20 / 28
拗らせた初恋《Side遊人》
3
しおりを挟む◇ ◇ ◇
痛む唇を舌で舐めると、鉄の味が口の中に広がった。噛まれた唇以上に痛む胸は既に後悔で一杯で張り裂けそうになっている。
朱音の煽るような発言に理性が利かず、彼女の身体の自由を奪って強引に口づけた。
甘く柔らかい唇を無理矢理こじ開け、小さな舌を吸い上げるように絡め取り、思うままに彼女を貪った。
嫉妬や独占欲といった感情に、さらに征服欲や嗜虐心にまで火が付いた。
このまま彼女を自分のものにしてしまいたい。俺しか見えず、俺の声だけを聞き、俺だけを感じるように。他のことは何も考えられなくなるほど、ぐちゃぐちゃに愛して抱き潰してしまいたい。
そんな真っ黒で醜い感情をぶつけるようにキスを続ける俺を正気に戻したのは、彼女の瞳からとめどなく流れる冷たい涙だった。
隙きを突いて振り払われた手が俺の左頬を打つ。その衝撃というよりは自分のしてしまったことの愚かさにその場でしゃがみ込み、合わす顔もなく俯いたまま呻いた。
『……君が好きだ』
二週間前は言わせてもらえなかった言葉をついに言った。でも彼女の感情はひとつも動かせなかった。
資料室を出ていった朱音の背中を無言で見つめる。彼女は一度も俺を見ようとはしなかった。
『……本当に少しでも私を好きなら、もう私に構わないで下さい』
朱音は俺にそう言った。しかしもう俺の想いは彼女だけに真っ直ぐ向かってしまっている。構わないでと言われて「はいわかりました」と言えるほど生半可なものではない。
好きだから。いつの間にか、好きすぎるから。どれだけ迷惑そうにされても彼女を追い求めるのを止められそうにない。
『私は誰かの『唯一』になりたいの』
きっと、朱音が一番俺に伝えたいのはこの言葉なんだろうと思う。俺の過去の愚行を知る彼女は、俺を選べば自分が『唯一』になれないと思っている。
どうしたら信じてもらえるだろう。俺にとって、たったひとりが朱音だということを。
無意識に姿を目で追ってしまうのも、どれだけ邪険にされても話しかけてしまうのも、喜ぶ顔が見たくて美味しいと評判のランチの店をいくつも探したのも、誰かを守りたいと思ったのも。
全部、朱音が初めてだった。
一生縁がないと思っていた『恋』におちた。誰にも渡したくない、傷つけたくない、縛り付けたい。
『初恋』だなんて可愛らしい響きの言葉では足りない。彼女の全てを自分のものにしたい。
そんな激情が自分の中にあっただなんて、俺ですら知らなかったのだから、朱音にすぐに信じてもらえるとは思っていない。
それでも。このまま彼女が飢えた狼の中に自ら飛び込んでいくのを、みすみす指を咥えて見ているわけにはいかない。
『知ってます? エベレストって登るのに許可が必要なんです。時間もお金もかかるし体力もいる。友藤さん、そんな過酷な山登りたくないでしょ? なだらかな丘をおすすめします』
告白すらさせてくれなかった時に朱音に言われた言葉。いつだったか、俺が彼女のつれない態度に対して『エベレストもびっくり』だなんて軽口を叩いたことを覚えていたんだろう。
彼女は自分を面倒な女だから嫌でしょうと言っている。もっと軽い女を選べと。さっきも、自分を好きなら構うなと言っていた。
だが、彼女は自分で気付いているだろうか。俺の告白に対し、いくら態度で突き放そうと、一言も俺自身を拒絶した言葉を発していないことに。
好きだという言葉に対し「無理」だとも「嫌い」だとも言わず、ただ構うなと繰り返す。
俺の酷い過去に嫉妬してしまうがゆえに受け入れられないのだと、俺を突っぱねるために闇雲に合コンなんかに行こうとしているのだと、そう考えてしまうのは『恋』に慣れていない俺の自惚れなんだろうか。
いや、自惚れでもいい。そうだとしても、もう朱音を諦めるという選択肢は俺にはない。
ここから電車で四十分。乗り換えもあると言っていた。そして、ホテルが徒歩圏内にあるという合コンに適したイタリアンレストラン。
座り込んだまま前髪をくしゃっと乱暴に掻き乱す。なんとか冷静になろうとひとつ大きく深呼吸をした。今慌てて追いかけてもきっと追いつけない。ならば探し当てるだけ。
俺にとって朱音は『唯一恋に落ちた相手』なんだ。
逃さない、絶対に。
10
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~
けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。
してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。
そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる…
ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。
有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。
美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。
真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。
家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。
こんな私でもやり直せるの?
幸せを願っても…いいの?
動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?
クリスマスに咲くバラ
篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる