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Dの男
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私には『人を見る目』というものが、全くと言っていいほど備わっていない。
多少誰でも標準装備で持っていそうな『あの人苦手だな』とか『あの人仲良くなれそうだな』という最初に会った時の直感が、ことごとく外れるのだ。
中学に上がった頃、実家の隣に引っ越してきた一家の一人娘、奈美。どこのヤンキーだってくらい眉が細く、制服のスカートはとんでもなく短い。中学生にしては濃い化粧。言葉遣いも雑で、絶対仲良くなれないと思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば今や十年来の親友だ。
高校一年の入学式、胸に花を付けてくれたふたつ上の先輩に一目惚れした。とても優しそうで、十五歳の私から見たら十八歳の先輩はとても大人に見えた。
少しでも近付きたくて、彼がバイトしていた学校から少し遠いファーストフード店に友達と通ったりもした。紳士的で素敵で、こんな人が彼氏だったらと憧れていた。
しかし半年後、その先輩は窃盗で捕まり退学した。
前の職場でも、私の人の見る目の無さで散々な思いをした。賢治も美香も新人研修であっという間に仲良くなった同期。きっと楽しい職場になるだろうと胸をわくわく高鳴らせていたというのに。
私の中で完全に、『第一印象が良いほど悪い人で、第一印象が悪いほど良い人』だという方程式が出来上がっていた。
しかし、こと友藤さんに至ってはこの方程式は通用しない。
あのクズで最低な初対面は何をもってしても覆ることはないと断言出来る。
だから決して彼ほどではなく、そこそこ第一印象の悪い男性がいれば、きっと見る目のない私のこと。素敵な人である可能性が高いのだ。
そしてその彼がDTであれば尚良い。
そんな私の切なる願いを知っているのは、なぜか目の前でハンバーグを頬張っている友藤さんただひとりだ。
四月から五月の中旬頃までが、出張健診部が一年で最も多忙を極める時期。『魔の春』と呼ばれている。三月に入ると事務の先輩が『まのはるが来るー』と騒いでいて、一体誰のことかと思っていた。
学校は新入生健診、企業は新年度の頭に従業員健診を入れるところが多いため、毎日何か所も現場がある。
そのため毎日どこかしらの現場に行くことになり、所内でしか出来ない事務作業は健診業務が終わったあとにすることになる。
連日残業に続く残業をなんとかこなし、やっと落ち着いてきた六月。
現場に出ることも少なくなり、所内にいると何かと声を掛けてくる友藤さんとこうして一緒にランチに出る事が多くなった。
お昼休憩にやって来たのは女の子が喜びそうなオシャレな洋食屋さん。
カントリー調の店内は木の質感を活かしたアットホームな雰囲気で、赤いギンガムチェックのテーブルクロスに、壁にはパッチワークキルトがいくつも飾ってある。
メニューはハンバーグやパスタにドリアなど種類も豊富で、量は少なめだけどセットでサラダやドリンク、デザートまでついてくる。
何度か一緒にこうしてランチに付き合ったけど、毎回違うお店に連れて行かれた。どのお店も内装が可愛くて美味しくて、何と言っても必ずと言っていいほどデザートセットがある。お店の選び方ひとつとってもモテる男だとわかった。
「友藤さんなんかと仲良くランチしてる場合じゃないんだけど……」
「なんかって……酷くない? 資料室の片付け手伝ったのに」
注文したデミグラスシチューのドリアをスプーンで掬い、ふうふう冷ましながら口に運ぶ。チーズのとろけ具合と、シチューの濃厚な味わい、中のチキンの塩っ気が丁度いい。
はふはふ食べつつ、誰も手伝ってくれとは言っていないという反論は心の中でのみに留めておく。
あの重い段ボールを書架の上に乗せていく作業はかなり大変で、友藤さんが手を貸してくれて助かったのは事実だった。
だけどそれを口実にこうして一緒にランチに来る羽目になったのだから、『なんか』と言いたい私の心情だって察してほしい。
「だって、私もう三ヶ月も探してるのにいまだにひとりのDTとも出会えてないんですよ」
