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プロローグ

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「どうやって探し当てたらいいの……!」

地下3階の資料室はひんやりと空気が冷たく、若干カビ臭い。梅雨真っ只中のこの時期は、さらにじめじめとした空気が肌に纏わりつくような不快感がある。

スチール製の書架がしなるほど段ボールに詰め込まれたファイルが所狭しと並べられている資料室に、私の悲痛な心の叫びが声に乗って響く。

もう探し始めて三ヶ月になるというのに、一向に芳しい結果は見られない。

それどころか見分ける手段すらわからないままだ。

「もう経験人数を書いたカードを首から下げとく法律が出来ればいいのに」

ため息を吐きながら滅多に誰も来ない資料室で本音を零す。

すると「ぶはっ!」と吹き出すように笑いながら、書架の向こう側から人影が出てきた。

「それはぜひ否決されてほしい法案だね」
「間違いなく白い目を向けられるか刺されるかしますもんね」
「男からは羨望の眼差しだと思うな」

笑いながら飄々と告げる男に冷たい視線を送る。きっと両手両足の指の数では足りないに違いない。私の手足を貸しても足りるのかどうか怪しいところだ。

それを自慢するわけではないが、恥ずべき事とも思っていないところが私とは相容れない考えの持ち主である。

「ポジティブですね」
「じゃないと営業職はやってらんないよ」

なるほど、確かに彼にとって営業という仕事は天職だと思う。

もちろん、営業職がポジティブというだけでやっていけるものではないことは理解しているが。

私の先程の戯言を思い出して「それにしても、何その法律……」と目に涙を浮かべるほど笑っているのは、友藤遊人(ともふじ ゆうと)。
私の三つ年上の二十八歳。

百八十センチ近くありそうな長身に細過ぎずマッチョ過ぎずなバランスの取れた体躯はスーツが嫌味なほどよく似合う。少し垂れ目がちな瞳にスッと通った鼻筋、薄い唇。絶世の美形とはいかないまでも、そこそこ整っていると思う。

営業職にしてはかなり明るい茶髪が目にかかる長さの髪を、かなり緩めにワックスでスタイリングしているチャラいヘアスタイルのおかげで、イケメンに見えなくもない。個人的には雰囲気イケメンに属する部類だと思っている。

そんなチャラそうな見た目に反して、仕事はとてつもなく優秀だからタチが悪い。

どんな相手にも怯まず対峙出来て堂々としているだけでなく、先方の情報を細かく調べて会話をリードしていくコミュニケーション能力も高い。

垂れ目で人当たりの良さそうな顔と、わざとなのかふとした時に若干崩れる敬語で相手の懐にスッと入り込む人たらしスキルを武器に、営業成績は群を抜いている。

彼が努力していないとは思わないが、天性の才能みたいなものを感じる。

当然ながら女性にも人気は絶大で、その営業スキルは女を口説くときにも発揮されているだろうというのは想像に難くない。

出会ってまだ一年も経っていないが、彼と関係を持っていたという女性を五人は挙げることが出来ると思う。私が知らないだけで、おそらくもっと居るんだろう。誘われれば来る者拒まずでお馴染みの彼の噂は、一緒のフロアに入れば嫌でも耳に入る。

私はここまで『名は体をあらわす』ということわざにピッタリな人に出会ったことがない。

彼の名前。遊人。

きっと親御さんは『遊び心のある人になってほしい』とか『人を楽しませる人になってほしい』みたいな意味を込めて名付けたんだろうけど。

今の彼を見れば、違う字をあてればよかったとご両親も嘆くに違いないと失礼ながら感じていた。もういっそ小銭男(チャラオ)と改名したらいいのに。色んな意味でキラキラネームでぴったりだ。

「ほら、片付け終わったんならメシ行こ」

書架に入り切らず床に直置きで積まれている段ボールに寄りかかりながら、小銭男が私においでおいでと手招きをする。

「え、嫌ですよ。何でナチュラルに誘ってくるんですか」
「え?そこに可愛い女の子がいるから?」
「私は山か」

うんざりしながら友藤さんの軽口を躱す。

こんな男に靡く女性の気が知れないと思うのに、今まで彼に靡いた女性の数を考えれば、私の方が少数派なのかとげんなりしてしまう。

「なかなか攻略出来そうにないなぁ。エベレストもびっくりだよ」
「そう思うなら早く下山してその辺の丘でピクニックでもしたらいいじゃないですか」

なぜわざわざ登る気がない山に挑む振りをしているのか。

ここ最近、やたらと構われているのが鬱陶しくてしょうがない。どれだけ邪険に扱ってもへこたれずに話しかけてくるのだから、営業職というのはメンタルが相当鍛えられるらしい。

私なんかに構ってないで、さっさと『友藤さんになら遊ばれてもいい』と声高に宣言している子達の方へ行けばいいのに。

いや、そんな子達を食べつつ私にも声を掛けているんだろう。迷惑甚だしい。

へらへらと笑っている友藤さんの真意はわからないが、こっちは攻略される気なんてさらさらない。

私、中原朱音(なかはら あかね)がもう三ヶ月以上も探し求めているもの。それは友藤さんと真逆の男性。

そう。私は童貞、DTの男を探すのだ。



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