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過去と現在
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水瀬ハウス工業は、入社一年目の新入社員は皆もれなく各現場の事務所で運営業務に携わり、現場を支えながら建築というものを勉強する。
私は大学は建築科を出ているけど、学ぶことだらけで四苦八苦していた。
とはいえ仕事自体は事務的なことが多く、一年目ということであまり残業もなかった。
大学三年の頃から付き合っていた同い年の彰人は別の建築会社に就職した。
フットサルサークルに所属していた爽やかで優しい彼から告白された時は驚いたけど嬉しかった。
モテるはずの彼がなぜ私なんかにと思いもしたが、一緒にいて楽しいからと熱烈なアプローチに絆されて付き合うことになった。
彼は早速建築士として先輩のアシスタントをしながら設計図を引く毎日で忙しそう。それでも月に一、二度は会っていて順調な付き合いだったと思う。
生活が激変したのは入社二年目から。
営業課に配属され、一気に多忙になった。しかしそれは任される仕事量の問題ではなく、今後仕事をいていく上でやらなくてはならないことに追われたせい。
建築営業がキツく離職率が高いと言われる理由のひとつは、商材が高価でなかなか成果が出ないからだと思う。
建物をひとつ建てるには多額のお金が掛かる。大前提としてなかなか売れない商材を扱っているのだ。
それに加えて、私の場合『若い女』というのがネックになっている。
先輩について回り挨拶する中で、明らかに女だと見下したような目で見る相手先も少なくなかった。
名刺すら受け取ってもらえない事が何度もあり、何て前時代的な職種なんだと水瀬に飲みながら愚痴ったことも一度や二度ではない。
とはいえ、今日から女やめますと宣言してやめられるものではない。生物学上女であることは一生変えられない。
私が出来ることといえば、少しでも相手に信頼してもらえるように、仕事に関連した資格を取りまくることだった。
宅建士、ファイナンシャルプランナー、さらに二級建築士の資格も取るために、仕事を終えた後の時間は勉強に費やした。
悔しい思いをすることもあるけど、大きな建築を担う仕事はやりがいもあるし、携わった建物が竣工を迎え落成式を終えた時の達成感はきっと他の仕事では得られない。
同期の水瀬もいるし、営業の先輩たちもいい人ばかりで楽しい。
社会人二年目としては充実している反面、彰人と会う時間は激減していった。
それでも記念日が近くなれば私だってウキウキするもので。
まだ残暑も厳しい九月上旬、彰人との付き合って三年目の記念日をどう過ごそうかと考えた結果。
私はサプライズで彼の部屋を訪問することにした。
たまたま記念日当日が三ヶ月ぶりの同期会の日だったけど、私も彰人と二ヶ月以上会えていなかったので申し訳ないけどそちらを優先することにしたのだ。
同じ営業課の水瀬に行けない旨の伝言を頼み、水曜日はノー残業デーということで定時ぴったりに退社した私は彰人のマンションへ向かった。
大学を卒業したのと同時に合鍵を貰っていたので、一旦家に行き荷物を置いたら近くのスーパーで買い物をしよう。
きっと疲れて帰ってくるだろうし、外食に連れ出すのも申し訳ない。
そもそも記念日だと覚えているだろうか。確か彰人は去年も忘れていて、覚えていた私が買ってきたケーキを食べて終わった気がする。
そこまで記念日に拘る方でもないしプレゼントだっていらないけど、せめて誕生日と付き合い始めた日くらいはふたりで過ごしたい。
最寄り駅からマンションへ歩いている途中、一組のカップルが仲睦まじそうに腕を組んで歩いている姿を見かけた。
あんな風にいかにもラブラブな感じで外を歩いたのっていつだったかな。
そう考えてあんまり見るのも失礼だと視線を逸らそうとしたのに、私は目を見張ったまま固まって動けなくなってしまった。
九月第一週の夕方六時はまだそこまで暗くない。
何度まばたきをしてみても、カップルの男性の方は私の彼氏である彰人で間違いない。
ふたりは私に気付くことなく笑顔で会話をしながらマンションのエントランスへ消えていった。
彼は一人っ子で姉妹はいない。そもそも家族や親戚との距離感ではなかった。
その子は、だれ……?
今日が何の日か…覚えてないの……?
