上 下
18 / 99
第二章 それぞれの出会い

2-13 マルス ~王都参内 その四(公爵家訪問)

しおりを挟む
 常宿に戻ったマルスは、昨日頂いた報奨金の内72枚を宿に預け、楽器の支払用として保管してもらった。
 また100枚を、騎士団の内荷駄隊襲撃に参加した50名の騎士に渡るように手配した。

 一人当たり2枚にしかならないが、彼らも功があった者達なのである。
 その話を聞いたデラウェアとレナンも報奨金の半額25枚ずつを差し出した。

 隊員一人当たりにすれば3枚となることになる。
 尤も、マルスと二人の分も入っているので金貨9枚は宙に浮くことになる。

 マルスはデラウェアとレナンにも相談して、その金で、カルベックに戻ってから慰労会をすることにしたのである。
 金貨9枚があれば、カルベックの居酒屋ならば100名の者が盛大に飲み食いしてもおつりがくるはずである。


◇◇◇◇ 公爵家訪問 ◇◇◇◇

 翌日の午後、デーミット荘にサディス公爵差配の馬車が迎えに来た。
 公爵家の騎士が二人警護についている。

 だが伯爵家の跡取りを単独で行かせるわけには行かないことから、デラウェアとレナンが選ばれて警護についた。
 こうして黒騎士二人と薄赤の騎士二人が随伴する馬車に乗って、マルスはサディス公爵の別邸に向かったのである。

 サディス公爵夫妻とは既に舞踏会で挨拶を交わしていた。
 曲の合間にアンリと話しているところへわざわざ公爵夫妻が顔を出されて、孔雀亭での礼を言われたのである。

 其の折にこの日の招待を正式に受けたのであった。
 無くなった兵士の葬儀は舞踏会の日の午前中に済ませたのだそうだ。

 無くなった兵士の家族はマルビスにいるために早めに葬儀を済ませて、マルビスに送る都合があったようである。
 本来ならば忌中を理由に舞踏会を遠慮することもできたが、アンリの命を救った恩人の晴れ舞台に欠席するのはなおさらに礼を失するということでアンリを連れて参加したようである。

 公爵の王都別邸は中心街から少し外れてはいたが、広い敷地を有し、伯爵の宿泊先であるデーミット荘よりも大きな建物と庭をもっていた。
 周囲は高い石塀に囲まれており、外部からは簡単には侵入できない構造になっている。

 マルスはその別邸でアンリの兄クレインと初めて出逢った。
 クレインは16歳ではあるが、マルスの方が0.1レムほど背丈が高かった。

 クレインが小さいのではなく、マルスが大きすぎるのである。
 そのクレインは左腕を負傷しているようで肩から三角巾で腕を吊っている。

 クレインは少々驚きながらも笑顔でマルスを迎えた。

「やぁ、初めてお会いするね。
 アンリから話は聞いていたけれど、マルス殿は本当にでかいや。
 本当に13歳なのかな?」

 マルスは苦笑しながら言った。

「はい、カルベックの水と食べ物がよほど合ったようで、よくムズラッドのようだと言われています。」

 ムズラッドは、バルディアスの山岳地帯に普遍的な巨木であり、成長が早いことで知られている。

「なるほど、ムズラッドねぇ。
 ムズラッド程成長が早ければ10年もすればこの屋敷の屋根をも超えているだろうね。
 でも、噂では単なる巨木ではなく、剣を持たせればカルベック随一の剣士と聞いているし、青の楽師団を始めとした名だたる音楽家が口をそろえて楽音の天才と崇めているとも聞いた。
 実際に、此度の戦役では随一の戦功があったと認められての王都参上だろう?
 僕が13歳の頃は単なる悪がきに過ぎなかったのだが、随分と違うようだね。」

「人の噂は、話半分と聞いてください。
 戦功にしても実際に動いたのは多数の騎士団ですし、たまさか口にした計画が上手くいっただけの話です。
 私一人では何事もできなかったでしょう。」

「いや、その口にしたことが大事だし、その話を取り上げられたことが重要なことだと思う。
 単なる口から出まかせの話ならば勝算が無いと一蹴されるはず。
 地の利を知った猟師の活用と布陣で敵の動きを止め、山中でのまさかの荷駄隊の奇襲、更には背後の逃げ道の封鎖で相手と戦わずして勝利を得たのだから、軍師として十分に賞賛されるべき功績だったのだよ。
 残念ながら僕は参陣できなかったけれど、仮に出陣していてもマルス殿のような動きはできなかっただろうと思う。
 その意味では、マルス殿は年下であったにしても十分尊敬に値する。」

「クレイン殿、偶然と幸運が重なって良い方向に風が吹いてくれたのです。
 戦は大勢の人が関わってこそ成せること。
 私や極少数の者がその功を称えられるのは、本来は余り良くありません。」

「確かに、多くの人が関わっている中で誰の功績を認めるかは難しい。
 選択を誤れば孤立や妬みを生ずるからね。
 だが一軍の将たる者は、いつでも配下の者を気遣ってやらねばならないのも道理。
 マルス殿もカルベック伯爵の跡取り、いずれは騎士団を指揮する身だから、それをいつも念頭において動かれるがよいでしょう。」

