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3章.無神格と魔女の血

31『フルーツサンドとボウラー』

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 事情聴取から解放された南花達は、先ほど上っていたガス灯が灯る坂道を下っていく…
5人の足取りは、下りの方がきつく感じる。

「皆…確かに問題は山積みだけれども…一先ず、今日は休みましょう…」
重たい空気の中…自分以外の4人の様子を見たアリサが切り出す。

「すっかり夜になってしまった上に、夜ご飯を食べるタイミングも逃してしまったわね…軽食を食べつつ、リフレッシュ出来る所を知っているのだけれど、どうかしら?」

何とか一度、空気を変えたいと思うアリサは、ぎこちない微笑みを見せる。

「うん…アリサの言う通り、取り敢えず休もう。」
サクラが最初に賛同する。

「それで、どんな所なんですか?」
伏せられた場所に対して質問するアオイと、その隣でコマチもコクコクっと頷く。

「それは着いてからのお楽しみと言うことで良いかしら?……南花は、どう食べれそう?」
再度、アリサが南花の事を気にかける。

「えっ?…うん、少しなら食べるかな…アリサ、ありがとうね。」
アリサの気遣いに対して、あはは…っと南花は僅かに苦笑する。

「よし、案内するわね…っと、その前に…」
全員から了承得たアリサが、南花の背後にある茂みに視線をやる。

「そこの貴方?それで、尾行しているつもりなの?」
アリサの言葉に少し驚きを見せた4人も、茂みの方を見る。

「うん?この匂いは確か…」
最近、嗅いだばかりの匂いをコマチが思い出す。

茂みの一番近くにいる南花が、歩み寄ると…小さくはあるものの、聞き覚えのある声が茂みの中からする。
「大丈夫…バレてない…バレていませんわ…」

「(うわぁ…ここまで、字を表したかの様な『頭隠して、尻隠さず』を見るなんて…)」

尾行している人間の正体を確信した南花は、悲惨な1日の思いの一部をため息として排出すると…旧知の間柄の臀部を軽く右足で蹴る。

「ヘグゥっ!」
唐突な蹴りを食らわされた、首都機関兵の【ペコ】は、顔面から地面に激突する。
「ふっ…何をしているんですか?ペコ先輩。」
見事な激突ぶりに、南花から笑みがこぼれる。

「何をって!?それはこっちのセリフなんですけれど!」
怒りを露にしたペコは、ヒリヒリと微かに痛む額と臀部を、交互に右手で擦る。

「あぁ、ペコさんだったか…」
匂いを当てたコマチを含めた他の面子も、南花とペコの元に近寄る。

「ペコさんが、私達を尾行していた理由って…冥界に行った件について聞きたいからですか?」
少し考える素振りを見せたサクラが、確認する。

「えぇ…サクラさんその通りですわ。」
フン!っと南花へ怒りの一瞥を向けた、ペコは続ける。

「勿論、あなた達から聞いた事を口外する様なことは致しません。だから、聞かせて欲しいの…」
キリっとした精鋭の顔になったペコが、頼み込む。

「そうですね…口外しない証として少しばかりの情報料を貰って良いでしょうか?」
何かを思い付いたアリサが切り出す。
「えぇ、少しくらいなら支払いますわ。」

「それじゃあ…皆、案内するわね…」
「ふぇ?案内って何?」
アリサのなすがままに、ペコは連行されていく…

ーーー

「ふぇ?」
何が何だか分からないペコの眼前には、クラシックとクールが同居するおもむきのあるボウリング場が、寒色系の照明に照らされている。

「情報料って、まさか…」
何かを察したペコが、アリサと南花の顔を見るとゲスい表情をしている。

「なんでぇ!私がぁ、あなた達の夜遊び代を、出さないといけないのよぉ!」
ペコの悲痛な叫びが、こだまする。

「えぇ?でも、冥界に行った話を聞きたいんですよね?先輩?」
南花が、ここにきて躊躇うペコを煽る。

「うぅ…不服だけど、その通りよ…」
半べそをかきながら、ペコは最終同意すると…一行は、店内に進む。

店内に入ると、受付にはスキンヘッドの男性が立っている。
「おっ!アリサちゃん、久しぶりじゃないか!」
「そうですね…最近は、首都務めになったりと色々とありましたから。」
店長と挨拶をかわしたアリサは、微笑む。

