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第二章 それぞれの出会い

2-18 アリス ~キティホークでの催事 その三(吹奏楽部の指導)

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 ケイシー・ドグマンの演奏会はその翌日も、大入りの盛況であった。
 噂を聞きつけた人々が押し寄せ、ホールの壁際は立ち見の客で一杯であった。

 初日に演奏を聞いた人々が二日目以降も席を確保しようとしてできず、そのほとんどが立見席に入ったからである。
 三日目、船側では急遽場所を変えて大食堂に会場を変えた。

 1500人収容の大食堂ですら一杯になったのは前代未聞のことであった。
 船客だけではなく、従業員もかなりの人数が押し寄せたことによる。

 マイクとアリスは一躍有名人になっていた。
 そうしてこの盛況ぶりに目を見張ったのは、メィビスに本拠を置くディリー・プラネットの副社長エスター・バレンツであった。

 彼はたまたまマクバニー社のとある幹部と親しく、その友人の私的な祝賀会に参加しての帰りであったが、昔取った杵柄で、記事原稿を書き、数枚の写真と共にメィビスへ送ったのである。
 船からの通信は酷く高くつくのだが、エスターはそうした経費をものともせずに三日目の演奏会終了後に本社に送ったのである。

 彼は音楽界には必ずしも詳しくは無い。
 しかしながら、ケイシーが絶賛し、自らを含む船客の殆どが感動し、賞賛するとなればそれだけで記事になる。

 こうしてその二日後、アルタミルを出航して29日目には、キティホークの船内演奏会の話がメィビス全土に広まっていた。
 その報道記事が送り返されて船内掲示板に乗ったのは31日目の事であった。

 残念ながら、アリスとマイクはその記事を見逃していた。
 1日おきに繰り返されるアリスとマイクの音楽室利用はその後も続けられたが、徐々に二階席が聴衆で埋まるようになり、その都度警備員が張り付けられるほどになった。

 そんなおり、アルタミルのカインズ・ハイスクールの吹奏楽部部長と副校長それにPTAの役員二名がマイクとアリスを訪ねてきた。
 カインズ・ハイスクールの吹奏楽部は、アルタミル地区大会で優勝し、今回メィビスでのヤノシア方面コンテストに参加するためにキティホークに乗り合わせていた。

 アリスがアルタミル出身者であることを知り、是非ともカインズ・ハイスクール吹奏楽部の指導を行って欲しいと頼みに来たのである。
 彼らは乗船以来、毎日午前2時間、午後2時間の練習をしているのだが、全員がケイシーの演奏会での演奏に感動した口であり、二人が何らかの指導を行ってくれるだけで生徒たちの励みになるというのである。

 アリスはさほどアルタミルに思い入れは無かったものの、マクバニー社という企業がコンテストで上位の成績を収めた者には厚遇し、そうでない場合には冷遇するだろうことを良く知っていた。
 副校長も、部長も、はたまたPTA役員もそのために必死の想いなのである。

 生徒たちは無垢だからそうした打算的な考えには馴染んではいないだろうが、彼らの将来もある意味で掛かっていることではある。
 但し、二人が支援したからと言ってコンテストで良い成績を収めるとは限らない。

 アリスとマイクはその点を強調して、四人の引率者に納得させたうえで吹奏楽部の稽古に立ち会うことを承諾したのである。
 カインズ・ハイスクール吹奏楽部は部員が36名である。

 1年から3年生までが各12名と年齢がばらついているが全員が女子生徒である。
 彼らは3等船客として学割で乗船しているが、学校側も予算的に左程の余裕はない。

 練習に使う音楽室は無料で使えるし、楽器は部のものである。
 それ以外に船内には色々と時間を過ごす場所はあるのだが、余り自由な活動を許してはいないようである。

 翌日、午後からマイクと二人で吹奏楽部の練習に立ち会うことにした。
 マイクは一通りの規定曲の練習が終わった後で、全員を集めた。

「えーっ、僕たち二人は急遽お願いされてやって来た新米指導員だ。
 僕がマイク、こっちの綺麗なお姉さんがアリスだ。
 僕らが指導員になって嫌だという人が居たら手を上げて。
 一人でもそう言う人が居たら僕らは辞める。」

 誰も手を上げなかった。

「うん、良かった。
 指導員として全員に認めてもらえたみたいだね。
 指導員となったからには厳しいことも君たちに言わなければならない。」

 マイクは、三人の女性生徒を指さして次々に前に出して、いきなり宣言した。

「君たち三人は医務室に行ってナンシー先生の診察を受けて来なさい。
 少なくとも明日から三日間は、練習は禁止だよ。
 楽器はケースに収めておいて触らないこと。」

 部長が慌てた。

「あの、三人も抜けたら練習ができませんが・・・。」

「ええ、そうかもしれないけれど、本番で欠員になるよりはマシでしょう。
 放置しておくとメィビスに着く頃には寝込んでいますよ。」

 部長はそうまで言われると何も言えなくなった。

「さぁ、三人は、このまま医務室に行きなさい。
 マイクから気管支炎の前兆が有ると言われたとドクターに言いなさい。
 後の措置はドクターの指示に従うこと。」

 三人の女子生徒を追い払うと、更に続けた。

「後の人たちは、ブレスコントロールはそれなりにできているようだけれど、自分の体格と肺活量に見合った効率的なコントロールをしなければいけない。
 先輩たちからそれなりに教えてもらったかもしれないけれど、基本的な所で間違っていると良い音が出ない。
 先ずマウスピースの扱いだね。
 マウスピースは今日中に洗浄しておきなさい。
 洗浄液は後でハワード部長に渡しておきます。
 マウスピースが汚れているだけで音が濁るからね。
 液に8時間付けておけば大丈夫だと思う。
 もう一つ、楽器もかなり汚れているね。
 そいつは君たちが清掃するのは大変だから、明日午前中に洗浄を船の機関部の方にお願いしよう。
 水素活性剤で洗浄すれば綺麗になる。
 ほぼ一日掛かることになるけれど、病気になるよりはマシだろう。
 だから明日の練習は楽器無しで行う。
 明日は、運動のできる服装でジムナシアに集合。
 午前中は9時から11時半まで、午後は1時から3時半まで。
 しごかれる覚悟をしておきなさい。
 今日のところは、分割して指導することにしよう。
 アリスは、ケレックとフェルシュをお願い。
 一つ15分、30分で仕上げてくれる。
 僕は、ベムレットとイェルシンを面倒見る。
 その他の人は、この楽譜を読んでおいてくれるかな。
 この楽譜で自分のレパートリーならどんな音を出せばいいかを一生懸命に考えること。
 参考になるのは「ジョカル騎士団」と「フィード軽騎兵」のマーチだ。
 じゃ、それぞれ始め。」

 私はケレックの奏者三名を集めた。
 フェルシュ奏者は見学配置だ。

 ケレックは金管楽器でも比較的大型である。
 ピストンを動かすことで音色を変え、ブレスの仕方で音程も変えられる。

「右端の彼女、名前は?」

「マリア・クローベルです。」

「そうマリアね。
 貴方のいいところは歯切れがいいところ。
 でも息継ぎのタイミングが悪い。
 あれではブレスも息が続かないでしょう。
 マウスピースの使い方の問題よ。
 唇と舌それに歯を上手く使いなさい。
 唇を細くして、舌は下唇に合せるようにする。その際に歯が下唇にかみ合うように突き出すの。
 貴方の場合はそれでうまく行くはず。
 #Bだけで、少し長く吹く練習をなさい。」

「次、貴方、名前は?」

「ジョアンナ・ダーリングスです。」

「ジョアンナね。
 貴方は、少し急ぎすぎるきらいがあるようね。
 耳はいい筈だから、皆が出す音に注意して、音に合わせなければ駄目。
 ケレックは大音量も出るから先走ると全体のバランスが崩れる。
 明日のジムナシアでの訓練を終えたらリズム感が良くなるはず。
 それを外さないこと。
 メトロノームの8分の一拍子で、#Cを吹いてごらんなさい。
 三回吹いて一回休む、それの繰り返し。」

「はい次、貴方は?」

「メグ・ライアンです。」

「メグね。
 貴方はバランスが一番いいわ。
 でも仲間とずれていると貴方だけ浮き上がっちゃう。
 で、それを抑えるためにわざと音を抑えている。
 その必要はないわ。
 自信をもって吹きなさい。
 貴方に他の二人が合わせられるようになれば、ケレックは大丈夫よ。
 貴方は、♭Fの音と、#Gの音を交互に出して練習なさい。
 どちらも歯切れよく出すの。」

 こうして2時間の間に33名の女子生徒全てに指示を与えて個々の練習をさせた。
 奇妙な練習風景であった。

 生徒たちは二人の若い指導者を信頼し、懸命に与えられた課題をこなしているのだが、全く曲にはつながらない練習である。
 傍で見ている引率者はこんなことでいいのだろうかと不安になっていた。

 その日風変りな練習が終わると全ての楽器が事務系職員の手によって丁重に機関室に運ばれて行った。
 翌日のジムナシアでの訓練も風変りであった。

 最初にジョギング走路を全員が声を出しながら走るのである。
 先頭は二人の指導員である。

 三人の生徒は、軽い気管支炎の兆候があると診断され、安静を命じられたので、彼女たちは見学配置についていた。
 走路を二周すると格闘技の稽古場に入り全員が床に仰向けに寝て深呼吸を繰り返すのである。

 二周するのに3分ほどかけ、17分間は床に仰向けで深呼吸。
 20分をワンラウンドとして二時間半の間に七回のラウンドを終えた後整理体操をして解散した。

 午後からの訓練はその中に息を止める訓練が入った。
 仰向けになって深呼吸を三度行ってできる限り息を止めるのである。

 同じく七回のローテーションである。
 生徒たちに自分がどうしてそんなことをしているのか理由は知らされていない。

 彼女たちは無垢な心で言いつけに従っているだけである。
 それでも簡単そうな午前午後の訓練で彼女たちの大半は疲れ果てていた。

 翌朝、音楽室に集合すると、新品と見間違うほど綺麗になった楽器が用意されていた。
 その楽器を前に手を触れることも許されず、彼女たちが命じられたのは、深呼吸を五回、そのあと、全員で息を合わせて掛け声をかけること。

 さらに全員が口笛で先生の弾くヤーヴェロスに伴奏を付けることだった。
 そのための楽譜が手渡され、最初は全員が同じ音を出すだけだったが、二曲目は二つのパートに分かれて、伴奏をした。

 三曲目は三つのパート、順次増えて行くパートはいつしか普段の各楽器のパートにまで増えていた。
 しかも口笛だけなのに、凄く綺麗な音色が響いており、生徒たちを夢中にさせた。

 午前中の稽古では一度も楽器に触れずに終わり、二人の若い指導者からは、許可を与えるまでは楽器に触れてはいけないと禁止されたのである。
 午後からも同じような稽古が繰り返されたが、五曲目に変化が訪れた。
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