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番外編1.彼女は親父キラー
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初めて会った日から、あいつは特別だった。
物心ついたときには周りから『水瀬の御曹司』と言われ、ふたつ年下の従弟、爽と共に水瀬ハウス工業を担っていくよう教育されてきた。
中学に入る前にはもう女から告白されることも日常茶飯事で、初めて彼女が出来たのも中学一年の頃だった。
中学の頃は、そんな風に女にモテることが少なからず嬉しかった。友達からも美人な先輩を彼女として連れていると羨ましがられた。
でもそれも束の間の話。中学を卒業する頃には、俺に好意を寄せる女の本音に気が付いた。
彼女たちが魅力を感じているのは俺自身ではない。俺の母親譲りの整った顔立ちと、水瀬の御曹司という肩書き。
そのことを肌で感じた俺は、高校入学時も大学入学時もなるべく家のことを話さず、会社経営の一族だということが周りに知られないようにしていた。
高校卒業前に告白され付き合っていた彼女にも、家族の仕事のことは一切話さなかった。それでも大学三年の頃、どこからか俺の父親のことが耳に入ったらしい。
なぜ話してくれなかったのか。それなら就活なんてしなくて楽になる。
そんな本音が透けて見える態度にうんざりして、徐々に距離を置くようになった。
そして、社会人としてはじめての一歩を踏み出す入社式。隣に座っていた女性に声を掛けられ、俺は警戒しつつも名前を告げた。
『あー! 噂の水瀬帝国の王子! 蓮って“一蓮托生”の蓮の字? 私の座右の銘なんだ。同期だし正にだね。よろしく!』
式典が終わり、同期がそわそわしながら俺を見ていた中、彼女だけがあっけらかんとした態度で俺に接してくれた。
俺を王子と呼びながら、大きな会社の御曹司と特別視する事をしない。
思わず目の前の彼女をじっと見つめた。それでも色目を使ってくることも、媚を売ることもしない。
『座右の銘が“一蓮托生”って微妙じゃね?』と初対面なのについ素で突っ込んでしまうと、『運命共同体になってみんなで頑張ろうっていう良い言葉じゃん?』と無邪気な笑顔で返された。
……運命共同体。
いつも水瀬の御曹司として担ぎ上げられる事が多かった。いずれ自分がこの会社を引っ張っていくんだという自負もあった。
その無意識に感じていた気負いやプレッシャーを、一瞬にしてはね飛ばしてくれたのが彼女だった。
『変な女』
たったそれだけのやり取りで、俺は莉子に惹かれてしまった。
入社後は配属先が違うこともあってなかなか会えないだろうと思っていたけど、俺達の期はかなり仲が良く、三ヶ月に一度は同期会を開いていたのでなんとか繋がりは保たれた。
それは橋本というムードメーカーが居たこともあるが、莉子の入社式での俺への態度も大きいと思っている。
あのやり取りがあったからこそ、俺は同期の輪にすんなりと入ることが出来た。
それから別れるタイミングがなく名ばかりの彼女にきちんと別れを告げ、なんとか莉子を自分に振り向かせようと考えた。
しかし当時の莉子には恋人がいて、デートでどこにいったとか記念日が近いなんて話を平気で俺にしてきた。
莉子の中には彼氏がいようと『会社の御曹司ならこっちに乗り換えよう』という考えは微塵も存在しないんだろう。
今まではそんな思考の女を嫌悪していたはずなのに、それを残念に思った自分に苦笑するしかない。
それから莉子が最低な恋人と別れたのをきっかけに、俺は気持ちを隠さずに莉子に接するようになった。
同じ部署だということもあり、仕事帰りに飲みに行くのも誘いやすい環境だった。
莉子にとってかなり近い男になれたと思っていたのに、俺が企画課に異動するタイミングで爽が配属されたのは予想外だった。
爽は女を見れば口説かずにいられないのか、とにかく女癖が悪い。
莉子の近くにそんな奴がいるのは心配で仕方ない。
それなのに警戒心のない彼女と爽のやり取りに嫉妬して、酷い言葉を投げつけて泣かせてしまったのは今思い出しても最低な行いだった。
もう一刻の猶予もないと告白して、やっと手に入れた。
バカな元カレに浮気されたのがトラウマになっているのか、モテる彼氏はいらないと頑なになっていた莉子。
嫉妬して自分も相手も嫌な気持ちになるのが辛いと、告白に渋っていた莉子が話してくれた。
そんな心配いらないのに。
俺は初めて会ったときから莉子しか見てない。当時彼女がいたことを思えば不誠実に聞こえる言い方だが、事実なんだから仕方ない。
莉子以外の女はいらない。
だけどそれをいくら口で伝えた所で、莉子の不安が全部なくなるわけではないだろう。
そこで俺は自分の両親に莉子を紹介しようと思い立った。
平凡な見た目や育ちの違いを気にしていた莉子。
あいつは自分がどれだけ可愛いのか分かっていないらしい。
会社で見ていた顔も、濃すぎない目元のメイクに季節ごとに変わるリップの色がいつも似合っていて可愛かった。
しかし初めて莉子を俺のものにした朝、シャワールームからすっぴんで出てきた莉子を見て驚いた。
つるんとした柔らかそうな肌にぽってりとした唇の印象は変わらなかったが、くりっとした目元は幼く、いつもバリバリ仕事をこなす莉子の印象とは違い妙に庇護欲をそそった。
