ひとしきり参加デザイナーの紹介も終わると、壇上ではショーが始まった。

 アイドルタレントが歌を歌ったり、踊ったりするのがいくつか続いた。
 その後で司会者が出て来て、マイクを握った。

「さてさて、毎回恒例となっております生贄ショーの時間がやって参りました。
 これは司会者である私に与えられた唯一の特権、今回も行使させていただきますぞ。
 私が指名されたお方は壇上に上がって何らかのかくし芸を披露していただかねばなりません。
 無論デザイナー業界に関わりあるお方でしょうから、デザインに関係することはご法度にございます。
 どうしてもできない場合はお集まりの皆様にお詫びするとともに、五分間のスピーチをしていただかねばなりません。
 では、恒例によりお三方若しくは三組の方を指名させていただきます。
 今回は、会場の中でもひときわ目立つお人を選ばせて頂きました。
 一組目でございます。」

 司会者はわざと言葉を区切った。
 会場から笑い声が聞こえる。

「私の記憶にあるのが間違いなければ、このヴァリューが初めて開催された年に公開されたホログラム・スコープ「慕情の街」で空前絶後の人気をさらった往年の名俳優、マイルズ・コーンウォール様と旧姓メアリー・ベケット様、結婚されて子宝にも恵まれ、お孫さんも6人いらっしゃると聞き及んでおります。
 恐れ入りますが、どうぞ、ご夫妻で壇上に上がって何らかのかくし芸を御披露願います。」

 会場のほぼ中央付近にいた老夫婦二人が苦笑いをしながら壇上に上がった。
 司会者から何をなされますかと聞かれてマイルズ翁が言った。

「さてさて、20年も前ならば、メアリーと一緒にダンスでも踊って披露したかもしれませんが、この年ではそれも無理。
 皆様にお詫び申し上げて今回はお祝いの言葉を申し上げるにとどめさせていただきたい。」

 マイルズ翁は、朗々とした声で時折ウィットを交えながら祝辞を述べ、5分間のスピーチを終えた。

「さて、コーンウォール夫妻からは素晴らしいスピーチを頂きました。
 続いての御一方。」

 またも司会者は言葉を区切った。
 会場からは、先ほどよりも大きな笑い声が有った。

「歌謡界に彗星のごとく現れました期待の星、アイリーン・セントルード様。
 本日は可憐な衣装でお見えになられました。
 小生、年甲斐も無く、舞台衣装とは違って新たな魅力を感じた次第にございます。
 どうか、舞台にお越しいただいて何かかくし芸を御披露くださいませ。」

 アイリーンは、17歳の現役のハイスクール生でありながら昨年デビューして若い人の間で絶大な人気を博しているタレント歌手である。
 彼女は中央やや左寄りのテーブルから壇上へと進んできた。

 彼女が着ているのはミニスカートの制服を模した衣装であった。
 街中では決して見られない可愛い衣装であり、彼女の愛らしさが前面に出ている衣装だった。

 彼女はマイクを受け取って言った。

「まさか、こんなことになるとは思ってもいませんでしたので、何の用意もございません。
 私は歌手ですからかくし芸とは言えないかも知れませんが、歌を歌いたいと思います。
 但し、私の持ち歌はこの場には相応しくないように思えますので、私が生まれるはるか以前に流行った歌で、私のお祖父様に習った歌をアカペラでご披露したいと存じます。
 つたない歌でございますがお聞きください。
 白銀の円環です。」

 私も知っている白銀の円環は、オペラ歌手のリタ・グレイがバーンスタインの第3交響曲の一節を歌曲にして歌ったものである。
 広域の音程を持っているオペラ歌手ならではの歌曲であり、普通の人ではまともに歌える代物ではない。

 しかしながら、アイリーンは、その歌を見事に歌い上げた。
 ビートの早い曲を歌うだけの歌手ではなく本当に実力のある歌手だと私は思った。

 会場はその歌に惜しみない拍手で応えた。

「いやぁ、驚きました。
 素晴らしい歌唱力でございます。
 流石に人気が沸騰している実力派歌手でございました。
 さて、では最後の一組を指名させていただきます。」

 司会者は再度区切った。
 そうして今度は結構長かった。

 しびれを切らすようにあちこちでくすくす笑いが生じた。

「それでは申し上げます。
 但し、私、お名前を存じ上げません。
 デザイナーのダイアン・メズロー様とご一緒のテーブルにいらっしゃる若いカップルのお二人、お一人は青い燕尾服、お一人は真紅のカクテル・ドレスに身を包んでいらっしゃるお方でございます。
 このお二方、素人の私の見る処、今日一番のお似合いの衣装で見えられたお方でございます。
 そうして誠に勝手ながら、今宵一番目立ったお二人に認定させていただきます。
 どうぞお二人で壇上にお越しください。」

 私とマイクは苦笑しながらも、壇上に進み出た。
 会場の後ろの方で「オーッ」と歓声が上がった。

 壇上に上がった二人を出迎えた司会者が言った。

「どうぞ、お名前をお願いします。」

「私は、アリス・ゲーブリングと申します。」

「僕は、マイク・ペンデルトンと申します。」

 司会者は一瞬何かを思い出している風であったが、そのまま続けた。

「今日は何を御披露していただけますでしょうか?」

「素人のかくし芸でございますことをご承知おきください。
 もし、お許しがいただけるならば、先ほど来から見事な演奏をしておられます楽団の方から、ヤーヴェロスとセロディエスをお貸し願えますでしょうか。」

「楽団の方、いかがでございましょうか?
 素人お二人に大事な楽器をお貸し願えましょうか?」

 即座に返事がやって来た。

「そのお二人ならば、どんな楽器でもお貸しいたします。」

「おや、また、これは驚きですな。
 楽器を大事にされている方が、そのような・・・。
 あ・・・、待ってくださいよ。
 思い出しました。
 3カ月以上も前にネットで評判になったお方が確かアリスとマイクのカップル。
 何と、キティホークの天才音楽家ですか?
 アリスさんは確かヤーヴェロン、マイクさんはセロディエスを使ってバリ・アルショークニストのケイシー・ドグマンさんと共演された。
 それに間違いございませんか?」

「はい、そのようなこともございました。
 今日は趣向を変えて、私がセロディエスを、マイクがヤーヴェロンを演奏したいと存じます。」

「なんと、奏者交代で?
 何の曲でしょうか?」

「今日お集まりの方にはモデルさんも多いと存じます。
 その方々がステージで歩かれるときに似合っているのではないかと思われる曲、バイリストの組曲「天上のフーガ」を演奏したいと存じます。」

「音楽には無知な私でございますが、きっと良い曲なのでしょう。」

 その間に楽団員がわざわざヤーヴェロンとセロディエスを持って来てくれた。
 私とマイクは丁重に礼を言って、受け取った。

 二人で音程を確認し、演奏を始めた。
 二人で暇な時には楽器の演奏を楽しんでおり、私もヤーヴェロスのみならず複数の楽器を扱えるようになっていた。

 セロディエスもその一つなのである。
 二人でモデルが決った時に編曲して演奏してみた曲の一つである。

 出だしは、セロディエスの妙なる響きから始まった。
 会場は物音一つしなかった。

 セロディエスの音色にヤーヴェロンの音色が被さり、急に早いテンポに変わって行った。
 会場の片隅で手拍子が始まった。

 若いモデルさんたちが即興で手を叩き、周辺を歩きだしたのである。
 心躍る曲想は、会場に集う人たちを手拍子の熱気に誘って行った。

 セロエディスの音色を追いかけるヤーヴェロンの音色がとても心地よく、時折変化する音色がフーガの神髄を見せていた。
 しかも全体にアップテンポであるから陽気な気分にさせるのである。

 演奏が終わった時、万雷の拍手が沸き起こっていた。
 二人は丁寧にお辞儀をして楽団の元へ楽器を返してテーブルに戻った。

 ざわめく会場の中で司会者が言った。

「聞きしに勝る演奏でございました。
 モデルさんたちが勝手に歩き出す音楽は初めてでございます。
 今回のヴァリューもこれにて成功間違いなしと思われる次第です。」

 その後も会は続いたが、ダイアン女史が言った。

「あの曲、使えるわね。
 ねぇ、録音してくれないかしら、ショーで使ってみたいのよ。」

「それは構いませんけれど、当初の構想と違いはありませんか?」

「バックミュージックなんてつまみ程度にしか考えていなかったもの。
 あの曲の方が絶対に乗りがいいわ。
 いいこと、ほかから声が掛かってもあの曲は渡しちゃだめよ。」

 私とマイクは苦笑した。
 そのすぐ後に、アイリーンが私たちの前に現れた。

 アイリーンは未成年であるからしっかりとマネージャーがくっ付いている。

「あの、私、お二人の演奏で感動してしまいました。
 天上のフーガは聞いたことがあるけれど、全然違う感じに聞こえました。
 本当にノリノリの雰囲気で歩けそうな曲になっていましたもの。
 初対面のお方にお願いするのは本当に失礼だとは思うのですけれど、この機会を逃したらお会いできないかも知れません。
 あれだけの編曲ができる方なら、私の歌も何か作っていただけないかと思い、無理を承知でお願いにやってきました。
 どうか私のために一曲だけでもいいから作っていただけませんか。」

「おやおや、君には立派な作曲家や作詞家がついているでしょうに・・。」

「ええ、でも、こんなことを言っていたら叱られてしまうかもしれませんが、正直な所、私が歌っていて必ずしも自分自身で納得できていない部分もあるんです。
 でも、お二人なら違う曲を作っていただけるんじゃないかとそう思うんです。」

「じゃぁ、約束はできないけれど、心に止めておこう。
 もし出来あがったら、貴方のところに連絡し、手元に届くようにしよう。」

「はい、じゃぁ、こちらにご連絡をください。
 何をおいても一番に確認するようにします。」

 アイリーンは、マネージャーの名刺と一緒に彼女のセルフォンの番号を書いて手渡し、ダイアン女史には割り込んだ非礼を詫びて、戻って行った。
 アリスは、私よりも若いのに良くできた娘だと思った。

 このようにして前夜祭はつつがなく終わった。
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