16 / 49
4.イライラの正体
3
しおりを挟む長身の二人が並んで立っている姿はまるでモデルのようで、企画部の面々だけでなく、隣の開発部や商品部の人たちまでも視線を送っているのがわかる。
それに気付かない二人ではないだろうに、全く気にしないまま話を続けている。
「天野君の奢りだよね?」
「誰がそんなこと言った?」
「え? 紅林お帰りなさいのランチでしょ?」
「天野さんゴチになりまーす」
「おい相田、お前は便乗して何言ってんだよ」
「松本は? あの子も誘っていこうよ」
「松本さんは午後イチ打ち合わせなんで、向こうで食べるってさっき出ていきましたよ」
一緒にランチを取るのが当たり前といった様子で、わいわいフロアを出ていく三人。
ただボーっとそれを見ていると振り返った天野さんに呼ばれる。
「蜂谷早く来い、置いてくぞ」
「……はい」
「意地悪な言い方だなー。行こう蜂谷さん、天野君が奢ってくれるって」
「おい!」
結局四人で外に出るはめになり、近くの居酒屋がランチを始めたらしいのでそこに入った。
パンプスを脱いで掘りごたつの座敷に上がる。天野さんの隣には紅林さんが座り、私はキヨと並んでぺたんこな座布団に腰をおろした。
「懐かしいな、あんま変わってないね」
紅林さんは翔さんの二期上の先輩で常に企画部では優秀。店舗統括部の頃から一緒で翔さんの教育係だったそう。
運ばれてきた食事に手を付けながら昔話を楽しむ二人と、それを楽しそうに聞くキヨ。
……だから来たくなかったのに。
翔さんは昔は要領が悪く仕事が出来なかったとか、上司に頓珍漢な意見をして教育係の紅林さんと二人揃って常務室に呼ばれたことがあるとか。
そんなの聞きたくなんてないのに。
胸の奥がモヤモヤして食欲がなくなっていく。全く食べる気が起きなくて早々に箸を置いた。
「もう食べないの? もしかして具合悪い?」
本当に心配そうに声を掛けてくれる紅林さんはきっとすごくいい先輩なんだろう。
周りの同僚に慕われていたのが知り合って半日しか経っていない私でもわかるほど。
関西支社でも立ち上げメンバーとして活躍してて、後輩に気遣いも出来て、おまけに美人。きっとすごい人。
「ちゃんと食えよ。午後から会議だぞ」
「ハッチー、大丈夫?」
どうしてだろう。今すごく天野さんの顔が見たくない。
胸の中がぐるぐるしてて、真っ黒な何かに飲み込まれてしまいそう。
チラッと横を見ると、話を聞きながら箸は動いていたようで、キヨのお膳はほとんど料理が残っていない。
「キヨ……悪いけど、ちょっと付き合って」
「ん、いいよ」
「蜂谷」
「すみません、先に社に戻ります」
極力天野さんの顔を見ないようにして、その場を立つ。
もうここに居たくない。
苦しくて気持ち悪くて、どうしてかわからないけど涙が出そうで、必死に唇を噛みしめる。
「大丈夫?」
「はい、すみません」
「行こう、ハッチー」
心配して声を掛けてくれる紅林さんの顔すら見られない。
こんなの社会人失格だ。わかってるのに顔を上げられなくて、キヨに甘えて頭を彼の肩に寄っかからせてもらう。
天野さんの鋭い視線が刺さるのがわかる。
なんなの、どうしろっていうの?
私の知らない懐かしい話でもしてればいいじゃない。
社内のくだらない噂もこれで払拭出来るかもしれない。
最近では私が天野さんを誘惑してアシスタントに収まっているだとか、総務部長に色目を使って融通してもらったなんてバカみたいな話も聞こえてきた。
そんなくだらない話も、紅林さんの登場で霞んでしまえばいい。
天野さんには他の女の子になんか目が向かないくらい素敵な彼女がいるんだって。
きっと翔さんに振られた子だって、紅林さんを知ったら納得する。勝てっこないって納得せざるを得ない。
ランチを取った居酒屋から会社への帰り道。キヨには悪いと思いながらもひとことも話さずに歩いてきた。
午後の会議を終えて議事録をまとめた私は、天野さんではなく企画部の課長に許可を取って定時にそそくさと会社を出た。
12
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました
菱沼あゆ
恋愛
ご先祖さまの残した証文のせいで、ホテル王 有坂桔平(ありさか きっぺい)と戸籍上だけの婚姻関係を結んでいる花木真珠(はなき まじゅ)。
一度だけ結婚式で会った桔平に、
「これもなにかの縁でしょう。
なにか困ったことがあったら言ってください」
と言ったのだが。
ついにそのときが来たようだった。
「妻が必要になった。
月末までにドバイに来てくれ」
そう言われ、迎えに来てくれた桔平と空港で待ち合わせた真珠だったが。
……私の夫はどの人ですかっ。
コンタクト忘れていった結婚式の日に、一度しか会っていないのでわかりません~っ。
よく知らない夫と結婚以来、初めての再会でいきなり旅に出ることになった真珠のドバイ旅行記。
ちょっぴりモルディブです。
助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません
和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる?
「年下上司なんてありえない!」
「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」
思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった!
人材業界へと転職した高井綾香。
そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。
綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。
ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……?
「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」
「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」
「はあ!?誘惑!?」
「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
純真~こじらせ初恋の攻略法~
伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。
未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。
この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。
いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。
それなのに。
どうして今さら再会してしまったのだろう。
どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。
幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる