上 下
36 / 45
溺愛開始

しおりを挟む

◇◇◇

「おはようございます、莉子先輩」

月曜日。デスクで始業前のルーティンであるメールの確認と返信をしていると、爽くんに声を掛けられた。

「おはよう」

いつものココアを飲みながら挨拶を返すと、じっとこちらを見つめられる。

「どうしたの?」
「なんかいつもと雰囲気違う」
「そ、そう?」
「……うまくいったんですね。蓮兄と」
「な……っん」

思わぬ発言にココアを吹きそうになったのを、なんとか気合いで飲み込んだ。

なんでそんなすぐにバレたんだろう。あれか、いよいよ水瀬帝国の世界征服は近いのか。

怪訝な目で見ていると、少し拗ねたような顔をした爽くんが自分の首筋をトントンと指で示す。

「やっぱ蓮兄えげつない。絶対俺への牽制じゃん」

彼の仕草と発言でようやく事態を理解した私は、バッと両手で首筋を覆う。

まさか、まさか……。

「独占欲凄すぎ。あはは、先輩タコみたいに真っ赤ですよ?」

そりゃ真っ赤にもなりますよ。高校生じゃあるまいし。社会人四年目にもなってまさか首に……。

顔を隠したらいいのか、首筋を隠したらいいのか。タコ程赤くなれるんだから、あと六本手が生えてくれればいいものを。

ニヤニヤ近付いてくる爽くんに椅子ごと距離を取る。

これ以上からかわれてなるものか。

「そ、爽くん、学生寮の営業報告書って」
「出来てます。莉子先輩が攫われた金曜、俺残業して頑張ったんですよ?」
「そ……っ、あ、ありがとう……?」

確かに金曜の午後の私は使い物にならなかった自覚がある。

あのあと蓮が営業課フロアまで迎えに来たせいで報告書が途中だったのを爽くんが仕上げてくれたらしい。

ありがたいが一向に自分のデスクに向かう気配がない後輩にどうしたものかと悩んでいると、「莉子ー」と営業フロアでは聞き慣れない声が響く。

「あれ、亜美?」
「おはよう」
「おはよう、どうしたの?」

十八階にある総務課に所属している亜美が下の階に下りてくることは珍しい。

「明日の会議室の予約、A室を他のチームが使いたいらしくて。莉子達C室じゃまずい?」
「ううん、特にプロジェクターも使わないし。人数入ればどこでも」
「じゃあC室に変更でお願い」
「OK。それくらい内線でよかったのに」

会議室の変更くらい珍しいことじゃない。わざわざ来てもらうほどのことでもないのに。

「バカね、仕事はついでよ」
「え?」
「水曜の同期会から間あけてあげたでしょ?聞かせてもらうわよ、あの後どうなったのか」

同期ならではの気安さで、グッと私に顔を近付けてきた。クール美女な亜美の顔が間近に迫る。

あの同期会でお馴染みの居酒屋で、蓮にキスされたのを見られていたのを思い出した。

「莉子、メイク変えたの?」
「え、あ、まぁ、少し?」
「へーぇ?それも込みで聞かせてもらおうかな。ランチ誘いに来たの。もう言い訳は……って、あら?」

獲物を狙うハンターのような目をした亜美の視線が私の首筋で止まる。

その視線の先にあるものに気付きバカ正直に真っ赤になって手で隠した私を見て、後ろに立っていた爽くんを可笑しそうに覗き込んだ。

「社内一のプレイボーイがフラれちゃったの?」
「そうなんです。これからって時だったのに」
「まぁうちの同期の水瀬くんは年季が違うよ」

「なにそれ」と小さくなって呟いた私に、亜美は「気付いてないのは莉子と橋本くんくらいよ」と笑う。

「あれだけ王子に大事にされてんだから、覚悟決めて愛されてたらいいのよ」
「亜美…」
「もっと言ってやって、木本さん」

急にこの週末ずっと耳にしていた声が聞こえ、驚いて勢いよくふり返った。

「わ、ちょ、なんでここに……」
「おはよう水瀬くん。この週末は楽しかったみたいで」
「まぁね」

亜美は蓮に意味深な笑顔を返すと「じゃあ莉子、お昼迎えに来るから」と手を振って営業フロアを出ていった。

そんな彼女に手を振り返すことは出来ずに呆然と見送り、なぜか私のデスク周りに集結した水瀬帝国の王子達を見やる。

「これ。ドリームカンパニーがうちに出す予定のアミューズメントパークの概要」

手に持っていた大きなファイルを私に差し出す。

いつものポーカーフェイスではあるけど、瞳の奥が笑っているのがわかるだけにムッと口を尖らせてしまう。

「……ありがと」

二十センチ以上差のある蓮の顔を上目遣いに睨みながらファイルを受け取る。ギリギリ聞こえるくらいの小声でしかお礼を言わないのは、私のせめてもの抗議だ。

資料を始業前にわざわざ届けてくれたのはありがたい。
今週中には生田化成に顔を出そうとしていたから、読み込む時間が出来た。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

純真~こじらせ初恋の攻略法~

伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。 未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。 この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。 いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。 それなのに。 どうして今さら再会してしまったのだろう。 どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。 幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

契約結婚!一発逆転マニュアル♡

伊吹美香
恋愛
『愛妻家になりたい男』と『今の状況から抜け出したい女』が利害一致の契約結婚⁉ 全てを失い現実の中で藻掻く女 緒方 依舞稀(24) ✖ なんとしてでも愛妻家にならねばならない男 桐ケ谷 遥翔(30) 『一発逆転』と『打算』のために 二人の契約結婚生活が始まる……。

同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。 ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。 落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。 「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」 「さぁ、、試してみる?」 クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー 【登場人物】 早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳 姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月
恋愛
 親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。  なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。  そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。  が、それがすでに間違いの始まりだった。 鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才  何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。 皆上 龍【みなかみ りょう】 33才 自分で一から始めた会社の社長。  作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。 初出はエブリスタにて。 2023.4.24〜2023.8.9

処理中です...