上 下
31 / 45
解かれた封印

しおりを挟む

水瀬ほど色んなものが揃った男ならもっと可愛くて美人な、それこそどこの社長令嬢だってよりどりみどりだろうに。

何を思ってただ同期として入社しただけのすっとぼけた女を選ぶんだろう。

「理由が必要?」
「まぁ……出来れば?」
「……好きだって言外にずっと伝えてて、それを躱されたから好きだって告白して、付き合ってって言ったら理由聞かれるとか。どんな羞恥プレイだ」

ため息を吐きながらそう言われると、なんだかとんでもなく恥ずかしいことを聞いた気がする。それでも聞いてみたかった。

この部屋についてきた以上、色んなことに決着をつけなきゃいけないことくらい分かってる。

いつまでも『恋愛に向いてない』『嫉妬するのが辛いからヤダ』なんて逃げてるばかりじゃダメなところまで来てしまったのは自覚している。

私だって、いつからかわからないけど、水瀬をただの同期でなくひとりの男性として意識していた。

いつの間にか好きになってた。

倒れた時に病院でずっと頭を撫でてくれたあの優しい手。

帰り道を心配してくれるぶっきらぼうな声。

居酒屋で繰り返されるくだらないやり取り。

ひとつ意識してしまったらもう後戻りは出来なくなるのがわかっていたから、何重にも鍵を掛けてしまい込んでいた気持ち。

胸の奥底で燻っていた心の声を救い出してくれるのなら。

『ただの同期』という呪いのような呪文を解き、数多の鍵を開けられるのは、目の前にいる彼しかいない。

「聞きたい」

隣に座る水瀬の袖口をきゅっと掴んで伝えると、「それはずりぃだろ」とため息を吐きながらも耳触りの良い低くて優しい声で話してくれる。

「ほんとに、初対面からもってかれたよ。昔から『水瀬の御曹司』っていうのが俺にとって代名詞みたいなものだったから、それに興味がなさそうな佐倉にかなり救われたんだ」

駐車場でも言っていた。私にとって強烈に印象に残ってしまっている黒歴史が、まさか水瀬にとって違う印象を与えていたとは。

「ドン引きされてたと思ってた」
「まぁ、衝撃ではあったな」

その当時のことを思い出しているのか、水瀬がクスっと笑った。さらに言葉を続ける。

「高校とか大学に上がって環境が一変するタイミングで、毎回家のことは故意に隠して生活してた。でもやっぱりどこかから嗅ぎつける奴はいて。男も女も、そうだとわかるとみんな目の色が変わった」

少し辛そうに顔が歪む。袖を摘んでいた指先を、そっと水瀬の手に重ねてみる。

すると手のひらがくるっと反転し、ぎゅっと指と指を絡めて握られた。

「だから佐倉の良い意味で空気を読まず、会社の中で俺を普通の男扱いする所に助けられた」
「うん」
「もうそれだけで佐倉に惹かれて、すぐに当時の彼女と別れた。それから営業で一緒にいる機会が増えて、アホみたいな会話も楽しくて」
「ふふ、うん」
「お前が元カレに浮気されたって知った時、絶対奪ってやるって決めた。でもお前はバカな男に尽くして倒れて……。どれだけ理不尽な仕事も酒飲んで愚痴ったらすぐ切り替えて働いてたお前が、あんなボロボロ泣く姿見たら。奪うよりも守らなきゃって思った」

握られた手の甲を親指に撫でられる。手がくすぐったいのか、言われた言葉がくすぐったいのかわからないけど、肩がきゅっと竦む。

それと同時にじんわりと目頭が熱くなってきて、グッと奥歯を噛み締めた。

「そっからはもう、一緒にいればいるだけ好きになった」

嬉しくて、言葉が出ない。

私が思うずっと前からそんな風に思っていてくれたなんて……。

自分の気持ちや水瀬から逃げている間、いつだって側で守ってもらっていたというのに。

申し訳ないと思う反面、胸の奥が温かいもので満ち溢れていく。

「爽が営業に配属になるタイミングで異動になった時、死ぬほど焦った。あいつに持っていかれるんじゃないかって」

親指で遊んでいた手がぎゅっと力強く握られた。

「実際一緒にいるところもよく見たし、佐倉があいつの運転する助手席に乗ってるの見て吐きそうなほど嫉妬した。それで……あんな思ってもないこと言って佐倉を傷付けた」
「あれは、うん。……ショックだった」
「ごめん、本当に。最低なこと言った。でも誓って本気でそう思ったわけじゃないから」

引き摺るのも嫌だと思って、その件については口を挟んだ。

それでも今水瀬が聞かせてくれている話を思えば、あの一言が本気じゃなかっただなんてわかってる。ゆっくりと安心させるように頷いて見せた。

「佐倉が元カレと別れたタイミングで、ゆっくり俺を意識させようと気持ちを少しずつ見せていった。俺なりに本気だって、大事にするって伝えてきたつもりなんだけど……」

もう一度ゆっくりと頷く。でも今度は、なかなか顔を上げられない。

「……伝わって、ないわけないよな?」

普段そこまで口数が多いわけじゃない水瀬が、こんなにも気持ちを言葉にしてくれた。

そのことが嬉しくて、どれだけ唇を噛み締めても涙が滲んでいくのを止められない。

ずっと蓋をして鍵をかけていた想いが、やっと解放されて言葉に乗ることを許される。

「……伝わって、る」

今も、今までも。

「ずっと…側にいたかった。いてほしかった。だから……『同期』に拘ってた」

俯いたまま話し出した私の言葉を、手を握ったままじっと待ってくれる。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

純真~こじらせ初恋の攻略法~

伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。 未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。 この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。 いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。 それなのに。 どうして今さら再会してしまったのだろう。 どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。 幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。

犬猿の仲のあいつと熱愛するなんてありえない

鳴宮鶉子
恋愛
頭の回転が良くていわゆるイケメンな大学時代からの腐れ縁のいけすかないあいつ。あいつの事を好きになるなんて思ってなかった…

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

契約結婚!一発逆転マニュアル♡

伊吹美香
恋愛
『愛妻家になりたい男』と『今の状況から抜け出したい女』が利害一致の契約結婚⁉ 全てを失い現実の中で藻掻く女 緒方 依舞稀(24) ✖ なんとしてでも愛妻家にならねばならない男 桐ケ谷 遥翔(30) 『一発逆転』と『打算』のために 二人の契約結婚生活が始まる……。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

Good day !

葉月 まい
恋愛
『Good day !』シリーズ Vol.1 人一倍真面目で努力家のコーパイと イケメンのエリートキャプテン そんな二人の 恋と仕事と、飛行機の物語… ꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳ 日本ウイング航空(Japan Wing Airline) 副操縦士 藤崎 恵真(27歳) Fujisaki Ema 機長 佐倉 大和(35歳) Sakura Yamato

処理中です...