「風の噂で耳にしてたよ…そのお祝いとして、お連れさんも含めて、今日はタダで良いよ!」

「いいえ、今日は色々と事情がありまして…私は会員価格で、他の5人は通常価格の軽食付き1ゲームでお願いします。」
ペコに視線を一瞬向けたアリサは、財布から年間パスポートを取り出し、店長に提示する。

「いやぁ~少しサービスしてあげたいからさぁ…1ゲーム分の値段で、軽食セット付けてあげるよ!」
「ありがとうございます。じゃあ…お言葉に甘えて、それでお願いします。」

アリサと店長の会話が一段落付いたタイミングで、半泣きのペコが財布を取り出し、支払いを行う。

「あぁ…ありがとうございます。」
なんでこの子は、泣きそうなんだ?と戸惑いつつも店長は、代金を受け取ると…
次に、シューズロッカーの鍵が付いた、料金体系の違いを示すリストバンドを人数分だけ手渡す。

アリサを先頭に受付を過ぎると、まず、レコードから落ち着いたクラシックが流れる軽食コーナーが現れる。

軽食コーナーのメニュー表には…サンドイッチ、ホットドッグ、ピザ…そして、珈琲と紅茶の各種が揃う。

「品揃えが豊富だね…」
「初めてならここのフルーツサンドをオススメするわよ。」
どれにするか迷う南花に、助言したアリサは、軽食コーナーを担当するスタッフとも雑談を交わす。

アリサはカフェオレとフルーツサンドを受け取る。
南花が、気になる軽食を見ると…イチゴ、バナナ、黄桃がクリームと共に挟まれている。

「私もこれにするかな…飲み物は、ロイヤルミルクティーにしよっと。」
実物を間近で見て、即決する。

他の4人もメニューを次々と決めていく…

ーーー

ボウリングのピンが次々と弾ける音とボウリングの玉がレーンに着地する音が、交互に響き渡るなか…

ゲームを進めたアリサは、次の一手を、どう投げるか慎重に決めて…
勢い良く、中身の材質が、コルクのボウリング玉を放つ。

アリサの手から離れた玉は、カーブを描きつつ、左側に残る一本のピンを捉える。
そして、弾かれたピンは、反対側に残るもう一本を弾き、スペアとなる。
アリサの腕前に、他の5人から驚きの声が漏れる

「まるでレーン場の狙撃手みたいだね…」
まさか、あの状態からスペアを達成出来るとは思わなかった、南花が声を掛ける。

「ありがとう…南花のスコアは…ふふ、駄目駄目ね。」
アリサの言う通り、南花はストライクを一つも出せていない。

「もう、別にいいでしょ!」
膨れっ面を見せる南花に、安堵した表情を見せるアリサ。

「アリサは、何でそんなに上手いのよ!年間パスポートも持っていたし…」
ロイヤルミルクティーを、一口飲んだ南花が問い掛ける。

「それはね…士官学校に通っていた頃に、よく夜な夜な寮から抜け出して遊びに来ていたからよ…一人でね…」

「へぇ、意外とアリサってワルだったんだ…いや、そうでもないか…」
南花は、アリサと過ごした日々を思いだし、直ぐに訂正する。

「失礼ね…まぁ、良いけど…理由としては、私を介して第四騎士団に所属する兄さんに近付きたい教師や、私の事をいじめる人間達を、脳内でボウリングのピンに見立てて、吹き飛ばす快感にハマったからかな…」
過去を思い出すアリサの目元は笑っていない。

「(うん…やっぱり、ワルだわ…)」
そう思っただけで、南花は口を閉じる。

「クロウさん、約束通り冥界の事について聞いても良いかしら?」
ボウリングの玉を投げたペコが、アリサに確認する。
「えぇ、勿論です。」
快諾したアリサが話し出す。

「なるほど…そんな会話が、あの夜に交わされていたのね…」
ペコが、考え込む素振りを見せていると…

「そもそも先輩は、なんで私達が冥界に案内された事を知っていたんですか?」
冥界の執事ドゥムジによって、眠らされていた筈のペコが、その事実に気付けたのか気になる南花。