「朱音ちゃん、その略語はもはや隠語じゃないからね」
紳士の仮面を被った友藤さんは周りの目を気にしているみたいだけど、私はそれどころじゃない。
彼にとってはどうでもいいことでも、私にとっては切実な問題だ。
私は人を見る目がないのと同時に、人よりも独占欲というものが強い。
昔から、仲の良い友達が自分以外と仲良くしているとモヤモヤしてしまうことが多かった。
小学生の頃はその感情が何なのかわからなかったが、中学に入り、仲良くなれないと思っていた奈美と親友と呼べるほど打ち解けると、その感情にどんな名前がつくのかを理解した。
自分だけが奈美の良さを分かっていたかったのに、私が奈美と仲良くしているのを見て、外見や言葉遣いで敬遠していた周りの子も彼女と話すようになった。
それをなんとなく嫌だと感じた自分が醜く感じて、奈美に嫌われてしまったらどうしようと不安に駆られた。
母に相談すると、奈美だけではなく沢山仲良しの友達を作ればいいと言われ、実際そうすることでモヤモヤした感情は徐々に薄れていった。
しかし、恋愛に関してはうまく消化することが出来なかった。
自分の彼氏が他の女の子と話していると嫉妬してしまう。電話が繋がらないと不安だし、メッセージに既読がついたのに返信がないと気になって仕方がない。会っていない時に彼が誰と何をしているのか、すべて把握していたかった。
そんな私を不安にさせないようにと彼が気を配ってくれても、元カノとの昔の事まで気になってきてしまう始末。
過去に嫉妬したってどうしようもないことは頭ではわかっているのに、つい比べてネガティブな気持ちになってしまう。
そうなれば当然『俺のこと信じてないのか』と呆れられ、毎回フラれて終わるという残念なテンプレートが出来上がってしまった。
弟妹が多く、親の愛情を独り占め出来なかった幼少期が原因かと自己分析を試みてみたものの、家族とは関係も良好、むしろ我が家は家族仲がいい方なので因果関係はなさそう。
前の職場でも賢治の過去のことで修羅場になり、自分の恋愛下手さ加減にほとほと嫌気が差した。
それでもまだ25歳。恋を諦めたくない私が導き出した答えが『DT探し』だった。
多少誰でも標準装備で持っていそうな『あの人苦手だな』とか『あの人仲良くなれそうだな』という最初に会った時の直感が、ことごとく外れるのだ。
中学に上がった頃、実家の隣に引っ越してきた一家の一人娘、奈美。どこのヤンキーだってくらい眉が細く、制服のスカートはとんでもなく短い。中学生にしては濃い化粧。言葉遣いも雑で、絶対仲良くなれないと思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば今や十年来の親友だ。
高校一年の入学式、胸に花を付けてくれたふたつ上の先輩に一目惚れした。とても優しそうで、十五歳の私から見たら十八歳の先輩はとても大人に見えた。
少しでも近付きたくて、彼がバイトしていた学校から少し遠いファーストフード店に友達と通ったりもした。紳士的で素敵で、こんな人が彼氏だったらと憧れていた。
しかし半年後、その先輩は窃盗で捕まり退学した。
前の職場でも、私の人の見る目の無さで散々な思いをした。賢治も美香も新人研修であっという間に仲良くなった同期。きっと楽しい職場になるだろうと胸をわくわく高鳴らせていたというのに。
私の中で完全に、『第一印象が良いほど悪い人で、第一印象が悪いほど良い人』だという方程式が出来上がっていた。
しかし、こと友藤さんに至ってはこの方程式は通用しない。
あのクズで最低な初対面は何をもってしても覆ることはないと断言出来る。
だから決して彼ほどではなく、そこそこ第一印象の悪い男性がいれば、きっと見る目のない私のこと。素敵な人である可能性が高いのだ。
そしてその彼がDTであれば尚良い。
そんな私の切なる願いを知っているのは、なぜか目の前でハンバーグを頬張っている友藤さんただひとりだ。
四月から五月の中旬頃までが、出張健診部が一年で最も多忙を極める時期。『魔の春』と呼ばれている。三月に入ると事務の先輩が『まのはるが来るー』と騒いでいて、一体誰のことかと思っていた。
