二つの異世界物語 ~時空の迷子とアルタミルの娘

サクラ近衛将監

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第四章 新たなる棲み処

4-3 アリス ~新居 その三(使用人たちの休暇)

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 8月6日、コルナスのザクセン製薬のジルさんから朗報が届いた。
 大型のハマセドリン抽出器が完成し、その日から増産を始めたらしい。

 それまでは、旧型の抽出器と小型抽出器で概ね70人分のハマセドリンを出荷していたが、明日からは日産で6000人分のハマセドリンが製造できる見込みだそうである。
 これにより、少なくともメィビスに存在するリス多臓器不全症候群の患者はその全員を助けることができるようになっていた。

 無論人類全体で200万人にも及ぶという患者には到底足りない分量であるが、4半期ごとに大型抽出器を製造して、製造量を増やして行く見込みも立ったということである。
 それまでのハマセドリンの卸値は実に1日分1000ルーブもしていたのだが、大型抽出器の稼働により一気に50ルーブまで値下げできるということである。

 ここまで値が下がると保険適用医薬品にも指定されることは十分に可能であり、現在申請中であるものの、仮に保険適用医薬品に指定されると、患者の負担は1日20ルーブ程度になるだろうとジルさんは言っていた。
 既に、星系外からも多数の引き合いが来ており、今月半ばには最初のハマセドリンが星系外に初めて出荷される見込みだという。

 その事は翌日のネットニュースでディリー・プラネットを始め多くのマスコミに取り上げられた。
 そうした中に付け加えられていたベイマス医科大学付属病院クレア医師の所見として、新たなハマセドリンは、従来の物より優れた薬効を有しており、患者によっては完治する見込みも出て来たという談話が寄せられていた。

 不治とされていた病の一つが克服される気配があることはとても嬉しいことである。
 それが、私たちが関わったものであるならばなおさらのことである。

 ◇◇◇◇

 私たちの日常は特に変わらなかったが、8月17日からジェイムスが正式に執事として職務に着き始めた。
 彼は、無事にバトラー研修を終えたのである。

 それまでも執事に近い存在として家の中のことを色々と取り仕切ってはいたのだが、正式に執事となったお祝いをささやかに家の者みんなで祝ったのである。
 ルーシーがそのお祝いの席の料理を種々作ってくれた。

 ルーシーも家に馴染んで、昔の勘を取り戻しており、日々美味しい料理を作ってくれる。
 そうして私も暇を見つけてはルーシーやカレンから料理や家事のあれこれを教えてもらっている。

 一つには奉公人たちがいない時に誰かがその代わりをしなければならないと思っていたからであり、今一つの理由は、6月の15日に奉公人が家に住みつくようになって以降、彼らは一日たりとも休んでいないからであった。
 私はマイクと話をして、彼らに三日間の連続休暇を与えるようにしてもらった。

 勿論、その間の家事一切は私がする覚悟でいた。
 今後は1月に一度はそのような機会を与えることにしたのである。

 当惑したのは奉公人であるジェイムス、カレン、ルーシーの三人である。
 彼らに休みを貰うという気持ちが全くなかったのである。

 第一、休みを貰ってもどこにも行きようがないという。
 マイクが笑いながら言った。

「どこかに旅行に行くというのも一つの手だよ。
 三人が三人とも行く当てがないなら、三人で旅行でもしてきたらどうかな。
 給与はほとんど使っていないだろう。
 たまには金を使って社会に還元することもしなけりゃね。
 女性はおしゃれに金を使ってもいいし、いい男性を捜してもいいだろう。
 ジェイムスも同じだな。
 余りオシャレに縁がないかもしれんが、二人の女性を連れて出かけるのもたまにはいいだろう。」

 三人の真面目な奉公人は顔を見合わせた。
 翌日、ジェイムスがマイクに告げた。

「旦那様の仰せに従い、三人で旅行に行って参ります。
 それぞれに故郷がありますので、そこに行って案内をし、あるいは案内をしてもらうことになりました。
 場合によっては、知己の人を訪ねて近況だけでも知らせようと三人で話し合いました。
 向こうが会うのを拒めばそれはそれとして、少なくとも旦那様のお蔭で私どもが引け目を感じること無く立派に生活していることを知らせたいと思っています。」

 三人の奉公人はその翌日朝食の後で二泊三日の小旅行に出かけたのである。
 彼らは戻ってきたときすっかり日焼けしていた。

 ルーシーは孤児であるから郷里はないが、彼女は二人を連れて孤児院を訪ね、僅かばかりのお金を寄付してきたようである。
 カレンの郷里は浜辺にあり、育った家は既に無くなっていたが、兄の家を訪ね、近況だけを伝えてきた。

 ジェイムスは海兵隊の基地を訪ねかつての仲間たちと会ったようだ。
 それぞれに心のわだかまりを清算してきた旅であったようであり、何よりも三人の中に友情が芽生えていた。

 特にルーシーとジェイムスは年頃も近い性かお互いに惹かれているような気がした。


 ◇◇◇◇

 9月5日、モード・デ・ヴァリューの前夜祭がエクィヴィスにあるパレ・デ・モーニャで開催される。
 私とマイクは、ダイアンに請われて参加することにしていた。

 衣装は、キティホークの中で購入したもののついに袖を通さずに終わった正装の一つである。
 ナイトドレスとでもいうべき衣装は、マーメイドスタイルで襟ぐりが大きく大胆に肩と背中をみせるものであったから、こうしたパーティでもなければ着られる機会がない。

 真紅のドレスで体の線にぴったり合った裾の長いドレスではあるが、下半分は薄い生地で脚線が露わにみえる。
ある意味では冒険的な衣装でもある。
 着付けはカレンとルーシーが手伝ってくれたが、二人とも目を細めてほめそやしてくれた。

 とても素敵に見えるということらしい。
 我が家の二人の男性も手放しで誉めてくれた。

 マイクはマーラーブルーと呼ばれる深い空の青色を使った八つボタンの燕尾服である。
 その日、新たに購入した高級フリッターをジェイムスが運転し、私とマイクの二人はエクィヴィスに向かったのである。
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