可愛いと言葉にして伝えれば、真っ赤になって照れながら悪態をつく。
そんなところも可愛いのだと、一体いつになれば気が付くんだろう。
物心ついたときには周りから『水瀬の御曹司』と言われ、ふたつ年下の従弟、爽と共に水瀬ハウス工業を担っていくよう教育されてきた。
中学に入る前にはもう女から告白されることも日常茶飯事で、初めて彼女が出来たのも中学一年の頃だった。
中学の頃は、そんな風に女にモテることが少なからず嬉しかった。友達からも美人な先輩を彼女として連れていると羨ましがられた。
でもそれも束の間の話。中学を卒業する頃には、俺に好意を寄せる女の本音に気が付いた。
彼女たちが魅力を感じているのは俺自身ではない。俺の母親譲りの整った顔立ちと、水瀬の御曹司という肩書き。
そのことを肌で感じた俺は、高校入学時も大学入学時もなるべく家のことを話さず、会社経営の一族だということが周りに知られないようにしていた。
高校卒業前に告白され付き合っていた彼女にも、家族の仕事のことは一切話さなかった。それでも大学三年の頃、どこからか俺の父親のことが耳に入ったらしい。
なぜ話してくれなかったのか。それなら就活なんてしなくて楽になる。
そんな本音が透けて見える態度にうんざりして、徐々に距離を置くようになった。
そして、社会人としてはじめての一歩を踏み出す入社式。隣に座っていた女性に声を掛けられ、俺は警戒しつつも名前を告げた。
『あー! 噂の水瀬帝国の王子! 蓮って“一蓮托生”の蓮の字? 私の座右の銘なんだ。同期だし正にだね。よろしく!』
式典が終わり、同期がそわそわしながら俺を見ていた中、彼女だけがあっけらかんとした態度で俺に接してくれた。
俺を王子と呼びながら、大きな会社の御曹司と特別視する事をしない。
思わず目の前の彼女をじっと見つめた。それでも色目を使ってくることも、媚を売ることもしない。
『座右の銘が“一蓮托生”って微妙じゃね?』と初対面なのについ素で突っ込んでしまうと、『運命共同体になってみんなで頑張ろうっていう良い言葉じゃん?』と無邪気な笑顔で返された。
……運命共同体。
いつも水瀬の御曹司として担ぎ上げられる事が多かった。いずれ自分がこの会社を引っ張っていくんだという自負もあった。
その無意識に感じていた気負いやプレッシャーを、一瞬にしてはね飛ばしてくれたのが彼女だった。
『変な女』
たったそれだけのやり取りで、俺は莉子に惹かれてしまった。
入社後は配属先が違うこともあってなかなか会えないだろうと思っていたけど、俺達の期はかなり仲が良く、三ヶ月に一度は同期会を開いていたのでなんとか繋がりは保たれた。
それは橋本というムードメーカーが居たこともあるが、莉子の入社式での俺への態度も大きいと思っている。
あのやり取りがあったからこそ、俺は同期の輪にすんなりと入ることが出来た。
それから別れるタイミングがなく名ばかりの彼女にきちんと別れを告げ、なんとか莉子を自分に振り向かせようと考えた。
しかし当時の莉子には恋人がいて、デートでどこにいったとか記念日が近いなんて話を平気で俺にしてきた。
莉子の中には彼氏がいようと『会社の御曹司ならこっちに乗り換えよう』という考えは微塵も存在しないんだろう。
今まではそんな思考の女を嫌悪していたはずなのに、それを残念に思った自分に苦笑するしかない。
それから莉子が最低な恋人と別れたのをきっかけに、俺は気持ちを隠さずに莉子に接するようになった。
同じ部署だということもあり、仕事帰りに飲みに行くのも誘いやすい環境だった。
莉子にとってかなり近い男になれたと思っていたのに、俺が企画課に異動するタイミングで爽が配属されたのは予想外だった。
爽は女を見れば口説かずにいられないのか、とにかく女癖が悪い。
莉子の近くにそんな奴がいるのは心配で仕方ない。
それなのに警戒心のない彼女と爽のやり取りに嫉妬して、酷い言葉を投げつけて泣かせてしまったのは今思い出しても最低な行いだった。
もう一刻の猶予もないと告白して、やっと手に入れた。
バカな元カレに浮気されたのがトラウマになっているのか、モテる彼氏はいらないと頑なになっていた莉子。
嫉妬して自分も相手も嫌な気持ちになるのが辛いと、告白に渋っていた莉子が話してくれた。
そんな心配いらないのに。
俺は初めて会ったときから莉子しか見てない。当時彼女がいたことを思えば不誠実に聞こえる言い方だが、事実なんだから仕方ない。
莉子以外の女はいらない。
だけどそれをいくら口で伝えた所で、莉子の不安が全部なくなるわけではないだろう。
そこで俺は自分の両親に莉子を紹介しようと思い立った。
平凡な見た目や育ちの違いを気にしていた莉子。
あいつは自分がどれだけ可愛いのか分かっていないらしい。
会社で見ていた顔も、濃すぎない目元のメイクに季節ごとに変わるリップの色がいつも似合っていて可愛かった。
しかし初めて莉子を俺のものにした朝、シャワールームからすっぴんで出てきた莉子を見て驚いた。
つるんとした柔らかそうな肌にぽってりとした唇の印象は変わらなかったが、くりっとした目元は幼く、いつもバリバリ仕事をこなす莉子の印象とは違い妙に庇護欲をそそった。
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