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三章-長崎・ベースメント-

21『天丼のマキナ』

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 首都の空軍基地の宿舎にて、テフナを中心に藤原研究所の戦マキナの少女達が夕食の時間を迎えようとしている…

二口あるコンロの内、一つには深い鍋に黄金色の油が加熱されており…
もう片方のコンロでは、土鍋が加熱されていて、赤子が泣いている。

「熱いから気を付けて入れてね。」
テフナの注意に対して小柄な戦マキナ葵が頷く。
その葵の前には…牛海老ブラックタイガー、鱒の白身、しし唐辛子、椎茸、蓮根が小麦の衣を纏った状態で並んでいる。

「よし…牛海老ブラックタイガーから入れるよ…」
葵が牛海老を恐る恐る油の中へ入れるが…食材の水分がバチバチ!っと沸騰し…
思わず、短い驚きの声を上げる。

その葵の様子を、背後から小町が思わず笑いを漏らす。

「こ、小町…また見にきたの!まだ出来ていないから向こうに行ってよね!」
照れ隠しに葵が、小町を追い返す。

「そうか…まだか…」
腹の虫を鳴らしながら小町は、踵を返し…トボトボっと戻っていく。

「っふ、ふふ…これが天丼ね。」
幼い頃の記憶を思い出しながら、テフナが微笑む。
「(うん?天丼…どういうわけ?)」
クローンとして生を受けて間もない葵は、理解が出来ずに首を傾げる。

空腹に苛まれる小町がシュン…っとしながら隣の部屋に戻ると…
そこには、空軍の戦マキナ達の責任者であるユキノが、試作型の桜と会話をしている。

「なるほど…三週間での雷クモの討伐数は…桜が18体、テフナ君が15体か…」
テフナが首都へ出向してから現在までの報告書に目を通しながら、ユキノはカフェラテを飲む。

「はい…直近の1ヶ月で雷クモ達の動きが活発になっているように感じますが…赤坂村の【大枝イブキ】の自宅に残された手記にあった【松尾】と呼ばれる人物が関与しているのでしょうか?」
ユキノの正面に座る、桜が問い掛ける。

「う~ん、どうだろう…松尾がどういう人物かも把握出来ていないし…」
ユキノは少しの間の後に、否定する。

そうこうしていると…出来上がった天丼を持った、テフナと葵が現れる。

「さぁ、食べるぞ!」
待ちに待った小町の口元から、よだれが溢れている。

全員が夕食の席に座った事を確認した、ユキノが頂きますっと食事の合図をする。

「天丼か…初めて食べるなぁ…」
ユキノが慎重に言葉を選ぶ。

「海老にこんな食べ方があったとはなぁ…」
小町が程よく火が通った海老に好感触を示す。

「私は白身が好きかな…」
葵がホクホクな鱒の白身と共にタレが染み込んだご飯を食べる。
「椎茸もなかなか…」
桜は椎茸の旨味にハマる。

「久しぶりに作ってみたけど…上手くいったみたいで良かった。」
そう安堵したテフナは、獅子唐を口に運ぶ。

楽しい食事の時間が進むなか…ユキノが藤原研究所の局長としての言葉を述べる。

「テフナ君、葵…長崎へ赴く許可は出したけど…それを良く思わない人間もいるだろうから気を付けて。」
いつもの気だるげな雰囲気とは打って代わり、ユキノの語気は厳しい。

「はい…雷クモが初めて観測された地であって、出くわす雷クモも強いと聞くので用心します。」
応じるテフナの隣で、天丼を頬張る葵は無言で首を縦に振る。

「隙あり!」
そう言い放った小町が、葵の丼から海老をかっさらう。
「ちょっと!小町、最後の楽しみに取っていたのに!返してよ!」
小町の語気が強くなる。

「世界は弱肉定食だからな!諦めろ、葵。」
そうドヤ顔を見せる小町の口元では、海老の尻尾だけが出ている。
「はぁ…小町、それは弱肉強食の間違いよ。」
桜がため息混じりに突っ込むと、テフナやユキノが微笑む。
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