学校は新入生健診、企業は新年度の頭に従業員健診を入れるところが多いため、毎日何か所も現場がある。
そのため毎日どこかしらの現場に行くことになり、所内でしか出来ない事務作業は健診業務が終わったあとにすることになる。
連日残業に続く残業をなんとかこなし、やっと落ち着いてきた六月。
現場に出ることも少なくなり、所内にいると何かと声を掛けてくる友藤さんとこうして一緒にランチに出る事が多くなった。
お昼休憩にやって来たのは女の子が喜びそうなオシャレな洋食屋さん。
カントリー調の店内は木の質感を活かしたアットホームな雰囲気で、赤いギンガムチェックのテーブルクロスに、壁にはパッチワークキルトがいくつも飾ってある。
メニューはハンバーグやパスタにドリアなど種類も豊富で、量は少なめだけどセットでサラダやドリンク、デザートまでついてくる。
何度か一緒にこうしてランチに付き合ったけど、毎回違うお店に連れて行かれた。どのお店も内装が可愛くて美味しくて、何と言っても必ずと言っていいほどデザートセットがある。お店の選び方ひとつとってもモテる男だとわかった。
「友藤さんなんかと仲良くランチしてる場合じゃないんだけど……」
「なんかって……酷くない? 資料室の片付け手伝ったのに」
注文したデミグラスシチューのドリアをスプーンで掬い、ふうふう冷ましながら口に運ぶ。チーズのとろけ具合と、シチューの濃厚な味わい、中のチキンの塩っ気が丁度いい。
はふはふ食べつつ、誰も手伝ってくれとは言っていないという反論は心の中でのみに留めておく。
あの重い段ボールを書架の上に乗せていく作業はかなり大変で、友藤さんが手を貸してくれて助かったのは事実だった。
だけどそれを口実にこうして一緒にランチに来る羽目になったのだから、『なんか』と言いたい私の心情だって察してほしい。
「だって、私もう三ヶ月も探してるのにいまだにひとりのDTとも出会えてないんですよ」
「朱音ちゃん、その略語はもはや隠語じゃないからね」
紳士の仮面を被った友藤さんは周りの目を気にしているみたいだけど、私はそれどころじゃない。
彼にとってはどうでもいいことでも、私にとっては切実な問題だ。
私は人を見る目がないのと同時に、人よりも独占欲というものが強い。
昔から、仲の良い友達が自分以外と仲良くしているとモヤモヤしてしまうことが多かった。
小学生の頃はその感情が何なのかわからなかったが、中学に入り、仲良くなれないと思っていた奈美と親友と呼べるほど打ち解けると、その感情にどんな名前がつくのかを理解した。
自分だけが奈美の良さを分かっていたかったのに、私が奈美と仲良くしているのを見て、外見や言葉遣いで敬遠していた周りの子も彼女と話すようになった。
それをなんとなく嫌だと感じた自分が醜く感じて、奈美に嫌われてしまったらどうしようと不安に駆られた。
母に相談すると、奈美だけではなく沢山仲良しの友達を作ればいいと言われ、実際そうすることでモヤモヤした感情は徐々に薄れていった。
しかし、恋愛に関してはうまく消化することが出来なかった。
自分の彼氏が他の女の子と話していると嫉妬してしまう。電話が繋がらないと不安だし、メッセージに既読がついたのに返信がないと気になって仕方がない。会っていない時に彼が誰と何をしているのか、すべて把握していたかった。
そんな私を不安にさせないようにと彼が気を配ってくれても、元カノとの昔の事まで気になってきてしまう始末。
過去に嫉妬したってどうしようもないことは頭ではわかっているのに、つい比べてネガティブな気持ちになってしまう。
そうなれば当然『俺のこと信じてないのか』と呆れられ、毎回フラれて終わるという残念なテンプレートが出来上がってしまった。
弟妹が多く、親の愛情を独り占め出来なかった幼少期が原因かと自己分析を試みてみたものの、家族とは関係も良好、むしろ我が家は家族仲がいい方なので因果関係はなさそう。
前の職場でも賢治の過去のことで修羅場になり、自分の恋愛下手さ加減にほとほと嫌気が差した。
それでもまだ25歳。恋を諦めたくない私が導き出した答えが『DT探し』だった。
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