「はい、クレイン殿のお教えきっと守りましょう。」

 立ち話を中断してクレインは自分の部屋にマルスを案内した。
 部屋に落ち着いたところでマルスが言った。

「ところで、クレイン殿のその怪我は?」

「うん、・・・。」

 クレインは、幾分狼狽をみせたがやがて言った。

「アンリから何か聞いてはいないのかな?」

「先夜の舞踏会の折には、クレイン殿が怪我をされて舞踏会には参加できなかったとだけ・・・。
 どのような怪我なのかも言葉を濁して教えてはいただけませんでした。」

「そうか、・・・。
 隠しておいてもいずれは知れるやもしれぬ。
 マルス殿を信用して御話しよう。
 但し、他言無用に願いたい。」

「はい、クレイン殿がそう言われるならば誰にも言いません。」

 クレインは頷いた。

「実のところ、サディス家では不審な襲撃が続いている。
 三月前にマルビス城塞で付け火があって、館の一部が燃え尽きた。
 付け火があった部屋は父上と母上がいつも寝所に使う部屋だった。
 たまさか古くから懇意にしている方が遠方から城塞に見えられて、母上と父上とが夜更けまで昔話に興じられていたためにお二人とも無事ではあったのだが、部屋の扉は中からは開かないように細工が施されていた。
 巧妙な細工でね。
 薄い刃のような二枚の鉄片でできており、ネジを回すとぎりぎりと刃が開く。
 それが扉の隙間に4か所も仕掛けられていた。
 あれではいくら大力の者でも扉は明けられなかったと思う。
 付け火の方は、ロハドというカリギュリス地方で産出する液状の発火物が窓から投げ入れられて燃やされたらしい。
 壷の残骸とロハドの燃えカスが残っていた。
 尤も、付け火があってひと月もたってからお抱え学士たちがようやく突き止めたことだがね。
 いつもの時間であればお二人ともとうに就寝中の筈の出来事だった。
 火のないところからの出火と言い、扉の細工と言い、屋敷内にいるものの犯行か或いは加担があったものと見られているが生憎と正体が掴めていない。
 それで、父上と母上の警護を厳重にしたのだが、一月前には友人を訪問した帰り道で僕が刺客に襲われた。
 警護の騎士が奮戦したのだが、二人が死に、一人が重傷を負った。
 相手は飾りのない黒の衣装をつけ覆面をした者が6名、狙いは僕だったようだ。
 こちらも随分と頑張ったのだけれど、刺客の腕が勝っていたよ。
 その時に左腕を傷つけられた。
 幸いにして夜回りの警邏隊が気づいて駆けつけてくれたので助かったのだが、その後が大変だった。
 刺客が使った剣には毒が塗られていたのでね。
 僕は三日三晩高熱を発して寝込んだんだ。
 城塞には腕のいい薬師がいてね。
 僕が生きているのはそのお蔭だろうな。
 だが毒の性もあって、刀傷の治りが普通に比べると随分と遅い。
 一月経っても未だに完治していない。
 薬師の話ではもう一月はかかるだろうと言っているよ。」

 クレインは話を一旦区切って茶を一口飲んだ。

「この二つの襲撃は内密にしておいたのだけれど、国王陛下から暫しの間都に来るようにとお誘いがあったのはそんな時だった。
 おそらくは宰相ブルディス殿あたりが根回しをしたのだろう。
 仮にマルビスに襲撃の原因があるのであれば、そこから遠ざかることで何かが見えるかもしれないということで、20日ほど前から一家そろってこの都にやってきたというわけだ。」

「なるほど、それで外出の際も用心をされていたと・・・。」

「ああ、白昼まさか老舗の孔雀亭で、しかもベンドに襲われるとは思っていなかったのだがね。
 念のためにと多めの警護を付けていたし、厨房にも女官を配置して出される料理に支障が無いようにしていた。
 作りあがった料理は女官が運ぶ予定だったんだ。
 この王都でも狙われるとなると、どこにいても安心はできない。
 一昨日から王宮は近衛騎士団の警護を差し向けてきた。
 王都で王家の縁戚の命を狙われたことは王都の警護を預かる近衛騎士団としても放置できないことらしい。
 父上と母上は、王都でも襲撃があるようならばマルビスに戻ることも考えているようだ。
 領主たる者、何時までも領地を離れているわけにも行かないからね。」

「ご一家が誰かに恨みを買っているというようなことは?」

「うん、それも皆で話し合ったのだけれど、多少の恨み妬みはあるかもしれないが、少なくとも命を狙われるような覚えはないよ。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

戦場で死ぬはずだった俺が、女騎士に拾われて王に祭り上げられる(改訂版)

ぽとりひょん
ファンタジー
 ほむらは、ある国家の工作員をしていたが消されそうになる。死を偽装してゲリラになるが戦闘で死ぬ運命にあった。そんな彼を女騎士に助けられるが国の王に祭り上げられてしまう。彼は強大な軍を動かして地球を運命を左右する戦いに身を投じていく。  この作品はカクヨムで連載したものに加筆修正したものです。

異世界の親が過保護過ぎて最強

みやび
ファンタジー
ある日、突然転生の為に呼び出された男。 しかし、異世界転生前に神様と喧嘩した結果、死地に送られる。 魔物に襲われそうな所を白銀の狼に助けられたが、意思の伝達があまり上手く出来なかった。 狼に拾われた先では、里ならではの子育てをする過保護な里親に振り回される日々。 男はこの状況で生き延びることができるのか───? 大人になった先に待ち受ける彼の未来は────。 ☆ 第1話~第7話 赤ん坊時代 第8話~第25話 少年時代 第26話~第?話 成人時代 ☆ webで投稿している小説を読んでくださった方が登場人物を描いて下さいました! 本当にありがとうございます!!! そして、ご本人から小説への掲載許可を頂きました(≧▽≦) ♡Thanks♡ イラスト→@ゆお様 あらすじが分かりにくくてごめんなさいっ! ネタバレにならない程度のあらすじってどーしたらいいの…… 読んで貰えると嬉しいです!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

処理中です...