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モテる彼氏はいりません

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「うん。よくわかったね」
「喧嘩でもしました?」

――――喧嘩?

喧嘩と呼べるものなのかどうかもわからない。

同期として、それなりにお互いのことをわかっていると思っていた。お互い相手がいる時もあったけど、少なくない時間を共有してきた。

だからこそ、あの発言がショックで悲しかった。

「俺にしといたらどうですか?」

爽くんの質問に答えずに考え込んでいると、温かいうどんを食べて少し顔色が戻った爽くんがニコニコ笑うでもなく、かといって真剣に口説くでもなく、本当にちょっとした疑問のように聞いてきた。

三週間前くらい前に『次は莉子先輩にします』と謎の軽い宣言をしてから、ポンポンと冗談のような言葉を掛けられるだけだった。

喧嘩して落ち込んでいるのを慰められているんだろうか。

それで口説くという選択肢なのが爽くんらしいと、少しだけ笑えて気分が浮上した。

「残念だけど、私じゃ爽くんのお相手の対象にならないよ」

彼氏と別れたのは一年半も前のこと。爽くんと営業課で出会うよりももっと前。

笑いながらそう伝えると、爽くんからとんでもない爆弾が落とされた。

「でも莉子先輩、蓮兄のこと好きですよね?」

ひゅっと息を飲む音がやけに大きく聞こえた。

「……え?」
「蓮兄だって、莉子先輩のこと引くほど大事にしてるっぽいし」
「なに、言って……」
「まさか気付いてないわけじゃないですよね? 蓮兄あからさまだし。この前のエレベーターで会った時も、俺のこと凄い目で見てた」

思い出したようにクスッと笑った爽くんとは対象的に、私は表情が固くなっていく。

「なんで見て見ぬ振りしてるのか知らないですけど。俺そういう女の子見ると気になっちゃうっていうか」
「女の子って。私、一応先輩だよ?」
「わかってますよ。だから職場では口説いたりしなかったでしょ?」

あっけらかんと話す爽くんを前に、私は固まったまま。

「莉子先輩が蓮兄を好きだって確信したら口説こうと思って」
「……思って?」
「だからこれから本気で口説こうかと」

意味がわからない。
爽くんの言い方だと、まるで今日私がここに来てから、私が水瀬を好きなんだと確信を持ったことになる。

「はは、意味わかんないって顔してる」
「……なんで。怖い」

水瀬家はエスパーの家系なのか。怖すぎる、水瀬帝国。世界征服でも企んでるのか。

「莉子先輩が蓮兄と飲んでたのにここに一人で来たってことは喧嘩したんでしょ? それでそんな顔してるんですから、わからないほうがおかしいですよ」

あれが喧嘩と言えるのかどうかはわからない。

でも確かにいつもの水瀬だったら、風邪をひいた後輩から助けてほしいと電話が来たと知れば一緒に来てくれる気がする。

ぶっきらぼうなポーカーフェイスに見せかけて、なんだかんだ過保護で優しいのが水瀬という男なのだから。

『そんな顔』というのがどんな顔をしているのか自分では見えないけど、少なからず水瀬の言葉にショックを受けて泣きたい気分なんだから『そんな顔』をしているんだろう。

「ということで、これからガンガン口説いていこうかと思ってますから」

ボサボサの髪の毛に部屋着姿、おでこには冷却シートが貼られた状態で口説くと言われても、どうリアクションをとったらいいのかわからない。

それでも自分がひたすらに蓋をして鍵をかけて『ただの同期』という呪文までかけて封印していたはずの気持ちをあっさりと見抜かれていて、爽くんの前で取り繕うのもバカバカしくなってしまった。

なによりこのチャラくて優しい後輩である第一王子が、本気で自分を口説こうとしているとは思えない。

「ごめんね、爽くん。モテる彼氏はいらないの」
「何で?」
「……嫉妬するのが辛くて疲れるから」

前の恋で悟った。
仕事と恋愛の両立は私には無理だと。

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