「それは、討伐作戦から帰還した後…あの夜、警備をしていた時の最後の記憶に、焼き付いていた存在に関する報告書を探していたら…直近で起きていた貴方達2人の西圏側の森での、一件にも関与していた事を知って…またしても、何らかの理由で2人に接触した可能性が高いと踏んだからよ。」

「そうですか…」
アリサの返事を聞いた、ペコが続けて口を開く。

「私だけで欲しい情報を得るのは、アンフェアだと思うから…貴方たちが、いま一番欲しいであろう情報の断片を教えてあげるわね。」
南花とアリサが、首を傾げる。

「私が、首都機関兵として働く上で得た、帝国憲兵達の出所でどころに関係している可能性がある話よ…」
神妙な面持ちでペコが語り出す。

「東圏側A区内の外れにある、とある孤児院の施設の耐久性に関する定期検査の為に、行った際に見聞きしたことなのだけれど…」
「A区内の孤児院ですか?」
最後の一球を投げたサクラが、会話に加わる。

「えぇ…施設が運営費の足しにする為に、管理している地下のワイン蔵を確認していた時に、僅かに風が更なる地下へ引き込まれる感覚を感じたのよ…図面上の地下施設は、その蔵しか無い筈なのにね…」
眉をひそめるアリサを、ペコは一瞥する。

「不思議に思っていると…いつの間にか、隣に施設の男の子が立っていて…その子から、ある話を聞かされたのよ。」
「どんな話?」
南花が相槌を打つ。

「この孤児院は、15歳を迎えると…提携する帝国内の全寮制の学校に進学するか、就職するか…いずれにせよ、施設を離れることになっているらしいの…しかし、その男の子が、ある日の夜に見てしまったらしいの…」

「15歳になって進学する筈の、ある年上の女の子が、ワイン蔵に連れて行かれる様子を…そして、それ以降、その女の子の姿をみる事は無かったと聞かされたわ…」

1ゲームを投げ終えたアオイとコマチも会話に参加する。

「そして、孤児院を出た年上の子達が、たまに顔を見せに来るのにも関わらず…その女の子だけは、2度と訪れることは無かったらしいの…その事を施設の大人に確認しても、学校が忙しいんじゃない?の一点張りで…同じ学校に通っている筈の子に確認しても、就職したんじゃない?と言われたんだって…」

「どういうわけ?」
サクラが、怪訝な顔を見せる。

「そうこうしていると…施設の大人と私の上司に声を掛けられて、私とその男の子は、ワイン蔵を後にしたの…」
一瞬、言葉を詰まらせたペコが続ける。

「そして、後日…その話をしてくれたら男の子が、井戸から水を汲む際に、誤って落ちてしまい…亡くなったと聞いたわ…」
ペコは、僅かに後ろめたさを見せる

「なるほどね…ワイン蔵で消えた孤児の女の子が、同じく身元の知れない帝国憲兵へと姿を変えた可能性があると言いたい訳ですね?」
得た情報の断片から推測したアリサが、次に口を開く。

「えぇ、飛躍した話に聞こえるかもしれないけれどね…」
ペコは頷き、肯定する。

「そうね…10年前に別れたユキノ姉さんが、A区のその孤児院に引き取られた形跡が見つかれば可能性が高くなるね…」
サクラが、提言する。

「ごめんなさい、確証のない情報だけれど…何かの糸口になればっと思って伝えようと思ったの。」
「いいえ…前に進める可能性が見えただけでも、一歩前進ですよ。ありがとうございます。」
アオイが深く頭を下げる。

「そう言って貰えると助かるわ…私は、明日の仕事の関係で、首都機関には戻らずに外泊するから…この辺でお開きにしましょうか…」
「先輩、情報をくれた事に感謝します。」

普段とは異なり、素直でどこか弱々しい後輩の南花に対して、ペコはモジモジとした姿を見せる。

「どうしたんですか、ペコ先輩?」
「あの…南花さん…」
声が小さくなるペコを、不思議に思う南花達…

「ここのボウリング代を、あなた達に奢ったことで…宿代が無くなったの…だから貸して下さい!お願いします!」
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