使い慣れない合鍵を持っていようと、そのままマンションに突入する勇気は持ち合わせていなかった。
もし私の予想が当たっていたら……。
今考えれば馬鹿みたいだと思うけど、当時の私はあの現場を見てもまだ彰人の浮気を受け入れたくなくて。
そのままくるりと来た道を引き返す。
電車に乗り、会社の最寄り駅に着くと、行き慣れた居酒屋の扉を勢いよく開けた。
「あれー?莉子?」
「おぉ、佐倉来たんか」
店の一番奥の座敷を陣取っていた我が同期会は既に始まっていて、私に気付いた何人かが声を掛けてくれる。
私は大学は建築科を出ているけど、学ぶことだらけで四苦八苦していた。
とはいえ仕事自体は事務的なことが多く、一年目ということであまり残業もなかった。
大学三年の頃から付き合っていた同い年の彰人は別の建築会社に就職した。
フットサルサークルに所属していた爽やかで優しい彼から告白された時は驚いたけど嬉しかった。
モテるはずの彼がなぜ私なんかにと思いもしたが、一緒にいて楽しいからと熱烈なアプローチに絆されて付き合うことになった。
彼は早速建築士として先輩のアシスタントをしながら設計図を引く毎日で忙しそう。それでも月に一、二度は会っていて順調な付き合いだったと思う。
生活が激変したのは入社二年目から。
営業課に配属され、一気に多忙になった。しかしそれは任される仕事量の問題ではなく、今後仕事をいていく上でやらなくてはならないことに追われたせい。
建築営業がキツく離職率が高いと言われる理由のひとつは、商材が高価でなかなか成果が出ないからだと思う。
建物をひとつ建てるには多額のお金が掛かる。大前提としてなかなか売れない商材を扱っているのだ。
それに加えて、私の場合『若い女』というのがネックになっている。
先輩について回り挨拶する中で、明らかに女だと見下したような目で見る相手先も少なくなかった。
名刺すら受け取ってもらえない事が何度もあり、何て前時代的な職種なんだと水瀬に飲みながら愚痴ったことも一度や二度ではない。
とはいえ、今日から女やめますと宣言してやめられるものではない。生物学上女であることは一生変えられない。
私が出来ることといえば、少しでも相手に信頼してもらえるように、仕事に関連した資格を取りまくることだった。
宅建士、ファイナンシャルプランナー、さらに二級建築士の資格も取るために、仕事を終えた後の時間は勉強に費やした。
悔しい思いをすることもあるけど、大きな建築を担う仕事はやりがいもあるし、携わった建物が竣工を迎え落成式を終えた時の達成感はきっと他の仕事では得られない。
同期の水瀬もいるし、営業の先輩たちもいい人ばかりで楽しい。
社会人二年目としては充実している反面、彰人と会う時間は激減していった。
それでも記念日が近くなれば私だってウキウキするもので。
まだ残暑も厳しい九月上旬、彰人との付き合って三年目の記念日をどう過ごそうかと考えた結果。
私はサプライズで彼の部屋を訪問することにした。
たまたま記念日当日が三ヶ月ぶりの同期会の日だったけど、私も彰人と二ヶ月以上会えていなかったので申し訳ないけどそちらを優先することにしたのだ。
同じ営業課の水瀬に行けない旨の伝言を頼み、水曜日はノー残業デーということで定時ぴったりに退社した私は彰人のマンションへ向かった。
大学を卒業したのと同時に合鍵を貰っていたので、一旦家に行き荷物を置いたら近くのスーパーで買い物をしよう。
きっと疲れて帰ってくるだろうし、外食に連れ出すのも申し訳ない。
そもそも記念日だと覚えているだろうか。確か彰人は去年も忘れていて、覚えていた私が買ってきたケーキを食べて終わった気がする。
そこまで記念日に拘る方でもないしプレゼントだっていらないけど、せめて誕生日と付き合い始めた日くらいはふたりで過ごしたい。
最寄り駅からマンションへ歩いている途中、一組のカップルが仲睦まじそうに腕を組んで歩いている姿を見かけた。
あんな風にいかにもラブラブな感じで外を歩いたのっていつだったかな。
そう考えてあんまり見るのも失礼だと視線を逸らそうとしたのに、私は目を見張ったまま固まって動けなくなってしまった。
九月第一週の夕方六時はまだそこまで暗くない。
何度まばたきをしてみても、カップルの男性の方は私の彼氏である彰人で間違いない。
ふたりは私に気付くことなく笑顔で会話をしながらマンションのエントランスへ消えていった。
彼は一人っ子で姉妹はいない。そもそも家族や親戚との距離感ではなかった。
その子は、だれ……?
今日が何の日か…覚えてないの……?
使い慣れない合鍵を持っていようと、そのままマンションに突入する勇気は持ち合わせていなかった。
もし私の予想が当たっていたら……。
今考えれば馬鹿みたいだと思うけど、当時の私はあの現場を見てもまだ彰人の浮気を受け入れたくなくて。
そのままくるりと来た道を引き返す。
電車に乗り、会社の最寄り駅に着くと、行き慣れた居酒屋の扉を勢いよく開けた。
「あれー?莉子?」
「おぉ、佐倉来たんか」
店の一番奥の座敷を陣取っていた我が同期会は既に始まっていて、私に気付いた何人かが声を掛けてくれる。
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