13 / 45
勘違いじゃないらしい
2
しおりを挟む「ああ、水瀬とややこしいからやっぱり名前で呼んでって」
「…よく二人で組んでんの?」
なんか……空気が変だ。
ピリピリ、というか、水瀬がどことなくイライラしているように感じる。
こんな風に負の感情を表立って外に出す人じゃないから、余計に緊張感が張り詰める。
何度か飲んでいる中で、私が爽くんの教育係的な立場になったって言ったとこもあったはずなのに。なぜ今さらそんなことを聞いてくるのかわからない。
「爽くん優秀だから私が新人指導でも安心なんじゃない? 第二王子の水瀬ともうまくやってたし、私なら色んな意味で安心感あったんじゃないかな」
どうにかこの空気を払拭したくて、わざと笑って王子と呼んでみる。
そんな私の必死の方向転換には乗ってくれずに、尚も怖い顔を向けたまま畳み掛けてくる。
「俺、気を付けろって言わなかった?」
それはきっと爽くんの『女癖だけは最悪』な部分を心配しているんだろうけど。
気を付けろと言われても同じ部署なんだから関わらないわけにいかないし、そもそも言うほど危険な感じはしない。
「……別に、なにもないよ」
「まさか、ターゲットにされてないよな」
ギクリと身体が強張ってしまったのを水瀬が見逃してくれるはずもない。
はぁーと大きくため息を吐いて片手で顔を覆うのをただ見ているだけにはいかず、ありのままを話す。
「あの、ターゲットって言ってもね。『次は莉子先輩にします』って無邪気に言われただけで何もされてないし、そもそも噂が本当なら私はターゲットの条件に当てはまらないし。ただ単に教育担当の私をからかってるだけだろうから大丈夫」
特に誘われることもなければ、やたら触れてきたりすることもない。
だから私としてはただのおふざけだと思ってスルーしているんだけど。水瀬にとってはそんな軽いことではないらしい。
「なんでそんな無防備なの。爽の勝率なんて全く興味もないけど、相手が落ちなかった話なんか聞いたことない」
「それは……まぁ、確かに」
別れる時のいざこざはよく耳にするけれど、落ちなかった女の子の話は聞いたことがない。
凄いな、爽くん。打率百パーってこと?
爽くんが本気で落としにかかれば無敵かもしれない。
あの王子様のようなルックスに、女の子を退屈させない巧みな話術と母性本能をくすぐるちょっとした可愛らしさ。加えて気も利くときてる。
前回かけた営業が思わしくない相手先にもう一度訪問するのはかなりの緊張を強いられる。
そんな時にさりげなく声を掛けてくれていた水瀬が企画に異動してしまい、朝から指先が冷たくなっていた時。
『莉子先輩、これでよかったですよね』
そう言っていつも私が飲んでいるココアをわざわざ下のフロアの自販機まで買いに行ってくれたのは、爽くんが営業課にきてから二週間目の時だった。
あぁこりゃモテるわとひとり納得して頷いた私の手の震えは収まっていて、『ボンクラの第一王子』という失礼な先入観を捨て去ったのもこの頃。
きっとどんな女の子だって絆されてしまうんだろう。例え片思いしている相手や彼氏がいたとしても……。
「そんな奴と組んでおきながら、大丈夫って言う佐倉の考えがわかんないわ」
「いやだって……仕事だし」
「仕事だろうと車に乗れば二人きりだろ」
「そう、だけど」
そんな事言われても、爽くんの教育係は私なわけで。
必然的に営業先に一緒に行くから同じ車に乗るのは当然で、それは半年前まで同じ部署にいた水瀬にだってわかりきっていることなはずなのに。
「今さら名前で呼ばせるっていうのがもうあいつの手だろ」
「そんな、呼び方くらいで」
「大体紛らわしいって言うなら、爽じゃなくて……」
「え?」
「……いや、なんでもない」
何か言いかけた言葉を飲み込むなんて水瀬らしくない。気になって顔を見続けたけど、それについてこれ以上話すことはないらしい。
どこからともなく焼き鳥の香ばしい匂いが漂ってきた。
この辺りに焼き鳥屋さんなんてあったかな。新しく出来たんだろうか。レモンチューハイが水みたいに薄くないなら行ってみたいな。
ちょうどお腹も空いてきたし、この香ばしい匂いに人間は逆らえないと太古の昔から相場が決まっているのだ。
「佐倉」
「ん?」
焼き鳥の匂いに気を取られて油断していた。
ここ最近水瀬と話す時に張っている無味無臭のバリアを張らずに対峙してしまった。
2
お気に入りに追加
319
あなたにおすすめの小説
純真~こじらせ初恋の攻略法~
伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。
未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。
この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。
いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。
それなのに。
どうして今さら再会してしまったのだろう。
どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。
幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
契約結婚!一発逆転マニュアル♡
伊吹美香
恋愛
『愛妻家になりたい男』と『今の状況から抜け出したい女』が利害一致の契約結婚⁉
全てを失い現実の中で藻掻く女
緒方 依舞稀(24)
✖
なんとしてでも愛妻家にならねばならない男
桐ケ谷 遥翔(30)
『一発逆転』と『打算』のために
二人の契約結婚生活が始まる……。
Good day !
葉月 まい
恋愛
『Good day !』シリーズ Vol.1
人一倍真面目で努力家のコーパイと
イケメンのエリートキャプテン
そんな二人の
恋と仕事と、飛行機の物語…
꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳
日本ウイング航空(Japan Wing Airline)
副操縦士
藤崎 恵真(27歳) Fujisaki Ema
機長
佐倉 大和(35歳) Sakura Yamato
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる